可愛い保険医探します(1)
さて、いきなり一話完結ではなくなりました。
どんな組織であろうとも、労使交渉はあるもの。
もちろん、悪の組織であっても例外ではありません。
さて、ハピー達の要求とは……。
「大変、大変、大変で〜す」
ハピネスの地下基地。
作戦司令室でいつものように、お茶を飲みながら情報交換をしていた面々。
そこへ慌てた様子で駆け込んできた奈美。
「そんなに慌てて、どうしたというのだ」
「奈美、少し落ち着きなさい」
「紫音様、千景さん、それどころじゃ無いんですよ」
千景の注意にも、しかし珍しく奈美は勢いを弱めない。
ただ事じゃない。
作戦司令室に緊張が走る。
「何が……あったんだ」
ハルの問いかけに、奈美は一呼吸置いて、
「ハピー達がストライキをしてます!」
ハッキリと言い放った。
「我々は、断固として要求する〜!」
アパートの中庭に、ハピー達は集合していた。
全身黒タイツの集団が、プラカードや横断幕を持ち、拡声器で呼びかけを行う姿は、かなり怪しいものがあった。
「これはまた……絵に描いたようなストライキですね」
「おお、これがストライキという物か。噂はかねがね聞いていたぞ」
どんな噂ですか。
「あらぁ、いやだぁん。昔の血が騒いじゃうわぁ」
どんな血ですか。
「むむむ、吾輩も参加した、安保闘争を思い出すぞ」
お前は一体何歳だ。
「ねぇねえ、ハル。結局ストライキって何なの?」
奈美、さっきまでのテンションは何だったんだ。
駄目だ、いちいち突っ込みを入れてたらきりがない。
ハルは捌くのを諦めた。
とにかく、何時までもこうして騒がれていては堪らない。
何より、ご近所迷惑だろう。
「こんな騒ぎを起こしてたら、いつ苦情が来てもおかしくないぞ」
「そうだよね。でも、どうやって騒ぎを収めるの?」
奈美の問いかけに、
「交渉をするしかないだろうよ」
「何の?」
ハルは深いため息をついた。
前から思っていたが、奈美は案外、一般常識が無いのかもしれない。
「いいか奈美。急いでるからかなり端折って説明するぞ。
ストライキってのは、労働者が労働条件の改善、維持などの要求を貫徹するため、集団的に労務の提供を拒否することだ」
「…………はて?」
駄目だ……言葉が通じてない。
「つまり、ハピー達は、働いていて何らかの不満があるから、それを俺たちに直して欲しくて、こうして抗議運動をしてるんだ」
「ああ、それなら分かる」
それは何よりだ。
「話を戻すぞ。だから、俺たちはハピー達の要求を聞いて、交渉をしなくちゃならない」
「どうして?」
「ストをやってる間はハピネス、ハッピーハピーの仕事は完全にストップする。……つまり」
ハルは一呼吸置いてから言った。
「このままだとハピネスが潰れる」
「それは大変だね」
ちっとも大変そうじゃない口調で奈美が言う。
「だから、まずは交渉の場を用意して、要求を聞かないと。……でも、何の不満があるのかな。結構、労働条件は良いんだけど」
ハルは首を傾げる。
ハピネスは、悪の組織の割に労働条件が非常に良かった。
毎月の給料は一般企業のそれと引けをとらないし、ボーナスだって支給される。
基本的に五勤二休で、長期連休もある。
福利厚生に力を入れており、食事もかなりの物が無料で食べられる。
「そうよねぇ、不満なんてぇ、無いはずだけどぉ」
「うむ。吾輩も、今の環境に満足しておるぞ」
まあ、上司に恵まれないってのはあるかもしれない。
「とにかく、話し合いをしましょう」
「そうですね。では早速準備をしましょう」
流石は千景だった。
言うやいなや、各所に指示を出し、抗議運動を一瞬で休止させ、代表者を選出させ、交渉のテーブルを用意してしまった。
「な、何か千景さん。……慣れてませんか?」
「まあ、昔は色々ありまして」
何があったんですか。
「ふふ、内緒です」
千景はウインクをしながら、指を口元に当てた。
交渉は、アパートの一室にある会議室で行われる事になった。
ハピー達からは、一号から三号までが代表で参加を。
幹部は紫音を始め、全員が参加することとなった。
長テーブルを挟む形で、両者が向かい合った。
「さて、それでは始めようか」
中央に陣取る紫音の一言で、労使交渉はスタートした。
「まずは、そっちの不満を聞きたいんだけど……。賃金か、それとも労働条件か」
ハルの言葉に、しかしハピー達は首を横に振る。
「我々は、現在の賃金や労働条件に全く不満はありません。むしろ、感謝しております」
ハピー一号の言葉に、ハル達は困惑の表情を浮かべる。
「んじゃ……何でストライキを……。まさか、三時のおやつが欲しいとか……」
「それは既に紫音様が要求され、強引に採用されました」
何をやってるんです、ボス。
「それじゃあ、食堂のご飯をお代わり自由にして欲しいとか」
「それも奈美が要求して、文字通り力づくで採用しました」
「……てへ♪」
語尾に音符を付けるな。
そう言えばご飯を丼で何杯もお代わりしていたような気が……。
「ん〜、それじゃあ食後に昼寝の時間を用意するとか」
「……それもローズが要求して、満場一致で採用されました」
それで良いのか悪の組織……。
「睡眠不足はぁ、お肌のぉ天敵よぉ」
食後に寝ると、牛になる気がするが……。
「後は……ん〜、エステとかマッサージとかのサービス提供を無料で、とか」
「……それは私が採用しました」
ブルータス、お前もか。
しかし、とんでもなく福利厚生が豪勢な組織だ。
もうその域を超えている気がしなくもないが……。
「これは私の為ではなく、ハピー達の健康や志気の向上に欠かせないので……」
「そう言いながら、千景はお肌のエステばかり毎日――」
「紫音様……何か……仰いましたか?」
いつもの笑みを浮かべる千景。
だが、その場にいた全員が、氷河期のような凍えを感じていた。
紫音はブルブルと震えながら、首を横に振る。
「と、とにかく……これも違うとなると、一体何を要求したいんだ?」
降参だ、とハルは両手を挙げて見せる。
「はい、我々が要求するのはただ一つ。それは……」
ゴクリ、と一同が息をのむ。そして、
「可愛くて癒し系の、保険医です!!!」
無駄に力強いハピー一号の叫びが、アパート中に響き渡った。
ハピネスの意外な福利厚生が判明しました。
こんな組織があったら、誰だって働きたいですよね。
さて、次回はハピー達の要求をかなえるため、ハルたちが奮闘します。
またお読みいただけたら幸いです。