正義のヒーロー倒します(3)
続き物です。前回の話を読んでいないと全く分からないので、お気をつけ下さい。
正義のヒーロー倒します、の完結編です。
「む、無念だ」
ピクピクと、うつ伏せで倒れながらレッドが言う。
「だが、このままでは終わらん。貴様らも道連れだ!」
瞬間、
「これは、毒ガス!」
河原一帯へと噴出される白い煙に奈美が叫ぶ。
凄まじい勢いでハルと奈美の二人も巻き込む。
「いけない。ハル、川に飛び込んで」
「はっ?」
「いいから、さっさと飛び込む!」
奈美はハルの手を掴むと、川の中へとダイブした。
二人が水中に潜っている間にも、ガスは広がり続ける。
煙が収まったのは、それから十分後だった。
「……はぁ、何とか収まったみたいね」
水面に顔を出した奈美が、様子をうかがう。
十分以上潜っていて息切れ一つしないのは、どうかと思うが。
「ハル、もうあがっても平気よ」
「………………」
しかし、水中にいるハルは一向に動かない。
「ハル? どうかした?」
水面にハルを引っ張り上げる。
真っ青な表情のハルはぴくりとも動かず、呼吸もしていなかった。
まあ、十分も潜っていたんだから無理もない。
「大変、直ぐに助けなきゃ」
ハルを抱きかかえると、川から出て仰向けに寝かせる。
「呼吸……なし。心音……なし。瞳孔……凄い開いてる」
状況は絶望的だった。
人間は大体七〜八分酸素が脳にいかないと、脳が死んでしまうらしい。
そして普通の人間が息を止めていられるのは大体二〜三分だ。
つまり、
「凄いやばいんじゃ」
その通りです。
「と、とにかく。救命処置をしなくちゃ……」
うろ覚えの知識を引っ張り出す。
「確か……まずはお腹をたたいて、水をはき出させるんだよね」
違いますよ。
「それじゃあ、行くよ」
ドッスン
ぴゅぅぅぅぅぅ
強力なボディーブローに、ハルは口から鯨のように水を吐き出す。
一緒に魂のような物が出かかっていたが、そこは見て見ぬ振り。
「えっと次は……そう、心臓マッサージ。思いっきり心臓を叩くのよね」
だから違うって。
それは本気で死んじゃう。
「それじゃあ、せーのっ」
「ストップ。それは本気でやばいっす」
ハルの命を救ったのは、先ほどのおっさんだった。
「あれ、貴方無事だったの?」
「ええ、二人に任せた後は、大分遠くまで逃げてましたから」
おいこらおっさん。
「そんなことより、そんなことやったら致命打ですよ」
「じゃあ、どうすればいいのよ」
奈美の問いに、おっさんはタイツで隠された顔をニヤリとさせ、
「もちろん、人工呼吸でしょう」
ボン!
奈美の顔が一瞬で真っ赤になり、頭から湯気が出た。
「な、ななななな、何を言い出すの」
「何をって。人工呼吸は救命処置の基本でしょう。ははぁ、そんなリアクションするってことは、ひょっとして何かやましいことでも考えてるんじゃ無いんですか――」
ドスン、と無言で奈美が打ち込んだ右ストレートに、おっさんはあっさりと失神した。
奈美は視線をハルの顔へと向ける。
水に濡れた髪の毛、意識を失い眠るように瞳を閉じているその姿は、女の子と言われても信じてしまいそうなほど綺麗だった。
「……キス、しちゃおうかな……」
ポツリと出た呟き。
「バカバカ。何を考えてるのよ。これじゃあただの変態じゃない」
頭をぶんぶんと振り、邪な考えを振り払う。
「すぅー、はぁー。すぅー、はぁー。
これは人工呼吸。人命救助なの。そう、ハルのために……」
ゆっくりと、奈美の顔がハルへと近づいていき、そして。
ハルは非常に困っていた。
意識が戻ったのは、つい今さっき。
それまでの記憶があるのは、川に飛び込んでから六分くらいだ。
普段のハルなら二分も息を止められないだろう。
だが、朝新聞で見た、素潜り世界記録達成の写真記事を見たお陰で、不完全だがモノマネを行い、普段よりも大分長く息を止めていられたようだ。
そこまではいい。
非常に喜ばしい事態だ。
問題なのは、
「う〜〜〜〜〜〜」
目の前で真っ赤になっている奈美だった。
ハルが目覚めてからずっとこの調子だ。何を聞いても答えてはくれない。
「なあ、奈美。何があったんだよ」
ハルの問いかけにも、一向に答えようとしない。
状況を整理してみる。
溺れてた自分が目を覚ますと、目の前には真っ赤になった奈美。
ああ、なるほど。
つまりはそう言うことか。
「奈美。お前が助けてくれたんだな」
「…………」
真っ赤になりながらも、今度は頷いてくれた。
どうやら想像通りだ。
奈美は人工呼吸をして助けてくれたのだろう。
「ありがとう……」
お礼を言いながらハルはふと考える。
何か足りないな。
後一言、感謝を伝える言葉を。
「その…………ごちそうさま?」
ぼっすん!
