可愛い保険医探します(4)後編
後編です。
今までのシリーズで一番長くなったこの話、ようやく完結いたします。
諦めずに読んでいただけたら幸いです。
「先ほどは、助けて頂いてありがとうございました」
ぺこり、と頭を下げる少女。
事件現場からさほど離れていない喫茶店。
葵が警察を呼び、男を連行して貰った後、三人はこの店のテーブル席に座った。
都合の良いことに、午後のティータイムにも、客の姿はまばらだった。
「私は和泉柚子と言います」
少女の自己紹介に、ハルと葵も名前を名乗る。
「それで、私が到着するまでの話を簡単に聞かせて貰えますか?」
「そうだな。まずは……」
ハルが説明した内容は簡潔なものだった。
街で少女に助けを求められ、怪しい男と戦闘になり、危ないところを助けられた。
「こんな感じかな」
なるほど、と葵は頷く。
そして今度は少女の方に向き直り、
「それじゃあ、貴方の……柚子ちゃんって呼ばせてね。柚子ちゃんの話を聞かせて」
「はい……。でもたいした事はお話できませんが」
少女……柚子はそう前置きをした上で、
「あの男の人は三年くらい前から、ずっと私の後をついてきていました」
嫌な予感がする……。
「私のアパートの前をずっとうろうろしていたり」
ひょっとしたら……。
「無言電話や変なことを書いた手紙も沢山……」
「「ストーカーじゃないか!!」」
ハルと葵の声が、見事にハモった。
「そうなんですか? てっきり何か私にご用があるのかと……」
「だったら、それを伝えるのに三年もかからないだろうよ」
「ああ、なるほど……」
ポン、と手を叩く柚子にハルは頭を抱える。
この子は……天然だ。
「ま、まああの男がどうして柚子ちゃんを追いかけてたのかは、分かりました。それじゃあ、さっきの事……お兄さんの手を治療した時の事について教えてください」
葵の言葉に、少女は表情を硬くする。
やはり、言いづらい事なのだろうか。
暫く続く沈黙。そして、
「…………私、変なんです」
小さな声で、柚子は語り始めた。
「血を見るのが怖いんです」
血液恐怖症というものだろうか。
ハルの表情から、考えてることを読みとったのか、柚子は首を横に振り、
「いえ……血自体は平気なんです。仮にも医者ですから。ただ、血というか、出血した怪我を見てしまうと、スイッチが入ってしまうんです」
「スイッチって?」
葵の問いかけに、
「私も上手く説明できないのですが、それが入ると、自分が自分じゃないような感覚です。頭の中が切り替わったようになって、怪我を治すこと以外何も考えられなくなるんです」
「だからスイッチか……」
ハルは柚子の言葉に納得した。
確かにあの様子は、スイッチが入ったと言われれば納得してしまう。
ともあれ、それのお陰でハルが救われたのは事実だ。
今も少しの痛みはあるが、出血は完全に止まり、傷口もほとんど塞がっている。
「まあ本人は気にするのかもしれないけど、お陰で俺は助かったわけだし」
「そうですよ。人に危害を加えたりするものではないのですから、そんなに気にしなくても」
二人の慰めの言葉にも、柚子は位表情を崩さない。
まあ、こんな小さな女の子にとっては辛いことなのかも…………。
……………はて。
そこまで考えて、ハルは思考を止めた。
さっき、何かおかしな事を言ってなかっただろうか……。
チラリ、と隣に座る葵を見る。
コクリと葵も頷く。
どうやら気持ちは一緒のようだ。
「あのね、柚子ちゃん」
意を決して葵が話しかける。
「私の聞き間違えだったらごめんね。……さっき、自分の事を医者って言わなかった?」
「はい言いましたけど……」
聞き間違えではないようだ。
すると一つの問題が出てくる。
医者になるには、順調にいっても医大六年と研修二年の八年がかかるはずだ。
ということは、最年少でも二十六歳。
目の前の少女を見る。
少しひいき目に見ても、中学生くらいにしか見えない。
そんなハルの視線に気づいたのか、柚子は苦笑して、
「見えませんよね。よく言われます」
ポーチから運転免許書と医師免許のコピーを取り出して見せる。
「……ほんとだ」
「普段から持ち歩いてるんですね」
「これがないと補導されちゃうんで……」
それは切実な問題だ。
ハルとしては、どうやって運転免許を取ったのかが気になるが……。
「それじゃあ、今はどこかの病院に勤めてるの?」
少ししんみりした空気を振り払うように、葵が質問する。
「……いえ……ごらんの通りの外見ですので……何処の病院でも……」
一気に空気が重くなった。
