幕間<<ハルの長い夜(中編2)>>
え~、大変ご無沙汰してしまい申し訳ありません。
転勤やらで執筆する時間がとれず、一年以上空いてしまいました。
ようやく落ち着きましたので、執筆を再開します。
ゆっくりかもしれませんが、完結するまでは続けますので、よろしければお付き合い下さい。
久しぶりなので、読んでいて違和感があると思いますが、ご容赦下さい。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
店内に入ると、今までに聞いたことのない挨拶が葵たちを出迎えた。
「ご、ご主人様……?それにお帰りなさいって……」
「葵君、この挨拶はメイド喫茶の定型文だよ。……いらっしゃいませ、だと思うといい」
動揺する葵にそっとコレクトが耳打ち。
「では、ただいまと返事を……」
「いやいや葵君、少し落ち着きたまえ。メイド喫茶は初めてかね?」
「メイドを見たのも初めてですよ」
なるほど、とコレクトは納得する。
確かに普通に生きている分には、メイドを見たり接したりする機会はほとんど無いだろう。
特に葵のように田舎で暮らしていれば、接点はゼロに近い。
「まあ、今は駅前にメイドがゾロゾロいる時代だ。そんなに珍しいものではないよ」
「せ、セレブな世の中ですね」
何処かずれている葵。
どうやらまだ動揺しているようだ。
普段見せない姿に、コレクトは苦笑する。
「いや〜、友達と待ち合わせをしてましてね。私、田中と言う者ですが……」
「はい、伺っております。それではご主人様、お席にご案内いたします」
田中の言葉に恭しくお辞儀をすると、メイドが店の奥へと一行を案内する。
辿り着いたのは店の一番奥。
6人掛けのテーブル席に、既に一人の男が着席していた。
第一印象は大黒様。
一言で表しても大黒様だ。
ふっくらと膨らんだ顔と体に、穏和な笑みを浮かべている。
スーツは特注なのだろう。大きな体を包み込んでも、なお余裕のある大きさだった。
「田中ちゃ〜ん、待ってたよ」
「すーさんもお元気そうで」
男は立ち上がると、親しそうに田中と握手を交わす。
「いや〜、久しぶりだね。元気してた?」
「ええ、お陰様で。すーさんも相変わらずですね」
「そうなんだよ。また少し太っちゃってね。はっはっは……」
すーさん、と呼ばれた男は大きく笑うと、
「それで、こちらが……」
笑顔を全く崩さぬまま、鋭い視線を葵とコレクトに向けた。
あっけにとられていた葵も、反射的に背筋がピシッと伸びる。
「お久しぶりです、鈴木様」
「うん、コレクト君も変わらず元気そうだね。前に会ったのは……」
「3年程前になります。あの中国マフィア壊滅作戦の時です」
「ああ。あの時は派手にやってくれたよね……。さて、そろそろそちらのお嬢さんを紹介してくれないかな」
「おっと、そうでしたね。これは失礼を。彼女は最近入りました新人で……」
「はっ!早瀬葵と申します」
背筋を伸ばし、凛とした声で葵は名乗った。
「そんな緊張しなくていいよ。……それじゃあ、僕も自己紹介しようかな。
僕は鈴木。……それ以外はお互い知らない方がいいよね。メイド好きの中年親父の鈴木だと覚えてね」
よろしく、と穏和な笑みを浮かべる。
「さぁ、席について。……楽しいお茶会の始まりだよ」
「……予想外です」
ポツリと出た呟きが、ハルの心を言い表していた。
「何を言ってるんですか。彼女だってジャスティスの一員。可能性はあったはずですよ」
「いえ……。確かにその通りなんですが、まさかメイド喫茶に女性が来るとは……」
ハルの頬を一筋の汗が通る。
葵は野生の勘、と言うのだろうか。とにかく勘が鋭い。
更に観察力・洞察力・行動力もある。
今のハルにとって、まさに天敵とも言える人物なのだ。
胸は高品質のパッドを入れているからごまかせても、股ぐらはそうはいかない。
「葵がもし俺に疑いを持ったら、それを解決するためにいきなり股間に手をやるくらいは……ありえる」
「そうですね。奈美に似て行動が大胆ですし、やりかねませんね」
表情がこわばるハルとは対照的に、どこか楽しげな千景。
紅茶を片手にくつろいでいる。
そんな千景の様子にハルは軽い疑問を覚える。
