悪の怪人つくります
悪の組織と言えば怪人、と言うわけで今回は怪人が誕生するまでの話です。
シリアスな要素はカケラもありませんので、気軽に楽しんで下さい。
それは、先の作戦から少し経ったとある日。
作戦司令室でお茶を楽しみながら、情報交換をしているときだった。
「うむ、やはり我が組織には決定的に足りない物がある」
突如立ち上がった紫音。
「何でしょう? 私の見たところ問題はないようですが」
千景の言うとおりだった。
あれから、幾つかの悪徳業者を襲撃し、ご近所付き合いを大切にし、副業の会社も業績好調とハピネスは順調のはずだ。だが、
「確かに一見な。だが、よく見ると分かる。私たちにはアレがない」
「アレ、ですか」
ハルの問いかけに、うむと頷く紫音。
「そう、ハピネスには、悪の怪人がいないのだ!」
力強く宣言する紫音。
「悪の怪人……」
「そう、先人達の組織には必ず怪人が登場している。
というか、普通戦闘は戦闘員と怪人が行う物だ。お前達のように幹部がヒョイヒョイ出ていってはいけないのだ」
力説する紫音。
まあ、分からなくもない。
確かに歴代の悪の組織には、戦闘員を率いる怪人が登場している。
「そう言うわけだから、我が組織にも怪人が欲しい」
「いや、欲しいといっても」
そうポンポンと手に入る物でもない。
「よし、それじゃあハル。お前に任せよう」
何を?
ハルが聞き返すまえに、
「怪人を作れ」
ハッキリと言い放った。
無茶を言ってくれる。
そんな夕食を作れ、みたいなノリで出来る物じゃない。
「いやいや。それはちょっと……」
「期間は三日な。
ああ、出来なかったらお前はハピーに降格だ」
反論は許されなかった。
こうして、ハルはめでたく怪人制作へと取りかかる事となった。
「まずは、情報を集めなきゃね」
そう言いだした奈美に、半ば強引に街へと連れ出される。
「おい。そんなに引っ張るな」
「いいじゃない。ほら、行くわよ」
ご機嫌な笑顔の奈美。
ハルを引き連れやってきたのは、街の本屋だった。
「本屋か……」
「そう。何か手がかりがあるかもしれないでしょ」
「なあ、奈美。協力してくれるのはありがたいけど、どうしてここまで手伝ってくれるんだ?」
そんなハルの問いに奈美は顔を赤くして、
「べ、別に貴方の事なんて心配じゃないんだからね。
ただ、……そう貴方がハピーになると仕事が大変になるから……だから……」
後半はブツブツと自分に呟くように言う。
「まあ、サンキューな。それじゃあ、早速調べてみるか」
ハルは本屋の中へと入っていく。
店内はそこそこの広さだったが、本棚にジャンルの表示があり、迷うことは無かった。
二人は参考書・マニュアルの本棚へと向かい、
「……確かに、このシリーズならあっても不思議じゃ無いけど……」
「私も、まさか本当に置いてあるとは……」
あっさりと、目的の本を探し出していた。
「できる怪人制作、悪の組織対応版」
ハルは手に取った本のタイトルを読み上げた。
「パソコンだけじゃ無かったんだね……」
「ピンポイント過ぎて、需要が無いんじゃ」
ハルはページをぱらぱらとめくり、最後の方のページを開く。
第二十版と印刷されていた。
こいつ、重版されてやがる。
しかも帯には、
「この本と出会えたお陰で、正義の味方と正面から戦える組織を作れました」
紹介文まで書いてあった。
悪の組織の幹部らしき人の顔写真まで入っていた。
この組織、大丈夫なのかな……。
「とにかく、騙されたと思って買ってみたら?」
「そうだな……。藁にもすがりたい状況だしな」
ハルは手に持った本をレジへと持っていく。
四千円と、かなり値が張ったが、それで黒タイツを回避できるなら安い物だ。
怪しげな本を手に奈美とハルは、急ぎアパートへと戻るのだった。
「えっと、何々……」
地下基地へと戻った二人は、早速本を開く。
「まず、広いスペースを確保してください」
と言うわけで移動。
地下基地の空き部屋の中でも一番広い部屋に場所を移す。
「次に、吾輩が開発した世界に一つしかない、特製怪人制作シリンダーを用意――」
「できるかぁぁ!!」
思わずつっこみを入れる。
「……なんだ。出来ないのか。これだから凡人は……」
「何か無駄に神経を逆撫でされるわね」
奈美が拳を握りながら言う。
「まあ、凡人どもにはこっちの方法がお似合いであろう」
確かにむかつく。
この場に著者がいたら確実にぶん殴っていたに違いない。
「こっちの方法は簡単だ。
まずは、この材料を集めてこの方法で薬を作るのだ」
いちいち命令口調なのが腹が立つ。
だが、今は従うしかない。
「材料は……うん、何とかなるな」
幸い、材料は常識的な物ばかりだった。
「マンドラゴラとか書かれて無くて良かったね」
「……いや、書いてあるんだけど、な」
ハルは切れの悪い返事をする。
奈美は眉をひそめ、本をのぞき込む。
「何々、マンドラゴラは凡人には手に入れるのは困難であろう。
