慰安旅行に行こう(4)
ハピネス一行、慰安旅行の続きです。
露天風呂の次は、旅行の楽しみの一つ、食事と宴会。
今回はローズとハルの絡みがメインです。
物理的に絡まないと良いのですが……。
「あの、本当にご迷惑を掛けてしまって……」
「いいよ。別に気にしてないから」
浴衣姿のハルと柚子が、並んで廊下を歩く。
脱衣所での出来事から、既に三十分が経っていた。
柚子の体調の回復、そして……説明と説得に費やした時間だ。
何せあの状況、柚子を落ち着かせるのに一苦労。
事情の説明に二苦労。
極度の羞恥で、落ち込む柚子を説得するのに三苦労。
そんなハルの涙ぐましい努力の結果、今に至る。
「みんなもう食事してるだろうし、急ごうか」
「はい」
廊下を早足で進み、目的の小さな宴会場へ到着。
ふすまを開けようとし、ハルは少し躊躇う。
果たしてローズは、みんなにどんな説明をしたのだろうか。
そもそもちゃんと説明してくれたのだろうか。
ふすまを開けた途端、奈美の拳が飛んでこないだろうか。
「……神のみぞ知る、か」
「どうしたんですか?」
「いや、覚悟を決めただけだ。それじゃあ、開けるぞ」
戦場に向かう兵士のような表情で、ハルはふすまを開けた。
「おー、ハルに柚子。やっと来たか」
「二人とも、待っていましたよ」
「も~遅いぞ。先食べちゃってるからね」
……ありがとう神様。
どうやら最悪の事態は回避できたようだ。
和やかな空気に、ハルはホッと一息つき、部屋に入る。
「風呂でのぼせたそうだが、もう平気なのか?」
紫音はハルに視線を向けて尋ねる。
はて、と首を傾げるハルにすかさず、
「柚子ちゃんが治療してくれたんだからぁ、大丈夫よねぇ」
ローズのフォローが入る。
そして他の皆に気づかれないよう、軽くウインク。
短いやり取りだったが、ハルは理解した。
つまりはそうやって、説明したのだろう。
「そ、そうなんだよ。柚子に迷惑掛けちゃって。……なっ」
「え、そ、そうですね。でも無事で良かったですよ」
ハルの視線に柚子も察したようだ。
慌てつつも話を合わせる。
「全く、体調管理くらいしっかりしなさいよね」
「悪い悪い、これからは気を付けるよ」
悪態を付く奈美に、ハルは笑顔で答えつつ、空いている席に座る。
柚子も着席したのを確認すると、
「では全員揃いましたし、乾杯をしましょうか」
千景がグラスを片手に促す。
「料理は食べちゃってたけど、乾杯はまだだったのよ」
「やっぱり乾杯はぁ、みんな揃わないと、ねぇ」
どうやら気を遣わせてしまったようだ。
「さあ皆、グラスは持ったか?」
紫音の言葉に、一同はグラスを片手に頷く。
「うむ。今日は日頃の疲れを癒す慰安旅行だ。
羽目を外しすぎない程度の無礼講で、みんな楽しんでくれ。じゃあ」
「「かんぱ~い!!」」
グラスの重なる音が響き、食事兼宴会の始まりを告げた。
美味しい食事が次々と用意され、一同は舌鼓を打つ。
サービスも行き届いており、酒もジュースも切れることがない。
気の置けない仲間と言う事もあって、大いに盛り上がった。
が、少々盛り上がりすぎてしまったようだ。
楽しい空気が酒の量を増やした。
そして……。
「いいですか。大体紫音は日頃から……」
ピッチャーを片手に紫音に説教を始める千景。
一見素面のようだが、完全に目が据わっていた。
そもそもピッチャーを、ラッパ飲みしている時点で危険だ。
「らいたい、奈美さんられすね~」
「なによ~。ほれなら柚子らって」
呂律の回らない程酔いながら、互いに酒を注ぎ合う奈美と柚子。
べろべろの状態ながら、酒のペースは変わらないのが恐ろしい。
奈美は未成年?……記憶にございません。
そしてハルは、
「ハルちゃぁん。私酔っちゃったみたいだわぁ」
ローズに絡まれていた。
体をクネクネさせ、寄りかかるローズを、ハルは何とかいなす。
「それにしてもぉ、ハルちゃんお酒強いのねぇ」
