幕間((ハルの長い夜(後編)))
幕間にしては随分と長い話になってしまいました。
中だるみしておりますが、これで幕間は完結です。
ハルの貞操の危機、お楽しみ下さい。
「それじゃあ、そろそろ仕事しちゃおうか」
鈴木の一言に、ジャスティス一応の空気が変わる。
研ぎ澄まされた刃のような緊張感が周囲に張りつめるのだが、
よ、ようやくここまで来た。
既にボロボロのハルには、それを感じ取ることも出来なかった。
運がいいのか悪いのか……。
「じゃあ田中ちゃん。予算の件は、全部OKだから」
「分かりました。ありがとうございます」
「うん。じゃあお仕事終わり」
「「早っっ!!」」
ハルと葵の突っ込みがハモった。
「ん、どうかしたかね葵君?」
「いえ、その、今日ってジャスティスと日本政府の予算についての大事な話し合いって……」
「そうだね」
「話し合ってないじゃないですか」
納得いかない様子の葵にコレクトは若いな、と微笑ましく思う。
「葵君。この日本という国は特にだが、大事な事は会議や話し合いの前に大体結論が出ているものなのだよ」
根回しや裏工作でね、と心の中で付け加える。
「じゃあ、話し合いなんて意味無いじゃないですか」
「ははは、それが大人の世界なんですよ。まあ知らないに越したことはないですがね」
少し熱くなりかけた葵をなだめる田中。
「そういえば君も随分驚いていたみたいだけど?」
「え……あ……その、……えっとですね」
急に話を振られ、しどろもどろのハル。
まずい。
うっかり素を出してしまった。
すっかり麻痺していた頭をフル回転し、何とかこの場を切り抜ける言い訳を探す。
「……そう、もしお仕事のお話をされるなら席を外そうと思ったのですが、その前に終わってしまったのでビックリしてつい……」
恥ずかしげに頬を染める。
うん、とっさにしては悪くない言い訳だ。が、
「も~、そんなこと気にしなくて良いのに~。本当に君は可愛いな~」
「ひぃぃぃ」
肩に手を回し抱き寄せる鈴木に、鳥肌を超える鳥肌を全身に纏う。
ほんの一時でも自由を得ていたさっきまでの時間が、どれだけ幸せだったかを本当に実感した。
「そんなに硬くならないでよ~。ん~春美ちゃんはお人形さんみたいに華奢だね」
「あ、あはははは……。ありがとう……ございます?」
凄まじく嬉しくない褒め言葉に頬がこわばる。
「肌もつやつやだし」
「……は、ははは……」
「唇もとっても柔らかそうだ」
「…………………………」
すいません。
もう限界です。
太った中年親父に、半分抱きつかれながら指に指を絡ませられる。
熱っぽい視線で今度は唇まで狙われている。
ハルにはもう余裕は残されていなかった。
「あらあら、ハル君大ピンチですね」
「何をのんびりしてるんですか、千景さん。ハルさんのライフはとっくにゼロですよ」
「そうですね。これからの薔薇色の展開にも非常に興味がありますが……」
「止めてください。掲載できなくなりますよ」
「そうです。それにうちのお店、営業停止になっちゃいますよ」
うんうんと頷くメイド一同。
と言うかハルの心配はしないんですね。
「でも、助け船を出す必要な無さそうですね。ほら」
千景はそっとモニターへ視線を向けた。
「鈴木様、いい加減にしてください」
明らかな怒気を込めた声と共に葵が立ち上がる。
周囲の客、メイドからの視線が集まるがそんなものは気にしない。
「彼女……春美さんは嫌がっているじゃないですか。客という立場を利用して逆らえない店員に不埒な行為を行うのは」
腰の刀に手を乗せ、
「ジャスティスの職員として見過ごせません」
ハッキリと言い放った。
そんな葵に、しかし鈴木は動じる様子も見せずに、
「いや~流石は正義と法の守護者ジャスティスの職員ですね~。勇ましい限りです。……でもね」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、
「あまり僕の機嫌を損ねない方が良いんじゃないのかな?折角予算の話が纏まったのに……ねぇ」
試すような視線を葵に向ける。
「関係ないです」
「ほぅ」
「目の前の悪事を放っておけるほど、私は甘くありません。
それに、私はお子さまですから、大人の事情なんて分かりませんので」
言い放ちウインクを一つ。
それで勝負はついた。
「あっはははは。いや~まいった。これは一本取られたね」
心底楽しそうに鈴木は笑うと、ハルから体を離す。
「すーさん。私のお薦めの店をご用意しております。この後のご予定は?」
