幕間《ハルの長い夜(前編)》
長い海外出張より戻って参りました。
すっかり文章の書き方を忘れてしまったので、リハビリ代わりの幕間です。
あの銀行強盗の夜、ただでは終わるはずがありません。
ハピネスによる銀行強盗事件があった、その夜。
「え〜、え〜、コホン。……みんな、今日は本当にご苦労だった」
コホン、と咳払いを一つ。紫音はグラスを片手にテーブルの上で声をあげる。
ハピネスの秘密基地兼アパートの食堂には、やはりグラスを持った一同が紫音に注目をする。
「色々あったが、作戦は大成功だ。今日は無礼講、思う存分飲んで食べて騒いでくれ!」
それじゃあ、と紫音は右手のグラスを掲げ、
「「かんぱ〜い!!」」
喜びに満ちた声と、グラスをうち鳴らす音が部屋中に響き渡った。
競争の結果はさておき、結果として銀行強盗作戦は大成功を納めた。
予定していたラインを大きく上回る金額を入手し、現在の所警察の追求は無い。
こんな大仕事をやってのけたのだ。みんながハイテンションになるのは当然とも言える。
「しかし盛り上がってるな……」
どんちゃん騒ぎでカオスと貸している食堂の中心から、ハルはコッソリと抜け出す。
幾つかのテーブルを寄せて作った即席ステージでは、既にカラオケやら隠し芸やらの披露が始まっていた。
その様子を眺めながら、隅のテーブル席に腰をかける。
「大きな作戦の後ですから。……ハル君は混ざらないのですか」
「あの時よりはマシになりましたけど、まだ足が思うように動かないので」
いつの間にか隣に座っていた千景に、足をポンと叩き苦笑を浮かべる。
「ま、全身麻痺とか意識不明に比べればよっぽどマシですけどね」
「あら、皮肉が上手くなりましたね。……一杯いかがですか?」
ハルのグラスに、千景がワインを注ぐ。
「ありがとうございます。……では、お返しに」
ボトルを受け取ると、同じように千景のグラスへとワインを注ぐ。
「それでは作戦の成功と」
「全員の無事に」
「「乾杯」」
キン、とグラスが奏でる音が心地よく耳に残る。
今日は頑張った。
こんなご褒美があってもいいな。
そんな甘い考えをハルが抱いていた時だった。
「あ、ハルさん。千景様。コレをどうぞ」
名前を呼ばれた方を向くと、そこにはハピーが一人。
手には正方形の厚紙を2枚持っていた。
「あら、何でしょう」
「これから、ビンゴゲームが始まるんですよ」
ハルは渡された厚紙を見る。
なるほど、確かに5×5マスに数字が記入されたビンゴカードそのものだ。
パーティーゲームの定番。この状況でやるのも悪くないだろう。
「……でもビンゴって景品がいるよな」
「ええ。こんな事もあろうかと、ってローズ様が指揮をとり福利厚生部がめっちゃ気合い入れて用意してました」
「そうか、それなら安心……」
できるだろうか。
あのローズが気合いを入れて用意した景品。……嫌な予感しかしない。
嫌な想像に表情を曇らせるハルに、ハピーは気を利かせたらしく、
「心配しなくても大丈夫ですよ。景品は全員分用意されてますから。この辺は抜かりないですよ」
出来れば抜かっていて欲しかった……。
「さぁ、お二人ともどうぞこちらに。ビンゴ会場が出来てますから」
「ふふ、諦めなさいハル君。こうなったら、楽しむしかありませんよ」
妙に嬉しそうなハピーと、少し意地悪そうに微笑む千景。
ハルは久しぶりに深いため息をつくのだった。
「みんなぁ〜、カードは行き渡ったかしらぁん」
ステージに上がったローズは参加者達を見回す。
既に大量の酒が投入されたらしく、全員がいい感じのテンションになっていた。