「まあ昔取った杵柄って奴でね」
酔いが回っているみんなに比べ、ハルは何とか平静を保っていた。
上手く立ち回り、飲酒量を減らしたことが大きな要因だろう。
元々酒に強い体質と言うのもあるのだが。
「それを言うなら、ローズだって全然酔ってないだろう?」
「あらぁ。どうしてそう思うのかしらぁ」
「これも昔の癖でね。人が酔っているかどうかが分かるんだよ」
「ハルちゃんはママの所で働いてたんだもんねぇ。ばれちゃうかぁ」
ペロッと舌を出し、おどけるローズ。
何というか……可愛くない。
「俺以外に無事な奴が居て良かったよ」
「この後、酔いつぶれたみんなを、運ばなくちゃだもんねぇ」
苦笑いを浮かべ合う二人。
騒がしい周囲を余所に、ゆっくりと酒を飲み交わす。
「そう言えば、ハルちゃんに聞きたいことがあるのぉ」
グラスをくいっと飲み干し、ローズが切り出す。
そう言えば、ローズとはゆっくり話をしたことはなかった。
今日くらいは付き合うか。
ハルは空になったローズのグラスに酒を注ぐと、続きを促す。
「ハルちゃんってぇ、結局奈美ちゃんと柚子ちゃんのどっちが本命なのぉ?」
「ぶぅぅぅぅぅぅ!」
盛大に酒を吹き出すハル。
「げほ、げほ、何を言い出すんだ」
「だってぇ、気になるんだものぉ」
ちっとも悪びれずに、ハルのグラスに酒を注ぐローズ。
ハルの反応を見て、楽しんでいるようにも見える。
「てっきり奈美ちゃんが本命だと思ってたんだけれどぉ、
今日の一件もあるでしょぉ。柚子ちゃんの可能性も否定できなくてぇ」
で、どうなの?と恋話をする女学生のような視線を向ける。
またか、とハルは内心ため息をつく。
何故か今日は、こういった話ばかりの気がする。
「奈美も柚子も、職場の仲間ってだけだよ」
「あらぁ、じゃあ恋愛感情はないのかしらぁ」
ハルは少し考え、
「少なくとも、今はそう言った対象として二人を見てない」
正直な自分の気持ちを伝えた。
「そうなのぉ? ……ひょっとしてぇ、女の子に興味がないとかぁ?」
「俺はノーマルだ」
少し嬉しそうなローズに、ハルは即座に否定をする。
万が一にも誤解されては一大事だ。
「とにかく、今俺には好きな娘も、付き合っている娘もいない」
「残念ねぇ。まぁハルちゃんらしいけどぉ」
からかうようなローズに、ハルは反撃をする。
「ローズはどうなんだよ。千景さんと随分仲がいいみたいだけど?」
「ふふ、仕返しかしらぁ? でも残念。彼女とは何もないわぁ」
余裕の表情を崩さないローズ。
「でも二人は長い付き合いなんだよな」
「ええ。千景ちゃんとは、ハピネスが出来る前からの付き合いよぉ」
ハピネス最古参の千景とローズ。
そんな二人の関係に、ハルは興味があった。
「聞かせてよ。二人の出会いとか、これまでの事とか」
「そうねぇ……。ちょっとだけよぉ」
興味津々のハルに、ローズは少し苦笑いをして答えた。
「ハピネスに入る前はねぇ、私実は正義の味方側の人間だったのよぉ」
衝撃の発言だ。
こんな風体の正義の味方がいてたまるか。
「千景ちゃんと知り合ったのはこの時ねぇ。その後、仲間に誘われたのぉ」
「細かいとこ全部端折っただろ」
「全部語ったらぁ、夜が明けちゃうわぁ」
笑いながら、ローズはグラスを空ける。
これ以上は話さない、と暗に告げていた。
「千景ちゃんとはぁ、親友であり戦友ってところかしらぁ」
「恋愛感情はないの?」
「だって私、既婚者だものぉ」
「はぁぁぁ??」
衝撃の発言、第二弾。
今度こそ、ハルは驚きの声をあげた。
「け、結婚してたって……相手は……女の人だよな?」
「あたりまえじゃないのぉ」
それが当たり前じゃないのがあなたです。
「でもぉ今は独り身なのぉ。だ・か・ら、安心してねぇ♪」
「安心できねぇぇぇ」
思い切り抱きついてくるローズを、ハルは必死に防ぐ。
「しかし、ローズの意外な過去を知ったな」
「いい女はねぇ、幾つも秘密を持っているものなのよぉ」
