悪の怪人つくりますR(3)
怪人つくりますRの完結編です。
今回は少し長目の話になっています。
諦めずにお付き合いいただけたら、幸いです。
「一体、どうしたんでしょうね」
「……聞くな。考えたくもない……」
目の前に広がる光景に、ハルは一気にテンションが下がった。
駅前にある小さな広場。
緑が植えられ、噴水もある市民の憩いの場所だ。
平日とはいえ、午後の穏やかな一時を過ごす人たちで賑わっているはずのその場所は、しかし今、その姿を一変させていた。
「何だかとっても」
「場違いだよな」
ハルの冷静な突っ込みだった。
今、ハルたちの目の前には、一体の怪人がいた。
昆虫のような黒色の外骨格を持った、平均的な成人男性くらいの身長の怪人は、特に誰かに危害を加える訳でもなく、ただその場に立っていた。
「あれって、やっぱり怪人ですよね」
興味津々の葵。
目を輝かせて食い入るように怪人を見つめる。
「ん〜凄い。やっぱり都会は進んでるんですね」
それは誤解だ。
むしろ時代遅れだろう。
ともあれ、何時までもこうして見ている訳にはいかないだろう。
「そうですね。今は平気でも、いずれ人に危害を加えるかもしれません」
「同感です」
声は、ハルの後ろから聞こえた。
いつの間にか、ハル達の背後には、二人の女性が立っていた。
スーツ姿にメガネの女性と、もう一人は、
「……千景さん。いたんですか」
ハルの問いかけに、ハピネスの副司令、柊千景はニッコリと微笑んだ。
「ハル君、買い出しご苦労様です」
千景はハルが持つ荷物を見て、ねぎらいの言葉を掛ける。
「いえ、これくらいなら……」
「ねぇねぇお兄さん。この人誰ですか?」
葵の問いかけに、千景は営業スマイルで、
「初めましてお嬢さん。私は(有)ハッピーハピーの代表取締役、柊千景と申します」
丁寧な挨拶をする。
「んで、俺はそこの社員。千景さんは俺の上司ってわけだ」
「ふ〜ん、有限会社……へぇ〜」
どこか納得いかない顔の葵。
野生の勘なのか、葵は嘘や隠し事には敏感なようだ。
あまり相手にするのは良くないと、ハルは話題を変えようとして、
「そう言えば千景さん。隣にいる人は?」
千景の隣に立つ、スーツ姿の女性へと視線を向けた。
「ああ、そう言えばまだ紹介していませんでしたね。彼女は――」
「美園美樹と申します。お見知りおきを」
「あ、ご丁寧にどうも……御堂ハルと申します」
「私は葵って言います。よろしくです」
無理矢理割り込んできた葵。
一瞬、千景と美園の目が鋭くなったような気がした。
「二人とも、どうか――」
どうかしたのか、とハルが尋ねようとしたその時だった。
「はっはっはっはっはっは!!」
広場に、馬鹿笑いが響き渡った。
視線を向ける一同。そして……固まった。
怪人の横に、一人の男が立っていた。
背はハルよりも大分高い。スラリとしたスタイルに白衣を纏っている。
ぼさぼさの髪の毛と、メガネにこけた頬が怪しげな印象を与える。
一言で言うなら、怪しい男だった。
「凡人ども。吾輩の生み出した、怪人カブちゃんにひれ伏すがよい。
あ〜っははははは!!」
「……通報しましょうか?」
美園の言葉はきっと正しい。
ハルも普段ならそうしていただろう。だが、
「千景さん。アレってやっぱり……」
ハルの隣でこくりと頷く千景。
やはりそうだった。
前々からハピネスが探していた怪人制作のスペシャリスト。それがアレだろう。
「電話をしたときから、嫌な予感はしていましたが……これ程とは」
苦々しげに呟く千景。
ハルも同感だった。
「取り敢えず、関係ないふりをして逃げませんか?」
「非常に魅力的な提案ですが、そうも行かない事情があるのです」
「事情ですか?」
千景は頷くと、
「実は、美樹は正義の味方なんですよ」
ハルにだけ聞こえるように呟いた。
「ですから、ここで彼を放っておくと、彼は正義の味方に捕まってしまうのです」
何か問題でも?
