基地の改修いたします(2)
早速の続編です。
すっかりハルの休日話になってしまいましたが……。
今回の主役はハルと奈美。
どんな困難が二人を待ち受けているのでしょうか。
「さて、これからどうするかな」
アパートを追い出されたハルは、街へと出ていた。
荷物の殆どは地下基地に置いてきたため、
荷物は着替えと身の回りの小物が入ったバッグだけだ。
「この二日間は休暇だと思って、ゆっくり休んでください」
出かけ際に千景から言われているため、
完全な自由時間だった。
考えてみれば、ハピネスには入って以来殆ど働きづめ。
久しぶりの完全休日だ。
色々とやりたいこともある。
今日の予定をあれこれと考え、
「取り敢えず、荷物を置きに行くか」
ひとまず用意されているらしいホテルへと向かった。
用意されたホテルは、予想に反して普通だった。
ビジネスではなく、普通の観光ホテル。
「千景さんの事だから、ひょっとしたらラブホテルなんてオチかと思ったけど……」
何にせよありがたい。
早速フロントでチェックインの手続きをする。
「すいません」
「はい、いらっしゃいませ」
対応したのは三十台半ばくらいの女性。
「えっと、知人に予約を取って貰っていると思うのですが」
「只今確認致しますので、お名前をお願いします」
「御堂ハルです。知人は、柊千景です」
「…………はい、確認できました。一泊二日でご予約されております」
ちょっとホッとした。
いや、疑ってた訳じゃないよ。
……ホントだって。
「荷物を置きたいんですが、今から入れますか?」
時刻は昼前。
ホテルのチェックインは大体午後三時くらいから。
普通なら厳しいのだが、
「はい大丈夫です」
あっさりOKが出た。
「これからお部屋にご案内致しますが、
その前に当ホテルの簡単な注意事項を説明させて頂きます」
女性は簡単な注意事項を告げる。
チェックアウトの時間や浴場の利用時間など、一般的な注意事項。
ハルも軽く聞き流していたが、
「それと、当ホテルは連れ込み歓迎となっております」
「……は?」
聞き流せない言葉が現れた。
連れ込み歓迎?
普通はNGだろう。
「少子化対策の一環としまして、異性の連れ込みを励行しております」
そんなもの励行するな。
「連れ込む際に連絡は不要ですので、安心してください」
このホテルが不安だ。
「注意事項は以上……ああ、大事な事を忘れておりました」
「はあ、何でしょう」
「アレはベッド脇の机の引き出し、上から二段目に入っておりますので」
「とっとと案内しろぉぉぉ!」
ハルの絶叫が響いた。
案内された部屋は、意外にもまともだった。
ベッドに小さめのテーブル、テレビなど備品は必要最小限だが、
掃除は行き届いていて窓も大きめで、外の光をたっぷり浴びれる。
寝室兼リビングに、トイレとシャワールーム。
「ちょっと不安だったけど、良い部屋だな」
荷物を部屋の隅に置き、ベッドに腰を掛ける。
先のやり取りで大分疲れたが、休むのは勿体ない。
あれこれと今日の予定を考えていると、
「……そう言えば、あの約束忘れてた」
ふと思い出した。
「なかなか時間も取れないし、今日行くか」
携帯を取り出し、ピポパと操作。
短いコール音が終わり、相手が出る。
「あ、もしもし。ハルですが…………」
奈美は困っていた。
理由はもちろん、今の状況だ。
「まさか、携帯もお財布も没収なんて……」
千景を甘く見ていた訳ではない。
だが、まさか無一文で放り出されるとは、流石に想像していなかった。
「とにかく、ご飯と寝るところを確保しなくちゃ」
特にご飯は死活問題だ。
寝るところは最悪野宿でも構わないが、ご飯は譲れない。
ハピネスでトップの食材消費量は伊達じゃない。
「お金が無い以上、奪うしかないか~」
この時点で間違っているが、奈美は気にしない。