「僕が田中ちゃんのお誘いを断る分けないじゃない。……期待しちゃうよ?」
「お任せ下さい。それでは外に車の用意をしておりますので」
事態が収まるや否や、田中は素早くフォローを入れる。
隣に座る葵とコレクトに視線を向けると、
「さて、この場はお開きです。これからの護衛はコレクト君に頼むので、葵君はここで解散です」
「そうですね。葵君、無理言って来て貰いすまなかったね。任務はこれで終了だ。休んでくれたまえ」
二人は優しい笑顔を葵に向けると、鈴木をエスコートするように席を立つ。
「それじゃあ葵ちゃん。これからの活躍に期待してるよ」
気持ちの悪いウインクを残し、上機嫌な鈴木は二人に連れ立たれ店を後にした。
嵐のように去っていく一行を呆然と見送る。
席には放心状態のハルと、難しい顔をした葵が残された。
「……助かった」
精も根も尽き果てた声でハルは呟いた。
かなり際どい戦いだったが、何とか貞操は守り抜いた。
それもこれも、目の前に座っている女神様のお陰だ。
「あ、あの助けて頂いてありがとうございます」
「いえ当然の事をしたまでです。……でも危なかったですね、ハルさん?」
「本当だよ。もう少しであのお多福野郎の………………………」
やっちまったZE。
「………………………………………………」
「………………………………………………」
頬を一筋の汗が流れる。
引きつる顔を恐らくは隠せていないだろう。
「……それではお嬢様。私はこれで……」
「まだいいじゃないですか。サービスの時間はまだ残ってますよ。ハルさん」
さりげなく席を立とうとするが、あっさりと葵に阻まれる。
悪戯っ子の様な笑顔を向ける葵。
女神なんてとんでもない。
こいつは、魔女だ。
「それにしても、本当に似合ってますね」
「ありがとうございます。お嬢様」
平静を装い、笑顔で答える。
さっきまでとはまるで違う緊張感。
バレたのか、それともカマをかけているのか。
まさに生殺し。
「ん~、やっぱり可愛い。私が男だったら絶対ほっとかないですよ」
嬉しくない。
「もちろん、女としても放っておかないですけどね♪」
これは……アウトっぽい。
しかし、ここは最後まで抵抗してやる。
何せ証拠がないのだ。
このままごまかし続ければ……。
「駄目ですよハルさん。左の首元にある二つのほくろは決定的ですよ」
「えっ嘘!」
そんなのあったか?
慌てて確認しようとしてしまい、
「はい、嘘です♪」
ニッコリ笑顔の魔女。
……あぁ、終わった……何もかも……。
「なるほど、臨時のアルバイトですか」
「ああ、生活が苦しくてな」
追加注文のココアを飲む葵に、ハルは咄嗟に考えた嘘を語る。
よくよく考えれば、正体がばれてもハピネスの任務とばれなければ問題ない。
精々ハルが女装趣味がある変態と思われる程度だろう。
……いや、それも問題だが。
「ハルさん。これ天職ですよ。いっそ本業にしちゃった方が」
「勘弁してくれ。男を捨てる気はない」
過去のバイトのことはスルー。
「散々な任務でしたけど、最後に大逆転ラッキーです」
「はぁ……いつから気づいてた?」
「最初からですよ」
「……完璧に化けたと思っていたけど」
「甘いですね、ハルさん。確かにすっごい可愛いくなってますが、ほとんどそのままじゃないですか。
ウイッグはつけてるけど、メイクは薄めだし、声もそのまま。服が違っても、分かる人には分かっちゃいますよ」
ごもっとも。
軽いメイクをしてカツラをかぶったハルがメイド服を着ているだけ。
なるほど、知り合いにはばれて当然だ。
「まあまあ、そんなことはどうでもいいじゃないですか」
「葵さんやい、どうして俺の隣に座る?」
ハルの問いかけに葵は、チッチと指を口の前で振ると、
「今の私はお嬢様、ですよ。うふふ、時間までたっぷりサービスしてもらいますね♪」
「あ、あは、あははは」
やる気満々の葵に、ハルはただ笑うしか無かった。
「ま、まさか……。閉店まで粘るとは……」
最後までご機嫌な葵が店から出ると、ハルはその場に崩れ落ちた。
結局サービスの延長を乱発し、閉店までの数時間、葵はハルを堪能し尽くした。
「ふふ、お疲れさまです、ハル君」
「千景さん……。まさか今までずっと……」
「ええ。あ~んから始まって、膝枕・耳掃除etcと続く二人のイチャイチャタイム。一時も逃すことなく見せて頂きました」
ここにも魔女が……。
「ハル君。人を魔女なんて言っちゃ駄目ですよ」
はて、声に出しただろうか……。
「いえ。まあ、深く考えない事ですよ」
まさかこの人も心が読めるのか?
