後日談後編《これから……》
ここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
悪の組織はじめました、最終話です。
新郎控え室。
「う、うう、吾輩なんか、どうせ吾輩なんか……」
「よしよし、分かったから泣きやめよ」
足にすがりついてすすり泣く蒼井を、ハルは苦笑しながら慰める。
「直ぐ戻るって言ったんだぞ。うう、なのに今の今まで一人で……」
「お~よしよし」
受付を千景達に替わった蒼井は、新郎控え室に飛び込んできた。
そしてそのまま、今の状態が続いていた。
「あの三人だって反省してるんだし」
「してるもんか! あいつら、吾輩の所に来て、こう言ったんだぞ」
「お、ドクター。何だ、大丈夫そうじゃないか」
「急いできて損しました」
「交替必要無かったかしらぁ」
「あ~それは何というか……」
「うわぁぁぁぁん。吾輩なんて、吾輩なんて」
蒼井が落ち着いたのは、それから暫くしてからだった。
「……落ち着いたか?」
「うむ。無様なところを見せてしまったな」
「別に良いよ。無様なのはいつもの事じゃないか」
グサッと蒼井の胸に、言葉の刃が刺さる。
「……悪い。ついうっかり」
「か、構わん。あいつらに比べれば、軽いモンだ」
健気な蒼井に、思わず涙が出る。
「それにしても、お前らが結婚するとはな」
「意外だったか?」
「いや、むしろ遅いくらいだ。あいつらは、ずっとお前に好意を抱いていたからな」
ハルも薄々だがそれには気づいていた。
だが、ハッキリと異性として意識したのは、あの日以降だった。
「余裕が無かったんだろうな。だから曖昧なまま過ごしてた」
「それも仕方あるまい」
蒼井はハルの心に理解を示す。
ハピネスはどれだけアットホームでも、悪の組織。
犯罪に手を染め、危険と隣り合わせの日々を送っていたのだ。
色恋を気にする余裕は、ほとんど無かった。
「四年か……良い時間を過ごしたんだな」
「ああ。今まで見えてなかった物が、見えるようになった」
ハルと奈美、柚子の三人は、仕事でもプライベートでも一緒にいた。
そんなある日、ハルは奈美と柚子から同時に告白された。
どちらかを選ぶことが出来なかったハルは、
「……時間が欲しい。二人と一緒に過ごす時間が」
と何ともへタレな返事をした。
それ以降、ハル達は同棲を始め、四年が経った。
四年という年月は、互いの心を知り、育てるのに十分な時間をハルに与えた。
そしてハルが出した結論は、二人と共に生きていきたい、だった。
「告白を女からさせたのか……。だがプロポーズはお前からしたのだろ?」
「まあ、それはけじめだから」
ハルはその時のことを、回想する。
ある日の夜、ハルは二人を公園に呼びだした。
何時もと違う様子に、奈美と柚子はハルが決断したことを察した。
今日、ハルは生涯を添い遂げる相手を選ぶ。
妙な緊張感が、二人を包む。
「……ねえ、今日の呼び出しって、多分あれよね」
「恐らく。そうだと思います」
ハルを待つ間、二人は会話を続ける。
「先に言っておくけど、私は柚子のこと好きだからね」
「……私もです」
「だからさ、もし柚子が選ばれたら、私は心の底から祝福するわ」
「私も……。直ぐには無理でも、必ずお二人を祝福出来ると思います」
微笑み会う二人。
四年という歳月は、奈美と柚子を親友以上の関係にしていた。
会話が途切れ、ただ風の音だけが聞こえる。
それから少しすると、ハルが駆け足で公園へとやってきた。
「ごめん、遅れた」
息を切らせた様子から、大分急いで来たようだ。
そんなハルに、二人は気にしてない、と声を掛ける。
「急に呼び出してごめん。実は、二人に大切な事を伝えたいんだ」
再び、緊張感が漂う。
「二人と過ごして、俺はようやく自分の気持ちが分かった」
無言で、ハルの言葉を待つ二人。
