第五話 下僕初休日2
駅から自転車で二十分、住宅街の一画にある我が家到着。
最寄り駅から離れてはいるが家はデカい。
家族三人で住むには広すぎる部屋数と無意味な庭がある家だ。
「さあさあ、どうぞどうぞ」
自転車を停めて、八神を玄関に即す。
緊張しているのだろうか?八神は黙っていそいそ着いてくる。
「二人供居るから作戦通りに頼むぞ?」
玄関の扉に手を掛ながら後ろに控える八神に確認する。
二人というのは、もちろん母さんと竜仁の事だ。
「解っとるわ、ヘタレうなぎが」
ヘタレうなぎ?
それはともかく、作戦とはこうだ。
八神はケンジの友達の友達、その間の友達の紹介で俺に紹介されたという事になった。
ちなみに竜仁も母さんもケンジを知ってる。
そして俺は既に八神に告白済みで、八神は俺といろいろ遊んで親睦を深めてから返事をするという段階であるという設定である。
自転車でここまで来る道中、後ろの八神にこの作戦を聞かせたのだが…『あ〜』とか『へぇ〜』とかどことなく信用出来ない返事を返してくるだけだった八神に少し不安になってきてしまう。
まぁ後には退けないので玄関の扉を開ける。
「ただいま〜」
微妙に広い玄関に木霊する俺の声。
玄関には母さんの趣味であるフラワーポットが並び、パッパカパンと歓迎してくれる。
「リュウちゃ〜ん、おかえりなさい〜」
リビングからぱこぱこスリッパを鳴らして出てきた母さん、八神のお母さんに負けない位にほんわかオーラを放出していた。
「か、母さん、そんなにはしゃがないで…」
八神の手前もあり、元気いっぱいの少女の様に陽気な母さんに突っ込まずにはいられない。
「何よぉ、リュウちゃん冷たい…って、あら、あなたがリュウちゃんの彼女さんね?」
どんな時でも笑顔を絶やさない母さん、俺の後ろに立つ八神を見つけると表情が更に華やぐ…母親に思えない位に若々しい…
とてもじゃないが、今年で四十路を迎える人には見えない。
八神のお母さんもいい勝負だと思う。
「…こんちは…まだあたし…コイツの彼女じゃないです…」
俺に隠れる様に母さんに反論する八神…
実際その通りである。
八神の反論ももっともだが、俺は八神の反応に興味深々だった。
自分の母親と違うほんわかオーラにやられたのか、もじもじと恐縮する八神は新鮮である……
否…
はっきり言ってかわいい…
「さぁ、玄関で立ち話も何ですからこちらへどうぞ?」
八神をリビングへ案内しようとする母さん…
世の皆様はどうか解らないが、息子が初めて連れて来た女の子を母親がリビングに案内するというのはどうなのだろうか……?
八神を見てみる。
やはり緊張した様子でなんとなく体を強張ばらせている…
うぅ…普段からのギャップからなのか…
かわえぇ…
「あんだよ?何か間違ってるか?」
自分を凝視されているのに気が付いた八神が怪訝そうな顔で訊いてくる。
「い、いや…何か悪いな…って思って…母さん強引だからさ…」
取り繕った言葉だが一応本音。
「……そんな事ない…綺麗で…優しそうなお母さんだし……」
…………
これも八神の本音だろう…
まだ八神とは少しの時間しか共有していないが、この手の嘘というか、他人の為に言葉を選ぶ様な人間ではない……
「…ありがとう…」
自然に感謝の言葉が洩れていた…
「…ん…何か言ったか…?」
俺の呟いた感謝が聞こえたのか聞こえていないのか、わざとらしく言う八神……
心の中でもう一度呟く…
―ありがとう―
そして…
河本家のリビングは異様だった。
応接セットのソファーに並ぶ俺達…
上座に母さん…その母さんの前のテーブルに向かい合う様に四人が座っている。俺と八神が並び…反対側には竜仁と連れの女の子だ……
場の雰囲気は誘拐犯に身代金を要求され、娘の無事を祈る家族と刑事といったところだろうか…
