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05ヴェズルフェルニル

 太陽を背にして高速で飛来してくる大きな影が一つある。

 手を翳して陽の光を遮ってみても、はっきりとその姿を確認することができない――。

 ファル教授による要領を得ない講義の結果――空に生息する「ヴェズルなんたら」という「でっかい鷹の魔獣」だってことが理解できた。詳細は解読不能だ――。

 森林地帯で狩りをする猛禽科の魔獣で――リリとファルの二人も遭遇した経験があるようだ。

 いつもは葉が茂った木々の下を通って移動しているので、滅多に襲われることはないっていってたけど――。

 さっきまで精霊魔術を派手に使って木々の上をばんばん飛び越えながら移動していたから、目立ちすぎて狙われちゃったみたいだ。

 ――仕方がないよ……ね? だって「わたしたち」はすっごく急いでたんだから――。それでどうしよっか? って三人で相談して――隠れてやり過ごすって手もあったんだよ。でもさあ……――折角の機会だから三人で戦ってみよう――! ってことにしたんだよ。

 相談が終わってしばらくして――。

 遥か上空を旋回していた三羽の魔獣のうちの一羽が獲物――勿論わたしだ。リリとファルはすでに森に潜んでいる――を狩るべく降下を開始したのだった。

 囮役のわたしは「なにも気づいてないよ」ってふりを装いながら、緩やかに流れている小川のほとりに佇んでいた。

 午後の日差しが水面にきらきらと反射していて綺麗だ。水鳥の親子が一列に並んで浮かび、ゆっくりと川を渡っていく。

 透き通った水の中では銀に輝く魚影が優美に浅瀬を泳いでいる。――食べられるのかな? 食べられるよね……。よし、ファルに釣りをしてもらうことに賛成多数で可決なのだ。

 「太陽の光を利用して身を隠しながら近づく。そして死角から不意に襲いかかる」というのが、魔獣ヴェズルなんたらの常套手段だ。

 魔獣固有の魔術――魔獣術によって「風を打ち消す」ことができるので、標的に接近するまでの間に風による影響を受けることがない。どんな強風の中でも高速のまま最短距離で獲物に襲いかかることができる。

 ――リリちゃん先生の情報は有益なのだった。なかなか厄介な魔獣だよね――普通だったらさ――。

 各自が配置についたら作戦開始だ。「わたしたち猫属には――そんな姑息な手段は通用しないよ」っていうことを思い知らせてやるのだ。


「シア、ファルそろそろやるわよ――」


 精霊魔術〈風の精の伝令〉によって離れていても会話をすることが可能だ。――わたし今度こそ役に立ってるよね。二人でも倒せちゃいそうなのが問題なんだよ――。

 リリは木々の葉が密集した上空から見ても気づかれない場所に潜んでいる。

 装備をワンドから長弓――ロングボウに交換して矢を引き絞りながら、上空にいる魔獣にぴったりと狙いをつけているはずだ。

 大地の精霊の加護が付与されている長弓と矢には――森林のように大地の精霊の影響が強い領域限定で――射程圏内にある植物や鉱物に働きかけて矢の通り道を作り出すという支援効果が備わっている。

 これに猫属としての探知能力を組み合わせると相手を見ることができない状態からでも矢を命中させることができるのだ。

 ――リリちゃんって、まだ見習い冒険者だったはずだよね……。


「いつでもいいよ、リリちゃん。ファルはどう? 準備はできてるの――?」

「――任せとけってシアっ、ばっちりだからなっ」


 ファルはクロスボウを装備して木の上で待機しているはずだ。――それにしてもファルまで弓を使えるなんて……。わたしも弓が欲しくなっちゃったじゃないか――。

 クロスボウは長弓に比べたら射程は短いし連射するには時間が余計にかかってしまう。

 しかし命中率がよく威力もあるので小柄な体格のお子様ファルにはぴったりの武器だ。

 シャーベットブルーのケープが対岸から吹き抜けてくる風によって、ふわっと舞い上がる。まるで手招きをするかのようにひらひらと揺らめいている。――あれ? 風の精霊の存在感が強まっているような……。

