ドクターを救出しよう(4)
ドクター救出作戦の完結編です。
ようやく刑務所にたどり着いたハル達。
果たして、無事にドクターを救出出来るのだろうか。
「おりゃぁぁぁ」
戦場と化した刑務所を、奈美は突き進む。
中庭で軍用犬と警備員を蹴散らし、刑務所内部へ侵入。
後はひたすら、前へと突き進んだ。
「止まれ、止まらんと……」
「うっさい!」
立ち塞がる警備員、刑務官、看守達を拳とラリアットで一蹴。
「ケイコク。コレヨリシンニュウシャノセンメツヲ……」
「やかましい!」
防衛システムを一撃で沈黙させる。
まさに一騎当千という言葉が相応しい、戦いぶりだ。
産まれてくる時代、と言うか世界を間違ているとしか思えなかった。
このまま快進撃が続くかと思われたが、そうは問屋が卸さない。
「陣形を組むぞ」
「奴を挟み込め」
「数で押せ。集中砲火だ」
刑務所職員の的確な迎撃に、奈美は徐々に押されていた。
内部構造を把握し尽くしている相手と、そうでない奈美。
奇襲の効果が無くなれば、奈美の不利は明らかだ。
「参ったわ。急に戦いにくくなったわね」
曲がり角に姿を隠しながら、奈美は舌打ちをする。
角から一歩でも出れば、途端に銃弾の嵐が襲ってくるだろう。
「外なら銃弾くらい避けられるのに……。屋内は厳しいわね」
姉さん、普通は外でも無理です。
相変わらずの超人ぶりだが、現状は極めてピンチだった。
そんな膠着状態は、長くは続かなかった。
「後ろから人の気配……。こりゃ覚悟を決めるしかないか」
挟み撃ちにされたら、袋のネズミだ。
ならば、と奈美が飛び出す覚悟を決めた時だった。
「奈美~。無事か~」
背後から届いた、聞き覚えのある声に振り向く。すると、
「ハル! それに…………えっ?」
信頼する仲間と一緒に、不振人物達が駆け寄ってきた。
「よかった。奈美、無事だったんだな」
「あの……ハル。来てくれたのは嬉しいんだけど、そちらの方々は?」
奈美は視線を、不振人物達へと向ける。
「ご挨拶ですね、奈美。私です。千景ですよ」
貴婦人マスクをずらし、千景は苦笑する。
「千景さん!? じゃあこっちの銀行強盗マスクはまさか……」
「うふふぅ。わ・た・し、ローズよぉん♪」
マスクに空いた穴から、器用にウインクをする。
「二人ともどうしてそんな格好を?」
「私達は普段着ですから、これを付けないと正体がバレます」
千景のワンピースに、ローズは真紅のビジネススーツ(もちろん女性用)。
その格好でマスクをしている方が、かえって怪しまれる気がするが……。
「そう言うものなんですか」
「お約束ってやつよぉ」
ローズの言葉に、奈美は首を傾げながらも納得する。
「さて、無駄話はこれ位にして、先に進みましょう」
「千景さん。この角から一歩でも出ると、銃撃が……」
「大丈夫よぉ。コレを使うからぁ」
ローズは手榴弾のピンを抜き、放り投げる。
一、二、三、ドカーン!
