悪の組織へようこそ(1)
悪の組織。
そういわれて、まず何を思い浮かべるだろうか。
多くの人は、ハルと同じ特撮ヒーローものの敵役を思い浮かべるだろう。
全身黒タイツの戦闘員を引き連れて、一癖も二癖もある派手な格好をした悪の幹部達が、ヒーロー達と戦いを繰り広げる。そして最後は、
「絶対負けるんだよな」
パソコン画面を見つめながら、ハルは呟いた。
昨日の出来事の後、休日を利用してハルはパソコンで情報収集に勤しんでいた。
幾つかのサイトを巡り、結構な数の悪の組織を調べてみたが、どの組織でも、その末路は同じだった。
「まあ、悪の組織が勝っちゃったら、それこそ問題だけど」
子供向けにしては、大分刺激の強い作品になるだろう。
「ふぅ〜」
息を吐き、大きく背伸びをする。
家の近所にあるインターネットカフェ。値段、サービスともそこそこで、自宅にパソコンがないハルはよくここを利用する。
休日の真っ昼間だというのに、店内はほぼ満席だった。
どの客もハルのように軽い調べもの、と言う感じではなく、明らかに意識が仮想世界へと入り込んでいた。
冷静に眺めると、結構不気味な光景である。
「まあ、ほどほどに」
誰に向けるでもなく、ハルはポツリと呟く。
レジで会計を済ませ、店の外に出ると朝の青空とはうってかわり、分厚い雲に覆われて、今にも雨が降り出しそうだった。
家までは徒歩十分。走れば五分もかからないだろう。
「そんじゃあ、行きますか。よ〜い――」
ドン
衝撃は、ハルの右側から訪れた。
誰かの体当たりを受けたと気づいたのは、数mはじき飛ばされ、地面に倒れてからだった。
「あらぁいやだぁー。大丈夫ぅ?」
お姉言葉だったが、声は野太かった。
仰向けに倒れたハルが声の方に視線を向ける。
そこにいたのは、キャリアウーマン風のビジネススーツを身にまとい、赤いハイヒールを履いた……男だった。
背は二mを越えているだろう。角刈りの大男。何より特徴的なのは、明らかに特注の女性ものスーツが張り裂けそうなほど発達した筋肉だった。
ボディービルダーをイメージして欲しい。
その体に空気を入れてさらに膨らませたような、巨体だ。
平均的な男性よりも華奢なハルを吹き飛ばすには、十分すぎるほどだった。
「怪我はないかしらぁ」
おか……いや、男は体をくねくねさせながらハルに近づく。
まあ、人の趣味は千差万別。いちいち口を出すこともないだろう。
それに、一応自分の心配してくれているのだ。
ハルは大丈夫だと返事をしようとして、
「ごめんなさいねぇ。お嬢ちゃん」
男の言葉に固まった。
確かにハルは女顔である。体つきも華奢だから、間違われる事も時たまある。
貞操の危機も何度かあった。
今日の格好もラフなシャツにズボン。そして帽子をかぶっていたので、間違われても仕方がないところもある。
それでも女と間違われるのはハルにとって一番嫌な事だった。
「ふざけるな! 俺は――」
「まぁ大変。手に怪我をしてるじゃないのぉ」
ハルの魂の叫びは、野太い男の声に上書きされた。
男はハルの横にしゃがむと、逞しい手でハルの左手を掴む。
血が流れていた。
どうやら倒れた時に擦り剥いたらしい。
血が少し派手に出ているが、たいした怪我じゃない。のだが、
「あぁ、どうしましょう。……そうだわぁ」
男はハルの手を引っ張り上げると、肩から首にかけての裏と膝の裏に手を入れて抱き起こした。
いわゆる、お姫様だっこである。
「なぁっっ! ちょ、ちょっと待て」
「それじゃあ、少しの間がまんしてねぇ」
ハルの抗議の声に耳を貸さず、男は走り出す。
何とか脱出しようとするが、絶望的な腕力の差がそこにはあった。
そもそも、お姫様だっこ、つまりは横抱きをしながら走り出すような化け物じみた男に、ハルが勝てる道理はなかった。
そうして、ハルはご近所様の好奇の目にさらされる事となった。
「……いっそ殺してくれ……」
ハルの願いはむなしく、ハルが解放されたのはこれから十分後のだった。