世界のために是非とも捕まえるべきでは……。
ハルの思いを察したのか、千景は首を横に振り、
「気持ちは分かりますが、彼はハピー八号を元に戻す為に必要な人材なのです」
「……無念です」
ハルはがっくりと肩を落とした。
過失とはいえ、ハピーは八号の件はハルにも責任がある。
何とかしなくてはならない。その為には、あの変人を回収しなくてはならない。
「そうですね。その方が良いと思いますよ」
不意に、美園が声をかけてきた。
「今のうちなら、そちらの内輪もめで片づけられます。ただ、警察や正義の味方が出てくると、それこそタダじゃ済まなくなりますからね」
そこまで言われて、ハルはようやく気づいた。
美園と市役所の窓口で会っていたことを。
確か、頭の中を読めるはず……。
「はい、ようやく思い出してくれましたね」
嬉しそうな声の美園。
雰囲気というか、イメージが大分あの時と違う気がするが、今はそれどころではない。
「一応聞いておきますが、協力してくれたりとかは……」
「残念ですが」
あっさりと断られてしまった。
となると、ハルと千景だけであの怪人と変人をどうにかしなくては……。
そこでハルは気づいた。
一人足りない。
「あれ、葵は?」
気が付くと隣にいたはずの葵の姿が見えない。
キョロキョロと周囲を見回す。
少し離れた場所に、葵はいた。
怪人と変人の真ん前に……。
「こんにちわ〜」
葵は明るく挨拶をした。
「ん、何だ貴様は?」
「私ですか? 私は早瀬葵っていいます。貴方は誰ですか?」
ニコニコと話す葵に少し面食らったようで、男は少したじろぐ。
「吾輩は、今世紀最高の天才にして、空前絶後、前代未聞、一世一代の科学者、蒼井賢様だ!!!」
「おお〜。凄いですね」
男の見得に、葵は素直に感心する。
「それじゃあ、その怪人さんも天才さんが?」
「うむ。こいつは吾輩が捕まえたカブト虫を、怪人にしたものだ」
葵の言葉に気をよくしたのか、男はペラペラと答える。
「そんな簡単に怪人なんて出来るんですか?」
「そうだ。無から作り出すのは、吾輩くらい天才じゃないと難しいが、生き物を怪人に変えるのは簡単だ。この薬を飲ませてやればいい」
そう言って男は懐から薬を取り出す。
はて、あの薬、どこかで見たような気がするのだが……。
「どうやって作るんですか?」
「ほう、貴様興味があるのか? ならばこの本を読むがよい。吾輩が直々に筆を執り、怪人制作について細かく書いてあるぞ」
男は持っていた鞄から、一冊の本を取りだし、葵に渡す。
う〜む、それもどこかで見たような気が……。
「わ〜、ありがとうございます。
えっと、できる怪人制作 悪の組織対応版……ですか」
謎は全て解けた。
全ての元凶は、この男だったのだ。
「へぇ〜、それじゃあこの薬を人間に飲ませたらどうなるんですか?」
「その人間が一番苦手としているモノと合体した怪人になる。
まあ、人間で試そうとする非人道的な行為をする人間がこの世に存在するとは思えんがな」
すいませんでした。
最初に人間で試しました。
しかも自分の部下を犠牲にしています……。
「ハル君、褒められてますよ」
「……御堂ハル、なかなかやりますね……」
何だか、目からしょっぱい液体が出てきた……。
「ところで天才さん」
「何だ、小娘」
無礼な男の言い方だが、葵は気にした様子もなく、
「この怪人さん。邪魔なのでどかして貰えないですか?」
なかなかストレートな物言いだ。
「ふっ、それは出来んな」
「どうしてです? 天才さんは悪い人だからですか?」
葵の問いに、しかし男は首を横に振る。
「実は……元が虫だから人の言葉が通じないのだ……」
「つまり……」
「吾輩の命令なんか、カケラも聞かないのだ!」
無駄に偉そうに男は言い切った。
瞬間、
「手前、この野郎!」
「巫山戯んなよ!」
「みんな、フクロだ。フクロにしちまえ」
「フルボッコにしてやんよ!」
今まで怪人が怖くて、男を遠巻きに見ていた一般市民達が、一斉に男に襲いかかった。
「あ、ちょっと、待て……。吾輩は……あ、ああ、ああぁぁぁぁ」
群衆に飲まれていく男。
殴る、蹴るの暴行の中、姿は見えず、ただ悲鳴だけが聞こえていた。
「あの〜生きてますか?」
葵がツンツンと、ボロ雑巾のように変わり果てた男を突く。
あれから数十分後、広場には平穏が戻った。
広場の隅っこでは、ハル達四人と、自称天才の男、そして、
「こいつ、本当にピクリとも動かなかったな」
「忠誠心はカケラもないようですね」
直立不動のまま動かない怪人が無言で立っていた。
「はい……そうです……ええ。ではそのように……」
通話を終えた美園が歩み寄る。
「美樹、どうでした?」
「ええ、問題なく処理できました。関係各部署には、単なる悪戯で話が通っています」
「ありがとう。恩に着ます」
「ふふ、この貸しは高くつきますよ」