「万引きなんかは犯罪だから絶対駄目だし……」
妙なところで常識人。
「どっかの家に押し入るしかないかな」
前言撤回。
「ご飯と寝るところが一緒に入って、正に一石二鳥。うん、完璧」
間違った方向へ進んでいく奈美。
不幸なことに、この場には突っ込み役はいなかった。
「それじゃあ、早速押し入る家を決めないと」
こうして一匹の飢えた野獣が、街へと解き放たれた。
獲物を求め徘徊する奈美。
キョロキョロと視線を移し、手頃な狩り場を探していると、
「……あれ、ハル?」
見知った顔を発見した。
さらさらの黒髪に、中性的、と言うよりも女顔。
お気に入りなのか、よく着ている青のカジュアルシャツにジーパン。
間違いない。
「これは……チャンスね」
ニヤリと奈美が笑みを浮かべる。
お仕置きなしのハルなら、お金を持っているに違いない。
逃す手はない。
歩くスピードを上げ、ハルへと近づいていく。
「駅か……。何処かに出かけるのかな」
ハルには大分近づいたが、まだ距離がある。
通勤が終わったとはいえ、流石に駅周辺はかなりの人がいる。
思うように距離を詰められず、奈美は少しイライラしていたが、
「よかった。切符を買うのに時間掛かるだろうから追いつけそうね」
券売機の列を確認しホッとする奈美。
だが、
すたすたすたすた、ピ、ガシャン。
すたすたすたすた。
「………………………」
奈美は忘れていた。
今はsuicaやpasmoのような電子乗車券があることを。
状況は悪くなった。
ハルは既に改札を超えてホームに。
奈美は一文無し。
普通であればゲームオーバーなのだが、
「……やったろうじゃないの」
奈美は普通では無かった。
改札の正面、やや後ろに立つ。
人の流れを読み、自分、改札、その先に人がいなくなる瞬間を狙い、
「…………今、はぁ!」
全力で改札を駆け抜ける。
その瞬間、奈美は風になった。
改札が認識する早さを超え、無事にホームへとたどり着いた。
「人間、やれば出来るものね」
にこりと笑う奈美。
もちろん普通の人間には無理です。
と言うか大変危険なので、よい子も悪い子も真似しないでください。
急ブレーキの摩擦で煙が出ている靴は気にせず、奈美はハルに近寄る。
「ハ~ル」
聞き覚えのある声にハルは振り返る。
「奈美か。お前もお出かけか?」
「違うの。実は、ちょっとお願いがあって……」
丁度やってきた電車に乗り込みながら、奈美はハルに事情を話す。
「何というか……千景さんも無茶苦茶だな」
「そうよね。ハルもそう思うわよね」
事情を聞き呆れるハルに、奈美は理解者が出来たと喜ぶ。
「当たり前だろ。お金がないって事は、泊まる場所だって確保出来ないじゃないか」
ハルは少し怒ったように続ける。
「蒼井はともかく、奈美は女の子なんだから、それは酷すぎる」
「えっ……女の子?」
「そうだろ。奈美は客観的に見て可愛いんだぞ。野宿なんてとんでもない」
「可愛い……」
ハルの言葉に惚ける奈美。
赤くなった顔が全てを物語る。
「金は出すから、ちゃんとしたホテルに泊まれ。俺の所でもいいから」
「そ、それって。……ハルと一緒に……」
蒸気が噴き出すほど真っ赤になる奈美。
もじもじと指をすりあわせる姿は、まさに恋する乙女。
「いやいや違うって。俺が泊まってるホテル、まだ空き部屋があるみたいだから」
「ハルと…………一緒に……」
既にハルの言葉も聞こえていなかった。
自分の世界に入った奈美に、ハルはただ首を傾げるしかなかった。
「それで、ハルは何処に行くつもりだったの?」
ようやく帰ってきた奈美が尋ねる。
「ああ、前にちょっと約束してて……」
「それって女の子?」
目をつり上げる奈美。
その気迫に少し気圧されながら、
「いや違うけど……。と言うか、奈美もその場にいたぞ」
「私も?……ちょっと覚えてないけど」
