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第六話 更なる厄災の始まり


授業中…教科は数学…静まり反る教室に教師が走らせるチョークの音だけが響く。

皆静かに黒板を睨み、ノートに鉛筆やシャーペンを走らせる。


俺も同じ。

特に勉強に必死になっている訳ではないが、自分なりにやるべき事は解っているつもりだ。

授業。

俺のやるべき事にカウントされている項目だ。

静かにペンを走らせるクラスメイト達も俺と同じなのだろうか…

誰もが教師の書く数式を熱心に書き写している。


ぶるぶる…


ポケットの中から振動。


熱心に動かしていたシャーペンを置き、振動の発信源である携帯をポケットから取り出す。もちろん教師にもクラスメイト達にも解らない様に机に隠しながらだ。


新着メールあり。


携帯を開くとディスプレイには新しいメールの到着を知らせるメッセージが浮かんでいた。


その表示を見た俺の心がほわっと和らぐ。


開かなくても解る。


今は四時間目…昼休みを控えた授業中に来るメールなんて想像に容易い。

こんな非常識な時にメールを寄越すヤツなら尚更だ。



from八神棗

sub―――

カフェオレ買っとけや



何とも解りやすい指令だった。


心の中で大きくため息をはいてやる。

しかし心に湧いた暖かい感情が俺を嬉しくさせる。

理不尽…

相手に自然とため息をはかせる様な理不尽…


俺の場合…異常なのだろうか…

ため息と同時に顔が綻んでしまう…授業中であるにも関わらず顔の筋肉が締まらない締まらない…


解ってる…


これは異常なんかじゃない。


緩んだ顔もそのままに返信する。



to河本竜一

sub―――

イエッサー!



自分で送信しておいて虚しくなる。

でも顔の綻びはそのまま……


俺は生粋のどMであると実感する。

繰り返す日常でいい加減自嘲するのにも慣れてしまった。


送信者に対する綻びか自分自身への嘲笑か考えようとしたところで授業終了のチャイムが鳴り響いた。


「……はい、お疲れ様でした、授業はここまでです」


チャイムと同時に授業を終わりにしてくれる先生。

非常に感謝である。


「河本君…授業中の携帯電話の使用はなるべくお控え下さいね?彼女ですか?」


ん?


「今まで河本君の授業態度は大変優秀であったので不問としますが、これからはお控え願いますね…」


お?


「では皆さん、次の授業までごきげんよう…」


そう言い残して教室を出て行く数学の美人教師徳川先生(28才独身)……


何とも言えない視線が俺に付き刺さっている。


「……ははは…」


笑いながら横歩きで教室の出入り口にスライドしていく。


「……ははは…」


もう一度乾いた笑いを残して教室を出る。


同時に全速力で購買へと駆ける。



俺は今まで何事に関しても無難に…全てが平穏無事に行けば良かった。

何事にも当たり障り無く…目立たない様に…目立たない様に…








中庭…


最近、俺はここで昼食を摂る。


「遅いわ!だあほ!」


『これ』と一緒に昼食を摂る為だ。


これとは目の前でふんぞり反っている女の事…


八神棗…


背中の真ん中位まで伸ばした少しクセのある黒髪、150そこそこの身長のくせに出るとこはしっかり出てる。身長に比例する様に幼い顔立ちだが分類するなら間違い無く美少女だ、常に吊り上がった眉と目尻、引き絞ったへの字口が実にもったいない…まぁ…それ以上に難があるのは性格と口の悪さなんだけど…

人に遣いパシリを頼んでおいて悪びれた様子は欠片も無い…

正に天上天下唯我独尊…自己中の神の様に君臨する我が校のカリスマだ(皮肉)



