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03ファル

 大気を切り裂き――。

 ――疾走する。

 精霊による魔術教授で得た大気を自由に操る精霊魔術。猫属の身体能力の限界を超える高速機動が可能になる。さっそく森林地帯を練習場に縦横無尽に駆け回る。

 はじめは魔術制御に手間取ってぎこちなく不安定な加速だったがすぐに自由自在に大気を操ってスピードに乗ることができるようになった。

 精霊の存在意識に直接リンクすることによって創出できる伸縮自在の真空球形空間――指定した場所に任意でつくることができる上級精霊魔術だ。

 これを高速機動時の進路上に設置することで真空地帯に急速に流れこむ大気による加速に加えて真空による摩擦抵抗ゼロでの加速が可能になる。

 勿論、風の守護領域に守られているので安全だ。

 さらに精霊魔術による大気の圧縮に膨張――二つのエネルギーによって生み出される爆発的スピードの暴風を操ることで加速に加えて減速に上昇下降、緊急回避などの身体操作も行うことができる。


「まとめると大気の圧縮膨張消滅制御系精霊魔術ってトコかな。風のように空や大地を駆け回るのは楽しいっ、よね――」


 ちらっと近くを確認すると精霊の嬉しそうな気配が伝わってくる。

 そもそもなぜわたしが風の精霊に教わった事象干渉系統の精霊魔術の練習をしているのか――さらにはなぜ風による恩恵や有用性に対してことさら好意的な発言をこれみよがしにしているのか――というと大地の精霊に対するかたよった愛情表現に嫉妬した風の精霊に対してのご機嫌取りのためだから――である。

 魔獣の脅威に怯えて避難した先が巨大な大樹の枝の上。まあ、これは仕方がないとして――その後に果実をたくさん食べながら美味しい美味しい連呼してたのがいけなかった。

 頼りになる役に立つのは大地の精霊だけじゃないですよ的なニュアンスで風がぐいぐい吹いてきて、いつの間にか精霊魔術の理について教わることに。

 今までみたいに移動する時にさり気なく吹く追い風やジャンプする時になに気なく起きる上昇気流。

 そういう気の利いたアシストだけでも良かったのになあとも思ったけどおかげで精霊魔術による逃げ足の強化――戦術的退却速度が大幅にレベルアップできたからいいよね。

 一般的な精霊との契約で扱う標準的な精霊魔術――でも今回教わったのは高位精霊による特殊精霊魔術なんだって……。

 どうっ、すごいでしょう? っていう感じの強い風がびゅうびゅう吹いている。でも最初は初級から教えてくれるのが普通だよね?

 風の魔術は色々戦闘で役立ちそうだから。匂いを遮断したり防音、遮音する魔術は隠密行動に最適だし。遠くの音を聴くことができたり音を伝えることができたりするのもパーティーでの連携に使えて便利だ。

 ――自分で使わなくても精霊さんがいつでも使ってくれるからいいけどね。

 風の精霊に特殊な魔術を色々教わったのでお礼を言ったら感謝の言葉に舞いあがった精霊さんは――大気中の水分を集めて瞬時にいくつもの雷雲を作り出して雷撃を連発するっていう強力な精霊魔術も教えようとしたところで、さすがにこれはまだ早いだろうと大地の精霊に止められていた。

 ――少し残念。



 ◆



 森から空。空から大地に――走り回る。飛び回る。――大樹が見える範囲内で練習してたんだけどこの辺りに集落はもとより小屋の一軒すら見あたらない。人跡未踏の秘境だ、ここ。

 山脈が遠くに見える方角以外、地平線まで続いてる緑の木々。はむはむ黄色の丸い果実を食べながらさすが大森林群だなあなんて考えてたら――。


「んにゃ……!? 近付いてくる……獣の群れ。数は……うん、三十程かな――」


 ここは慌てず騒がずにまだ離れてるうちに逃げようっと思って、鼻歌をふんふん歌いながら準備をしていたら獣とは別の生体反応をキャッチ。

 今度はなんだと思ったら……これって人の――獣人の反応みたいだ。わたしに似てるよこれ。

 喜んだのも束の間――不味いことに獣の群れに見つかったみたいだ。

 迷ったのは一瞬。距離は七百メートル。

 残りの果実を一気に頬張る。襲いくる強烈な酸味に涙ぐみながらも飛び出していく。獣人――反応は二人――の方も群れに気づいたようだ。こちらの方に逃げてくる――が追う獣の方が速い。群れの先頭が追いつき足止めしている残りは左右に分かれていく。

 包囲するつもりだ。

 ぐんぐん近付いていくわたしの耳に精霊が群れの居る場所の断片的な音を拾って届けてくれた――興奮したような鳴き声に威嚇するような唸り声が聞こえてくる――犬か狼の群れのようだ。

