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第九話 晒者から晒者へ


俺は逃げ出していた。


少し前。続けて来た日常のお陰で早起きをしてしまった俺は日課通り朝食を摂っていた。

しかし何も知らない母さんと一緒に居るのも嫌で、起きてくる竜仁と顔を合わせるのも嫌だった。


結局、いつも通りの時間に家を出てしまった。時間が空いたのもあり、ケンジが登校前の学校に行くのも躊躇われた。


…駅前に行く事にした。


八神を迎えに行く為ではない。恐らく八神に嫌われてしまった俺は八神の送迎は出来ない。…いや、させてもらえないだろう。

それでも駅前の八神の家が気になったのは、八神のお母さんが気になったからだ。お母さんは何も知らないだろう…間違い無く心配しまくるであろうお母さんに八神が俺との事を洩らすとは思えない。

その何も知らないお母さんは今日も待ってくれているのではなかろうか…そう思って自転車を駅前の八神の家に走らせていた。


やはりお母さんは居た。

前日と同じ様に店の前で佇んでいた。

不安そうな困った様な面持ち、少し伏し目がちで元気が無さそうだった。


気が付くと俺は逃げる様に自転車を走らせていたんだ。


そして自己嫌悪。


自分が最低で嫌なヤツだと痛感する。

お母さんが気になったからなんて建前だ…

心のどこかで期待していたんだ。

もしかしたら八神の機嫌が直っているかもしれない…また一緒に登校してくれるかもしれない…

それをお母さんの表情で確認したんだ、俺は。

八神はすでに学校に行ってしまっているだろう。

俺と会いたくないからだ。


学校に行きたくなかった。

しかしケンジと約束してしまったし、俺は今までさぼりなんかした事が無い。


結局、気分を更に落としたまま、学校に向かうしかなかった。






見慣れた教室を前にして、足を止めてしまう。


学校に着き、教室に来る迄の間も学校中の生徒達の視線が俺を射抜いてきた。知っているのか知らないのか、誰もが俺を苛む様に攻撃的だった……などと馬鹿な事ばかり考えてしまう。被害妄想も甚だしい…自分が如何に弱い人間であったと落ち込みそうだ。


「おはよう!」


「痛って!」


バシンと背中を叩かれながら声を掛けられた。

痛い!


「来たのはいいけど、凄まじいネガティブ放出してんな!ほらほら俺が慰めてやっから!」


ぐりぐりと髪の毛をかきまわされる。はっきり言ってウザイ以外の何者でもないが、嬉しくなった。


「…あれ?嫌がんないの?」


為すがままの俺を不思議に思ったかケンジが動きを止めて怪訝そうに俺を窺う。


「げっ!」


「げっ?」


俺の顔を見たケンジが凄い嫌そうな顔で驚いている。


???


「お、お前、やっぱりどMだな…あんな事したのにニヤけまくんなよ…」


「えっ?マジで?」


どうやらニヤけてしまっていたらしい…


「くくっ!ははは!ほら教室入んぞ」


ぐいぐい教室に連行されてしまった。




そして、驚いた。


「よぉ!河本!大変だったな!」


「聞いたよ〜、河本やっぱり被害者だったんじゃん」


「だよなぁ、だいたい河本が八神と一緒に居るのはおかしいと思ってたんだ」


「河本君、見た目に騙されちゃった口だったんだね、純情純情!」


何だこれは?


もちろん驚いたが、それ以上に訳が分からなかった。


俺の頭がおかしいのか?


自分の考え方が間違っているのだろうか?

少し不安になってケンジを見る。


ケンジは苦笑しながら肩をすくめていた。


『相手にするな、流せ』


俺を気遣う様な表情がそう言っている気がした。


「元気出せよ〜!振られたっても八神はちょっとおかしいんだよ」


時間が止まった。


「……………」


クラスメイトの一人が何気無く言った言葉。


俺は拳を握り締めていた。


奥歯を噛み締めていた。


俺の意識がソイツに集中する。


「――よーし!話は終わり!そろそろ先生来るぞ!ほら後にして席に着こうぜ!」


殴り掛ろうとした俺の肩に腕を回しながらケンジがおどけた様に言う。


はっとした…危なかった。


俺は何て事をしようとしていたんだ…人を殴った事も無いくせに…俺が標的にしていたヤツは既に自分の席に行ってしまっていた。


「堪えろ…言いたい事があるなら俺が聴いてやるから…」


肩口でケンジが囁く。

ケンジの声で少し冷静さを取り戻すが、腹の底に何かが渦巻いていた。

俺はどうにかしちゃったのだろうか…?


