悪の組織はじまりました(1)
いよいよ、ハピネスの活動が始まります。
と言っても、今回は出撃準備のお話です。
やっぱり悪の組織、形から入らなくてはダメですよね。
「よし、全員集まったようだな」
集まった面々を前に、紫音は満足そうに頷く。
アパートの地下に作られた秘密基地。
その大フロアには、幹部をはじめハピー達も全員集まっていた。
「それではこれより、我らハピネスは正義に対しての戦いを始める」
「おう!」
ハピー達の体育会系の返事がきれいに揃う。
「敵には正義のヒーローを筆頭に、税金をたっぷり使った装備を持つ公務員達もおり、一筋縄ではいかないだろう。民間のヒーロー達も我らの行く手を阻むだろう……。だが、」
紫音は言葉を句切り、
「私たちハピネスにも幹部達を始め、優秀な諸君達がいる。
必ずや我らハピネスは勝利を収めることが出来るだろう。さあ、戦いだ。行くぞ!」
「おおおおおおおおお」
ハピー達の雄叫びが、地割れのように響く。
みんなの気持ちが一つになる。
気持ちが高ぶり、やる気がみなぎっていた。
いい演説だった。
カンペを見ながらだったが……。
「さあ、行け我らが優秀なる戦士達よ!」
紫音の号令に、一斉に飛び出すハピー達。
「……どこに?」
ハルの冷静なつっこみは、勢いに飲まれて消えていった。
「闇金?」
「そうだ。法令金利の数倍の金利で金を貸している会社だな」
さっきの騒動から数時間後。
ハル達幹部は、作戦司令室へと集まっていた。
「まあ、よく聞く話だけど……それがどうかしたか」
「うむ。どうやらその闇金から警察へと裏金が流れているらしいのだ」
まあ、よくある話だ。
闇金は警察へ上納金を払い、捜査の情報を入手したりして安全を手に入れる。
警察は、取り締まりを緩めるだけでお金が手に入る。
「というわけでだ。この会社を壊滅させる!」
紫音の宣言に、
「闇金の持っているお金は私たちが頂きます。資金確保の面からも、この作戦に賛成です」
「いいじゃない。そんな奴ら私がぶっ潰してやるわ」
「乱暴はあんまり好きじゃないのだけどぉ、悪い子にはお仕置きをしなくちゃねぇ」
幹部達からは賛成の意見があがる。
「ハル。お前はどうだ?」
紫音の視線をまっすぐに受けながら、
「……賛成だよ。反対する理由がない」
ハルの答えに、紫音はにっこり笑顔になる。
「ようし。それじゃあ、ハルと奈美の二人は、ハピー達を連れて直ちに作戦を開始せよ」
「……は?」
「はっ!」
間の抜けたハルの声とやる気満々の奈美の声がハモる。
「ちょ、ちょっと待って。俺も行くの?」
当然だろう、という紫音の顔。
「俺は戦闘なんて出来ないぞ。腕っ節も強くないし」
「ああ、それは平気よ」
奈美がにこりと笑いかける。
「敵なんてほとんど私が倒しちゃうから。ハルには、私が敵に突っ込んだ後、ハピー達への指揮をお願いしたいの」
奈美がハルの手首を掴む。
「ねぇ、お願い」
メキメキメキメキ
「いっっっ、行きます。行きますからぁぁ」
甘い言葉と同時に万力のような怪力で手首を締められる。
ハルに逆らう選択肢は無かった。
「ありがとう、ハル。
それでは紫音様。私とハルの両名、見事任務を果たして参ります」
「頼もしい返事だ。それでは、選別をやろう」
紫音の言葉に、控えていたハピーが二人に紙袋を渡す。
「これは……服?」
「その格好では、直ぐに正体がばれてしまうだろ?」
確かにそうだ。
今のハルと奈美は素顔に私服。
このまま殴り込みに行けば、直ぐに個人を特定されるだろう。
「それに……悪の組織っぽくないしな。
その服は私がデザインしたユニフォームだ。遠慮無く着ろよ」
紫音の言葉に一抹の不安を覚えたが、それでも私服で行くわけにも行かず、ハルと奈美はユニフォームへと着替える。
「なんて言うか……コテコテだな」
ハルは渡されたユニフォームを見る。
黒いライダースーツのような服に、黒いマント。
「まあ、予想よりも全然まともだけどな」