まるで長年の親友のような千景と美園だった。
「さて、それじゃあ私はもう行きます。……葵さん、でしたね」
「はい?」
男をいじっていた葵が、しゃがみながら振り向く。
「貴方を向かえに来ました」
「…………山」
「川」
「焼き鳥」
「皮」
「手袋」
「革」
「サソリ座の女」
「美川」
「ああよかった。お手紙をくれた方ですね」
「ええ。これはうちの組織でよく使う暗号ですので、憶えてくださいね」
大丈夫か……正義の味方。
「車を用意しています。行きましょう」
「はい、よろしくです」
美園は葵を先導するように、歩き始める。そして立ち去り際に、
「千景、御堂ハル、今度会うときは敵同士……。容赦はしませんよ」
「お互いに、ね」
ニヤリと笑みを交わす。
美園と千景、二人にしか分からない何かがあるのかもしれない。
「お兄さん、敵同士になっちゃいましたね」
「……俺、悪の組織って言ったっけ?」
確かに怪しいモノとは言ったが……。
「いいえ、ただ何となく、です。私の勘、外れた事無いんですよ」
そいつは恐ろしい。
「敵同士のラブロマンスって言うのも、悪くないですよね」
「それも勘か?」
「いいえ。私の願望です。……それじゃあ、またです」
そう言い残し、ニッコリ笑顔で去っていった。
「……あの二人の組織は政府直属です。一筋縄ではいきませんよ」
千景の言葉に、ハルは深いため息をつくしか出来なかった。
すっかりオブジェと化していた怪人は、男が持っていた解除薬で、あっさりと元の姿へと戻り、森の中へと姿を消した。
美園が男の頭を読んでくれたお陰で、鞄の中から薬を探し出すことが出来た。
平穏な生活が送れるよう、心の底からお祈りしよう。
地下基地に戻ったハル達は、早速男の持っていた解除薬を、ハピー八号に飲ませた。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ」
という断末魔をあげた後、カマキリのような外見が、徐々に溶け始め、やがては全身黒タイツのハピー八号へと変貌を遂げた。
「おお、戻ったぞ」
「八号、久しぶりです」
「会いたかったぁわぁん」
幹部一同、喜びの声を上げる。
「ハルさん……ピリオドの向こうが……見えました」
本当にごめんなさい。
何かを悟ったようなハピー八号に、ハルは平謝りするしかなかった。
「さて、残る問題は……」
紫音の言葉に、幹部達が一斉に視線を向ける。
視線の先には、椅子に縛られ、猿ぐつわを噛まされている男の姿があった。
「まだ……意識が戻らないんですね」
「たたき起こして、絶対服従を誓わせなくては」
物騒なことを言う紫音。
確かに、頭はともかく怪人制作の腕は確かなようだ。
きちんと手綱を握れれば、心強い味方になるだろう。
「しかし、そう簡単にいきますかね。我が儘そうな感じでしたが……」
ハルは昼の出来事をふまえて言った。
命令に従って、行動するというイメージが全く浮かばない。
「ああ、それなら大丈夫ですよ」
自信満々な千景。
「千景さん。何かいいアイディアでも?」
「まあ、任せてくださいな」
いつもと変わらぬ微笑みを浮かべて、千景は男を別室に運ぶように、ハピー達に指示を出す。
「少々お時間を頂きます。……決して、覗いてはいけませんよ」
目だけは笑ってない。
そんな千景に、一同頷くことしか出来なかった。
そして、時は流れた。
作戦司令室には、幹部一同と、数名のハピーが待ちかまえていた。
その正面に向き合うのは、千景と青白い顔をした男だった。
「はい、みなさん。本日より、ハピネスに新しい仲間が参加することになりました。それでは、自己紹介をしてもらいましょう」
「………………」
「あら、聞こえなかったのかしら?」
ビクビク
まるで怯えた小動物のように、男が震える。
一体何があったのか……。
「吾輩は、蒼井賢だ。……その……よろしく……なのだ」
「はい、みんな。仲良くしてあげてくださいね」
千景は幼稚園の先生のように優しく呼びかける。
女神のように、母性に溢れる微笑みを浮かべる千景に、一同は同じ感想を持った。
この人には、絶対に逆らっては駄目だ。
こうして、ハピネスに怪人制作のスペシャリストが加入することとなった。
心に深い傷を残したまま…………。
葵と蒼井の名前、勘違いによるお話を期待された方もいたかと思いますが、ごめんなさい。
ハピネスに蒼井が加入したことで、ボケが非常に使いやすくなりました。
次回以降、もう一人だけハピネスに新キャラを加入させる予定です。それ以降は、なるべく一話完結の話を続けていこうと思いますので、お付き合いいただけたら幸いです。
感想、ご意見も大歓迎です。
特に幕間では好き勝手な話が出来ますので、出番が少ないキャラをメインにすることも考えてるので、お気に入りのキャラがいましたら、是非ご意見下さい。