「こんな俺だけど、これからも隣に居て欲しい。共に人生を過ごして欲しい」
二人は同時に頷く。
返事は初めから決まっていた。後は、ハルがどちらと共に歩みたいかだ。
「安月給だから、大した物は用意できなかったんだけど……」
ハルが懐から取りだした物に、二人は驚きの表情を浮かべる。
「ハル……これって」
「その……つまり」
「うん。俺は、奈美と柚子。二人とも愛してる。二人と共に生きていきたいんだ」
ハルの手には、二つの同じ指輪が乗せられていた。
千景が法律を改正したことは、奈美と柚子も知っている。
だが、まさかハルがその決断をするとは思ってすらいなかった。
「男として最低だと思う。それでも、これは俺が一番望む事なんだ」
二人に断られる事も、ハルは覚悟していた。
それでもこの選択肢以外は、選ぶつもりはない。
「……返事を、貰えるかな?」
しかし二人は無言のまま、掌の指輪を見つめている。
まあ、当然だよな、とハルが指輪を引っ込めようとすると、
「ハル、ちょっと気が利かないんじゃない?」
「こういう時は、女の人の指に、男の人がはめるものですよ」
二人は満面の笑顔で言った。
ハルは一瞬戸惑ったが、直ぐに、
「あ、ああ。そうだな」
二人の左手の薬指に、そっと指輪をはめる。
愛おしげにその指輪に触れる奈美と柚子。
「じゃあ改めて。……俺と、結婚してください」
「「はい、喜んで」」
三人は夜の公園で何時までも抱き合った。
「何だ急にニヤニヤして」
「いや、何でもない」
思い出すだけで恥ずかしい思い出。とても人に話す気にはなれなかった。
そんな話をしていると、係の人が呼びに来る。
「ふむ、どうやら時間のようだな。吾輩は先に行っているぞ」
蒼井はそう言い残し、控え室を後にした。
「いよいよか…………」
思い返せば、本当に色々なことがあった。
無理矢理悪の組織に入れられてからは、経験したことのない事の目白押し。
そして、彼女たちと出会った。
頭の中を、思い出が駆けめぐる。
「じゃあ、行くか」
その物語の、一つのゴールに向けて、ハルは歩き始めた。
参列者で一杯に埋まった、教会。
ハルはウエディングロードの上に立ち、最愛の女性達を待つ。
ゆっくりと教会のドアが開き、純白のウエディングドレスを纏った奈美と柚子が現れた。
奈美は奈美母に、柚子は要にエスコートされて、ハルの元へと進む。
そしてハルは、右手に奈美の、左手に柚子の手を握る。
三人は神父の前へと進み出た。
「汝御堂ハルは、早瀬奈美、和泉柚子を妻とし、健やかなるときも病めるときも、互いに支え合い、生涯変わらぬ愛を誓いますか?」
「はい……誓います」
「汝早瀬奈美は、御堂ハルを夫とし、健やかなる(以下略)愛を誓いますか?」
「誓います」
「汝和泉柚子は、御堂ハルを夫とし、(以下略)愛を誓いますか?」
「誓います」
三人は、神の前で誓った。
そのまま指輪の交換まで終了する。
「では、神の前で永遠の愛を誓い合う口づけを」
神父の言葉に、ハルは二人のベールを上げる。
そして、三人の唇が重なり合った。
「今ここに、新たな若き夫婦が誕生した。神よ、どうかこの者達に祝福を」
カランカラン、と教会の鐘が鳴り響く。
参列者達の祝いの言葉と、拍手が教会の中を包み込む。
ここに、三人の夫婦が産まれたのだった。
そして、教会前で結婚式の締め、ブーケトスが行われようとしていた。
未婚の女性陣は、この機を逃すまいと、激しいポジション争いを繰り広げる。
「……なんか、凄い殺気立ってるな」
「ブーケも二つだし、普通の結婚式よりゲットする確率が高いだろうし」
「三人の結婚は初めてですから、御利益もありそうですからね」
ハル達が会話をしている間も、彼女たちは今か今かと待ち受ける。
エサを待つ肉食獣のようだ、とは口が裂けても言えない。
「焦らしても仕方ないし、二人とも」
ハルに促され、奈美と柚子が頷く。