「今回はぁ、豪華な景品が沢山用意してあるからぁ、みんなぁ頑張ってねぇ」
「「おお〜〜」」
右手を挙げ絶叫する参加者。
その様子を見て満足そうに頷いていたローズだったが、
「あらぁ、ハルちゃん。どうしたのかしらぁ。表情が暗いわよぉん」
「目ざといな。……いや、一体どんな景品なのか気になってね」
ハルの言葉に、しかしローズはニッコリと笑みを浮かべて、
「それはぁ、……ひ・み・つ♪」
全く可愛くないウインクを一つハルに送るのだった。
「それじゃぁ行くわよぉ。最初はぁ……6番」
「キター」「おっしゃぁぁ」「ゲットだぜ」「……一つ違い……」
最初からテンションの高い面々。
……6番……あった。
カードの6番マスにポチっと穴を開ける。
「ほらほらぁ、ぐずぐずしないでねぇ。どんどん行くわよ。次は……24番」
ローズの司会でテンポ良く進むゲーム。
「それじゃあ次はぁ、……8番よぉ」
「ビンゴだぁぁぁ」
最初のビンゴ者は、ハピー17号だった。
誇らしげにカードを右手に掲げ、雄叫びをあげる。
ステージに上った17号に、ローズからラッピング包装された箱が手渡される。
「17号ちゃん、おめでとう。はぁい、一等の景品よぉ」
「おおお、これはWi○じゃないっすか。マヂですか」
「今回は奮発しちゃったわぁ。……みんなも、まだまだ豪華景品があるから頑張ってねぇん」
「「「おおおおおおおおぉぉぉぉ」」」
目の前で受け渡された予想を上回る豪華さの景品に、テンションはMAXまで上昇。
ローズが番号を読み上げるたびに、絶叫が室内に響く。
そして、
「……あ、ビンゴだ」
ゲーム終盤、かなり遅れをとってハルはビンゴを達成した。
「あらぁん、ハルちゃんビンゴかしらぁ」
にやり、と嫌らしい笑みを浮かべるローズ。
どうにも嫌な予感がするが、ここで駄々をこねて場の空気を悪くするわけにもいかない。
今までの景品がまともだったことに、僅かな期待を込めてハルはステージに上がる。
「はぁい。ハルちゃんへの景品は、こ・れ・よ」
「……布……いや、服かな」
渡された包装の手応えから、ハルは中身を予想する。
「開けてみてよぉん」
無駄に嬉しそうな顔をしているローズ。
頬を伝う汗を感じながら、ハルは包装を解いていく。
そこには……。
「……何の冗談ですか」
「うふふふ、気に入らなかったかしらぁ?」
「これを気に入ったら、俺は変態ですよ」
「似合うと思うんだけれどぉ」
「そう言う問題じゃない!」
叫ぶハルの手の中には、一着の服。
「こんなの、景品じゃなくて単なる嫌がらせか、罰ゲー…………」
「あ・た・り♪」
してやったりの顔のローズ。
慌てて周囲を見回すと、やはり同じようにニヤリとしている一同。
「……まさか最初から……」
「はぁ〜い、みんなグルでしたぁ〜。ビンゴ大会は本物だけどぉ、ハルちゃんの罰ゲームも兼ねてたのよぉ」
最初から感じていた妙な違和感と、嫌な予感の正体がわかった。
「罰ゲームって、今回の競争に負けた奴ですよね。あれって、確か過酷な任務がって言ってた気が……」
聞かなければ良かった。
ハルのその言葉を待っていたかのように、その場にいたハル以外の人間が満面の笑みを浮かべた。
「ええ。もちろんこれだけじゃないわぁ。ハルちゃんの罰ゲームは…………」
ハルの夜はまだ終わらない。
幕間では初めての前後編です。
大分間隔が開いてしまいましたので、文章に違和感があるかと思いますが、徐々に思い出すと思いますのでしばらくはご勘弁を。
これからは定期的に更新していきますので、よろしくお願いします。