「あんじゃい…まさか売り切れてたとか言うんじゃあんめ?」


そんな事はない、カフェオレはちゃんと俺の右手に納まっている。


「何でもないよ、ほれ」


買ってきたカフェオレをくれてやりながら隣に座る。

コイツと出会って一ヶ月…コイツの下僕になって一ヶ月…

周りから注がれる奇異の視線にも慣れた。

八神の理不尽にも慣れた。

八神の毒舌にも慣れた…稀にグサリとくるけど…


八神が俺の家に来た時…母さんの問題発言のせいで告白じみた事をしてしまったのだが…

当の八神は鈍いのか、思考がお子ちゃまなのか全くと言っていい程意識してくれない。


……正直、そんなのどうでも良かった。


それは……


「ここで食べようか?」


俺でも八神でもない第三者の声が俺の思考を中断する。


「私はどこでもいいよ」


そう言いながら二人の女生徒が俺達の居る中庭の芝生に入って来た。

おそらく昼食を食べる所を探していたのだろう。

二人はニコニコと楽しそうに微笑んでいた。


「……あ…」



二人の微笑みが氷つく…



俺達を見て…


いや、八神を見て…



「……行こ…」


一人がもう一人の手を引く、明らかに気分の悪そうな顔のもう一人は俺を一瞥してから中庭を出て行った。


もう一人の方の女生徒が最後に見せた表情は蔑み(さげすみ)だった。



八神を見てみる。


いつのまにか弁当を開けて昼食を始めていた。

別段気にした様子は無い。



そう…


コイツ八神棗にはもう一つ特徴がある。


『全校生徒の嫌われ者』


一ヶ月、いつも一緒に居るが俺以外のヤツと会話をしているのを見た事が無い。


友達が居ないからだろう。


この性格のせいか…それともみんなに嫌われる様な事をしたのか…


俺は知らない…


…知りたくなかった…




「…おめぇ、弁当忘れてきたのか?」


「えっ?」


ぐるぐる思考を廻らす俺に八神の声が掛る。


「…ちょっと食うか?」


自分の弁当箱を俺に差し出してくる。


「い、いや、有るから!弁当有るから!」


慌てて自分の弁当を取り出して開ける。


「…あんだよ…有るなら早く食べんと昼休み終わんぞ?」


小さな子供をしつける母親の様な困った表情で言う。


「あ、ああ…」


コイツは…


稀にこの様なほのかな優しさを見せる時がある。


俗に言う『ツンデレ』には程遠いかもしれないが、俺に対する破壊力は凄まじい。




コイツが俺をどう思っているなんかよりも…


コイツに友達が居ない事よりも…



何より俺がコイツの側に居れるという事が一番重要だった。








放課後。


やはり日課となってしまった八神の送り迎え。

二人で駐輪場の俺の自転車を取りに行く。


「あんであたしも行かんといけんのや、おめぇが取りに行って迎えに来いってのに、このへにゃペンギンが!」


へにゃペンギン?


ぶーたらごねる八神を引きずってだけど…


「まぁまぁ…」


いい加減慣れてきた俺は軽くあしらう。八神が必要以上に文句を言う時は別に怒ってはいない時だ、ただ言うだけというヤツである。


マイチャリの鍵を開け、帰宅準…送迎準備完了。


「いいぞ、さぁ乗りたまえ」


「あん?」


おどけた俺の言葉を真に受ける八神…怖い…


「ご、ごめん…乗ってください…是非乗って頂きたいのです…」


途端に下手に出るヘタレ全快な俺…

実はこの八神の送迎を楽しみにしている俺はちょっと必死である。

八神と一緒に居れるというのはもちろんだが、それだけではない。

口では文句ばかり言う八神だが自転車の後ろに乗るとしっかりとしがみついてくれるのだ。

それはそれは夢いっぱいなのである…

背中が!

ヘタレな俺が八神を感じる事が出来る貴重な時間なのだ!

ヘタレなのだからしょうがない…うん、しょうがない。


「違うわ!あんかチャリおかしいやん!」


「えっ?」


頭の中の馬鹿馬鹿しい思考を停止し、八神が言う自転車を見てみる…


……確かにおかしかった。


「……パンク?」


愛用の自転車の後輪が見事にパンクしていた。


「なんやん、整備不良やん!使えんな!ぽっちゃりタヌキが!」


ぽっちゃりタヌキ?


そんな筈無い…最低限の整備はしている…

八神の送迎を始めてからは尚更だった。


「ごめん…事務室に行って空気入れを借りよう…」


釈然としないが仕方ない…このままでは帰るに帰れない…

事務室に行けば空気入れもあるし、簡単な修理道具もある。


「…しゃあない…さっさと行くやん」


煮えきらないまま二人で事務室に向かう。






この時にはさして気に留めなかった。



しかし、これは始まりに過ぎなかった……




俺は思い知る事になる……



俺達二人と全校生徒1500人との隔たりを痛感する事になる……




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