銀行強盗やりましょう(5)
長らく間を空けてしまいましたが、銀行強盗編完結です。
「これで、全員そろったかな?」
紫音の声が、室内に響いた。
すっかりおなじみのハピネス地下作戦司令室。
そこには幹部一同が勢揃いしていた。
「まず、全員が作戦を果たし無事に帰還出来たことを非常にうれしく思うぞ」
にこりと笑みを浮かべる紫音。
その目の前には白い布袋に詰め込まれた、数え切れないほどのお金が置かれていた。
「順位の集計はこれからするとして……、その間にそれぞれのチームの報告を聞きたいな」
視線で合図をし、脇に控えたハピーに指示を出す。
ハピーたちは布袋を別室へを運び込んでいった。
「さあ、どのチームから報告してくれる?」
「…………では私たちから」
真っ先に挙手をしたのは、
「ほう、千景・ドクターチームか」
優勝候補筆頭の二人だった。
「それでは、報告させて頂きます」
千景の言葉と共に、スクリーンに映像が映し出され、報告が始まった。
USJ銀行。
数回の合併を行い、今では日本屈指の銀行となった。
ハピネスが本拠地を置く陸奥市でもかなりのシェアを誇っていた。
そんな銀行こそ、今回千景が選んだターゲットだった。
「なかなか立派な建物ではないか」
銀行の向かいにあるビルの屋上から、双眼鏡を使い蒼井は偵察を行う。
狙いの銀行は市内の中で一番大きな支店だ。
職員専用の裏口を除けば、出入り口は通りの正面に大きな扉が一つ。
壁はガラス張りになっており、通りから中の様子は丸見え。
基本的な作りは、普通の銀行と変わりがなかった。
「さて、そろそろ時間か……。しかし千景め、恐ろしいことを考えるな」
蒼井は双眼鏡を下ろすと、一枚のメモを取り出す。
メモにはこうあった。
「私が携帯で合図をしたら、そのスイッチを1から順番に押してください。その後は脱出の用意を
…………作戦名は、狼少年スペシャルです!」
蒼井は手元にあるスイッチを眺める。
テレビのリモコンのような形状のそれは、1から10まで番号のふられたボタンがついていた。
「現場に急行するスピード、移動手段、これらを逆手にとる、か……」
蒼井は静かに、その時を待っていた。
「想像通り、かなりの現金がありそうですね」
混雑する銀行の内部。
千景は待合室の長いすに腰をかけ、店内を眺めていた。
職員も客も慌ただしく動いていて、周りを気にする余裕など無さそうだ。
「……頃合いですね」
ポツリと呟くと、手元の携帯電話を操作する。
「さて、始めましょうか」
銀行の正面に、一台の車が止まる。
ナンバーを偽装した白いワゴン車。
チラリ、と千景は目線を向けると、店内の様子を再度確認する。
「人の流れ……警備員……警報システム……、このタイミングですね」
千景は素早く蒼井へと合図を送る。
その数秒後、
パァァァン、パァァァン、パァァァン
運動会の徒競走に使うピストルのような甲高い音が、店内に響き渡る。
それと同時に、
「全員動くな!!」
全身黒ずくめの男達が、一斉に店内へと駆け込んできた。
手にはマシンガンを持ち、顔の半分を白いスカーフで覆っているが、明らかにハピー達だった。
……マスクの上からスカーフをしても意味がない気がするが、ここはスルーする。
突然の出来事に店内の全ての人が動きを止める。
そのタイミングを逃さず、
「きゃぁぁぁぁぁ、銀行強盗よぉ! 殺されるわぁ、みんな逃げてぇぇ!!」
大げさとも言える演技で、千景が大声を挙げた。
効果は抜群だった。
「うぁぁぁぁぁぁぁ、逃げろぉぉぉ」
「助けてぇぇぇぇぇ」
「押すな……押すなよ」
客達はパニックになり、我先にと入り口へと殺到する。
近年、テロの情報などが広まったことにより、こうした事態にパニックになる人が多い。
ハピー達がワザと入り口を開けていたので、これ幸いと入り口へ一直線に向かう。