 そこに囮だとも知らないで、わたしを目掛けてすごい勢いで迫ってきている魔獣ヴェズルなんたらの――。

 その巨体の――大人だったら三人は乗れそうだ――胸部にはリリの放った矢が深々と突き刺さっていた。

 空を見上げて両手を腰に当てると体を軽く反らせる。目に映るのは逆さまになった世界――。

 その中で繰り広げられていたのは――魔獣の体に次々と矢が吸い込まれていくという期待通りの光景だった。

 ――一応囮だからね。背中を向けてたんだよ。

 突然の衝撃に――でっかい鷹の――魔獣は甲高く一声鳴くと翼を大きく広げて旋回して逃げようとしていた。

 しかし立て続けに射られる矢を二本、三本と浴びているうちに高度を保てなくなり、小川の向こう側に滑るように墜ちていった。

 一部始終を目で追っているうちに正常に戻った視界――。

 その視線の先には抜け落ちた羽根をばさばさと舞い散らせながら、必死に起き上がろうとして、もがいている満身創痍の魔獣――。


「さっすがリリ姉の弓はすごいやっ、矢だって全部あたってたしなっ」


 悠々と小川を飛び越えていったファルはそのまま――手負いの魔獣の――攻撃範囲の外まで慎重に接近していく。

 獲物を一瞬で噛み砕く嘴や容易く引き裂く爪を持ったヴェズルなんたらには遠距離攻撃が基本だ。

 片膝をついた体勢から射撃されたボルト――クロスボウの矢――は起き上がろうとじたばたしていた魔獣の頭部をあっさりと貫く。ひきつったように全身が硬直する魔獣――その虚ろな目と舌が飛び出した嘴の真下には瞬時に距離をつめたファルの双剣が鋭く突き入れられていた。

 ――ファルくんもなんだかんだいって戦いになったら強いんだよね……。普段がああだからあれなんだけどさ……。


「どうだっ、シアっ、とどめはちゃんとさしたからなっ」

「はいはい……すごいねファルは……」

「だろっ」

「ファル、シアすぐに次がくるわよ――」


 あわててクロスボウを回収して森に身を潜めるファル。

 それを見送ってから、ゆっくりと振り返り空を仰ぎ見る。

 そこにはすでに大きな軌跡を描いて旋回している二羽目の魔獣ヴェズル――フェルニルがいた。

 ――さすがリリちゃんなんでも知ってる。それにしても、ヴェズルフェルニルっていうんだ――長い名前だよね……。ファルみたく「でっかい鷹」でいいのかも――。

 そのでっかい鷹は矢を警戒しているのか距離をとって様子を窺っているようだ。

 単独で狩りをする習性のため連携しての攻撃はしてこない。

 ――それはこっちにとっては好都合……だけどさ。失敗した一羽目を教訓にして諦めるってことはないのかな――?

 なかなか降りてこないので囮役のわたしは魔獣を挑発することにする。

 小川に沿って延びている幅の狭い岩場の上を、目立つように飛び回るのだ。

 しかしいくら待ってもリリの長弓の射程圏内には入ってこない。

 ――意外と用心深いみたいだ。それなら――。

 ヴェズルフェルニルの動きをじっと注視する。

 予測した飛行経路の上に精霊魔術で圧縮した大気の塊を設置する。――後は罠にかかるのを待つだけだ。

 二人にも合図を送っておく。それじゃあ、いくよ――。

 翼を広げて滑空しているヴェズルフェルニルのさらに上空にある圧縮した大気の塊を一気に解放する。

 精霊によって、状態を管理された膨大な質量の大気は指向性のある暴風となって、空の魔獣――ヴェズルフェルニルに襲いかかった。

 水平に広がっていた大翼は急激な落下に伴って発生した風圧によって、垂直に固定されている。

 羽ばたくこともできずになすすべもなく地上に向かって墜落していく――。

 その隙を、リリが見逃すわけもなく――先程とは別の場所から射出された〈大地の精霊によって加護を付与された矢〉が連続してヴェズルフェルニルの各部急所に埋めこまれていく。

