お役所へ行こう(1)
ハル、いよいよ緊張の初任務です。
生暖かい視線で見守っていてあげてください。
それは紫音の一言から始まった。
「ハル、お前にはお使いに行って貰う」
「お使い……ですか?」
首を傾げるハル。
「うむ。成功したら晴れてお前は幹部昇進だ。気合い入れていけよ」
はて、何かがおかしい。
幹部昇進は結構だが、自分は強制参加させられた身だ。
それなのに試験があるというのどういう事か……。
そんなハルの疑問に気づいたのか、千景がそっとハルに近づき、
「もし失敗したら、貴方には一般職員として働いて貰います」
視線で何かを示す。
ハルもつられて視線を動かし、固まった。
そこには確かに一般職員がいた。
真っ黒な全身タイツを着用した、お約束のスタイルで。
「マヂっすか?」
「はい、もちろん」
にっこりと笑顔で答える千景。
「敗者復活とかは……」
「あると思います?」
はい、絶対に無いと思います。
「頑張ってくださいね」
「まあ、お使い位なら」、
「ほう、頼もしいな。まあ、そんなに難しい事じゃない」
紫音の言葉に、千景が大きな封筒と地図をハルに渡す。
「これは?」
「それがお使いの内容だ」
「貴方には、市役所でとある手続きをしてきて貰います」
なるほど。確かに面倒で時間がかかる。お使いにはもってこいだろう。
「その位ならおやすいご用ですよ。
それで、何の手続きをするんです?」
ハルの質問に、紫音と千景はニヤリと笑って答えた。
「悪の組織の設立申請です」
そして今、ハルは市役所の前まで来ていた。それも、
「はぁ〜」
「ため息をつくと幸せが逃げるよ」
何故か奈美と一緒だったりする。
恐らく、ハルに対する見張りだろう。
まあ、今更逃げる気も無いのだが。
「そういえば、ここに来る前に何か用意してたけれど……」
「まあ、万が一にそなえてね」
そう、ハルは基地を出る前に、ローズに頼んであるものを貰ってきていた。
ハルは強くない。
モノマネ、つまり劣化コピーも万能な訳がなく、逆に欠点だらけである。
だからこそ、何かあったとき逃げ出せるように万全を期さなくてはならない。
「まあいいや。それじゃあ、私はそこの広場で待ってるからね」
「ああ、それじゃあ、行って来る」
中庭へと向かう奈美を見送ると、ハルは市役所の中へと入っていった。
「えっとなに、市民生活支援課に向かえ、か」
千景に渡された封筒の中から、メモを取り出す。
市役所の内部は広かったが、税金を過剰に使った案内板があったおかげで、それほど迷うことなく目的地へとたどり着けた。
生活支援課の待合いロビーには、結構な数の人が順番待ちをしている。
「さて、次はどうすればいいのかなっと」
―市民生活支援課に着いたか?そしたら、九と四分の三番窓口に行け。
「ハリー○ッターか!!」
つっこみを入れるハルに、周囲の視線が一斉に向けられる。
「あ、すいません」
頭を下げるハル。視線が無くなったのを確認して、再びメモを見る。
―公共の場で大声を上げるな。迷惑だぞ。
……エスパーですか。
どこかで見張ってるのだろうか。
キョロキョロと周囲を見回すが、もちろんそれらしき影は見えない。
―挙動不審だぞ。少し落ち着け。
グシャッとメモを握りつぶす。
もう諦めた。
一刻も早くこの任務をこなそうとハルは窓口へと向かう。
「七、八、九、…………はぁ」
九番窓口と十番窓口の間には、確かに九と四分の三窓口があった。
ていうか、普通に番号増やせばいいだろうよ。
ハルは心の中で突っ込みながら、窓口整理券を受け取る。
順番は直ぐに回ってきた。
「はい、本日はどのようなご用件でしょうか?」
窓口に座っているのは、若い女性だ。
二十代後半だろうか。
メガネをかけ、いかにも仕事一筋という感じだ。
「えっと、書類の申請に来たのですが……」
「なるほど。悪の組織の設立申請ですね」
女性はハルの答えるよりも先に言った。
「えっ、どうして」
「どうして分かったのか……ですか」
今度はハルの言葉にかぶせるように言った。
「混乱してますね。少し落ち着いて下さい。……御堂ハルさん」
今度こそ、ハルは本気で驚愕した。
いったい目の前の女は何者だ。
「そう緊張しないでください。さあ、おかけ下さい」
女性に促され、ハルは椅子に座る。
落ち着こう。
深呼吸を何度も繰り返す。
そうしているうちに、ちょっとだけ冷静さが戻ってくる。
左手で握りつぶしているメモの存在を思い出すくらいには。
ダメ元だ、とハルはメモをちら見する。
―あ、そうそう。言い忘れてたけど、窓口の女は人の心を読むから気をつけれ。
「最初に言えぇぇぇぇ」
ハルの叫び声が市役所中に響き渡った。
やっぱり普通じゃ無かったお使い。
果たしてハルは無事任務をクリアし、全身黒タイツを免れることが出来るのか。