その間に、ハピー達は窓口の上に乗り銃口を職員達へと向ける。
「命が惜しかったら金を出せ」
お決まりのセリフを吐くのはハピー7号。
「以前から、一度言ってみたい台詞でした。……感無量です」と彼は後に語る。
パパパパパパパパパ
「コレはオモチャじゃないぜ。何なら試してみようか?」
天井に向かってマシンガンを軽くぶっ放した後、ハピー21号は脅しを掛ける。
「いや〜、効果的かなってやってみたんですが、……癖になりそうですな」と彼は後に語る。
「おらおら、ヘタな真似するんじゃねえぞ。この人質が見えねぇか?」
店内に残っていた客、つまりは千景を背後から拘束し、銃口を向けるのはハピー19号。
「……生きた心地がしませんでした。神経がガリガリと削られていく感じでしたね」と彼は後に語る。
その間に千景は何度か蒼井に合図を送る。
もちろん表情は恐怖に顔を引きつらせている演技をしながらだが。
人質を取られているとあっては警備員を動けない。
両手両足を縛られ、完全に拘束されてしまう。
「ほら、さっさと金庫を開けな!」
一番偉いと思われる銀行員に、突入してきた最後のハピー15号が背中に銃口をあてて脅す。
だが銀行員は、
「す、すいません。足がすくんでしまって……」
と一向に早く歩こうとしない。
……なるほど。警察への通報を済ませましたね。
そんな銀行員の態度から、千景は瞬時に悟る。
この牛歩戦術は、時間稼ぎと言うわけだ。
この状況下でそれが出来るとは、なかなか鍛えられていますね、と千景は少し感心する。
「でも、無駄ですがね」
千景は表情に出さず笑みを浮かべ、合図を蒼井とハピー達に送る。
金庫が開けられたのは、実に十分も時間を掛けた後だった。
もう後少しで警察が到着する時間だ。
そうすれば強盗は逃走せざるを得ない。
我々の勝利だ。
そんな事を銀行員は思い描いていたに違いない。
間違いではない。
通常ならばもうとっくに警察が到着していてもおかしくない時間だ。
だが、
「残念でしたね……もういいですよ」
「イエス・マム」
軍隊式の返事と同時に、ハピー達は店内のあちこちへ発煙筒のようなモノを投げる。
凄まじい勢いで噴出される白い煙に、あっという間に店内に煙が充満する。
「な、なんだコレは…………ぐぅ」
一人、また一人と床へと倒れていく銀行員達。
「超即効性の睡眠誘導ガスです。……副作用はありませんから、安心して休んでくださいね」
背後を拘束されていたハピーから、ガスマスクを受け取っていた千景は薄く笑みを浮かべて言った。
「さぁ、折角金庫を開けてくれたのですから、たっぷり頂いてしまいましょう」
「イエス・マム」
きびきびとした動作で金庫から現金を運び出す。
その様子を眺めながら、千景は携帯電話で蒼井を呼び出す。
「ドクター。準備はどうですか?」
「……こちらはOKだぞ。いつでも出せる」
「では、合図で」
通話を終えると、千景はサングラスと白いスカーフで素顔を隠す。
黒いマントを羽織り、服装からも正体がばれないように備える。
「マム、準備完了です」
「ご苦労」
短く答え、合図を送る千景。
「では逃走しましょう。逃走ルートは分かってますね?」
「イエス・マム」
「いい返事です」
千景は頼もしげに頷く。
キキィィィィィィ
急ブレーキの音を響かせ、真っ黒なワゴン車が銀行の前へと止まる。
「運び込んでください」
ハピー達は一斉にワゴン車へ、現金を詰め込んだ黒い鞄を運んでいく。
全ての鞄を詰め込んだワゴン車が現場から逃走したのは、それから数分後の事だった。
それから暫くしても、現場に警察が来ることは無かった。
「以上で報告を終わります」
映像の終わりと共に、千景が静かに告げた。
「な、何というか……千景さん、ノリノリでしたね」
ハルの言葉に、一同がウンウンと頷く。