あれほど酷い事を言われた八神なのに…





その日は一日中辛かった。


ケンジは別だったけど、会うヤツ全員が煩わしかった。


相変わらず嫌な視線を寄越すヤツ。


掌を返した様に俺を気遣ってくるヤツ。


関わりが薄く無関係なヤツでさえも…煩わしかった…


平和だった日常が嫌に懐かしい。







「もうどうしようも無い位に廃人だな…」


放課後、どうにもこうにもどうしようも無く机に突っ伏す俺にケンジが呟く。

相槌を打つ気力も無く、視線をケンジに向ける気力も無い。

今日一日が酷く長く感じた。帰るのも億劫だった。


「…俺は噂でしか八神の事を知らない。お前に何を言ったのかも詳しくは知らない。だから何も言わないけど…まぁ、その、なんだ、元気出せ」


多分、それしか言葉が見付からないのだろう。でも俺の事を気遣ってくれるケンジの言葉が嬉しかった。

突っ伏していた顔を上げ、どうにかケンジに視線を向ける。


「悪いな…切り替えないといけないよな…」


まだ無理だと思う。八神…八神のお母さん…最近は本当に楽しかった。

今までの俺の生活からすれば、毎日が刺激的だった。毎日女の子と一緒に過ごしたというのはもちろんだが、今まで会った事も無い位の自己中…八神は俺に無いものを全て持っていた。

周りの顔色ばかり窺っていた俺…自分の意見なんて二の次…周りに噂されるのが怖くて目立った事なんてできなかった。


俺は八神に憧れていたのかもしれない。


「……………」


何か言いたかったが言葉は出なかった。

俺が何か言おうとしたのに気付いたのかケンジは待っている。


分からない…


俺は何を言いたいんだろうか?


「…リュウ…お前…諦めるのか?」


???


何を?


……………


違う…


もう周りに合わせるのは止めよう。自分の思った事を信じなくちゃいけない。


諦める。


そう訊いて頭に浮かぶ事は一つだ。


嫌に頭の中がすっきりした。


「…嫌だ」


みっともない…


「嫌だ…」


女々しい。


「…諦めたくない…」


情けないと思う…


でも…


「だろうな…リュウならそう言うと思ってた」


ケンジは笑顔だった。


嘲笑でも苦笑でもない。

安心した様に笑っていた。


「…お前がこのまま、八神から離れるならそれでも良かった…でも諦めないって言うなら、協力する」


「…ケンジ…どうして…?」


ケンジは親友だ。ケンジもそう思ってくれてると思う。

でも、いくら親友だからって、こんな女々しいだけの他人の恋愛に干渉してくれるのが疑問だった。


「やっぱそう思う?…うーん…お前ならいいか…」


???


「俺さ、姉ちゃんが居たんだよ…」


「えっ?」


知らなかった。ケンジとは、かなり付き合いが長いが知らなかった。


「居たっていうか今も何処かに居るんだろうけど、もう五〜六年会ってない…いや、会っちゃいけないんだ」


「…ケンジ、意味が分かんないよ」


「俺の家って複雑なんだ、深くは訊かないでくれ。簡単に言ったらその複雑な家の事情で離れ離れになったんだ…で、その姉ちゃんなんだけど、姉ちゃん…俺を探してくれてるらしい…」


話の内容の様に複雑そうに顔を歪めるケンジ。


「昔は厳しいだけの姉ちゃんだったけど、居なくなると寂しかったんだ。探してくれてるって聞いた時は嬉しかったんだ。長い間一緒に居た家族が居なくなって辛かったんだ…」


「……ケンジ」



「…八神もそうじゃないかな?」



「……………」


八神と一緒に居たのは一ヶ月半…


毎日一緒に居たが八神が自分の事を話した事なんて無かった。

機嫌のいい時は饒舌に話してくれた事もあった。

でも、八神は不思議な位に自分の事を話さなかった。

アイツの姉、菖の事を俺は知らない。

どんな姉妹だったのか知らない。

菖が生きていた時の棗を知らない。


でも、そうだと思う。


何故だか納得出来た。



「俺さ、ちゃんと言ってみる」


『言う』…もちろん告白するって事だ。

振られたっていい。

でもこのままなんて絶対に御免だ。


「…そうか…頑張れ」


しょうがねぇヤツだなぁ…って顔。

いつも通り過ぎて、逆にやる気になれる。


今の俺は今までと違うから…



何を根拠に自信があるのか分からない…



でも、どんな理由にしろ八神に会う口実が出来た事が嬉しかった。



俺を変えてくれた八神…



罵られるのは分かってるけど俺の気持ちは全部聞かせてやる。



心が軽い。




憂鬱な気持ちは晴れ渡っていた。



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