慰安旅行に行こう(1)
前回からの続きとなります。
幸運にも温泉旅行招待券を手に入れたハピネス幹部達。
環境を変えた温泉旅館で、どの様なトラブルを巻き起こすのでしょうか。
「山だ~」
「お~」
「温泉だ~」
「お~」
「慰安旅行だ~」
「お~」
ハピネスの面々は、ハイテンションだった。
慰安旅行当日、宿泊する旅館に向かうバスの中。
天気に恵まれたこともあり、一行の表情は明るい。
今回の慰安旅行は一泊二日。
基地からバスで二時間ほど離れた、山に囲まれた旅館。
効能の多い温泉と、雄大な自然が人気のスポット。
慰安にはピッタリだろう。
「ハルさん。もう体は大丈夫ですか?」
「まだ完全じゃないけど、普通に動く分には問題ないかな」
「そうですか。旅行に間に合って良かったですね」
満面の笑みを浮かべる柚子。
「折角の旅行だものね。ハルが来れて良かったわ」
「そうですね。ドクターは残念ながら体調不良で不参加ですが」
「まあ体調管理は自己責任だ。仕方あるまい」
「ハピーのみんなの分も合わせてぇ、おみやげ沢山買ってきましょうねぇ」
と言うわけだ。
参加者は紫音、千景、奈美、柚子、ローズ、そしてハルの六名。
蒼井は体調不良と言うことで不参加になっている。
何があったかは、察して欲しい。
因みに紫音と奈美は素で信じているのだが。
バスは順調に緑の山を抜け、目的地へと到着した。
純和風の大きな旅館。
歴史を感じさせる佇まいだが、古くささを感じさせない。
剣六園と右から書かれた旅館名が、趣を醸し出す。
「なかなか立派な旅館だな」
紫音の言葉にハルも同意する。
商店街の福引きの景品にしては随分と豪華だ。
「あ、ほら。ちゃんと私たちの予約が書いてあるわ」
「どれどれ……げっ」
ハルは絶句した。
旅館入り口脇に、宿泊客の名前が木板に書かれていた。
ハピネス総司令 結城紫音様
ハピネス副司令 柊千景様
ハピネス福利厚生部長 ローズ様
ハピネス戦闘部隊長 早瀬奈美様
ハピネス医療部隊長 和泉柚子様
ハピネス幹部候補生 御堂ハル様
「な、何じゃこりゃぁぁぁ」
ハルの絶叫が山彦になってこだまする。
「ハルさん。どうしたんですか?」
「柚子。お前これを見て何とも思わないのか」
ハルに言われ、柚子はじっと木板を眺め、
「あ、分かりました。ローズさんだけカタカナです」
「ちがぁぁう」
確かに気にはなったが。
「え、違いましたか。ん~、分からないです」
困ったように顔を曇らせる柚子。
本気で思っているからたちが悪い。
「めっちゃ正体バラしてるじゃないか」
「あ、そう言われればそうですね。大変です」
全然大変じゃない様子の柚子。
視線を向けると、他の幹部達も平然としていた。
「あれ?みんな……平気なんですか?」
「うふふぅ、慌てるハルちゃん、可愛いわぁ」
「ハル君の気持ちも分かりますが、大丈夫ですよ」
ローズと千景は微笑む。
「大御所ならいざ知らず、ハピネスの名は殆ど知られていませんから」
「悔しいがその通りだ。なので、せめてもの抵抗で自ら名乗ってやった」
犯人が自白した。
「まあ対策はしてますので、心配はいりませんよ」
「はぁ~。分かりました」
千景に言われては、ハルも納得するしかない。
「さ、早く入りましょうよ。それ、突入~」
「お~」
待ちきれず旅館に入った奈美。
それを追いかける一同。
ハルはすっかり疲れた様子で後に続いた。
「はぁ~、良いお湯だった」
湯上がりの火照った顔で、葵は浴場を出た。
浴衣を着こなし、すっかりリラックスモードだった。
「急に休暇って言われたときは、どうなることかと思ったけど」
悪くないものね、と葵は一人ごちる。
嵐のような任務を終えると、葵は美園に休暇を言い渡された。
「忙しいときこそ、休めるときに休むべきです。
これはボスからの贈り物です。少しリフレッシュしてきなさい」
渡されたのは、温泉旅行一泊二日の招待券。
「困るようなら命令にしてあげますから、行って来なさい」
美園の強引な後押しで、葵はここに来ている。
正直、忙しい今現場を離れるのは気が引けたのだが、
「生き返ったわ。美園さんに感謝ね」
すっかり堪能していた。
「このままだらけてもいいけど、ちょっと外に出てみようかな」
時刻はまだ正午を少し過ぎた頃。
穏やかな日差しを浴びて、豊かな緑の中を歩くのは楽しそうだ。
フロントで散策ルートを尋ねようとして、
「あら、他のお客様かな。それも団体ね。……後にしようかな」
丁度団体客がチェックインしているのが遠くに見えた。
急ぎの用事ではない。
葵は取り敢えずUターンして、部屋へ戻ることにした。
「あれ?」
視界の片隅に映った人影に、ハルは反応する。
青みがかったセミロングヘアーの、浴衣を着た女性。
知り合いによく似ていたが、
「いや、それはないか」
「ハル?どうしたの」
「知り合いがいたような気がしたけど、気のせいだったよ」
奈美にハルは笑って答える。
メールのやり取りをしているが、最近はとてつもなく忙しいらしい。
