幕間《ハルの長い夜(中編)》
非常に間が空いてしまいましたが、長い夜の続きです。前後編と言っていましたが、キリが悪かったので3編に分けました。
果たしてハルの過酷な任務とは……。
「越後屋、お主も悪よの」
「いえいえ、お代官さまほどでは」
とある座敷で、悪巧みをする悪役。
そんな分かりやす過ぎる密会は、今の世には殆ど存在していない。
現代行われている悪巧みは、木を隠すなら森の中作戦で行われている。
例えば、大勢の人手に賑わう大通りで何気ない会話を装って。
例えば、スポーツ観戦の大歓声に紛れて。
そして例えば、賑わう飲食店の客席で……。
表には出ないが、しかし今も悪巧みは行われているのだ。
……多分。
葵の眠りを妨げたのは、一本の電話だった。
目を開けると見慣れた天井が映る。
任務の合間を縫って、基地の仮眠室で僅かな休憩中。
熟睡とは行かないが、それでも疲れからそこそこ深い眠りに入っていた。
呼び出し主を確認すると、葵は不機嫌さを隠さずに電話を取る。
「……はい、葵です」
「はっは、お休みの所すまないね」
少しも悪びれない返答。
「それで、何の用ですか。……Mrコレクト」
「うむ。急で悪いのだが、緊急任務が入った。……出てくれるかな」
「…………詳細を」
一言で葵のスイッチは切り替わった。
休憩モードから仕事モードへと思考を切り替える。
「まったく、頼もしいね。……通信では詳しくは言えないが……要人警護だ」
「貴方がいれば充分でしょう」
「いやいや。そうも行かない事情があってね」
「……了解しました」
「いや〜、ありがとう。それじゃあ、詳細を説明するから会議室まで頼むよ」
ピッと電話が切られる。
色々と突っ込みどころがあったが、任務なら仕方がない。
手早く身支度を整え、葵は会議室へと向かった。
「……あの、千景さん」
「あら、どうしました」
「幾つか……質問があるのですが」
「構いませんよ」
千景の言葉に、ハルは溢れそうになる質問をグッと堪え、優先順位の高い質問を選ぶ。
「まず……ここは何処でしょうか?」
「メイド喫茶です」
ハルの質問……というか確認に、千景はあっさりと答える。
そう、今二人は色んな意味で有名になったメイド喫茶へと来ていた。
因みに、喫茶と銘打っているが午後八時現在、しっかりと夜も営業している。
「では次。どうして俺はここに居るのでしょうか」
「罰ゲームの過酷な任務を実行するためです」
これまたさらりと返された。
OK。ここまでは理解できる。
問題はこの後だ。
「それじゃあ……、今の俺の格好は何ですか?」
「ふふ、とっても似合っていますよ。その……メ・イ・ド服♪」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!言うなぁぁぁ!!!」
ハルの絶叫が夜空へと響く。
つまりは、そう言うことだ。
あの時景品として渡されたのは、今ハルが身に纏っているメイド服。
黒を基調としたオーソドックスなミニスカメイド服に、白いカチューシャ。
もちろんニーソックスも忘れてはいない。
そんな完璧装備に、黒のセミロングのカツラを装着している。
「仕向けておいてあれですが……ハル君は本当は女の子じゃないかと思ってしまいます」
うんうん、と千景の意見に賛同するメイド喫茶スタッフ。
「……勘弁してください」
大きなため息一つ、ハルはうなだれた。
「Mr.コレクト……質問しても?」
「ん?構わないよ」
呟くように尋ねる葵に、コレクトも軽く頷く。
「今回の任務は、要人警護と聞いていましたが」
「うむ。間違いないよ。……君の隣にいる方は、ジャスティスの財務担当のトップだよ」
葵はチラリと、視線を横に向ける。
バーコード頭と分厚いメガネ、中肉中背だがやや太めの体。
どこか狡賢そうな顔をしたスーツ姿の男が歩いている。
自己紹介で田中と名乗った男は、現在携帯電話で会話中だ。
あまり好きなタイプではない。
葵は僅かに眉をひそめると、それと気づかれないよう視線を戻す。
「君は正直者だね。それはチャームポイントだが……ポーカーフェイスも覚えた方がいいね」
「さて……何の事でしょう」
それでいい、とコレクトは軽く微笑む。
「……質問の続きです。今私たちがいる場所は?」
「愚問だな、葵君。ここは喫茶店だよ。……店員は全員メイドさんだがね」
ふぅ、と葵はため息をつく。
そんな様子を見てコレクトは、
「だが、葵君。勘違いしてはいけないよ」
少しだけシリアスな声でそっと告げる。
「今日これから行われるのは、ジャスティスと日本政府の会議。……それも予算関連の話し合いだよ。それは保証する」
「でも、わざわざ……」
「こんな場所でしなくても、かね」
コクリ、と葵が頷く。
「カモフラージュだよ。まさかメイド喫茶で、大事な会議をやるなんて誰も思わないだろう」
「メイドもビックリですね……」
「無論、最重要機密は隠語を使う。問題はないよ」
コレクトにそこまで言われてしまったら、葵は素直に頷くしかなかった。
「……ええ。……ええ、……分かりました。では、また……」
携帯での会話を終え、田中が視線を二人に向ける。
「待たせてすいませんね。先方は既に到着とのことですから、我々も急ぎましょう」
田中の言葉に頷くと、ジャスティスを先頭、葵を殿に周囲を警戒しながら店内へと入っていく。
どのような場所であろうとも、任務は任務。
要人警護には間違いない。
葵は頭を切り換えて、店内へと入った。
「……と言う訳です」
「なるほど……」
千景から今回の任務について説明を受ける。
簡単に言ってしまえば、メイドの振りをしてジャスティスと日本政府の悪巧み(ハピネス視点)を盗み聞きする。
要はスパイである。
「事前調査では美園は不参加です。誰が来るかは不明ですが、無条件で正体がバレる事はありません」
「後は俺の演技力次第だ、と」
「ハル君……」
「くっ、…………わ、私の演技力次第ですか?」
良くできましたと、満面の笑みを浮かべる千景。
服を着せられてから今まで、女の子に化ける訓練を受けていた。
初めは抵抗した。
が、正体がバレるともっと恥ずかしく、マズイ状況になることに気づいた。
そして、諦めた。
今やハルは、女装スキルをほぼ完璧に会得していた。
……大切な何かを代償に。
「さて、そろそろ彼らが来る頃ですね」
ちらりと時計に目をやり千景が呟く。
「それじゃあ、私はバックヤードで待機してますから、後は頑張って下さいね」
「……あい」
ハルの返事とほぼ同時に店のドアが開かれ、チリン、と鈴の音を鳴らす。
ハルの夜は、まだまだ終わらない。
次回で長い夜は終わりです。
幕間で時間を掛けすぎてしまって申し訳ないですが、なるべく短い期間であげる予定ですので、懲りずにチェックしてみてください。