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正義の味方も大変です

今回は正義の味方、葵の視点です。

ギャグなしのシリアスな話ですが、滅多にないので、仕方ねぇな、と読んでいただけたら幸いです。

 

 葵は退屈していた。


 深夜の廃墟ビル。

 不良のたまり場になりそうなその場所を、一人歩く。


 シャツにジャケット、ジーパンとラフな格好だ。

 セミロングの青みがかった髪を、短めのポニーテールにまとめている。

 何処にでもいる女の子、と言った出で立ちだ。

 左手に携えた、刀を除いては。



「……ここですね」

 葵は呟きと共に、足を止める。

 廃墟ビルの四階。

 部屋を区切る壁は既に無く、一面の広いフロアが姿を見せる。

 電気など当然供給されておらず、辺りは闇に覆われている。


 だが。


 …………七人……いえ、八人ですね。

 葵は、気配を隠し部屋に潜む何者かを、確実に感知していた。

 刀を持っているとは言え、人数の上では圧倒的に不利。

 しかし葵は全く躊躇うことなく、フロアの中央へと進み出た。


 しばしの沈黙。そして、

「隠れてるのは分かっています。大人しく出てきてください」

 静かだが、威圧感のある声で葵が言う。


 再びの沈黙。

 だがその沈黙は、長くは続かなかった。

 一人、また一人と闇の中から姿を見せる。

 フロア中央の葵を完全に包囲する八人の男。

 全員が黒のラバースーツを纏い、手には武器を持っている。


 その中の一人、葵の正面に立ったリーダーらしき若い男が、葵と向き合う。

「……ここまで嗅ぎ付けてきたか……政府の犬が」

 敵意、と言うよりは憎悪に近い感情をぶつける男。

 しかし葵はうっすら笑みを浮かべ、

「ええ。狗だから鼻が利くんですよ。……特に社会のゴミの匂いには敏感なんです」

 挑発を返す。

 効果は抜群。男たちが一気に殺気立つ。


「少し調子に乗りすぎたな。……腕に自信があるようだが、俺たちを甘く見たのが運の尽きだ」

「ランクC悪の組織、密林の狼の皆さんですよね」

「そうだ。強盗や誘拐で名が知られている俺らを相手にして、生きて帰れると思うなよ」

 葵の言葉に気をよくしたのか、男が強気に出る。


 だが、葵はそれを聞き流し、ポケットから携帯電話を取り出す。

「……葵です。目標を確認、これより殲滅します」

 事務的に告げると、携帯電話をしまう。

「聞き捨てならねぇな。俺らを殲滅するだって?」

「ああ、聞こえてましたか。……では説明は不要ですね」

 葵の右手が、刀の柄に掛かる。


「政府直属「ジャスティス」の執行官の名において、あなた方を殲滅します」

 葵の瞳が力強く輝き、ハッキリと言い放つ。


 それが合図だった。


「野郎ども!ぶっ殺せ!!」

「「おぉぉ!!」」

 男達が雄叫びをあげて葵に向かって突っ込む。


「…………ふっ!」

 鋭い呼吸と共に、一瞬で前から迫る三人の男との間合いを詰める。

 その勢いを殺さないまま、

「ぐべぇ」

 刀の柄じりで、正面の男の鼻を潰す。


「リ、リーダー!」

「この野郎」

 左右から襲いかかる男達。

「…………はっ!」

 体を回転させながらの抜き打ち。

 弧を描いた刃の軌跡が、男達を切り裂く。

「がっっ…………」

 うめき声を残し、前のめりに男が倒れる。


 後五人。

 葵の眼光が、仲間を一瞬で倒され動揺する男達を捕らえる。

 既に、戦局は決まっていた。

「…………ふっ!」

 一寸の油断も隙もなく、葵は攻撃の手を緩めない。



 一分後。

 窓から差し込む月光が、フロアを照らす。

 床に倒れ伏すのは、八人の男。

 それらを見下ろすように、全身に月光を浴びる葵。