吾輩のような天才なら苦もないのだがなぁ。
とにかく、貴様らのような凡人は朝鮮人参で代用すればよい。ありがたく思え」
ドッッゴォォォン
「ああ、むかつく!」
「落ち着け奈美。気持ちは分かるが、壁をぶち破るな」
後ろから羽交い締めにして奈美を押さえる。
「ハルさん、何事です」
「良いところに来た。手伝え!」
「りょ、了解です。みんな、来てくれ〜!」
ハピー達の協力を経て何とか奈美を落ち着かせる事が出来た。
「……少し落ち着いたわ」
そいつは何よりです。
ハル達はぜえぜぇと荒い呼吸をしながら思った。
「それじゃあ、材料を集めようか。
折角だし、ハピーのみんなも協力してくれ」
了解です、とハピー達。
材料は分担したお陰で、直ぐに集まった。
「何か……夕食の準備みたいになってるわね」
一同、奈美の言葉に同感だった。
目の前に集められたのは、日常的な食材ばかり。
どう考えても、怪人が出来る薬を作れるとは思えなかった。
「ま、まあとにかくこれで材料は集まった」
後はこれを調合して薬にするだけだ。
「まずは、用意した材料を適当な大きさに切ります」
場所を調理場へと移し、作業を開始。
タンタンタンタン
軽快な包丁の音を奏でるハルとハピー達。
食材をまな板どころか、机ごと切りやがった、奈美はふくれっ面で見学している。
「えっと次は、コンソメでスープを作り、切った野菜を入れる」
グツグツ、コトコト
周囲に美味しそうな匂いが広がる。
「次は…………………………」
本を読むハルの表情が一気に固まる。
「どうしたんです、ハルさん」
ハピーの一人が固まったハルから本を取り、
「……以上が吾輩の大好物、野菜スープの作り方だ。
やはり怪人制作をするときは、これを食べてエネルギーをつけるに限る……」
「この野郎!ふざけんなぁぁぁぁ。てめぇは野菜スープにマンドラゴラを入れんのか!!」
「ハルさん、落ち着いてください!」
暴れるハルをハピーが抑える。
「とにかく、まだ続きがあるみたいですし、それを読んでからにしましょうよ」
「はあ、はあ……。そうだな」
荒い息をしながら、ハルは本を見る。
「えっと、何だっけ。そうそう、怪人制作。
あれね、アレとアレを混ぜた飲み物を人間に飲ませれば終わりだから」
たった一行じゃねえか。
しかもめっちゃ簡単な方法だった。
「何か投げやりな言い方だな」
もう腹も立たなかった。
「ハルさん、それなら厨房に余ってますよ」
ハピーが持ってきたのは、有名メーカーのジュースだ。
その二つを混ぜると……、
「こ、こいつは……」
「うぐ、何でジュースを混ぜただけでこんな風になるの」
「目に染みます」
真っ黒に変色した液体は、ボコボコと泡を立て異臭を放っていた。
飲めるかどうかはとにかく、薬は完成した。
残る問題は……。
「さて」
「この薬……」
「誰が飲むんですか」
部屋にいる全員がお互いの顔を見合う。
緊張感があたりに漂う。
「お、俺は結果を報告しなくちゃならないから」
「私は幹部だから怪人になったら困るわ。……そう思うわよね」
メキっと音が聞こえるほど強く拳を握りしめる奈美。
さて、残ったのは。
三人のハピーが互いに向き合う。
「…………………」
厳正なるじゃんけんの結果、不幸にもハピー八号が犠牲となった。
「おお、よくぞ任務を果たしたなハル」
紫音の祝福の言葉に、しかしハルは沈痛な表情を崩さない。
「ん、どうしたのだ。見事に怪人を作ったではないか」
確かに、怪人は作れた。
人間とカマキリを合体させたような姿をした怪人だ。
今もハルの横に礼儀正しく立っている。
「何か問題があったのですか?」
ハルの様子を不審に思ったのか、千景が問う。
「その……確かに怪人は出来たのですが……その……」
「何だ歯切れの悪い。ハッキリ言わないか」
紫音の言葉に、ハルは頷くと、
「元に……戻らなくなりました」
「……はぁ?」
目を見開き、素っ頓狂な声を上げる紫音。
「実は、この怪人……ハピー八号なんです」
奈美がハルと同じように沈痛な面もちで答える。
「効果を試した後は、直ぐに戻すつもりだったのですが……」
「あの本には戻し方が書いてなかったんです」
ハルの言葉に、紫音は少し考えて、
「つまり、ハピー八号はずっとこのままだ、と。そう言うことか」
ハルと奈美は頷く。
「確かにそれは困りますね」
「キィー、キィー」
千景の言葉に頷き返事をする八号。
部屋にいる全員が居たたまれない表情をして、八号から目をそらす。
そして、
翌日以降の求人情報に次のような募集が入ることとなった。
「怪人を作ったり、戻せたりする人を募集します。
経験者優遇します。条件は要相談。
詳しいことは、担当者まで」
哀れハピー八号。元に戻れる日は来るのでしょうか?
次回はついに正義のヒーローが登場します。
ただ、シリアスな戦闘にはならないので、そんなに期待せず、また読んでいただけたら幸いです。