サッと着替えを済ませる。
鏡の前で姿を確認。
「って、これ、顔隠れてないじゃん」
首から下は真っ黒だが、その上は素顔のままだ。
「紫音様、これ顔隠れないじゃん」
文句を言うハル。
「何を言う。悪の組織の幹部が顔を隠してどうする?」
をいをい。
さっきと言ってることが違うじゃないか。
「正体ばれたらどうするんですか?」
「平気平気。こういうのはお約束でバレないものだから」
そんな約束をした覚えはない。
「とにかく、サングラスでも何でもいいから、顔を隠す物を……」
「それはお勧めしませんよ」
以外にも千景から反対意見があがった。
「そう言った余計な小物で顔を隠すと、それが外れたときほぼ確実に正体がばれます。
堂々と最初から見せてると平気なんですけどね」
妙な説得力があった。
「騙されたと思ってやってみてください。私が保証しますから」
「はぁ、千景さんがそう言うなら」
とにかく、ハルの出撃準備は整った。
後は、奈美だけなのだが……。
「お〜い、まだか?」
簡易更衣室の中で着替えている奈美に声をかける。
「……これは……でも……いや……無理……」
しかし返事はなく、なにやら独り言が聞こえてくるだけだ。
「おい奈美。まだ終わらないのか」
「……ハル。貴方、一人で行って来て」
とんでもないことを言い出した。
「おい冗談言ってる場合か」
「冗談じゃないわよ。
とにかく、私はこの格好で外には出られないわ」
必死な奈美の声にハルは少し考えて、
「ははぁ、お前かなり恥ずかしい格好なんだろう」
「っっ!」
息をのむ気配がカーテン越しにした。
なるほどなるほど。
紫音のセンスはハピースーツを見れば一目瞭然だ。
どうやら相当な服を渡されたらしい。
「まあ同情はするけどな。ほら、笑ったりしないから出てこいよ」
「ば、馬鹿ぁ! 開けるな」
カーテンを開けようとするハル。
留めようとする奈美だが、一歩遅かった。
シャァァァァァァ
カーテンがめくれる音と共にユニフォーム姿の奈美が現れ、そして、
「…………」
ハルは無言でカーテンを閉めた。
「その……何だ……ごめん」
「せめて笑ってくれた方が気が楽よ……」
シクシクと奈美。
非常に過激な格好だった。
露出度が非常に高いコスチューム。
黒の生地と白い素肌が絶妙なコントラスト。
マントとカツラを着けてはいるが、やはり大胆な服だ。
「奈美の服のデザインは、特に気合いを入れたからな」
余計なことを……。
とにかく奈美を連れ出さなくては始まらない。
「あ〜、そのなんだ……奈美」
「何よ……」
ハルは奈美を励まそうと一言。
「お前、結構胸あるのな」
シャァァァ、とカーテンが開き、
「いっぺん・・死ねぇぇぇ!!」
奈美の回転回し蹴りがハルの側頭部に直撃。
「ぐべぇぇ」
前のめりに崩れるハルを奈美は受け止める。
そしてそのまま肩に担ぎ上げ、
「こうなったらヤケよ。闇金だろうが警察だろうが、まとめて叩き潰してやるわ!」
真っ赤な顔をして出撃をしていった。
「うむ、喜んでもらえたようだな」
「はい、奈美もやる気に満ちあふれてました」
「うふふぅ、赤くなっちゃってぇ、もう可愛ぃわぁ」
眼科に行け。もしくは脳外科だ。
「さてぇ、それじゃぁ私はまた撮影に行って来るわぁ」
ビデオカメラを手に、ローズも外へと出ていく。
「ふむぅ、こうなると私も前線に……」
「ダメです」
「いやしかし、ボスとして部下の働きを直接……」
「ダメです」
「一回くらいなら……」
「ダメです」
むぅ〜、とむくれる紫音。
いかに大人ぶっても、組織のボスであっても、彼女はまだ子供だ。
心を許している千景の前では、子供の面が表に出る。
「安全な方法が見つかったら考えますから、それまでは自重しなさい」
「はぁ、早くビデオが届かないかな」
幼き悪の組織のボスは、部下の報告を心待ちにしていた。
紆余曲折を経て、出撃をした二人。
無事に任務を果たせるのでしょうか。