表現は悪いが雰囲気はそれくらい殺伐としている。
「ほらほらぁ、緊張しないの、みんなで自己紹介よぉ」
ただ一人ほんわかオーラに守られた母さんはこの殺伐とした雰囲気をものともしない。
みんな示し合わせた様に疲れた反応を揃える。
「はーい、まずはぁ、リュウちゃんからどうぞ」
言いながら軽く握った様な右手を俺の前に持ってくる母さん、おそらく架空マイクのつもりなのだろう…
まるで殺伐とした雰囲気を読めない突撃レポーターの様だ。
「俺…かよ…」
なんとなく一番手を予想していたが、げんなりしてしまう。
ニコニコと俺が喋りだすのを待っている母さんの周りでは冷めた視線のみんな。
俺は犯人からの電話の内容を伝える父親の様だ。
「あ〜…河本…竜一…高二です…よろしくお願いします…」
……何だこれは……
自分の名前を名乗っただけなのに、みんなの冷ややかな視線がレベルアップした…
くうぅ…つらい…
「はい、河本竜一さん、ご趣味はぁ?」
突撃レポーター母さんの無慈悲な質問が続く。
趣味って……
「…えーと…えーと……あれ…」
うわぁ…俺…趣味無いよ…どうしよ…どうしよ…
「おやおや…河本竜一さん…どうしましたか?」
まさか息子が無趣味だとは思わない母さんは俺のパニックが解らないらしい…
みんなの冷ややかな視線が更にレベルアップしていく…
非常につらい…
「…下僕活動…」
隣の八神がぼそりと呟いた。
「えっ?げぼく活動ですか?それはどんな活動ですか?」
意味が解っていないのか母さんが復唱して、意味を訊いてくる。
冷ややかな視線は和らいだが、俺のつらさはレベルアップしていく。
そんな状態の俺が説明出来る筈がない。
「…ボランティア活動の様なものです…」
再び八神の呟き。
「まぁ!素晴らしいですね!河本竜一さん!」
合ってる様な間違ってる様な八神の回答を真に受けた母さんが目を輝かせて俺を絶賛する。
くうぅ、これ以上息子を貶めないで下さい…
つらいよ…
隣の八神はぷるぷる笑いを堪えているし…
「さぁさぁ!続きましては、お隣の女の子に自己紹介して頂きましょう!どうぞ!」
架空マイクを八神に向ける突撃母さん。
笑いを堪えていた八神、顔を上げると何とも解りやすい困惑の表情だった。
どうにかしてくれ的な視線を俺に向ける。
「お名前はぁ?」
120%場の雰囲気を勘違いしている母さんは楽しそうに八神に突撃を続ける。
「…八神…棗…」
ぼそっと呟く八神。
「あれ〜、元気がないぞぉ〜、もう一回どうぞぉ!」
突撃母さんの猛攻が続く。
先ほどとは違い、ぷるぷる怒りを堪えているらしい八神が俺を睨みつけてくる。
あわわ…母さん…やめてくれ…
「八神棗!」
みんなにでは無く、俺に怒鳴りつける様に自己紹介する八神。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
条件反射で謝る俺。
「あらあら、とっても仲良しですね〜、リュウちゃんと同級生かなぁ?」
仲良しに見えるのは激しく疑問だが、こくこくと頷く俺。
「それでは八神棗さん、好きな男の子のタイプはどんな子かなぁ?」
な!何て事を訊いているんだ!母さん!
俺の時と質問違うし!無難に趣味で行こうよ!
ぷるぷるが加速する八神。
怖!絶対捌け口は俺だし!
「特にありません!」
吐き捨てる様に回答する八神、やはり俺に怒鳴りつける様に言う。
正面の二人は終始愕然としている。
「またまた〜、リュウちゃんみたいなタイプはぁ?」
母さんの猛攻は止まらない。
回答したじゃん!
これ以上ほじくらないでくれ!
怖いから!後が怖いから!本気で怖いから!
怒りが頂点に達したのか八神のぷるぷるが止まった。
何だ?