 長く尾を引く奇声を、発しながら――。

 緑樹の傘の上に血の雨を降らせながら――あっという間に視界から消失していった。


「リリ姉、シア……いま確認するからさって……完全に死んでるだろっ、これっ、なんか血塗れでぐちゃぐちゃなんだけど……」


 ――まあ……あの高さから……だからね……。暴風っていうより爆風だったもんねぇ。

 わたしは丁度いい大きさの岩の上にしゃがんでいた。一休み一休み。

 ファルの報告を聞きながら――森の外れに姿を現した鹿に似た草食獣を観察していた。鹿もどきの方も、こちらの様子を窺っている。

 ――警戒しなくても、いいのに。襲ったりしないし。お腹すいてないしさ。

 耳をぴんと立てた鹿のような草食獣は、何かに反応したかと思うと一目散に森の中に走っていった。

 なぜなら――。

 油断したように見せかけた囮役のわたし目掛けて、性懲りもなく襲撃を仕掛けようとする最後の一羽が来たからだ。

 ――確かにファルとは距離が離れてるし、リリちゃんの矢もかわす自信があるんだろうけどさ。最初の奴と同じように、ただ突っこんでくるだけって……。

 前の二羽を捨て駒にして機会を窺っていたようだけど――わたしたちにはすべてお見通しだ。

 眩しさに目を細めながら見上げた空には――。

 最後のヴェズルフェルニル――。

 わたしは空に向かって右手を挙げると、魔獣の降下軌道上に圧縮した大気の塊を設置する――。

 すぐに気がついた、ヴェズルフェルニルが荒々しく一声鳴くと圧縮した大気の塊が霧散してしまった。

 ――まだ「設置してすぐ発動」って、わけにはいかないからなあ……。――ばれてたらやっぱり打ち消されちゃうよね。――リリちゃんの矢だってぎりぎりでかわしてるし――。


「リリちゃん、わたしに襲いかかる直前直後の、どっちか狙ってみてっ、それとファルは――」

「わかったわシア。任せて。あなたも気をつけるのよ――」

「シアっ、そこまで行くのにもうちょいかかるっ――」


 岩からひょいっと飛び降りた。小川を背にして半身になって立つとヴェズルフェルニルの到着を待つ。

 狡猾にも矢が飛んでくる範囲を予測して避けて飛んでいる。――リリちゃんの居場所も大体ばれてるみたいだし。

 リリからみてわたしを挟んだ反対側から近づいてくる。

 わたしを中心とした直線の両端にリリとヴェズルフェルニルがいることになる。ファルはどこだろ――?

 ヴェズルフェルニルはこちらに逃げる素振りがないことを見てとると、威圧するかのような低い唸り声を轟かせて――。

 わたしを仕留めるために――。

 高速で飛翔してくる――。

 そして次の瞬間には――。

 ヴェズルフェルニルはわたしの肢体に嘴を突き立てることも爪で切り刻むこともできずに――。

 遥か手前の樹海の底に――。

 その勢いのままに激突して無惨な最期を遂げたのだった――。


「さあっ、リリちゃん、ファル。すみやかに出発するんだからねっ」

「ちょっ、シアっ、ちょっと待ってよ――。最後のあれってさっ、いったいなんなんだよ――? なんで自分から勝手に墜ちたんだよっ、あれ――」

「あれは精霊さんの悪戯なの……よ。ファルくん――?」


 なんだか怯えている様子のお子様はほっとくとして――。

 ――わたしだってびっくりしたよ。空の魔獣が墜落事故で死んじゃったんだよ。なんだよそれは――?


「シアは、随分と高位の精霊に祝福されているようね――」

「うん。わたしもびっくりしてるんだよ……」

「リーリートゥ――? キャトルフ――?」

「ファルは魔獣の確認をしてきてね。それから、シアの所に集合よ――」


 それから、すぐに合流したリリの弓を貸してもらって、近くの木の幹を目掛けて練習してみた――。

 ファルが合流する頃には――弓の才能は微妙だってことが判明していたのだった。

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