表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/103

慰安旅行に行こう(3)

慰安旅行の続編です。


温泉でようやく安らぎの時間を得られたハル。

そんなハルに新たなる刺客が……。


今回はちょっとシリアスな話になっております。


「はぁ~生き返る」

 ハルはリラックスした声をあげた。


 奈美と柚子の徹底的な質問地獄を終え、

 癒しの空間、露天風呂へと来ていた。

 簡単な洗い場と、石造りの浴槽があるだけのシンプルなものだが、

 それがより一層周囲に見える自然を引き立てている。

「幸福荘の風呂も良いけど、これは格別だな」

 湯に浸かり、頭に手ぬぐいを乗せのんびりとする。

 疲れが湯に溶け出すように癒されていく。

 ……主に今日の疲れが。


「それにしても、まるで貸し切り状態だな」

 周囲を見回しハルは呟く。

 夕方に差し掛かり、もうすぐ夕食という時間帯。

 温泉にはハル以外の人影は見えない。

 ローズはハルが捕まっている間に入浴したらしく、

「私の裸がみたいならぁ、ベッドの上でねぇ」

 脱衣所で入れ違いになった。

 台詞に関してはもちろんスルーした。

「まあ、のんびり出来ていいけどね」

 ハルは久しぶりの心休まる時間を、満喫していた。


「ん、誰か来たかな」

 脱衣所の曇りガラス越しに、人影が映る。

 影の大きさから、恐らく子供だろう。

「……騒がしくなる前に出ようかな」

 子供は大体親か友達など、複数人で温泉に入る。

 賑やかになるのは容易に予想が付く。

 疲れも取れたし丁度良いか、とハルが立ち上がると、

「あ、ハルさん」

 何とも聞き覚えのある声がかけられる。

 開け放たれた扉から姿を見せたのは、バスタオル姿の柚子だった。


 ハルの思考は一瞬停止し、

「……きゃぁぁぁぁぁ」

 乙女の様な悲鳴をあげ、大急ぎで浴槽に体を隠した。


「あの、普通私が悲鳴を上げる方では……」

 堂々と入ってきて何を言う。

「こっちは男湯だ。間違えたなら早く戻れ」

「いえ。間違ってませんよ」

 にこりと微笑む柚子。

「じゃあ、実は柚子は男の子だった、とか?」

「……お風呂でそれを言われるのは、少しショックです」

「だって……なぁ」

 普通タオルを巻いただけの状態なら、男女の判断は出来る。

 しかし、柚子の場合は困難だ。

 何せ、胸から腰までが一直線、膨らみもくびれもない。

 いわゆる寸胴。あるいは子供体型だ。

 タオルが滑り落ちないことが不思議な位だ。

「むむ、何か失礼な事を考えてませんか?」

「そ、そんなことはないぞ。って、話を逸らすな」

 脱線しそうな話を軌道修正する。


「仮に女だとするなら、どうして男湯に来るんだ」

「何ですか仮にって……。何ならタオル取りましょうか?」

「ごめんなさい。それは勘弁してください」

 人として大事な最後の一線を守るため、ハルは全力で謝る。

「もういいです。それで、私がここに来た理由ですけど」

「うん」

「ハルさんと一緒に温泉に入るためです」

「じゃあそういうことで」

 ハルは素早くタオルを腰に巻き、脱衣所へと向かう。

「ちょっと待って下さい。どうして逃げるんですか」

「当たり前だろ。男湯で(多分)女と一緒に入れる訳がない」

「多分とか付けないで下さい」

 妙に勘がいい柚子に、ハルは手を掴まれる。

「頼む柚子。このままだと絶対いつもの展開になるから」

 ハルの脳裏には既に、この後の流れが浮かぶ。

 混浴発覚、言い訳無用の制裁、痛い目を見るハル。

 お約束の展開だ。

「だ~め。一緒に入りましょう。私からのお願いです」

「無理だ。そんなお願い聞けるわけがない」

「む~、ハルさん。私との約束を破るんですか」

「混浴するなんて約束はしてないぞ」

「そうじゃなくて、私のお願いを聞いてくれるって」

「………………あっ」

 思い出してしまった。

 柚子なら大丈夫だろうと、簡単に約束してしまったが。

「私のお願いは、ハルさんと一緒に温泉に入る事です」

「ちょっと待て。これは反則だ。無し無し。無効だ」

「ハルさん……酷いです。私とのことは遊びだったんですね」

「誤解を招くような事を言うな」

 周りに人がいなくて良かったと心底思う。

「とにかく、そのお願いは駄目だ。他のにしろ」

「……分かりました。それなら私にも考えがあります」

 どことなく黒い雰囲気の柚子。

「この姿で、皆さんの所へ駆け込みます」

「なっ!」