「あの、千景さん。すごい余裕で構えてますけど、俺の正体がバレると千景さんも困るんじゃ……」
そんなハルに千景は、
「うふふ、嫌ですわハル君。私も鬼じゃありませんよ。ハル君の正体がバレた時の対策も、ちゃ~んと考えてます」
「そ、そうですよね」
「た・だ・し」
「もしハル君の罰ゲームの尻ぬぐいなんて手間を私にかけさせたら……分かってますよね?」
ニッコリ笑顔で、周囲の気温を氷点下まで下げてくれた。
やるしかない。
助かる道は、見事任務を達成することだけだ。
ハルは悲壮な覚悟を胸に、
「……それでは……これより……任務を開始します」
「はい、頑張って下さいね」
少しも暖かくない声援を受け、ハルは死地へと向かっていった。
「さて、本題に入る前に軽く注文でもしておきましょうか」
田中の提案に頷く一同。
「ここはメイド喫茶ですが、料理はしっかりしたのが出るんですよ」
「いや~まいったな~。また太っちゃうよ」
良いながらも嬉しそうにメニューを吟味する鈴木。
「葵君も好きなものを頼むといいよ」
「いえ、私は結構……」
「葵君。私たちはカモフラージュのためにここに来て居るんだよ。何も注文しない方と目立ってしまうよ」
微笑むコレクトに葵はわかりましたと頷く。
「皆さん注文が決まったようですね。それでは……すいません、注文をお願いします」
「さあ、ハルさん。お客様がお呼びですよ。練習した通りで大丈夫ですので頑張って下さい」
「……はい」
親切なメイドさんに背中を押され、ハルは敵陣真っ直中へと進む。
「お客様……じゃなかった。……ご、ご主人様。ご注文はお決まりでしょうか」
「ええ、決まったのですが。君は新人かな?」
ぎこちないハルに田中は優しく尋ねる。
「はい。先日からお勤めしております……春美と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「うんうん。いや~初々しくて良いね。僕気に入っちゃったよ。ねえ田中ちゃん。この子、良いかな?」
似合わない上目づかいの鈴木に、田中はやれやれと苦笑いを浮かべると、
「すいません。この子、オプションの一緒に食事をお願いします」
ハルとは別のメイドに何とも不吉な言葉を告げた。
メイド喫茶には色々なサービスがある。
ショーのように歌を歌ったり、オムライスにケチャップで好きな文字を書いて貰うetc,etc……。
今回の一緒に食事もそのサービスの一つ。
文字通り、客と一緒にご飯を食べるのだが……。
「ご主人様………………あ~ん」
「あ~ん。うん、美味しいな♪」
満面の笑みを浮かべる鈴木に、ハルのライフはゼロへと近づいていた。
机を挟み正面にはジャスティスの三名。
そしてハルの右隣には、大黒様こと鈴木がゼロ距離で座っている。
冗談抜きで敵陣のど真ん中。
それだけでも精神がガリガリと削られていく思いなのに、
「それにしても、本当に可愛いね~。すりすり」
「ひっっ!」
ハルの手をなでる鈴木に、ハルの全身に鳥肌が立つ。
それに追い打ちをかけるように、
「じぃぃぃぃぃぃぃ」
ハルのことを舐めるように観察する葵。
「おや、葵君。そんなに彼女の事を見つめてどうしたんだい?」
「気のせいだとは思うのですが、どうも知り合いに似ているような気がしまして。じぃぃぃぃぃ」
「お、お嬢様。そんなに見つめられると、照れてしまいます」
「お気になさらず。じぃぃぃぃぃぃ」
「……神様、ヘルプ」
食事が半分ほど終わる頃には、ハルはすっかりグロッキーだった。
「あらあらハル君たら。本当に期待通りの反応をしてくれますね」
そんなハルの様子をモニター越しに楽しそうに眺める千景。
まさに、THE・悪役と呼ぶに相応しい姿だった。
「でも、よろしいのですか。ハルさん、もう限界っぽいですけど」
「ええ。運良く密会の中に入り込めたんですから、しっかり任務を達成して貰わないと。それに」
「それに?」
「これからが面白いんじゃないですか♪」
((そっちが本音か!!))
ハルの夜はもう少しだけ続く。
久々の執筆でペース配分が出来ず、もうちょっと続きます。
懲りずに付き合って頂ければありがたいです。
一応今回の幕間は次回で完結の予定です(汗)