爆発音と職員達の悲鳴が響く。
「道は開いたわよぉ。行きましょ♪」
生き生きしているローズを先頭に、一行は先へと進んだ。
この援軍により、形成は一気に逆転した。
千景の発案で、一行はまず刑務所の総合司令室を破壊。
指揮系統を失った防衛部隊は、まさに烏合の衆。
ハル達(殆どが奈美とローズだが)に各個撃破されていく。
その後設備室、システム管理室を次々に壊滅させる。
これで、刑務所の防衛システムを無力かすることに成功した。
「この位で充分でしょう。さあ、ドクターを迎えに行きますよ」
「千景さん……。何か慣れてませんか?」
「うふふ。昔は色々と、やんちゃもしましたので」
どんなやんちゃですか……。
「時間も無いしぃ、行くわよぉ」
ハル達は蒼井が囚われている、牢屋へと向かった。
無数の牢屋が並ぶ区画に辿り着くと、聞き慣れた声が響く。
「お前達! やはり来てくれたのだな」
「助けに来たわよ…………ドクター?」
「何で疑問系なのだ!」
「とっても男前になった蒼井ちゃんにぃ、ちょっと驚いたのよぉ」
おどける様にローズは笑うが、その拳は固く握りしめられていた。
腫れ上がり、別人のようになった蒼井の顔。
それだけで彼がどの様な扱いを受けたのか、察するには充分だった。
「無事では無いようですが、五体満足でよかったです」
冷静を装う千景だが、その声には怒りが滲み出る。
「これが警察の……正義のやることか」
傷つけられた仲間を前に、ハルは初めて正義に対して敵意を抱いた。
「ところで、お前達。牢屋の鍵はあるのか?」
鉄格子を指さし、蒼井が尋ねる。
太さ数センチはある、頑丈そうな鉄格子だ。
ふふん、と奈美は自信満々に、
「大丈夫よ。こんな鉄の棒きれ、私が……ががががががが」
こじ開けようと鉄格子に手を掛けた瞬間、青白い電流が奈美に襲いかかる。
「ななにによよここれれ」
全身を青白く発行させながら、奈美は感電していた。
時々骨が透けて見えるが、大丈夫だろうか……。
「脱獄防止用の仕掛けねぇ。設備関連はさっき潰したはずだけどぉ」
「どうやら破壊したシステムとは、別の管理下だったようですね」
「何を落ち着いてるんですか。奈美、早く手を離せ」
「無理りりり。手ががが離れないいい」
バチバチと物騒な音を立てながら、奈美は体を硬直させる。
高圧電流を浴び続ければ、流石の奈美でも危険だ。
「ふぅ、仕方ないですね」
千景は小さくため息をつくと、懐からそっと扇子を取り出す。
十寸程のそれは、見事な漆黒だった。
「千景さん、それは?」
「護身用の鉄扇です。特注品で、骨だけでなく扇面も全て特殊金属なんです」
「強度は鋼以上だしぃ、電気も通さない優れものなのよぉ」
もはや護身用じゃないですよね。それ。
「少し重いのが難点ですが、扇を開いてこうすれば……!!」
キィィン、キィィン、カランコロン。
千景が鉄扇を薙ぎ払うと、鉄格子は丸太のように真っ二つに切り捨てられた。
転がる鉄格子を見つめ、ハルは思う。
絶対……護身用じゃないですよね……。
「はぁ~助かった。感電すると体が動かなくなるのね。不思議だわ」
「俺はお前がどうして無傷なのかが不思議だよ」
高圧電流もなんのその。
奈美はケロッとした様子で、掴んでいた鉄格子を投げ捨てた。
「とにかく、これでドクターも救出したし、作戦は完了ね」
脳天気な奈美の言葉に、一同はため息をつく。
大変なのは、むしろこれからなのだ。
「奈美、やっぱり何も考えて無かったんだな」
「ちょっと。どういう事よ」
ムッとする奈美。
「あのね奈美ちゃん。刑務所でこれだけ大暴れをしたらぁ」
「当然、警察の応援部隊が駆けつけます」
「恐らく、もう刑務所は完全に包囲されているだろうな」
三人の言葉に、奈美は少し考えて、
「じゃあ、今度はそいつらを全員ぶっ飛ばしちゃえばいいのね」