「ハルさんに無理矢理男湯に連れ込まれたって泣きつきます」

 柚子の言葉に凍り付くハル。

 もしそれが実施された場合、結末は容易に想像できる。

 デッド・オア・ダイ。

「決まりですね♪」

 柚子のにこやかな笑顔に、ハルは白旗を上げた。


 ゴシゴシゴシ

「ふ~んふふ~ん♪」

 檜の椅子に座ったハルの背後から、柚子の楽しげな鼻歌。

 勢いに押し切られ、背中を流してもらっていた。

 風呂場で女性に背中を流して貰う。

 普通ならよからぬ事を意識してしまうものだが、

「……意外に大丈夫だな」

 ハルは思いの外落ち着いていた。

 何故なら相手が柚子だから。

 実年齢はさておき、見た目は子供だ。

 そう考えるほど、ハルは冷静さを取り戻していった。


「ハルさんの背中って、とっても華奢ですよね」

 定番の台詞をアレンジする柚子。

「そこは大きいですね、て言うところだろう」

「でもとっても細身で、肌も綺麗ですし」

 何とも嬉しくない褒め言葉だ。

「……本当に男の方ですよね?」

「前をのぞき込むな!!」

 タオルで隠しているとはいえ、流石に恥ずかしい。

「冗談ですよ。……はい、終わりです」

「ありがとう」

「では、次は私を洗ってく……」

「無理だ」

 爆弾を投下前に処理する。

「どうしてですか」

「頼む、人としての尊厳だけは守らせてくれ」

 全力でお願いするハル。

 土下座状態のハルに、柚子は渋々ながら諦めてくれた。


「はぁ~いい気持ちですね」

「そうだな。やっぱり温泉は格別だ」

 先ほどまでの騒ぎは何処へやら。

 二人はのんびりと温泉を堪能していた。


「しかし、柚子の意外な面を見たな」

「意外って、何がですか?」

「こんなに強引で、悪知恵が働くとは思わなかった」

 ハルは初めて会ったときのことを思い出す。

 おどおどしていて、内気な印象。

 少なくとも、こんな事をするイメージは無かった。

「それは……皆さんのお陰だと思います」

 少し恥ずかしそうな柚子。

「私は、ハピネスで本当に色々な人と触れ合いましたから」

「それじゃあ、ここに来る前は」

「ずっと人と関わらないように、生きてきました」

 予想外の柚子の告白に、ハルは驚く。

「それは例の、体質のせいか?」

「切っ掛けはそうですが、原因は私が臆病者のせいです」

 柚子の言葉に、ハルは無言で続きを促す。



「私の両親は医者で、子供心に尊敬してました。

 そんな両親に憧れて、私も医者を目指すようになりました。

 小学生の頃には、医学書にも手を出すくらいだったんです」


「そんなある日、一緒に遊んでいた男の子が怪我をしました。

 公園の遊具で怪我をしてしまい、頭から血があふれ出しました。

 慌てて、泣き出すみんなの中で、私に初めてスイッチが入りました」


「医学書をかじっていたお陰なのか、応急処置は無事終わり、

 近所の人が通報してくれた救急車で、男の子は病院に行きました」


「後に残されたのは、男の子の血で全身血まみれの私と、

 そんな私から距離を取り、怯えた様子で見つめる友達でした」


「それから、私を見る周囲の目は変わりました。

 まるで化け物の様に避けられ、それ以来私は孤独ひとりでした」


「その後両親も病気で亡くし、私の味方は居なくなりました。

 それから私は人と触れ合わず、関わらず生きてきました」




「その結果、人と接するのが苦手……いえ怖くなったんです」

 話し終えると、柚子は自嘲気味に笑みを浮かべる。

 無言で聞いていたハルは、自己嫌悪した。

 迂闊な発言で、柚子の心の傷に触れてしまったのだから。


「でも、ハルさんと出会って世界が変わったんです」

「俺と出会って?」

「スイッチが入った私を見ても、変わらず接してくれました」

 そんなこと、と言いかけてハルは口を紡ぐ。

 柚子にとっては、重要な事だったはずだ。

「そして私に居場所を、沢山の仲間をくれました」

「ハピネス……か」

 ハルの呟きに柚子は頷く。

「一人きりの暗くて冷たい世界から、

 ハルさんは明るく暖かな世界へと連れ出してくれました」

 悪の組織だけど、とは突っ込まない。

「私が変わったのは、変われたのはハルさんのお陰なんです」

「……そうか」

 ハルは優しく微笑みながら、柚子の頭を撫でる。

 会話が途切れ、しばし無言の時間が過ぎる。



「そう言えば、どうして一緒に温泉に入ったんだ?」

 ハルはふと疑問に思ったことを聞く。

「それはですね、ハルさんにお礼をしたかったからです」

「お礼?」