「まあもうすぐ着くから。多分直ぐに思い出すよ」
苦笑いを浮かべるハルに、今度は奈美が首を傾げるのだった。
「思い出したわ」
駅を出るやいなや、奈美は言った。
二人がやってきたのは、昼は眠り夜に輝く街。
前に訪れた、とある街の二丁目だった。
「まあ忘れたくても忘れられない場所だしな」
慣れた足取りで二人は目的地に到達。
そこは小さなビルの二階、クラブロスト・ボールだった。
「おやおや、珍しいお客様が来たもんだね」
店内で二人を迎えたのは、着物を着た京美人風の……男。
ロスト・ボールのママ、西園寺要だった。
「ハルは連絡貰ってたけど、恋人同伴とは聞いてなかったね」
「こ、恋人……」
要の言葉にまたもや奈美の顔が真っ赤に染まる。
「ママ、あんまり奈美をからかわないでよ」
「ははは、済まないね。あんまりお似合いだからつい、ね」
「お似合い……」
奈美、再び自分の世界へ。
「で、ハルは今日一日働くって事で良いんだね」
「まあ約束だしね」
「相変わらず律儀な子だよ。うちとしては助かるけどね」
上の空な奈美を置いておき、話を進める二人。
「あんたは経験者だから心配してないけど……この娘はどうする?」
「奈美は偶然一緒になっただけだよ。直ぐに帰すつもりだけど」
ハルの言葉に、ママは少し考える仕草を見せると、
「奈美ちゃん。ちょっとこっちにおいで」
ハルから離れた場所に奈美を連れだし、何やらごにょごにょと吹き込む。
真っ赤な顔が驚いたり、照れたりする百面相からは、会話が読みとれない。
やがて話が終わり、二人が戻ってくる。
「二人とも、一体何を話してたんだ?」
「ちょいとした交渉さね。ねぇ、奈美ちゃん」
意味ありげに笑うママ。
嫌な予感がする。
「あのね、ハル。その……私も今日……ここで働く」
予感的中。
「ちょっと待ってくれ。ママ、あの約束は俺だけだろ。奈美まで巻き込むのは……」
「勘違いしなさんな。これは約束とは関係なく、奈美ちゃんが決めたことさね」
「どうせ上手い事言ってまるめこんだんだろ」
「おや酷いこと言うね。あたしはただ、ここで働けばハルの女装姿が見れるって言っただけさね」
「奈美……お前……」
ガックリとうなだれるハル。
「だって、だってね。葵に負けたくないんだもん」
「へっ?」
予想外な奈美の言葉。
「葵は女装したハルを直接見たんでしょ。だから私も……」
「お前はそんなことで……」
「私にとっては大事なことなの!」
力強く言い切る奈美に、ハルは頭を抱える。
奈美の説得は無理そうだ。
ならば、
「でもママ。奈美は女だ。この店で働かせるのは」
「問題ないよ。あたしが許可する」
あっさり挫折。
店のトップに言われては、抵抗のしようもない。
「……分かったよ。でも、奈美はフロアに出さないでくれよ」
「心得てるよ。思い人がいる素人に無茶はさせない。それは信じて欲しいね」
ハルの真剣な願いに、ママもまた真剣に答える。
「信じるよ。ママは狡い人だけど、嘘は言わない」
「そう言って貰えるとうれしいね」
「奈美もそれでいいな」
こくりと頷く奈美。
話はまとまった。
「それじゃあ、これから開店まで仕事を仕込まなくちゃならないね。忙しくなるよ」
「頑張ります」
「いい返事さね」
満足げに頷くママ。
「ハルも準備をしたら少し休んでおきなよ。……今日はみっちり働いてもらうからね」
「わかってるよ」
ママと共にバックヤードに向かう奈美を見送ると、ハルは深いため息をつく。
「忙しい夜になりそうだ……」
呟きに答える者は、誰もいない。
え~取り敢えずすいません。
二人の恋話にするつもりでしたが、妙な展開に(汗)。
次回、もしくはあと二話でこの話は完結の予定です。
少しでも二人の関係が進展することを期待しつつ、
よろしければ次回もお付き合い下さい。