プロローグ
ハルは困っていた。
馴染みの喫茶店、いつものテーブル席にいつものコーヒー。
いつもと変わらぬ日常だ。
目の前に座る少女を除いては、だが。
年は十二、三歳だろうか。ウェーブのかかった青い髪がパジャマのようなヒラヒラが付いた洋服によく似合っていた。
嬉しそうにパフェをつつくその少女は、もちろんハルの知らない顔だった。
「ぱくぱくぱくぱく。むしゃむしゃむしゃ。ごっくん」
かなりの急ピッチでパフェを攻略していく少女。
話しかけて中断させるのも悪いかと、ハルは黙ってコーヒーをすする。
気まずい沈黙。
少女がパフェを完食したのは、ハルが三杯目のコーヒーを飲み始めた時だった。
「さて、もういいか?」
「うむ、なかなか美味だった」
口元をナプキンでぬぐいながら、少女は偉そうに答えた。
「まず、君は誰かな?」
「人に名前を尋ねるときは、まず自分からだぞ」
なるほど、正論である。
いきなり人の目の前に座り、パフェを食べた人間とは思えないが。
「まあいいか。俺は――」
「ああもう知ってるからいいぞ」
ピキ
ハルはこめかみが引きつるのを感じた。
我慢我慢。相手は子供だ。
そう自分に言い聞かせるハルに、少女は追い打ちをかける。
「御堂ハル。男。年齢は十九歳。
西前田大学に通う大学一年生。
ルックスは中性的、と言うか女顔だな。中肉中背で華奢な体つき。
運動、勉強、芸術、全てに置いて平均的な成績。
まあ、つまりは、あれだな。いわゆる一つの、凡人」
ピキピキ
歯に衣着せぬ少女の物言いに、ハルは沸き上がる怒りを感じる。
だが、言われたことが全て事実である以上、怒るに怒れない。
やり場のない怒りを、コーヒーと一緒に腹の底へと押し流す。
「ふむ、なかなか我慢強いな。悪くない」
ぼそりと呟いた少女の言葉は、しかしハルには届かない。
「……それで、そこまで俺を調べ尽くしてる君は、いったい何者かな?」
「ん、悪の女王様」
「なるほど。真面目に答える気はない、と」
「失礼な奴だな」
少女がムッとした表情をする。
「それじゃあ、その悪の女王様が俺に何の用だ?」
泣かれたり、騒がれると面倒なので、取り敢えず話を合わせておく。
それに、これはハルが本気で疑問だったことだ。
「なに大したことではない。
先ほどの戦いぶりを見せてもらって興味がわいた。それだけだ」
「戦いぶり……。ああ、あれか」
少女言う戦いには、確かに心当たりがあった。
「うむ。なかなか見事な戦いぶり、そしてやられぶりだったぞ」
「そいつはどうも」
さんざん馬鹿にされた少女からのお褒めの言葉だが、素直には喜べない。
そもそも、デパートの屋上でやるヒーローショーの悪の怪人役に見事も何もあるのだろうか。
「そこで、だ。お前に聞きたいことがある」
「……何でしょうか」
「悪の組織に入らないか?」
この少女の一言が、ハルの人生を大きく狂わせていく事になる。