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第三話 後悔から変化


午前7時半頃…



「あれ…兄ちゃん早くね?もう行くの?」


玄関で靴を履いていると、丁度起きて来た竜仁に声を掛けられる。

竜仁の言う通り、いつもなら俺も起きるくらいの時間だった。


「……ああ、行ってきます…」


「…兄ちゃん…なんか疲れてない?」


「…ほっといてくれ…」



八神に下僕宣言をしてから三日目…

今日も8時には駅前にスタンバイしていなくてはならない…



ちょっと早めの時間に自転車を駅前に向け走らせる。



―――ふと思った。


俺ってマゾなのかなぁ……


嫌だなぁ……








8時前……駅前に到着…


罵られるのを解っていながら電話を掛ける。


しばし呼び出し音の後…


『…懲りもしねぇでまた来たのかい……』


案の定理不尽発言をする八神…

これで先に行ったとしても怒られるのだから理不尽極まりない…


「……ごめん…下で待ってるからなるべく早く降りて来てよ…」


自分を押し殺して下手に出てみる。


『……ほう…中々殊勝やんけ……いいやん、待っとけや、カス犬』


カス犬?


「うん、なるべく早くね?」


『黙れや、ボケカス』


……………



15分後…ようやく降りて来た八神…


今からなら少し飛ばすだけで十分間に合う。


「やあ、おはよう」


「………キモいわ、おめぇ……」


こんのアマぁ……


い、いや…静まれ…


静まれ…俺…


悟れ……悟るんだ…


「何ぶつぶつ言ってやがる…頭イったか?」


すごい嫌そうな顔で覗き込まれる。


ちょっと近かった。


ちょっとドキっとした。


「い、いや、何でもないぞ…」


あんな嫌そうな顔にドキドキすんなよ、俺ってば……







八神を送り迎えしはじめて3日目…

遅刻しないで登校出来たのは初めてだった。


もちろん周りには他の生徒達も居る…


そんな事ないのかもしれないけど、すごい注目されてる気がする。


ひそひそ


「ほら、あれが八神さんの下僕だって…」


ひそひそ


「あれ、誰?」


ひそひそ


「知らない…でも、中々勇敢よね…勇者だわ…」


ひそひそ


「何か弱味でも握られてるんじゃないの?」


ひそひそ


「…そうかな…パシられてるの気付いてないんじゃないの?なんか馬鹿そうだよ…」


ひそひそ


「言えてる…もしくはどMね…」



……………


そんな事ありまくりだった……






八神と別れてC組の教室に入る。


「よう、八神の下僕!」


「…………」


教室に入った途端、ケンジがにこやかに挨拶して来た、なんか変な呼び方で…


「…八神に下僕宣言したらしいな…すごい噂だぞ?どうした?」


「…………」


ケンジだけじゃない、クラスの全員が俺に総注目してる。


みんな俺みたいなヘタレが八神と一緒に居るのが意外らしい。


「…い…いや…えーと……」


俺は迷っていた…


成り行きだと誤魔化すか……


友達になったと言うか……



……………



俺は……



「……いや……成り行きでさ………絡まれたら……断れなくて……」



前者を選んでしまった……


その時に頭に浮かんだのは八神のお母さんだった……


次は八神の家で見た八神の笑い声だった……


後悔した。


ひどく申し訳ない気持ちになった。


「やっぱりな!お前と八神なんて接点無いし、お前じゃ流石に無理があるって!」


ケンジのフォローに少し苛付いてしまう…


「かわいそ〜!河本災難だね!」


「どうにか誤魔化して早く解放してもらえよ!」


「おかしいと思ったよ、有り得ないよ」


違う…


「……ははは…」


初めて自分で自分を最低だと思った…



俺は今までとにかく普通に…

全てが平穏無事にいければいいと思っていた。

何事にも当たり障り無く…厄介事には関わらない様に……

こうして初めてその渦中に入って解る…


たまったもんじゃ無い……


八神はずっとこうしてみんなからのやっかみに揉まれてきたのだろうか?