「そうですか? そうでもないですよ」
「まったくだ。人質役は自分がやると、言って聞かなく……………ぐふぅぅ」
何かを言いかけた蒼井は、鳩尾への一撃で沈んだ。
「もう嫌ですよ、ドクターったら……ね」
笑顔の千景に一同完全に沈黙した。
「さて、今回の強盗で幾つか質問があるのだが……」
「何でしょう、紫音様」
「まず全員が疑問に思っていると思うのだが……何故警察は来なかったのだ?」
紫音の言葉にハル達も頷く。
「そうですね。……簡単に説明してしまうと、来なかったのではなく、来れなかったのです」
「と言うと?」
「私がドクターに頼んでいたのは、警察への通報です」
意外な言葉だ。
「警察への通報システムを改造して、警察へ毎秒数万件の通報が自動的にはいるようにしました」
「それがあのボタンか」
紫音の言葉に千景は頷く。
「そうすると警察はどうなるでしょう。どれが本当の情報か分からず、かといって全てを確認するほどの余裕もない。
つまり通報されてもその現場に、直ぐには駆けつけられない状況が出来てしまうのです」
「なるほど……だから狼少年か」
納得したような声を出す紫音。
嘘(偽の)通報ばかりしていたせいで、本当の通報をしても信じて貰えない(駆けつけて貰えない)というわけだ。
「それでも万が一も考えられますので、事前に街のあちこちで水道工事や道路工事を実施して貰いました」
「もしも警察が駆けつけようとしても通行止めばかりで、身動きがとれなくなると」
ハルの呟きに千景は満足そうに頷く。
「……何というか……悪魔のような狡猾さだな」
「というか、鬼ですよ」
「魔女って感じじゃない?」
「……ペテン師……でしょうか」
勝手なことを言う一同。しかし千景は余裕の笑顔で、
「ふふふ、何にせよこの勝負の勝ちは頂きました。……ビリのチームの人は……覚悟してくださいね」
全員がぞっとする一言を言ってのけた。
「つ、次はどのチームが報告してくれるのだ?」
空気を変えようと、強引に紫音が話を振る。
これ幸いとハルと柚子は視線を交わし、
「私たちが……報告します」
挙手をしたのは柚子だった。
時間は、千景達が強盗をする少し前に遡る。
「……ローズさん、遅刻です」
「ごめんなさぁい。道路工事で通れない道路が多くてぇ」
銀行強盗前にかかわらず、全く緊張感のないローズが、舌をペロッと出して謝った。
可愛くない。
柚子はため息をつくが、直ぐに気を取り直す。
「まぁ良いです。……時間はまだ余裕がありますから」
「そうみたいねぇ」
二人の視線はお客さんの姿がほとんど見えない、小さな銀行支店へと向けられていた。
お昼を少し過ぎた時間帯、お客が少ない悪条件もあったのだろう。
職員達のほとんどが欠伸をし、コクリと舟をこいでいる職員までいた。
その様子を眺め、柚子は僅かに口元に笑みを浮かべた。
「……順調みたいですね」
「どれくらい前から仕掛けてるのぉ?」
「そうですね……大体1時間前です。予定ではもう十分以内には」
柚子の言葉通りだった。
それから十分も経つころには、銀行内の職員は全員夢の中へと旅立っていた。
「それじゃあ……」
「行きましょうかぁ」
二人は正面入り口から、素早く店内に入る。
「私は裏口を開けて、ハピーさん達を中に入れます。ローズさんはシャッターを」
「OKよぉ」
柚子の指示で、ローズは閉店時に使用するシャッターを降ろす。
これで中の様子を外から伺うことは出来なくなった。
柚子も鍵の掛かった裏口を手早く開放する。
「みなさん、早く中へ」
「「了解っす」」
元気良く返事をし、銀行内へと侵入するハピー達。
この瞬間、銀行内は完全にハピネスが占拠していた。
「後は時間との勝負です。周囲の人が不審がって通報する前に、金品を頂きます」
「「うぃっす!」」
ロビーに集合したハピネス一同は、柚子とローズを含めて七人。