「…ふ……却下です、こんな特徴が無いのが特徴の様な男はごめん被ります一緒に居ても面白くないし面白くないというか一緒に居ても存在を忘れてしまう様な気がします顔も微妙だし特別背が高い訳でもないし不法侵入するし人ん家で遠慮しないでご飯二回もお代わりするし何かイタいですコイツ…」
みんな絶句…
流石に母さんも絶句…
俺は何だか泣けてきた…
嗚呼…俺の生きてきた十七年とちょっと…
何だったんだろう…
楽しかった思い出が走馬灯の様に駆け巡っている…
懐かしい友達達の顔が駆け巡っている…
うん、居た居た、こんなヤツも居たなぁ……
……………
「楽しかった修学旅行!」
俺は叫んでいた。
「は?な?どうした?下僕?」
俺を貶めた八神本人もびっくりしてる。
しかし俺の叫びは止まらない。
「悔しかった運動会!」
みんな俺にイタい目を向けている。
母さんでさえ、おろおろとうろたえている。
「みんながひとつになった文化祭!」
「わ!解った!ごめん!あたしが悪かった!そんな自分だけの卒業式をやらないでくれ!」
俺を掴んでがくがく揺さぶる八神。
「えっ?あれっ?俺は一体…?在校生達は?」
心底申し訳無さそうな八神がトリップ寸前の俺を救ってくれた。
あぶないあぶない…危うく人生を卒業してしまうところだった……
「…ま、まぁ…河本さんの魂の叫びも聞けましたし、後半戦に行ってみましょう」
何事も無かった様に次に繋げようとする母さん…
「では、続きましてはこちらの男の子に行ってみましょう」
俺を少し気遣いながら竜仁に架空マイクを向ける母さん。
流石に先ほどまでの突撃的な勢いは無い。
「あ、ああ、えーと…河本竜仁です…中三です…」
終始愕然としていた竜仁がはっとして自己紹介する。
「はい、河本竜仁さん、好きな女の子のタイプは?」
すんなり続ける母さん。
「はい、えーと、甘えてくれる子とか…好きです…」
「まぁ!かわいい意見ですね」
母さんの言葉に恥ずかしそうにする竜仁。
「はい、続いてはたっちゃんのお隣の女の子です!どうぞぉ!」
ん?竜仁終わり?
「は…はい、私は近藤エミです、竜君と同じ中三です…よろしくお願いします」
中三には見えない位に大人っぽい女の子…ちょっと遊んでそうなコだけど(偏見)
「あらあら、礼儀正しくてかわいいですね、そうですね…では近藤さんには…特技を訊いてみましょうか?」
「はい、特技は…特技というか趣味かもしれないですがお菓子を作るのが好きでよくやります」
へぇ…見た目と違って中々女の子らしいじゃないかい…
「うんうん、かわいらしいですね……さぁ…自己紹介も無事終わりましたね」
……ん?
「今近藤さんの話に出ましたお菓子ですが、実は私、皆さんの為にフルーツケーキを作ったんです、それを頂いてもらいながらフリータイムといきましょう」
…………えっ?
終わり?
驚いて八神を見ると、八神も釈然としない様子だった。
俺達の時は散々引っ張ったくせに…
フリータイム中…
俺はトイレに逃げ出していた。
「……はぁ…」
嘆息…
母さんのフリータイム宣言から、俺達は宣言通りにフリータイムとなった。
しかし…母さんのほんわかにやられた竜仁達はケーキ談義に盛り上がっているし、八神は終始怒ってる様子だし…
八神に彼女候補を頼んで来てもらったはいいが、母さんのお陰で何やらおかしなイベントになってしまっているし……
八神に申し訳ないのもあるけど、後々に八神に怒られるのがちょっとつらい…
「兄ちゃん」
トイレ脇の洗面所の鏡と睨めっこしていた俺に竜仁が声を掛けてきた。
「…竜仁か…何だかすごい事になったな…」
竜仁に対抗して八神を連れて来たのだが、この状況に疲れた意見を竜仁に洩らしてしまう。
「いや、兄ちゃんやるじゃん…八神先輩かわいいし、兄ちゃんにまんざらでも無いんじゃん?」
俺を気遣ってか、竜仁がおかしな事を言う。
「はぁ?お前は気付いてるだろ?俺は八神の下僕なんだよ?」
もう投げやりな俺は竜仁に本音を洩らしていた。
「ははは、そうみたいだね、母さんの勘違いが面白かったよ………でも……やっぱり八神先輩はまんざらでも無いんだと思うよ?」
は?