そういえば何時からなんだろう……

どうしてみんなからここまで陰口を叩かれ、忌み嫌われなくてはならないのだろうか……


もう一つ……


どうして俺はここまで八神を気に掛けるのだろうか………








昼休み。



俺は駅へと続く道を走っていた。


今はただの昼休み、午後からの授業はもちろん通常通りにある。

しかし俺は走っていた、駅まで行って帰ってくるだけで昼休みの時間のほとんどを消費してしまうにも関わらず走っていた。


駅前…全国にチェーン店があるフランチャイズ的なコーヒーショップに突入…


「…はあ、はあ…ア…アイス…カフェラテ…え…Mサイズ…」


「―――!?……は、はい」


様子のおかしい俺に店員さんもびっくりしていた。

注文したコーヒーを受け取り、先ほど走って来た学校までの道を再び走る。


なぜこの様なアホな事をしているかというと…

実は今、俺は下僕活動中なのである。


ことは、ついさっき昼休み開始直後…



「ド〇ールのアイスカフェラテが飲みたい!」


「は?」


例の如く呼び出された俺は、八神の開口一発目の意味不明発言にきょとんとしてしまう。


「買ってこいや」


「は?」


更に続く八神の発言に首を傾げる暇も無い俺。


「下僕が!ご主人様の命令じゃ!ふにゃロバが!」


ふにゃロバ?


「ち、ちょっと待ってよ!駅まで行って帰って来たら昼休み終わっちゃうよ!」


彼女の言うコーヒーショップは駅前にしか無い。基本的に学校外に出るのは校則違反…バレたらマズい…自分の自転車を使えば早いが使ったら絶対バレる……


「んなもん知るか、間に合う様に行って来いや」


なんて理不尽!


「ちょ――――!……………いや…」


「何やん、嫌なんかい」


「ううん……行くよ…待ってろ!?」


「は?お、おい!」



意外な顔をして呼び止めようとする八神を無視して走り出す。



俺が了承した理由は一つ…


今朝の罪悪感を少しでも拭う為…

友達と言えなかった後ろめたさを軽減する為…


聞かれた訳じゃないけど、八神に対する申し訳なさを軽減するには謝るしかないのかもしれない…


でもそれは出来ない……


それこそ八神を裏切る事になる気がしていた…

だから八神の為に何かしたかった…

理不尽な申し出が今は少しだけ有り難かった……





「―――ぜぇ、ぜぇ…た、ただいま…」


息も絶え絶えに八神の待つ中庭に到着する…


「……お、おう…ご苦労…」


ちゃんと待っていた八神は汗だくでふらふらの俺を見て驚愕の様子だ。


「…は…はい…買って来たよ…」


買って来たコーヒーを渡す。

おずおずと受け取る八神…


「……ありがと……」


両手でコーヒーを持ちながら少し伏し目がちにお礼を言う八神。


「…………何だよ…?素直じゃん」


お礼を言われるとは思わなかった、思わず嫌味に訊いてしまった。


「―――ああ!んだと!てめぇ!」


例の如く声を荒げる八神、声の感じはいつも通りだがなんとなく顔は怒ってなさそうだ。


「ごめんごめん、それは奢るからさ、勘弁勘弁」


嬉しくなってそう言ってしまう…っていうかそのつもりだったし。


「ったり前だ!落第らくだが」


落第らくだ?


少し強引に怒る八神にやはり嬉しくなって笑ってしまう。



残り少なくなった昼休み…

二人で昼食を始める。


待っていてくれたらしい八神は自分の弁当に手を付けていなかった。


嬉しかった。


隣で俺の買ってきたコーヒーを飲む八神を見てみると……


やっぱり嬉しかった。


初めて異性と二人きりで食べる昼食……

いや、八神と一緒だからだろうか……


楽しかった。


彼女はどう思ってくれただろうか?



俺は残り少ない昼休みの間、自分の中の感情の変化に気付かずにそればかり考えていた……




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