奈美クオリティの解決法を出した。
実現出来そうなところが怖い。
「駄目よぉ。警察と正面から対峙するのはぁ、まだ早いわぁ」
「ハピネスにはまだ、そこまでの戦力は無いって事ですね」
ハルの言葉に千景は頷き、
「力をつけるまでは、影からこそこそと、ちくちくと嫌らしく戦うべきです」
何とも情けない言葉を、自信満々に言い切った。
「それで、結局どうするのだ?」
「一応策は用意してあります」
千景は手に持ったトランクを掲げる。
「さて、それでは私達らしく、こそこそと逃げるとしましょうか」
刑務所周辺は、緊迫した空気に包まれていた。
応援要請を受けた警官隊が、刑務所周辺を完全に包囲する。
後は突入部隊の到着を待つだけ、と言うその時だった。
ひゅ~~~、ドッカーン。
外から警官隊に向け、何かが撃ち込まれた。
と同時に、周囲に煙が充満する。
「な、何だ。何が起きている?」
「分かりません。外部からの砲撃の様ですが」
突然の事態に動揺する警官隊。
その間にも次々に爆発は続き、煙は中庭の警官隊を覆い始める。
「ぐわぁぁ。何だこの匂いは」
「き、急に吐き気が……」
「目が~、目が~」
煙を吸い込み、次々にのたうち回る警官隊。
「いかん。おい、ガスマスクの用意は?」
「外の車両にあります」
「全員、何でもいい。布を顔に当てて、煙を吸い込むな」
ハンカチやタオル、服の袖で顔を隠す警官隊。
煙は刑務所の中庭を完全に覆い尽くしていた。
「急ぎ中庭より離脱。外壁の外へ退避するぞ」
指揮官の指示に、布で顔を覆った警官隊が外へと退却する。
突然の事態に、周囲は騒然となった。
体調不良を訴える者は、救急車とパトカーで病院に搬送されていく。
無事な者はガスマスクを装着し、煙の中に舞い戻り、襲撃犯を迎え撃つ。
この騒ぎは、煙が晴れるまで三十分ほど続いた。
結局、警察が刑務所襲撃犯を捕らえることは無かった。
そして、その夜。
「それでは、ドクターの解放と、全員が無事に帰還したのを祝して」
「「乾杯!!」」
幸福荘の食堂では、作戦成功の祝勝会が開かれていた。
無実の罪で囚われた仲間の救出とあって、会は大いに盛り上がる。
「吾輩は、皆を信じていたぞ~」
「ドクター! ドクター! ドクター!」
「悪だって、たまには勝つのだ~」
「おぉぉぉぉ!」
顔を湿布で埋め尽くしながらも、蒼井は満足そうにマイクを握る。
盛り上がるハピー達を、微笑みながら見つめる幹部達。
仲間の拘束による動揺は、どうやら解消されたようだ。
「それにしても、よくあの包囲網から脱出できたものだな」
ジュースを片手に、呆れたように紫音は言った。
「木を隠すなら森の中作戦。正直ここまで上手く思いませんでしたよ」
「成功したのは柚子達のフォローが大きいですね。作戦自体は古典的ですから」
「それでも、やっぱり千景さんは凄いですよ」
嬉しそうに笑顔を見せる柚子に、千景は軽く微笑む。
作戦自体は、確かに古典的だった。
千景が持ち込んだトランクには、警官の制服が入っていた。
それに着替え、入り口付近で待機。
柚子達が放り込んだ、柚子特製の毒煙玉による混乱に合わせ、警官隊に紛れ込む。
視界が悪く、タオルで顔を隠しているため、バレる可能性は低い。
後は病院に搬送されるふりをして、こっそり逃げるだけだ。
「ガスマスクの未装着など、幾つかの幸運も重なった結果です」
「いいじゃないのぉ。運も実力のうちよぉ」
「そうだぞ。何にせよ、全員が無事に戻った。これが全てだ」
「ふふ。ではそう言うことに。……さて、少し席を外しますね」
残ったワインを飲み干すと、千景は静かに食堂を後にした。
幸福荘の騒がしさも届かない、地下基地の一室。
小さな机と椅子以外は、テレビも、ラジオも、窓一つない殺風景な部屋。
通称、反省部屋。