そんな彼女がこんな場所にいるはずもない。
「チェックインが終わりましたよ」
千景の言葉に、ハルは視線を戻す。
「まず部屋割りからですね」
「部屋はぁ、三部屋だから二人ずつねぇ」
ペアチケットだからそうなるだろう。
「どういう組み合わせにするのだ」
「そうですね……何か希望のある人はいますか」
千景の問いかけに、沈黙する一同。
妙な緊張感が漂う。
そんな中、
「は、はい。私……ハルさんと、同じ部屋が良いです」
柚子が爆弾を設置した。
反応したのはハル、ではなく、
「だ、駄目駄目。駄目よ。そんなの駄目だわ」
かなり動揺した奈美だった。
「仮にも男と女が、一緒の部屋に寝るなんて駄目」
珍しく正論だ。
「どうして駄目なんですか?」
「だって、男と女よ。その……もし間違いでもあったら」
「間違いってなんですか?」
うっ、と奈美が言葉に詰まる。
奈美の顔は真っ赤に染まっていた。
「間違いは間違いよ。だから、その……おしべとめしべが……」
「あ、分かりました。男女の営みの事ですね」
ニッコリ微笑みながら答える柚子。
「そ、そんなにあっさりと……」
「あの奈美さん。私一応医者ですし、年上ですので……」
そう言えばそうだった。
見た目は完璧に子供だから忘れていた。
「なら話は早いわ。そんな訳だから、男女が同じ部屋は駄目よ」
「私……別にハルさんとだったら……」
「「えぇぇぇぇぇぇ」」
奈美とハルの驚きの声が重なった。
「まあそれは置いておくとしまして」
「置いちゃ駄目。そこ大事な所でしょう」
「ひょっとして奈美さん」
「何よ」
「ハルさんと一緒の部屋が良いんですか?」
柚子の言葉に、奈美の顔から蒸気が出る。
「ち、違うわ。私は別に、ハルとなんて……」
「じゃあ私が一緒に」
「それは駄目!」
話は完全に平行線。
一歩も前に進んでいない。
「キリがなさそうですね。では、ハル君の希望を聞きましょうか」
そんな二人の様子に、少し呆れた様子の千景。
二人の視線が注がれる中、
「じゃあ俺はローズと一緒の部屋にしますよ。男同士だし」
もっとも無難な答えを出した。
「あらぁん。嬉しいわハルちゃん。私を選んでくれたのねぇ」
「だ、抱きつくな。だって男は俺とローズしかいないだろ」
消去法だ、とハルは説明する。
だがローズは気にしない。
「いいわよぉ。二人だけの夜、激しく、でも優しくしてあげるわぁ♪」
「やっぱり今のなしで」
前言撤回。
一番危険な選択肢を選ぶところだった。
どうするか、とハルは考える。
ローズは論外。
奈美と柚子も却下。爆弾にわざわざ火を付ける必要は無い。
後は千景だが……。
少し考え却下する。
結局女性と一緒の部屋では、奈美がまた騒ぎ出す。
となれば、選択肢は一つしかない。
「俺は、紫音様と一緒の部屋がいいです」
ベストの選択だったはずだ。
誰の不満もなく、ハルの貞操も守られる。
なのだが、
「ハル……やっぱりそっちの趣味が……」
可哀想な人を見る目を向ける奈美。
「そうですか……。でもそれなら私にもチャンスがありますね」
寂しそうに、だが何故か前向きな柚子。
「ハルちゃん。優しくしてあげてねぇ」
どこか勘違いをしているローズ。
好き勝手な言われようだ。
「まあ、一番無難な選択ですね」
唯一の賛同者は千景だった。
「千景さん、分かってくれますか」
「ええ。紫音もそれで良いですね」
隣に立つ紫音に尋ねる。
声を掛けられた本人は……硬直していた。
「紫音。どうしました?」
「い、いや。何でもない。ただ」
「ただ?」
「私を指名するとは予想していなくてな。……心の準備が」
動揺している様子の紫音。
頬は僅かに赤みを帯びている様に見えた。
「いやなら断っても構いませんよ」
「嫌じゃない!」
思わぬ大声に一同は驚く。
自分の失態に気づいたのか、紫音はコホン、と軽く咳をし、
「大声で済まない。ハルと同室なのは問題ない」
冷静を装って言った。
「部屋割りは、紫音とハル君、奈美と柚子、私と剛彦で決定です」
「一度分かれて荷物を置いたらぁ、ロビーに集合でいいかしらぁ」
「これからの遊びの予定を決めなきゃですね」
「集合は今から十分後にしましょう。では、一度解散です」
千景の言葉で、一行はそれぞれ荷物を持って部屋に向かう。
「じゃあ紫音様、行きましょうか」
ハルは自分と紫音の分の荷物を持ち上げる。
体は万全ではないが、これくらいは問題ない。
「部屋は三階だな……行くぞ」
「了解です」
二人は並んで歩き出す。
旅行はまだまだ始まったばかりだ。
え~、恐ろしく話が進みませんでした。
まさか部屋割りでこれほど時間を食うとは……。
今回の旅行では、少しキャラクターの心の内を、
書いていきたいと思っております。
この機会を逃すと、なかなか書く場面が無さそうなので。
慰安旅行は、全部で4~5話の予定です。
次回は、最近いい目を見てるハル君に少し天罰を……。
またお付き合い頂ければ、幸いです。