「ローズさん、職員さんの中で一番偉そうな人を連れてきてください」
「了解よぉん」
ローズは巨体に見合わない機敏な動作でカウンターを超えると、一番奥の席に座っていた40代くらいの男を担ぎあげて、柚子達の元へと運び込んだ。
「それで、どうするのぉ?」
ローズの問いかけに、柚子はポーチから怪しげな液体の入った試験管を取り出すと、
「……こうします」
ポン、と栓を外し、男の口へと捻り込み、強引に液体を飲ませた。
ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ
液体が心地よく喉を鳴らし、男の体へと吸い込まれていく。
すると、
「う……わ、私は一体…………」
寝不足で迎えた月曜の朝のような、気怠い表情で男が目を覚ました。
「……睡眠薬の解毒剤?」
「ええ。皆さんに飲んで貰ったのと同じモノです。……後はお任せしてもいいですか?」
了解よ、とローズは答えて男へと近づく。
「な、何かね君は。これは一体どういうことかね」
「ねぇぇ、お願いがあるのだけれどぉもぉ……」
動揺する男を気にも留めず、スッと男の背後に回り込むと、
「金庫の鍵をぉ、開けて欲しいなぁ」
甘えるように背後から男の両肩に手を掛ける。
「何を巫山戯たことを言っているのかね。……これは犯罪だぞ」
「嫌だわぁ……そんなこと分かってるわよぉん」
少しだけ、肩に乗せた手に力を込める。
「貴方には二つの選択肢があるわぁ……。一つは、私たちの言うことを素直に聞いて、無事に生き延びる」
ギュッと、更に手に力がこもる。
「そして、もう一つは……」
ギシィィと骨が軋むほどの力が、肩に掛かる。
「最後まで私たちに逆らってぇ、……ここで死ぬか……よ」
メキィィ、と今までで一番の力が込められる。
「がっっ……ば、馬鹿にするな。誰が犯罪者の言うことなど……がぁぁぁぁぁぁ」
ゴキィ、という嫌な音がした直後、男の口から悲鳴が響き渡った。
「嫌だわぁ、ちょっと肩の骨を外しただけじゃない……」
うふふ、とちっとも可愛くない笑みを浮かべると、
「こんなのは軽いお遊びよぉ。……早く言うことを聞いてくれないと……本当に壊れちゃうわよ」
「ひっっっ………」
いつもと変わらぬ口調の中にも、ぞっとするような殺意が込められていた。
それをまともに受けて、一般人である男が抵抗できる訳がなかった。
「分かりました。分かりました。何でも言うことを聞きますから……命だけは」
「はぁい、よくできましたぁ」
肩の骨をはめ直し、ローズは満面の笑みを浮かべた。
「…………はい、鍵が開きましたよ」
数分後、男は暗証番号とキーロックが必要な金庫を開けていた。
「ありがとう……。中に仕掛けとかはあるのかしらぁ?」
「いえ……ありません。それほどセキュリティにお金を掛けるほど、うちの銀行は大きくないので」
それもそうね、と男の言葉に納得するローズ。
「ご苦労様でした。……これはご褒美です。グイッと飲んじゃってください」
男に差し出された一本の試験管。
柚子の手の中で怪しく揺れるそれは、見るからに不味そうな色をしていた。
「……いや……これはちょっと……」
「素直に飲んだ方がいいわよぉ。この子、私なんかよりよっぽど冷酷なんだからぁ」
ごくり、と男の喉が鳴る。
一見子供にしか見えない外見だが、それが逆に恐怖を感じさせる。
殺されるよりまし、と思ったのか男は諦めたような表情で試験管の液体を飲み干した。
「睡眠薬なのぉ?」
柚子は軽く首を横に振り、
「……それプラス、記憶を忘却させる効果のある薬です。……巻き添えは可哀想ですから」
さっきまでの冷酷な表情はなく、普段の穏やかな顔で答えた。
「現金の詰め込み、完了しました」
「……ご苦労様です。……では予定のルートを通り、各自基地まで戻りましょう」
