第二話 厄災始まる
朝…眠い目を擦りながら朝食のトーストをもぐもぐ……
「リュウちゃん、早く食べないと遅刻しちゃうよ」
正面の母さんの声、急かすべき内容だがその声はゆったりとあまったるいやる気を削ぐ様なぽわぽわした声だ。
「竜仁は?」
竜仁は弟、現在中三…ちなみに俺は高二だ。
「たっちゃんは夜更かししちゃったみたいでまだ寝てるの……かわいそうでまだ起こしてないの…」
………いやいや……
遅刻しちゃう方がかわいそうではないか?
母さんは息子の俺が言うのも何だが超過保護だ、全国の母親達がどうかは解らないがかなりトップクラスのキングオブ過保護だと思う。
「もぐもぐ……ゴクン……いいよ…俺、もう行くから、起こしてから出るよ」
母さんに任せておくと竜仁は遅刻確定なので起こしてやってから通学する事にした。
「そう?じゃあ優しく起こしてあげるのよ?」
たかが起こし方一つでも、すごい不安そうな顔で心配する母さん…
…俺達河本家は三人家族…俺…弟の竜仁…母さんの三人…
父親は俺が小学校に上がる前に若い女とどっかに行ってしまった。
だから俺と竜仁は母さんに育てられた、父親なんか知らん。
母さんは父親をずっと待っているらしいが理解出来ない……
まあ父親が居なくて困った事は一度も無い…
母さんはおっとり天然箱入り系だが、実は遣り手の女弁護士ではっきり言って家は裕福だったりする。
「ごちそうさま…」
「デザートは?」
「…いや、帰ってきたら食べるから…ごめんね」
しゅんとうなだれる母さんを見ない様に竜仁の部屋に行く。
「竜仁!起きろ!」
部屋に押し入って寝ている弟をがんがん揺さぶる。
「…んああ…兄ちゃん…うっせーよ…」
寝惚けながらくそ生意気な事を言う竜仁…
「起きないと遅刻するぞ!」
寛大な兄として暴言は無視、諦めずに起こしてやる。
「……昨日…遅くまでエミと電話してたからさ……眠いんだよ…」
こんの…ガキ……
…我が弟はモテる……
彼女居ない歴17年弱の兄と違い、弟は中学に上がった位から取っ替え引っ替えに女の子と遊んでいる……
顔なんてほとんど一緒なのに……
「…遅刻しちゃえ!」
寛大な兄などこの家には居ません!
弟を放置して家を出てやる事にした。
自転車で学校へと走る。
俺の行っている学校は私立。
だけど近隣に在住していれば公立と変わらない位の授業料で受験のハードルもそれほど高くないという素晴らしい制度を持っている。
なんでも町に住む金持ちが道楽で作った学校らしい…まあそのお陰で久住市に住む高校生のほとんどが在学するという大きな高校だ。
家を出て二十分、その高校『久住ヶ丘高校』に着いた。
無駄にデカい高校…生徒数は1500人位居るらしい…
それだけ人数が多ければ見た事無いヤツも多い。
俺が八神を知らなかったのも普通だと思う。
噂とかに興味が無くて情報に疎いのも要因の一つだけど……
その八神だが、無理矢理番号とアドレスを交換してから一切連絡は無い。
俺からの連絡もしてない。
クラスも知らないし…そういえば学年も知らない………
しかし八神のお母さんにああ言ってしまった手前少し気になる……
昼休みにでも捜してみようか…
「おーす!リュウ!」
ケンジだ、中学からの腐れ縁のケンジはクラスも一緒だった。
「おはよう…」
朝からテンションの高いケンジに疲れた挨拶を返す。
「何だよ……元気無いな………そうか、昨日八神に色々やられたか?」
「えっ?」
「えって何だよ…八神に会いに行ってたじゃないの?」
「そうだけど……別に変な事は無かったよ」
「へぇー……まあお前は少しマゾっ気があるからなぁ…」
……………
「はあ!?」
「ぷっ…ふははははは!冗談だって!冗談!」
昼休み…俺は早々に昼食を済ませて八神を捜してみる事にした。
ケンジの話だと同学年でクラスはJ組。
二年はA組からL組まで12クラスある、俺はC組…とりあえずJ組に行ってみる事にした。
居た。
教室の一番後ろの席で一人で弁当をつついていた。
J組の他の奴らは各々友達と弁当なりパンなりを囲んでいた。
ここでまたケンジの言葉がちらつく。
『全校生徒の嫌われ者』
……………
偶々だろうか……
毎日だろうか……
駄目だ…一度気になると八神が気の毒に思えて仕方が無い……
俺はこんな他人に干渉したり心配する様な事は少ないのに……
見ていられなくてJ組を後にした。
放課後…やはり八神が気になってJ組に行ってみた。
HR直後、教室からわらわらと出てくるJ組の生徒達……八神は出てこない……
しばらく眺めていても出てこないので、J組の教室を覗いてみた。
やっぱ居た。
自分の席らしい一番後ろの席で携帯をいじくっていた。
教室には八神の他に数人の生徒しか居なかった。
誰も八神に話し掛ける奴は居ない。
…………
俺はお節介なのだろうか?