千景は軽くノックをし、部屋の中へと入る。
「奈美、お待たせしました」
「いいえ」
部屋の中には、祝勝会に参加していない奈美がいた。
「私がどうして怒ったのか、分かりましたか?」
千景は奈美と向かい合うように、椅子に腰掛け尋ねる。
奈美を反省部屋に入れたのは、千景だった。
基地に戻って直ぐ、千景は奈美を連れてこの部屋に来た。
そして、奈美の頬を張った。
呆然とする奈美に、
「私が怒っている理由を、よく考える事です」
千景は言い残し、部屋からの退出を禁じた。
「……千景さんは、私の勝手な行動を怒ってるだけじゃ無いんですよね」
ポツリと奈美は話し始める。
「私の行動で、ハピネスのみんなを危険な目にあわせたこと。そして」
「そして?」
「みんなを、仲間を信じないで、一人で戦ったことを怒ったんですね」
奈美の答えに、千景は満足そうに頷く。
それこそが、千景が一番許せず、見逃せない事だった。
「その通りです。私達は規模も戦力も、正義の味方には遠く及びません。
だからこそ、仲間を信じて、力を合わせ共に戦う。それは絶対に忘れてはいけない事です」
「はい……すいませんでした」
「貴方は自分で答えに辿り着いた。それで充分です」
叩いた甲斐がありました、と千景は笑顔を見せる。
それを見て、ようやく奈美は表情を和らげた。
「さあ、上に戻りましょうか。祝勝会もまだ途中ですよ」
「はい。もうお腹ペコペコです」
千景と奈美は立ち上がり、部屋のドアを開ける。
そこには、
「みんな……どうしてここに。それに、手に持ってるのは……」
祝勝会ではしゃいでいるはずの、ハピネス全員が廊下に立っていた。
しかも全員が、料理が乗った皿や、飲み物を手にしている。
「それで、みんな揃って一体どうしたんですか?」
少し呆れたように尋ねる千景。
「いや、千景のことだから罰として食事抜きとか、やると思ってな」
気まずそうに頬をかきながら紫音。
「だから、こっそり差し入れをしようという事になりまして」
サンドイッチが乗った大皿を手にハル。
「でもぉ、奈美ちゃんってとっても沢山食べるでしょぉ」
バスケット一杯のパンを持ったローズ。
「それで、あれもこれもと選んでいるうちに、凄い量になってしまいまして」
ペットボトルのジュースを手に柚子。
「「ですので、全員で来ちゃいました♪」」
その他大量の料理や食材を手にした、ハピー達。
「仮にも吾輩を助けた者が、そのせいでひもじい思いをするなど、許せぬからな」
ラップで包んだおにぎりを差し出す蒼井。
「か、勘違いするな。別にお前のためではなく、お前が空腹だと吾輩が気まずいからだ」
照れたようにそっぽを向く蒼井。
「みんな……ありがとう」
奈美の本当に嬉しそうな笑顔に、ハル達も笑顔を向ける。
こうして、仲間の絆を確かめ合い、この話は幕を……、
「ちょっと待って下さい」
下ろさなかった。
「ではみんなは、私がそんなに酷いことをする奴だと、思っていたんですね」
静かだが、威圧感を込めた千景の言葉に、全員が固まる。
「そうですか……残念です」
「あの……千景。どうして笑顔で扇子なんか取り出すのだ?」
尋ねる紫音。その声は、恐怖で震えている。
「うふふ。それはですね…………お仕置きをする為です♪」
「みんな、逃げろ~!」
「「うわぁぁぁぁぁ」」
悲鳴を上げながら、一目散に逃げ出す。
「逃がしませんよ。さあ、全員覚悟なさい」
何処か嬉しそうに、追いかける千影。
こうして、ハピネスの日常は取り戻されたのだった。
色々ありましたが、ハピネスはようやく日常を取り戻しました。
これからはまた、こそこそと悪事を働いていきます。
次は久しぶりにハルがメインの予定です。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。