慰安旅行に行こう(5)
少し間が空いてしましましたが、慰安旅行の完結編です。
今回もギャグ分はかなり少な目になってしまいました。
登場人物の自己紹介となりつつある慰安旅行最後は、
紫音がメインとなっております。
静かな夜だった。
都会から離れた山では、睡眠を邪魔する騒音はない。
時折聞こえる、風になびく木々の音が、心地よく耳に届く。
紫音を無事に部屋までエスコートしたハルは、
二つ並べられた布団に潜り込み、徐々に眠りの世界へと落ちていく。
そんな時だった。
「ハル、まだ起きているか?」
隣の布団から聞こえる紫音の声に、現実へと引き戻された。
「まだ起きてますが……どうしました?」
「うん……ちょっと眠れなくてな」
ハルは閉じかけた瞼を何とかこじ開ける。
視線を向けると、布団からうつ伏せに、顔を覗かせる紫音がいた。
「折角だし、少し話でもしないか」
「構わないですよ」
眠気はあるが、我慢できない程ではない。
ハルは紫音と向き合うように、体を横に倒す。
「さて、どんな話をしましょうか」
「やはりハルは面白い。私が見込んだだけの事はある」
満足したように笑顔を見せる紫音。
既に一時間ほど話をしただろうか。
眠くなるどころか、ますます目が冴えている様だ。
「見込んだと言えば、前から気になっていたんですが」
「ん、何だ?」
「どうして俺のことをスカウトしたんです?」
ハルは以前から気になっていたことを尋ねる。
「前に話した理由の通りだぞ」
「それ以外に、何かありませんか?」
「ん~、そうだな。強いて言うなら……勘だな」
非常にアバウトな理由が返ってきた。
何というか、無茶苦茶だった。
「勘、ですか」
「そうだ。と言っても、私の勘は凄いんだぞ」
「どういうことです?」
紫音は少し考えるような素振りを見せ、
「まあ幹部候補生のお前なら言っても良いだろう」
少し真剣な表情に変わる。
「私の勘はな、今まで外れたことがないんだ。一切の例外なく、な」
「……マヂですか?」
「大マヂだ。その証拠に、千景は文句を言わなかっただろ?」
言われてみると納得できる。
千景が、いくらボスである紫音のスカウトとはいえ、
あの時点では平凡な学生をハピネスに入れるとは思えない。
だが、紫音の勘が言うとおりなら、あり得る話だ。
「それじゃあ、本当に」
「そうだ。どうだ、恐れ入ったか」
えっへん、と自慢げな顔をする紫音。
ハルはこの少女が、ハピネスのトップにいる理由を、少しだけ理解した。
「そう言えば、さっき俺の学生時代の話をしましたけど」
「うむ。なかなか楽しい話だったな」
「紫音様って、学校に行ってるんですか?」
「もちろん行っているぞ。何せ、義務教育だからな」
義務を律儀に守る悪の組織首領。
そこいらの大人達にも、見習わせたいくらいだ。
「でも、大丈夫なんですか。安全面とか」
「心配無用だ。その辺は千景が全て手を回してくれている」
「……核ミサイルが来ても大丈夫そうですね」
苦笑いのハルに、紫音は笑顔で頷く。
千景が、の時点で一切の心配は不要になった。
「少し先になるが、学校で運動会がある。ハルにも見に来て欲しいな」
「いいんですか? 俺みたいな部外者が行っても」
「去年までは千景だけだったからな。……皆で来てくれると嬉しい」
「千景さんだけって、ご両親は……っ!」
ハルは自分の失言に気づき、思わず息をのんだ。
笑顔だった紫音の顔に、深い悲しみの色が浮かんでいた。
「私の両親はな……二人とも死んだよ」
「すいません。無神経な事を」
「気にしなくて良い。忘れた訳ではないが、もう過去の話だ」
謝るハルを、大人びた表情で制する紫音。
「今の私には、千景を始め、多くの家族が居る。もちろんハルもだ。
だから両親が居なくても寂しくないし、悲しくて涙することもない」
「………………」
「だから、そんな顔をするな」
紫音は布団から抜け出すと、ハルの頬にそっと手を触れる。
暖かな手の温もりが、ハルの表情をほぐした。
「全く、どっちが年上か分からんな」
「……すいません」
そっと頭を撫でる紫音に、ハルは暫し身を任せた。
「さて、もう遅い。そろそろ寝るとするか」
「そうですね……って、どうして俺の布団に入るんですか?」
「一緒に寝たくなった」
紫音は何ともあっさりと言ってのける。
「いや……それは……」
「ハルはロリコンではないのだろう?」
「当然です」
「ならば問題無かろう」
うっ、とハルは言葉に詰まる。
「それにな、お前と話をしていて、父の事を思い出してしまった」
「…………」
「一緒に寝てはくれないか?」
訴えかける様な視線を向ける紫音。
断ることなど出来ようか……否。
「分かりました。少し狭いですが、我慢してくださいね」
「うむ♪」
満面の笑みを浮かべ、紫音はハルの布団へと潜り込む。
小さな紫音の体温を感じながら、ハルは眠りへと落ちていった。
翌朝、お約束の展開が待っていた。
ハルが目を覚ますと、既に周囲は包囲されていた。
二日酔いなのか、顔面蒼白の千景と奈美が布団を囲み、
対照的に何時も通りのローズと柚子が、窓とふすまの出口を塞ぐ。
「ハル君……状況は……理解してますね」
ガンガンと響く頭を抑えながら、千景が尋ねる。
諦めのため息をつき、ハルは頷いた。
ハルの布団には、未だ眠り続ける紫音。
抱き枕のように、ハルの足にしがみついている。
浴衣は大部分がはだけ、色々な意味でマズイ状況。
もはやどんな言い訳も、無駄だろう。
「ハ~ル。何か、遺言はあるかしら」
指をパキパキとならし、奈美が一歩踏み出す。
被害を最小限に抑えられる言葉を考え、そして、
「……お手柔らかに」
「全力全壊………正拳突……」
奈美の拳がハルへと突き刺さるその瞬間だった。
ピーピーピーピーピー
部屋の中に、謎の警告音が響き渡った。
「な、何よこれ?」
突きかけた拳を止め、奈美が慌てて周囲を見回す。
ハルと柚子も同様に音源を探す。
「千景ちゃん……これってぇ」
「ええ。基地からの……緊急通信です」
千景の言葉に、全員の顔が強張る。
今日の昼には基地に戻ると、ハピー達は知っている。
それでもなお、連絡を取ってきた。
事態の深刻さは、それだけで充分察することが出来た。
「通信を開きます」
千景は黒い小型通信機を操作する。
数秒後、通信が繋がった。
「千景様、こちらはハピー一号です。聞こえますか?」
切羽詰まったような声が、通信機から流れる。
「こちら千景です。……状況を報告しなさい」
休日モードから、仕事モードに切り替わった千景が告げる。
ハル達も緊張した面もちで、次の言葉を待つ。
「蒼井様が、蒼井様が……警察に逮捕されました!」
こうして、短い慰安旅行は終わりを告げたのだった。
慰安旅行は中だるみしてしまいました。
もっとスマートに纏めなきゃと、反省しております。
ようやく次回から、ハピネスの活動に戻ります、と言いたい所ですが、
何やらトラブルが発生したようです。
もうシリアスはこりごりなので、ギャグ一直線で行きます。
よろしければ、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。