「みんな~、今から投げるから、バッチリ掴み取ってね~」
「「おぉぉぉぉぉぉぉ」」
歓声、と言うより雄叫びが響く。
「私のブーケは、もう一つ御利益がありますよ」
柚子のあおり文句に、一体何かと注目が集まる。
「もう一つって……何だい?」
「それは…………ポッ」
柚子は顔を真っ赤にして、そっとお腹をさする。
「「なっっっっ!!!!!」」
それで充分伝わった。
一同は驚きに目を見開き、絶句する。
「ちょ、ちょっとハル。本当なの?」
「いや……俺にも分からない。…………心当たりはあるけど」
「柚子ばっかりズルイわ。私だって」
「公衆の面前で何を言ってるんだお前は!」
ハルに掴みかかる奈美は、無造作にブーケを放り投げる。
予想外のタイミングに、誰も反応できず、ブーケはそのまま、
「……お、取ってしまった」
「「しまったぁぁぁ!!」」
すっかり傍観者だった、紫音の手の元に渡った。
残るブーケは、ただ一つ。
「それじゃあ、えいっ」
柚子はブーケを放った。
風に乗り、フラフラと行き先を変えるブーケ。
「し、紫音に先を越される……。そんなこと、あり得てはなりません」
千景が追いつめられた表情で、必死に食らいつく。
「もうすぐ三十……。ここは決して退けません!」
美園も鬼のような形相で、千景と競り合う。
「ねだるな、勝ち取れ。さすれば与えられん。……偉い人は言いましたぁ!!」
某アニメの名台詞を呟き、葵もそれに割り込む。
「結婚ね……。まあ、一度は経験するのも、悪くはないさね」
ここまで沈黙を守っていたママが、まさかの参戦。
「いいな~ブーケ。私も欲しいな~」
「菜月には、俺がいるじゃないか」
「もう♪ パパったら♪」
のろける馬鹿夫婦。
「私ももう一花、咲かせてもいいかしらぁ」
ローズの巨体が踊る。
「取っちゃ駄目だ取っちゃ駄目だ……もし取ったら……今度こそ……」
ガクガクと蒼井は隅っこで震える。
「「今こそ、我らハピー女性陣の結束を見せるときぃぃぃ!!!」」
フォーメーションを組みながら、超人達に挑むハピー女性陣。
風に舞うブーケに、翻弄されるみんな。
その光景を、笑顔で見つめるハル。
「……なあ、奈美、柚子」
「何よ」
「どうしたんですか」
「この先、何があるか分からないけど……ずっと、ずっと一緒にいような」
「「勿論っ♪♪」」
二人はハルの頬に、同時にキスをした。
ブーケはまだ落ちてこない。
必死にそれを求める者。それを笑顔で見つめる者。
ここには、幸せが溢れていた。
願わくば、この幸せが永遠に続きますように。
【ピンピロリーン】
「「それはもうええっちゅうねん!!」」
ハルの物語は、これからもまだまだ続くだろう。
ゴールとは、次へのスタートラインなのだから……。
初投稿より三年以上、長きに渡りお付き合い頂きありがとうございます。
ブランクがあったにも関わらず、多くの方に目を通して頂いたことは、どんな感謝の言葉でも言い尽くせません。
ありがとうございました。
これが初めての小説と言うこともあり、お見苦しい点も多々あったと思います。
それでも最後まで書き切れたのは、ひとえに皆様の支えがあったこそ。
感想・ご指導を頂戴した方々、大変勉強になりました。
今後の小説への糧にしたいと思います。
最後に宣伝を一つ。
「便利屋はじめました」という小説の投稿を始めました。
これにハルや奈美、千景や紫音といった本作のキャラクターが、設定を一新して登場致します。
全くの別物でございますが、悪と正義というテーマ上どうしてもシリアスになりがちだった本作とは異なり、完璧ナンセンスギャグコメディーとなっています。
第一話の投稿を終えておりますので、もし興味がおありでしたら一度覗いてみてください。
それでは、「悪の組織はじめました」の筆を置かせて頂きます。
これまでのお付き合い、本当にありがとうございました。