 オウム返しに聞く。

「私に新しい世界をくれたお礼です」

「いやそうじゃなくて、どうしてお礼で混浴なんだ?」

「男の人は女の人と一緒に入浴すると、嬉しいと聞いたので」

「誰から?」

「ハピーの皆さんからです」

「帰ったら覚えてろよぉぉぉ!!」

 留守番のハピー達に、ハルは恨みの叫びをあげる。


「あの~、迷惑……でしたか?」

「うっ、いや、そんなことは無いぞ」

 涙目の上目遣いは反則だ。

「よかったです。勇気を出して正解でした」

 ホッとした表情の柚子。

 どうやら本人も相当恥ずかしかったらしい。

 そんな柚子に、ハルは微笑みながら、

「ありがとうな」

 色々な想いを込めた、感謝の言葉を告げた。



「……はふぅ」

「ん、柚子どうかしたか?」

「いえ……少し……頭がぼうっと……」

 真っ赤な顔の柚子。

 目が少し虚ろで、意識が朦朧としているようだ。

「のぼせたか。柚子、立てるか?」

「……ちょっと……無理かも……です」

 柚子の体はフラフラと揺れ、今にも倒れそうだ。

 自力で動くのは無理だろう。

「仕方ない。柚子、ごめんな」

 ハルは謝罪の言葉を呟くと、柚子を抱き上げ、脱衣所へ駆け込む。


 適当な場所にタオルを敷いて、柚子を寝かせる。

「後は……どうすればいいんだっけ」

 オロオロと戸惑うハルに、

「はぁ、はぁ、……冷たい……タオルを……下さい」

 朦朧とした意識で指示を出す柚子。

「冷たいタオルだな。分かった」

 近くのタオルを数枚水で濡らして、良く絞る。

 柚子の指示通り、タオルを頭、首筋、脇の下にあてて体を冷やす。

「はぁ、はぁ、……ありがとうございます」

「気にするな。それより、他に何か出来ることはあるか?」

「……水を」

 わかった、とハルはコップに水を注ぐ。

「ほら水だぞ。飲めるかって、ちょっと難しそうだな」

 荒い呼吸と、ハッキリとしない意識。

 コップを傾けてみるが、上手く飲ませられない。

「どうしたもんかな」

「はぁ、はぁ……ハルさん……」

 苦しそうな柚子。

 頭をフル回転させ、手段を考えるハル。

 そして、一つの結論に至った。

「やむを得ない、か。……柚子、許せ」

 ハルはコップの水を、自分の口に含む。

 そしてそのまま、柚子の口元へと持っていく。

 ハルの口から、柚子へと水が移される。

 世に言う、口移しであった。


 ハルなりに考えた末の行動だった。

 結果として柚子に水分補給できたのだから、成功と言えるだろう。

 ただ、一つだけ問題があるとすれば、

「ハルちゃぁん。ご飯の時間よぉ」

 第三者からこの光景を見られたら、かなりマズイという事だ。


 床にはバスタオル姿の柚子が寝ている。

 上気した赤い顔で、荒い呼吸。

 そんな柚子に、覆い被さるように唇を重ねるハル。

 こちらも腰にタオルを巻いただけの、裸同然の姿。

 何というか、言い訳無用の状況だ。


「ハルちゃん……」

「ろ、ローズ。これは違う、違うんだ」

 慌てて否定するハル。

 その姿が余計に状況を悪化させる。

「柚子と一緒に温泉に入ったら、柚子がのぼせて……」

「一緒にぃ……入ったのぉ?」

 墓穴を掘った。

 ハルの言葉にしばし考え込むローズ。

 そして、

「それじゃぁ、これは合意の上なのねぇ」

 盛大に勘違いした。

「何でそうなる。ローズ、話を……」

「いいのよぉ、ハルちゃん。全部察したわぁ」

 何故か優しい笑顔で首を横に振るローズ。

「無理矢理じゃなければぁ、私は何も言わないわぁ」

「思いっきり勘違いしてるって。俺はただ……」

「……ハルさん……もっと(水を)下さい」

 柚子の言葉に、ハルは凍り付く。

 ローズは納得したように一つ頷くと、

「みんなにはぁ、上手く言っておくわぁ。だからぁ、ごゆっくり、ねぇ」

 世話焼きのおばさんのように、手を振りながら出口に向かう。

「ちょ、待って。待ってくれ~」

 そんなハルの必死の叫びも虚しく、ローズは脱衣所から出ていってしまった。

 

 静まりかえった脱衣所。

「ローズ……信じていいんだよな」

 ハルの呟きに答えるものはいなかった。





 


ほとんどギャグ要素のない話になってしまいました。

柚子の話はどうしても暗めになってしまうので、勘弁して下さい。


一人語りも入り、読みづらくなってしまいすいません。


次回も温泉旅行の続きです。

よろしければ次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