「そんな人類の規格外は、美園だけで充分です」
もう諦めた。
千景さんなら何でもありだろう。
存在自体が規格外みたいな人だし……。
「お仕置きをご希望ですか?」
「すんませんでした!!」
瞬時に土下座。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……………
「ふぅ、まあいいでしょう。それじゃあ、罰ゲームも終わりですし、帰りましょうか」
「ちょっと待った。千景さん、俺が(文字通り)身を張った密談の内容を聞かないんですか?」
「ああ、それなら知ってますよ」
なんですと。
「最初から盗聴器も仕掛けてありましたし……。
この場所でちゃんとした話し合いをしないことも分かってました」
「じゃ、じゃあどうしてこんな任務なんか……」
「任務って言えば、ハル君も逃げられないだろうな~って」
千景の言葉にガックリと肩を落とす。
そんなハルを励ますように、
「でもハル君の頑張りは無駄じゃありませんよ」
「???」
「だって、こんなに素敵な映像が撮れたんですから♪」
「なぁぁぁぁぁぁぁぁ」
千景の手に輝く一枚のディスク。
「さあ帰ったら早速上映会ですよ」
「ちょ、ちょっと待って。それは、それだけは!」
「だ・め♪」
とっても素敵な笑顔で拒否。
「じゃあ私は先に帰って準備をしますので、ハル君はゆっくり帰ってきてくださいね」
では、と千景は目にもとまらぬ早さで駆けだしていった。
終わった……。
やると言ったことはやる人だ。
のこのこ帰れば間違いなく餌食になる。
「か、帰りたくねぇ……」
「じゃあいっそのこと、ここに就職しちゃいます?」
とんでもないことを言うメイドさん。
「ハルさんほどの逸材、滅多にお目にかかれません」
「間違いなく天職です。是非」
「世界を目指せる器です」
「歴史を変えてみませんか」
口々に勧誘の言葉を向けるメイドさん達。
一部勧誘ではない気がするが……。
「いやいや、皆さん。俺は男ですよ」
「それがいいんじゃないですか」
「はい?」
「こんなに可愛いのに実は男の子……ふふ、萌えるわ」
ギラリと妖しい光がメイド達の目に灯る。
ゴクリと唾を飲み込む音。
ハルを取り囲むように陣形を組み、徐々に包囲を狭める。
「お店に出なくても……むしろ私たちの専属メイドとして……」
本日二回目の貞操の危機。
危険度メーターはとっくに振り切れている。
ならば取るべき行動はただ一つ。
「て、撤退~~」
先ほどの千景を真似て、目にとまるがそこそこ速い速度で駆け出す。
包囲するメイドをすり抜け、出口に到達。
「ま、待ちなさい」
「待てと言われて、待つ奴はいねぇぇ」
自由へのドアを開け、全力疾走。
もう前を遮るモノは無かった。
夜の街を、ハルは全速力で駆け抜ける。
…………メイド服を着たまま。
その後については深くを語るまい。
銀行強盗でのモノマネに更に千景の高速移動をモノマネしたハルは、
アパートに着くやいなやダウンした。
町中をメイド服で全力疾走した事実に気づき絶叫するのは、三日後に目覚めた後だった。
ハピネスの面々は千景の持ち帰った映像に大興奮。
紫音は興味深そうに。
ローズはどこか嬉しそうに。
柚子は顔を真っ赤にし。
蒼井はブツブツと呟きながら。
大画面で映し出されるハルの頑張り物語を楽しんだ。
ただ一人。奈美だけは、
「葵……なんてうらやましい……」
メイドのハルをお姫様だっこして写真撮影する実の妹に向けて、
拳を握りしめるのだった。
……ハルの姿を見て顔がにやけていたのは気にしないでおこう。
こうして、ハルの罰ゲームは最悪かつ最高の形で幕を閉じた。
何とか幕間完結まで辿り着きました。
ハルが貞操を散らせば直ぐに終わりそうでしたが、
一応は主人公なので……。
ちょっと長い話が続きましたので、次回からは短めの話を
続けていきたいと思っております。
更新も一定ペースで続けていくよう頑張りますので、
よろしければ次回もお付き合い下さい。