 断続的に響く獣の断末魔の叫びに獣人たちが善戦しているのがわかる。

 逸る気持ちにこたえるように吹き抜ける突風に木々がざわめく。

 疾走する勢いのまま長く張り出した太い枝に飛び乗ってその反動を利用して跳躍する。高く遠く空に舞いあがりやがて重力に引かれて落ちていく。

 そして――。

 獣の群れが包囲するそのただ中に――渦巻く風を巻きあげながら、ふわりと優雅に舞い降りる。

 突然あらわれた新たな獲物に興奮しながらも遠巻きに警戒する獣の群れ――紅い瞳の漆黒の大狼――は睨み付けるようにこちらを値踏みしている。

 ――でっかいなあ、二メートルはあるよ。


「あなた大丈夫――?」


 少し高めのよそ行きの声色で目の前にいる獣人の少年に話しかける。第一印象って大事だから。小学生ぐらいに見える男の子が息を弾ませながら血にまみれた両手のショートソードを狼に向けて油断なく構えている。

 目立った外傷はない。

 ちょっと長めの銀色のショートカットに猫の耳――猫属仲間の発見だ。

 辺りには血と臓物の臭いが立ち込め――狼の死骸が血溜まりをつくりながら散乱している。

 ――この子強いな。

 獣人ってみんな強いのかな?


「にゃっ、なっ、な――なんだよっ、お前はっ、空から――」


 ――降ってきてっ、と狼狽する少年はあたふたと目線を泳がせる。わたしから空、空からわたしにと忙しなく動く視線はやがて、助けを求めるように振り返った少年の見つめる先にいる――短い杖を構えて立っている――獣人の少女のもとに向けられていた。


「ファル――!」


 少女が叫ぶ。

 隙を見せた少年――ファルは少女の警告の叫び声に反応する。

 低い姿勢のまま背後から忍び寄よってきた狼の牙を振り向きざまに右手の小剣で弾き返す。その勢いのまま連続して左手の小剣で喉笛を狙い斬りつける。

 身をひねって回避する狼。再びファルに飛び付こうとするが右後ろ足にざわざわと絡まる異様な草の戒めのせいで失敗して地に叩きつけられる。

 そこにファルの双剣が続けざまに突き刺さる。

 一声鳴いて崩れ落ちる狼。

 ――すごい。わたしの出番はないかもしれない。

 少女の声に反応して唸りながら駆け寄っていった狼は同じように両前足を草に絡みつかれてその勢いのまま地に投げ出される。

 その無防備な白い腹の真ん中に――大地からあらわれた光の粒子が集まって槍の形に変化――虹色に輝く水晶の槍が深々と突き刺さった。

 狼は声もなく地に倒れ伏した。

 ――植物と鉱物を使った精霊魔術。大地の精霊契約者だ。

 なかなか見事な連携の戦闘だった――少年が獣を引きつけてから少女の精霊魔術で隙を作ってそこをそれぞれが攻撃して仕留めるというパターン。

 ――随分、戦い慣れてるな。

 感心するわたしの姿は狼たちにとっては隙だらけに見えたようだ。死角になってる右側から一匹。後方から二匹の狼が飛びかかってきた。

 索敵範囲内は常に監視してるから死角を突いてきても丸見えだ。

 勿論、実行できる戦術は専守回避のみだ。

 時間差で襲いかかってくる狼たちを一匹ずつ難なくかわす。猫属としての能力だけで充分回避できる。精霊魔術に頼るまでもない。

 そこに二匹の狼が新たに加わって威圧するかのように激しく吠え始めた。

 包囲網をせばめていよいよわたしを狩るべく一斉に動きだした。

 その時――。

 声なき声を発してうずくまる五匹の狼。濁った眼球は沸騰しており顔は苦悶の表情を浮かべている。口をぱくぱく喘がせながら四肢を痙攣させ、もがき苦しんでいる。

 そのまま数分で息絶えていった。

 のろまな狼が何匹増えようが全て回避して見せる――そう息巻いていたわたしは狼たちの死んでいく様子を黙って見ているしかなかった。

 ――結局わたしの出番を奪ったのは過保護な風の精霊だったっていうことだ。

 死んでいく狼たちと無言で立つわたし。その惨劇の光景を終始見つめ続けていた猫属の二人と残りの狼たち。

 群れの仲間の無惨な死に様に一様に萎縮した様子で落ち着きをなくした生き残りの大狼たち――それから再度の襲撃はなく姿の見えない一匹の狼があげた遠吠えを切欠に薄暗い森の奥に向かって逃げ帰っていった。

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