 戦闘があったとは思えないほど、静かな空気が流れる。


 この時間を葵は好んだ。

 勝者も敗者も等しく、戦いの女神より労いを受ける。

 ラグビーにノーサイドという言葉がある。

 葵はなるほど、と納得する。

 確かにこの気分なら、直前まで戦っていた相手とも、手を取り合えるだろう。


 そんな取り留めの無いことを考えていると、不意に携帯が着信を告げる。

「……ここまでですか」

 葵の好きな時間が終わりを告げる。

 電話に出て、男達の処理を任せる旨を告げる。

 通話を終えると、葵は本部へと帰還するためにフロアを後にする。

 本部に戻れば、また同じような仕事を受け、同じようにこなすのだろう。

 だから葵は思う。

 退屈だ、と。




 正義の味方。


 そう言われて、何を思い浮かべるだろうか。

 ベルトをつけて変身する仮面のライダーか。

 あるいは時間制限がとても厳しい、巨大化変身する宇宙人か。

 はたまた、三人あるいは五人で色違いのスーツを着る変身レンジャーものか。

 早瀬葵も、これらを想像していた。

 世界の平和のために、命をかけて悪と戦う。

 悪くない。

 少なくとも、人に迷惑を掛ける悪の組織よりもずっとマシな生き方だ。

 だから、正義の味方への誘いが来たとき、葵は即答した。

 自分の力で悪を滅ぼし、平和を守る。

 そう希望を抱いていたのだが…………。



「おかしいと思うんですよ」

「何がです?」

 葵の問いかけに、美園が答える。

 先ほどの戦いの後、葵を向かえに来た美園。

 高級車は車外の騒音や震動をほとんど中に伝えず、車内は非常に静かだ。


「今日の仕事、アレって他の組織の担当ですよね。なのに何で私が出撃なんですか?」

「ああ、その事ですか」

 運転中の美園は、視線を助手席の葵へと向けずに答える。

「担当していた組織が慰安旅行で、うちに回ってきました」

「何ですかそれは。自分の所の仕事ほっぽり出して旅行って」

「……葵。少し落ち着きなさい」

 興奮し始めた葵を、美園が一言で静める。

 仕事の後で気持ちが高ぶりやすいのもあるのだろうが、日頃から不満がたまっていたのだろう。


 その気持ちが、美園にはよく分かった。

「貴方の不満も分かります。……ですが、以前説明した事を憶えてますね」

「……はい」

「公的な正義の組織は数十あります。しかし、実際に機能しているのは十に満たないでしょう」

 美園の言葉に葵が頷く。


「仕事をさぼる。不正を行う。本来民間の正義の組織の模範となるべき私たちが、内部の腐敗に対応するので手一杯になり、悪の組織を民間に任せてしまっているのが現状です」

 葵が頷く。

「私たちジャスティスは、もっとも規模の小さい組織ですが、もっとも権限を持っている組織でもあります。……その意味が分かりますか?」

「……少数精鋭の特殊部隊。他の何倍も成果をあげなくてはならない」

「半分正解です」

 少し意地悪そうに美園が言う。


「貴方の言うとおり、ジャスティスは戦闘能力では間違いなく、正義の味方で最強と言えるでしょう。ですから悪の組織との戦いでも、公的な正義の組織の筆頭で無くてはなりません」

「だから、仕事が回ってきても文句を言うな……と?」

 葵の言葉に、美園が軽く頷く。


「明日は……もう今日ですが、久しぶりのオフです。……リフレッシュすると良いでしょう」

「は〜い」

 二人が本部に戻る頃には、既に早朝と呼べる時間だった

ひたすらシリアスな話で肩がこったので、次回からは再びギャグに戻ります。

葵の休日の話です。

多分一話完結になるので、また読んでいただけたら幸いです。

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