幕間《自己紹介をしよう》
今回の話は、メインストーリーのつなぎの部分となっています。
場面が動きませんし、説明が長くなってしまうので、読みにくく感じるかもしれません。
次回からは、ハルの初任務が始まり、物語が動き始めますので、呆れずに読んでいただけたら幸いです。
「おお、来たか。待っていたぞ」
翌朝、ハルはアパートの一室に呼び出されていた。
広めの部屋に会議用の机と椅子、壁にはホワイトボード。会議室のような部屋の中には、昨日であったみなさまが待ちかまえた。
「千景から全て聞いた。我らが組織の一員になる決断をしたそうだな」
どう説明をしたのだろうか。
ちらりと千景に視線を向ける。
余計なことを喋るな、と視線で返してくる。
いつもの微笑みなのがよりいっそう怖い。
「そこでだ。本格的に活動を始める前に、自己紹介をしたいと思う」
「自己紹介……ですか?」
「うむ。お前はもう幹部全員と会っているようだが、改めてな。昨日は……その……色々あってそれどころでは無かったからな……」
お前が原因だ。とは口が裂けても言えない。
「さて、まずは私からだな」
紫音はコホンと咳払いをして、
「私は結城紫苑。この組織の総司令兼悪の首領だ。以上」
終わりかい!!
鋭いつっこみを、懸命にハルはこらえる。
まあ、名前が分かっただけでも良しとするべきだろう。
「それでは、次は私ですね」
千景は相変わらずの微笑みを浮かべながら、
「柊千景と申します。組織の副司令兼作戦部部長兼、諜報部部長兼、広報部部長兼、事務内政部部長兼、有限会社ハッピーハピーの代表取締役兼……」
その後、五分間ほど役職の紹介は続いた。
どうやら、人手不足は深刻のようだ。
まあ、逆らってはいけない人物だと再確認出来ただけでも良しとするべきだろう。
「次はぁ、わ・た・し」
語尾にハートマークが付きそうな位のとろけ具合だった。
「名前は、ローズよぉん。年は、ひ・み・つ」
殺傷力抜群のウインクを、ハルはかろうじて回避する。
「この組織ではぁ、福利厚生部部長とぉ、情報部部長をやってるのぉん。よろしくねぇん」
あまりよろしくされたくない。
「それとぉ、ハルちゃんが男の子だってことはぁ、分かったからぁ。誤解してごめんなさぁいねぇ。……なかなか立派だったわぁん」
「何をしたぁぁぁぁ」
絶叫するハル。
後でパンツの裏表を確認しようと誓った。
「………………」
そして、最後の一人となった。
昨日の女の子、奈美と呼ばれていた少女は不機嫌そうにハルを睨んでいた。
「さあ、奈美。貴方も自己紹介しなさい」
千景に促され、渋々と言った感じで、
「……早瀬奈美。戦闘部隊長をやってる」
ぶっきらぼうに、必要最小限の事だけ答えた。
と言っても、他の人たちと内容的には変わらない気もするが……。
「さて、それじゃあ次はお前だな」
紫音に指名され、
「御堂ハルです。年は十九。特技は、モノマネです」
そんなハルの挨拶に、しかし奈美は馬鹿にしたように、
「モノマネ? 悪の組織の幹部にそんなの役に立たないでしょ」
「いやいや。ところがそうでもないんだ」
助け船を出したのは、紫音だった。
「紫音様? それはいったいどういう」
「説明よりも、見た方が早いだろう。……やれるか」
紫音の問いかけに、ハルは軽く頷く。
「よーし。それじゃあ奈美、お前瓦を割れ」
「……はい?」
「瓦を割れ。出来ないのか?」
「いえ、とんでもないです。百枚でも二百枚でも割ります」
力こぶを作る奈美に、紫音は軽く頷くと、
「三十枚くらいでいいよ」
すぐさま瓦を用意させた。
床に積まれた三十枚の瓦。
一番上の瓦にタオルをかけて、準備完了。
「それじゃあ、行きます」
奈美は軽く手のひらを瓦に乗せ、
「はっっ!」
パキィィィィィィィィ
鋭い呼吸と共に、手のひらに力を込めると、瓦が澄んだ音を立てて真っ二つに割れた。
「うむ。相変わらず見事だな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
何事もなかったかのように奈美が答える。
「……千景さん。あの瓦って……」
「あら、気が付きました。桟瓦ですよ」
とんでもないことをさらりと言ってのけた。
瓦割は普通、割れやすい熨斗瓦を使う。
だが、奈美は拳ではなく手のひらで骨より硬い桟瓦を割って見せた。
「とんでもねえな」
「あの子は特別ですから。それよりも、次はハル君の番ですよ」
千景の言葉に視線を向けると、割れた瓦が片づけられ、新たな瓦が積まれていた。
「さぁ、次はハルにやってもらおう」
紫音の言葉に頷くと、ハルは瓦の前へと進む。
そんなハルに、奈美が近づき耳元でささやく。
「おい、止めておけ。紫音様は知らないだろうが、この瓦は普通の奴が割れるような瓦じゃない。怪我するだけだ。下手な意地張って怪我するなんて馬鹿みたいだぞ」
意外にも、ハルを心配してくれていた。
「サンキュー。
でも、大丈夫だから。まあ、見ててくれ」
ハルは微笑みながら答えた。
そう、大丈夫なのだ。
普段のハルなら、一枚も割ることなく骨が砕かれるだろう。
だが、今は平気だ。
「先に言っておくが、全部は割れないからな。多分、半分行くかってところだ」
「そうか。ん〜、まあそれでもいいや。それじゃあ、やってくれ」
紫音の言葉に、ハルは手のひらを軽く瓦の上に乗せる。
「ふっっ!」
パキィィィ
呼吸と共に手のひらに力を込める。
奈美のようにきれいには割れなかったが、それでも半分の十五枚を割ることが出来た。
「うむ、見事」
「……お見事」
「あらぁ、逞しい姿もす・て・き」
三人から賞賛の言葉が洩れる。
右手は真っ赤になっていたが、特に怪我はしなかった。
「……信じられない」
呆然と奈美が呟く。
「今まであの瓦を割れるのは私だけだと思ってたのに……」
「いや、多分そうだと思うよ」
ハルは真っ赤になった手のひらを奈美に見せ、
「俺もお前のを見てなかったら無理だったから」
「……モノマネ」
奈美の答えに、ハルはにっこりと頷いた。
「本物に比べたら質が大分落ちるからな。モノマネと言うよりは劣化コピーって方が当たってるかもしれないけど」
「どうだ、奈美。これでもこいつは我が組織の戦力にならないか?」
紫音の問いかけに、奈美は暫く考えて、
「……いえ。彼は組織にとって有用な人物だと思います」
はっきりと答えた。
紫音はその答えに満足そうに頷いた。
「それでは、奈美が納得したところで早速始めようか」
「……何を?」
ハルの質問に紫音は、
「お前の幹部昇進をかけた、初任務だ」
ニヤリと笑って言った。