何を言ってるんだ?
「バカ言ってないで戻るぞ」
「頑張んなよ?兄ちゃん」
何をだよ…
竜仁と合コン中のトイレ会議の様な掛け合いを済ませてリビングに戻ろうとすると…
「うるさいんじゃ!ガキは黙っとれや!」
リビングから八神の罵声が聞こえてきた。
待て待て…俺はここに居るぞ?じゃあ誰を罵ってるんだ?
……想像……
……やっば〜…
慌ててリビングへの扉を開ける。
「ちびガキが調子乗んなや!あんなヘタレなんぞに興味有るかい!」
八神の口撃を受けていたのは近藤さんだった。
今にも泣きそうな顔をしている。母さんはおたおたと右往左往していた。
「八神!何やってんだよ!」
とにかく止める。
「うっさいわ!エロぱんだが!」
エロぱんだ?
どうしたってんだ…さっきまでは一応おとなしくしていたのに…
「エミ、何があったの?」
竜仁が近藤さんをかばう様にしながら訊く。
「…いや、私、八神さんに竜君のお兄さんとドコまで行ってるか訊いただけで…」
「ドコって何処やん?コイツはあたしの下僕なんやん!しもべなんやん!パシリなんやん!体のいい遣いっぱなんやん!」
グサグサグサ
「まぁまぁ!」
母さんののほほんな驚き、更にイタいイタい。
「竜君のお兄さん…泣いてますか?」
「兄ちゃん、しっかりしろ!」
嗚呼…
これは罰なのだろうか…体裁にこだわるばかりに八神に頼ってしまった罰なのだろうか…
ちょっと夢を見ただけじゃないか…毎日の様に弟ののろけ話を聞かされ…やっとこさケンジに紹介という所までこぎつけたんだ…
ちょっと見栄を張っただけじゃん…
しょうがないじゃん…
「しょうがないじゃんかぁ!」
かぁ…かぁ…
しーん
みんな呆然…八神がまた申し訳無さそうな表情を寄越す。
「まぁまぁ、リュウちゃんは好きな女の子の為にやってる事なんだからいいじゃない…ね?」
………ん?
ほんわか母さんが変な事言ってる…
「えっ?………そうなの?」
軽く驚いた様な八神が訊いてくる。
いや、俺が訊きたい。
「……いや…えーと…」
どうしよう…ここで違うとか言うとまた怒り出すかもしれない…
でも…はっきり言って俺は八神が嫌いじゃない……ん?……って事は?
……………
急速に恥ずかしくなってきた……!
顔が熱い!恥ずかしくてうつ向いてしまう。
「……お、おい…マジかよ…」
八神が呟く。
「い、いや…」
あわわ…否定出来ない…
真っ直ぐに俺を見る八神…
残りのみんなは生ぬるい視線を俺達に向けている。
恥ずかしい…!
……………
「……どMなんだ……」
「「「は?」」」
俺の呟きに八神を含めたみんなの声が揃う。
「俺ってどMだからさ!どがつくマゾだからさ!はははははは!」
恥ずかしさから訳の解らない事を言ってしまう。
自分でも何を言ってるのか解らない。
「リュウちゃん…」
母さんが泣きそうな顔で見てくる。
ごめんね…母さん…俺は親不孝者だよ…
「兄ちゃん…弟としてものすごいつらいよ…」
竜仁…ごめんな…
「竜君…大丈夫…私も協力するから…お兄さんと向き合っていこ?」
近藤さん…弟を頼むよ…
「まぞってなんだ?」
八神は意味が解らないらしい…
誤魔化したつもりだったが、意味無いし…
別にいいや…
俺は八神が好きらしいし…
どうしてかって…やっぱり…マゾだから?
うわぁ……やだなぁ…