「了解っす!」
柚子の指示通り、ハピー達が分散して逃走を始める。
彼らは知らないが、この時既に千景による警察の撹乱が行われていた。
それ故なのか、拍子抜けするほどあっさりと全員の逃走に成功する。
こうして一人の男以外、銀行強盗があったという事実すら気づかないほど穏やかに、作戦は終了した。
「……以上で、報告を終わります」
静かな声で、柚子が報告の終了を告げた。
さっきの千景の報告とは違い、淡々と行われる強盗に全員呆然としていた。
「な、何というか……静かだったな」
「一切荒事が無い強盗っていうのも……」
「それって強盗かしら?」
「確かに……どちらかというと空き巣の方が適当かも」
思い思いの感想を述べる一同。
「では、また私から質問させて貰おう」
コホン、と咳払いを一つして、紫音が言った。
「まず……どうして銀行の職員達は睡眠薬で眠らされたことに気づかなかったのだ?」
「……それは、ですね。超即効性の睡眠薬ならば、違和感を持たれてしまいますよね。……急に眠くなるのですから」
確かに突然強烈な眠気が来れば、誰だって不審がる。
ましてや銀行員なら防犯思想が強いから、恐らく直ぐにでも周囲を確認して場合によっては即座に通報だろう。
「でも、逆に超遅効性の睡眠薬ならばどうでしょう?……お昼の直後、ぽかぽか陽気に暇な時間帯。こうした条件も合わされば……」
「眠気が来るという事が自然に受け入れられる、と」
ハルの言葉に、コクリと柚子が頷いた。
「ゆっくりと時間をかけて、少しずつ超遅効性睡眠ガスを店内に充満させました。……効果はごらんの通りです」
「発想の逆転って訳よぉ」
ローズのウインク一つ。
「私からも質問があります」
千景の言葉に、どうぞと柚子が答える。
「どうしてあの銀行を選んだんですか?規模も決して大きくない……。今回の勝負には不向きなのでは?」
「……あの銀行は現金の総額こそ千景さん達の銀行に劣りますが外国の紙幣……特にドルをこの町で一番取り扱っているのです」
「なるほど……。円安の今、円よりもドルの方が遙かに価値が高くなる……という訳ですね」
頷きあう二人。
「……柚子ったらぁ、何だか人格が変わったみたいに強気よねぇ」
「あの地獄の特訓のせいだな。銀行強盗に関することには、人が変わったようになる」
ローズの問いかけに、しみじみとハルが頷く。
「さて、それでは最後のチームの報告に移りたいのだが……」
そこまで言って、紫音は視線をハル達へと向けて、
「……大丈夫か?」
思いっきり不安そうな声を出した。
気持ちは分かる。
「紫音さま。気持ちは俺も同じですが、取り敢えず報告を聞いてからにしてください」
「……どういうこと?上手くできたじゃない?」
「それでは、報告させて頂きます」
首を傾げる奈美を無視して、ハルは報告を始めた。
「さて、奈美さんやい」
「ん、どうしたの?」
軽く首を傾げる奈美。
「今の状況を説明して欲しいのだが……」
顔を引きつらせながら問いかけるハルに、
「状況って……見ての通りだけど」
ケロッとした表情で答える奈美。
なるほど。確かに見ての通りだ、とハルは苦笑いする。
「銀行強盗する前に、何故か警察に包囲されているみたいに見えるが」
「大体あってるよ。後は、自衛隊とか正義の味方とかそう言うのも混ざってるみたいだけどね」
周囲に視線を配らせてみる。
言われると分かる。確かにマシンガン構えてる迷彩服の集団も混じってる。
……というか迷彩服って町中じゃ目立つな……。
「でもどうしてだろう?私たちまだ強盗にすら入ってないのに……」
「俺もそれは不思議でならない。まあ、用心のためにいつもの作戦服で来てて良かったな」
正体がばれないし、と付け加える。
現在の状況は簡単だ。
銀行強盗を行う直前、丁度銀行の目の前が現在位置。
主役はハルと奈美の二人。