あんたは女じゃないだろ。
「ハルちゃんがぁ、もっといい男になったらぁ、色々話してあげるわぁ」
「……今はまだ駄目って事か」
「まだまだ坊やだものぉ。でもいい男になる素質はあると思うわよぉ」
子供にするように、ハルの頭を撫でる。
ゴツゴツしたと格闘家のような手に、ローズの重みを感じる。
「ま、期待に応えられるように、精々頑張るよ」
「いい子ねぇ。それじゃあ、早速頑張ってもらいましょうかぁ」
何を、と聞くまでもなかった。
ローズの視線を追い、宴会場を見渡すと、
「兵共がって奴だな」
酔いつぶれてダウンしている、幹部達の姿があった。
抱き合うように眠っている、奈美と柚子。
一騎打ちの結果は、どうやら引き分けのようだ。
説教の姿勢のまま、ピクリとも動かない千景。
目を開けたまま、静かに寝息をたてている。
紫音は素面なのだが、説教がよほど堪えたようだ。
泣きながら体育座りをして、ごめんなさいと繰り返している。
「とにかく、部屋まで運ばないとな」
「そうねぇ。ハルちゃんは紫音ちゃんをお願い出来るかしらぁ」
同じ部屋だしね、とローズは言う。
「分かった。それじゃあ、後は奈美か柚子を……」
「後は、私に任せてぇ」
ローズは千景を肩に担ぐと、右手で奈美を、左手で柚子をひょいっと抱き上げる。
まるで人さらいだ、とは言わないでおく。
「体調が万全じゃないんだからぁ、無理しないのよぉ」
「はぁ……敵わないな」
「気持ちだけ受け取っておくわぁ。紫音ちゃんをよろしくねぇ」
ウインクを一つ、ローズは宴会場を後にする。
「じゃあ俺は紫音様を連れて行くかな」
未だ体育座りを続ける紫音に近づく。
「紫音様、部屋に戻りますよ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい…………」
そんなハルの言葉も聞こえないのか、紫音は変わらず謝罪を続ける。
一体どうすれば、人をここまで追いつめられるのだろうか。
千景という人間の底知れなさを、ハルは冷や汗と共に実感した。
「何にせよ、この台詞は色々な意味でマズイ」
とにかく紫音を落ち着かせなければ。
一番効果的な言葉は何か、ハルはしばし考える。
「……紫音様。千景さんはもう居ませんよ」
「はっ! 私は一体……」
効果はバツグンだ。
夢から覚めたように、紫音は正気を取り戻す。
「ハル、私はどうしていたのだ。長い悪夢を見ていたような……」
「気にしたら負けです。思い出さない幸せも、あるんですよ」
「そうか……」
首を傾げつつも、納得する紫音。
確実にトラウマになっていそうだが、気にしないことにする。
「今日はもうお開きです。部屋に戻りましょうか」
「皆も戻ったようだし、そうするとしよう」
紫音はスッと立ち上がると、意外にしっかりとした足取りで歩き出す。
「……そうか、紫音様は素面でしたね」
「ん、どうかしたのか」
「いえ、酔って歩けない思って、抱きかかえるつもりだったので」
でも大丈夫ですね、と笑うハルに、
「…………ならばそうしろ」
赤く染めた顔を伏せて、紫音は命令する。
意図を掴みかねるハルに、
「私は疲れたのだ。部屋までエスコートするがよい」
恥ずかしさを隠すように、紫音は再度言った。
大人びていても、まだ子供。甘えたいときもあるのだろう。
ハルは勝手にそう思うことにした。
「では、お望みのままに」
少し気取って言うと、紫音をそっと抱き上げる。
予想以上に軽い体に驚きながらも、歩き始めた。
後片づけを始めた旅館職員の、仲の良い兄弟を見るような暖かい視線を背に、
ハルは宴会場を後にするのだった。
まだ旅行一日目かよ、と自分でも突っ込んでしまうくらい、
話が進みませんね。
ちょっとだけ明かされたローズの過去。
色々と謎な人ですよね。
次回で慰安旅行は終わりの予定です。
スローペースに懲りずに、またお読み頂ければ幸いです。