沸騰したお湯のように頭から湯気を出す奈美。
「あの……その……いやぁぁぁぁぁ」
悲鳴と共に繰り出された拳は、ハルの意識をあっさりと刈り取った。
「おお、良く戻ったな」
「お帰りなさい」
二人を笑顔で出迎える紫音と千景。だが、
「……相当激しい戦いだったようだな」
「ハル君。よく頑張りましたね」
左目の周りに真っ青なアザを作ったハルに、ねぎらいの言葉をかける。
誤解なんです。
犯人は身内なんです。とは口には出せない。
「今回は状況が分からなかったから、報告を心待ちにしていたぞ」
あれ、とハルは思う。
いつもは報告の前に全ての事情を知っていたはずだが……。
「ところでハル君。奈美と、何かあったんですか?」
流石千景。
的確に痛いところをついてくる。
「いや、あったと言えばあったし、無かったと言えば無かったし」
「……ハルに初めてを奪われました」
とんでもないことを言いだしやがった。
奈美の爆弾発言に、
「な、ななな何があったんだ?」
「ハル君。きちんと責任をとれるんですね?」
「ハルさん、遂にやりましたね」
「奈美さん、おめでとう」
紫音と千景だけでなく、ハピー達まで何故か祝福の言葉をかける。
「奈美、なんて事を……」
「嘘は一言も言ってないでしょ。あんなに恥ずかしい目にあわせたお返しよ」
言って奈美はべーっと舌を出す。
「さあ、報告して貰おうか。
何もかも、根ほり葉ほり、隅から隅まで」
こうして、ハピネス初のヒーロー戦は無事に終了した。
だが、ハルはみんなからの質問攻めから、当分解放されなかった。
―そして同日同時刻
人混みで賑わう駅前に、美園が立っていた。
冷たい風が吹き、多くの人がコートを丸めながら歩く中、直立不動で。
ただ、人を待っていた。
「……遅い」
呟きを漏らしたのは、予定時刻を六時間も過ぎた頃だった。
今日、電車で到着するという新人を迎えに、仕事を大急ぎで片づけて来たのだが。
「何かトラブルだろうか……」
今のところ、車両トラブルなどの情報は入ってきていない。
ならば新人側のトラブルだろうか。
「とにかく、一度確認を……」
ピリリリ
携帯を取り出そうとした、ちょうどそのタイミングで美園の携帯に着信があった。
「はい、美園です」
「よっほー。美園ちゃん。儂で〜す」
携帯から聞こえた声は、心底殺意のわく男の声だった。
「何のご用でしょうか?」
「うん。今儂さ、伊香保に来てるわけよ。あ、今温泉に浸かってるんじゃ。でさ、この気持ちよさと暖かさを少しでも伝えたくて……」
ピッと美園は通話を切った。
どうやらあのじじいはドMらしい。私にそんなに痛めつけられたいのか……。
ピリリリ
再び着信。
「はい、美園です」
「非道いのう、美園っち。いきなり切るなんて」
「くだらないことを聞いている暇はありません。あと、美園っちって呼ぶな。殺すぞ」
だがしかし、男は全く気にしない。
「まあまあ怒ると肌に悪いぞい。最近気にしとるんじゃろ?」
ミシミシと携帯電話が軋む。
「それは置いといて、ちょっと美園ちゃんに謝ることがあってのう」
「貴方の存在ですか?」
「それは感謝して欲しいところじゃ。
謝るのは、実は新人ちゃんが来るの来週だった、ってことじゃ」
何をぼけたのだろうか、このじじいは。
「いや〜、儂とした事が、うっかりうっかり。てへぇ」
ピシピシピシ
美園の持つ携帯が限界を超えようとしていた。
「んじゃ、きっと駅前にいるだろうけど、無駄足じゃったのう。おみやげに饅頭でも買って買えるから楽しみにのう。……じゃ〜にゃ〜」
メキメキメキ……バギン!
携帯電話は、男の通話を最後にその短い生涯を閉じた。
「……じじぃ」
怒りに満ちた声で呟く。
帰ってきたらどのようにして壊してやろうか。
美園は冷たい笑みを浮かべて、駅を後にした。
さて、いろんな事があった話でした。
じじぃに振り回されてる美園ですが、今後も振り回され続けます。新人が加わるともっと色々と振り回される役回りになっていくと思います。
さて次回は幕間。気づいている人も多いでしょうが、ある話以降、行方不明となっているあの人を捜す話です。
ギャグ全開で行く予定ですので、お付き合いいただけたら幸いです。