そして脇役は、ハル達を取り囲む百人近い警察達だった。
「原因は後で調べるとして、この現状をどうするかだな」
ハルの言葉に、奈美は指を唇に当てて少し思案し、
「こいつらは私一人で片づけるから、ハルは銀行強盗の方をお願いね」
「……いや、奈美よ。こういう場合は、何か少しでも頭を使って作戦を立てるのが主人公の義務……」
「んじゃ、よろしくね。……はぁぁぁぁぁぁ!!」
片手を軽く挙げて告げると、奈美は敵陣へと思いっきり突っ込んでいった。
「……情緒もへったくれもないな……。まぁ俺たちに頭を使った作戦は無理か」
ポップコーンの様に空を舞っていく警官達を眺めて、ハルはため息をつく。
とにかく頭を切り換える。
片づけると言った以上、奈美は全員を叩きのめすだろう。……ならば。
「俺も銀行強盗を成功させないと、立場がないよな」
つまらない意地かもしれないが、譲れない意地でもあった。
懐から、モノマネ用のファイルを取り出す。
「我に秘策有り」
にやり、とハルは不敵に笑みを浮かべて銀行に入っていった。
「…………いつの間に日本の銀行はこんなに物騒になったんだろう」
ハルは両手を上に挙げながら呟いた。
眼前には、拳銃を構えた銀行員が十数人。
日本刀や青龍刀、ハンマーを構えた勘違い銀行員も数名。
銀行に入った瞬間、ハルはホールドアップ状態だった。
「ふふふ、甘く見たな銀行強盗め。……うちの銀行は、世界でも有数の武闘派職員の揃った防犯完璧銀行なのだよ」
恐らく店長なのだろうか。拳銃を構えたデブ男が鼻息荒くハルに言う。
自信満々の態度ももっともだ。どう考えても勝てる気がしない。
まあ、店先であれだけ騒げばこうなるのも当然だが……。
「さあ、まずは武器を捨てて貰おうか」
余裕の表情で告げる男。そして武器を構える全職員がハルへと鋭い視線を向ける。
それが、敗因だった。
「……御堂ハルが本気でお願いします。…………銀行強盗に協力してください!お願いします!!」
全力の叫びと共に、ハルの左目に紋様が浮かび上がると、赤紫色に輝く。
その光が、職員の瞳へと吸い込まれていく。
しばらくの静寂。そして、
「……しょうがない。みんな、協力してやれ」
「はい、分かりました支店長」
職員達は武器を納めた。
「誰か、金庫の鍵を開けてあげて。それから、現金輸送用の鞄も出してあげて」
「はい直ぐに」
てきぱきと手際よく、銀行強盗の手助けをしてくれる職員達。
ハルの作戦は、成功した。
「……あ、俺だよ。……うん、成功したから車を近づけてくれ」
近くで待機しているハピー達を、携帯で呼び出す。
後は、現金を鞄に詰め込むのを待つだけだ。
「……あら、もう終わったの?」
入り口から現れたのは、無傷の奈美だった。
百人以上を相手にしたはずだが、汚れどころか汗一つかいていない。
「ああ。……そっちも片づいたらしいな」
「もちよ。どんどん援軍が来るから少し時間が掛かったけどね」
可愛らしく片目を瞑り舌をペロッと出す。
「それよりもどうやったの? またモノマネ?」
コクリとハルは頷くと、
「千景さんが好きなアニメの主人公が使う能力を真似した。……かなり劣化してるけどね」
「ああ。あの目が合うと何でも命令できるって能力でしょ?」
「そうだよ。ただし、俺のは劣化してるから、命令じゃなくてお願いしないと発動しない……。しかも持続時間も精々30分だな」
「何か……凄いハルっぽい能力だね」
奈美の言葉に、少しだけ涙が出かかった。
「でも今回はフィクションの物まねしたのに、そんなにダメージが無いみたいね」
「……いや、そうでもない」
ハルは首を横に振ると、
「どうも足にきてる……。さっきから腰から下にもの凄い疲労感がある」
「疲労感?」
「そうだな……。全力で数時間泳ぎ続けた後、ランニングをしようとした感じかな」