次の言葉を発しにくい状況で、ハルは一人考える。
医師免許は……持ってる。
年齢は……二十六歳で充分若い。
性別は女性だ。
見た目は……可愛いだろう。
癒し系……基準がよく分からないが、見てるとほんわかする。
ここまでは完璧だ。
後は……。
「ドジっ子属性か……」
「はい?」
ポツリと呟いたハルに、柚子は首を傾げる。
隣に座る葵には聞こえたのか、目つきが鋭くなっていく。
何とか誤魔化そうと話題を変えようとしたその時、
「お待たせいたしました。コーヒーでございます」
店員が注文したコーヒーを持ってきた。
ありがたい。
これで空気が少しでも変わってくれればとハルが願った、その時だった。
「あっ」
パリン
柚子の小さな悲鳴と共に、カップが下に落ちる。
「あわわ、どうしましょう」
「落ち着いてください。店員さ〜ん」
「は、はい。直ぐに片付けますので……」
慌ただしく周囲が動く中、ハルは一人考えていた。
「はぅ〜落ち着きました」
片づけが終わり、替わりのコーヒーを啜りながら柚子が言う。
その様子をみて、ハルは決心をする。
スッと立ち上がって、
「柚子さん」
「は、はい」
突然名前を呼ばれ、ビックリする柚子。
隣で呆然としている葵を横目に、ハルはずっと考えていたセリフを発した。
「(ハピネスに)貴方が欲しい」
「はひっ!」
「なっ!」
柚子と葵の二人が硬直する。
いきなりの勧誘で戸惑うのはハルの予想通りだった。もちろん事実は異なるが……。
その隙を逃さず、ハルは追い打ちをかける。
「(ハピネスに)貴方がどうしても必要なんだ(保険医として)」
「そ、そんなこと急に言われても……」
頬を赤らめ、俯く柚子。
何でこんな反応をされるのか、ハルには分からなかったが、
「俺は本気です。貴方以外には(アホみたいな条件を満たした人は)考えられない。だから、俺と一緒に(ハピネスで)生きていきましょう」
「…………はい」
ハルの説得に、柚子は真っ赤になった顔を伏せ、小さな返事をした。
よかった。説得成功だ、とハルはホッと胸をなで下ろす。
「……不束者ですが、よろしくお願いします」
テーブルに三つ指をつき、頭を下げる柚子。
まるで結婚するみたいな挨拶だ、とハルが茶化そうとした時だった。
「ハルさん…………」
鬼が居た。
全身から立ち上る怒りのオーラに、ハルは体を硬直させる。
「そう言えば、ハルさんの所に来た理由を思い出しました……」
出来れば一生忘れていて貰いたかった。
「美園さんにお願いして、ハルさんの居場所を確かめてまで、ここに来たのは……」
葵が拳を握りしめる。
「待て、話せば分かる。話せば……」
「問答無用!お兄さんの……馬鹿〜〜!!」
葵の拳が、ハルの額を直撃する。
吹き出す鮮血。薄れ行く意識。
そんなハルの視界に最後に移ったのは、
「負傷者を確認……治療を開始する」
スイッチの入った柚子だった。
ハルは任務を果たした。
「適切な処置がなかったら、死んでましたね」
重傷を負いながらも。
「ふ〜ん。ハルって小さい子の方が好きなんだ……」
ロリコン扱いされながらも。
「本当にぃ、ハルちゃんってぇ、出会いフラグ立てるのが上手なのねぇ」
身に覚えのないスキルを褒められながらも。
「ハル……恐ろしい子」
ドクターに何故か敬意を表されながらも。
「うぉぉぉぉ、柚子ちゃん萌えぇぇ!!」
歓喜に湧くハピー達に感謝されながらも。
とにかく、任務を果たした。
「良くやったぞ、ハル。今回の成果は、全てお前の功績だ」
「はあ、ありがとうございます」
「ただ……」
「ええ……」
チラリ、と紫音とハルは視線を同じ方に向ける。
そこには、ハピー達に囲まれている柚子。
地下基地の大フロアで、柚子を新幹部として紹介した直後から、ずっとこの調子だ。
「柚子を隊長にして、医療部隊を作ろうかと思ったのだが……」
「戦闘部隊から人がいなくなるでしょうね」
二人揃って大きなため息をつく。
「ハルさ〜ん。助けて下さ〜い」
ハピー達に囲まれ、姿が見えなくなった柚子からのSOS。
「行ってやれ。面倒なことは後で考える」
「……了解です」
ハルはため息をつくと、柚子救出のため、ハピー達の中へと飛び込んでいった。
この作戦の後、ハピネスに医療部隊が新設された。
隊長には和泉柚子が選ばれ、入隊希望者が後を絶たない状況に、紫音と千景は頭を悩ませることとなった。
新キャラ柚子はドクターと共にハピネスをかき回す役回りを期待してます。
次回からは、短い話を今度こそ続けたいと思います。
感想・ご意見も大募集しておりますので、よろしくお願いsます。