待合室のソファーに座りながら、力が入らない足をポンと叩いてみせる。
今回は一回限りだったからこの位で済んだが、もしも乱発していたらタダじゃ済まなかっただろう。
「ん〜〜、私は疲れたことが無いからよく分からないけど、やっぱり物まねは切り札にした方がいいみたいね」
奈美の言葉に、ハルは心の底から頷いた。
「…………で、どうするの?」
「どうしよう……」
気まずい空気が、銀行内を包み込んでいた。
銀行強盗は既に九割成功していた。
現金は全て鞄に詰め込み、基地へと輸送中だ。
後は逃走するだけなのだが……。
「まだ回復しないの?」
奈美の言葉に何とか足を動かそうとするが、
「……駄目だ。全く感覚がない」
神経が切れてしまっているかのように、ピクリとも反応しなかった。
ハピー達は既に車で現金を輸送するため、現場を離れている。
銀行員達はハルのお願いが時間切れになるまで、後数分は大人しくしているだろう。
その間に何としても、逃走しなくてはならない。
ならないのだが…………。
「わ、私は……その……ハルをおんぶするなんて…………嫌な訳じゃなくてね……」
肝心の奈美がこの調子だった。
ハルとしてはおんぶでもだっこでも、肩に担いで貰っても構わなかった。
この場から逃走できれば、手段を問うつもりは無い。
「嫌なら、この椅子ごと持ち上げて運んで貰っても構わないが……」
「嫌じゃないってば!!」
強い調子でハルの言葉をかき消す。
「……そ、それにそんな目立つこと出来ないでしょ」
言われてみればそうだ。
どうして奈美が感情的になるのかはハルには理解できなかったが。
「それじゃあ、肩を貸して貰うとか……」
「いいわよ。……私がおんぶして行くわよ」
奈美の顔はリンゴのように真っ赤になっていた。
「……以上で報告を終わります」
ハルは静かに告げた。
「何というか……行き当たりばったりの作戦だったな」
「計画性が全くありませんでしたね」
「……衝動的?」
「何でも力任せは感心できないのである」
「ある意味ではぁ、二人らしいけどねぇ」
呆れた声で感想を述べる一同。
計画性がないのはハルも自覚しているので、文句の言いようが無かった。
「さて、それでは恒例の質問をしたいのだが……」
「どうぞ、紫音様」
「質問というか、確認だ。二人が銀行強盗前に警察に囲まれたのは……やはり……」
コクリ、とハルは頷いた。
「俺もさっき確信しました。……千景さんの作戦で誤誘導させられた警察が、丁度俺たちが襲う予定の銀行に集まっちゃったんでしょう」
不幸な事故だった。
万全を期すための道路工事などの通行規制のせいで、丁度町外れにある銀行へ警察が集まるように誘導されてしまったのだ。
そして本当に運悪く、その銀行をハル達が強盗すると決めてしまった。
「今回のは故意じゃないから、妨害行為とは認められない。順位決めには影響しないと思ってくれ」
紫音の言葉に、これが勝負だったと気づいた。
そしてそれは時既に遅し、だった。
「ああ、私からも質問させてください。……あの銀行をターゲットに決めた理由は何ですか?」
千景の質問に、奈美は胸を張り自信満々に、
「何となくです」
言い切りやがった。
もちろん、勝負の結果など分かりきっていた。
作戦を綿密に練り、襲撃する銀行まで選び抜いたチームに、ハル達が敵うはずもなく、
「それでは、最下位のハル・奈美ペアには罰ゲームを受けて貰うぞ」
非情の言葉が告げられた。
「罰ゲームは私が全面協力しますから、……楽しみにしててくださいね」
そう言って千景は極上の笑顔をハルと奈美に向けるのだった。
予想通りあっさりと終わってしまった銀行強盗。
楽しみにしていた方、すいません。
やはりシリアスは苦手なので、次回からはどんどんギャグに戻していきたいと思いますので、よろしかったらまたご覧下さい。