「おす」
気が付いたら声を掛けていた。
教室に残っていた数人の生徒達が怪訝な表情で俺を見てくる、ちょっとだけ居た堪れなくなる。
「???」
声に反応して携帯から目を離す八神、明らかに不機嫌そうに俺を見た。
「……えっと……いや……元気?」
声を掛けたはいいが何を話すかなんて考えていない……
口籠ってあたふたしてしまった…ヤバイこれじゃただの変な奴だ。
「あんだよ…おめぇ…馬鹿にしてんのか?」
相変わらずドスの効いた声を発しながらみるみる眉が吊り上がっていく八神。
「あっ、いや、その、えっと、昨日言ってたじゃん!ほら、何だっけ、下僕…そう下僕!…………下僕?」
パニックになって訳の解らない事を言ってしまう……
俺は後でこの発言を激しく後悔する事になる。
「………ほう…おめぇ…あたしの下僕志願者だったのかい?」
ニヤリといやらしい笑みを溢す八神…
周りからひそひそと俺を中傷している様な話し声が聞こえてくる。
「い、いや……」
「よし、許可してやんよ!おめぇは今からあたしの下僕だかんよ!」
この一言で俺の高校生活が終わった気がした。
そして下校中、俺は八神を後ろに乗せて自転車を走らせていた。
俺はちょっと得した気分になっていた。
下僕といってもこの程度の事だったらむしろ嬉しいくらいだ。
八神は黙っていればかわいいし、背中に感じる八神の確かな手応えも俺の俺自身をやる気にさせていた。
しばらくして駅前の八神の家に到着。
「おお、ご苦労、じゃあ明日は8時にここに来いや」
???
「は?なんで?」
「あんだと…この野郎…あたしを迎えに来いって言ってんだよ!下僕やろが!」
「あ、ああ、ごめん…そうだったね」
俺は何も言ってないのに明日も迎えに来る事が決定していたらしい…
「使えんガキが!さっさと帰れや!いも猿!」
いも猿?
「わ、わかったよ」
しっしって追い払われて八神の家を後にする。
……………
なんだよ…
別に悪くないぞ…
口は悪いけど八神は嫌な奴ではないと思う。
八神の容姿ならケンジの言っていた様な事は目を瞑れる範囲内だと思う。
翌朝、八神に言われた通りに8時に八神の家に到着。
携帯で呼び出す事にした。
しばし呼び出し音の後…
『…あんだよ』
すごい不機嫌な声だ。
「…えーおはよう…迎えに来たよ」
少しだけ頭に来たが流して要件を伝える。
『……ウザ……本当に来んなよ……誰がおめぇと一緒に行くかよ……出直せや…うすら猫が』
ブチって切られた。
うすら猫?
っていうか何?
自分で迎えに来いって言ってたじゃん!
「んあああ!むかつくぅ!なんなんだ!あんのアマぁ!」
周りからひそひそと話し声が聞こえる…そういえば駅前だというのを忘れていた……
渋々一人で学校に向かう……
もう少しで到着という時。
ピリリリリ
ポケットからの電子音。
着信 八神棗
「…………」
取ってみる。
『おめぇ…!何先に行ってんだよ!下僕!』
なんて理不尽な……
「…お前が俺と行きたくないって言ったんじゃねーか!」
『黙れや、戻って来んかい…でこマグロが』
ブチって切られた。
でこマグロ?
っていうか何?
自分で出直せって言ってたじゃん!
「……出直せ?……あ〜〜っもう!」
もう遅刻は確実だが…渋々自転車をUターンさせる。
八神の家の前には八神が怒りを露にして仁王立ちしていた。
「遅いわ!8時って言ったやろが!」
理不尽だ…理不尽過ぎる……
「うるさいな…いいから早く乗れよ、授業まで遅刻するぞ?」
HRはまず間に合わない…飛ばしても授業に間に合うかどうかというところだ。
「下僕が口堪えすんなや!……使えんガキが!ちびカマキリが!」
ちびカマキリ?
八神を乗せて首を傾げながら渋々自転車を発進させる……
「はああ…」
四時間目終了と同時に大きなため息を吐く俺……
「なんだ?リュウ…どうした?」
後ろの席のケンジが興味深そうに訊いてくる、決して心配してでは無さそうである。
「……いや…なんとなくケンジの言っていた意味が解ってきたよ…」
「…………お前八神に目を付けられたらしいな……」
俺の肩に手を置いて可哀想な物を見た様な顔で首を振るケンジ……
このやろぉ…
ぶるぶる
ぽっけから振動……
開いてみると…
着信 八神棗
「はああ…」
再びため息…
実は一時間目終了の休み時間から今まで授業が終わる度に呼び出されている。
やれ授業準備の手伝いだとか…やれノート貸せだとか……
そしてその度に怒濤の毒舌で攻撃されてきた……
やれ遅いだとか…やれ字が汚いだとか…顔が変だとか…
正直嫌々だが渋々J組に向かう俺……
「どMめ……」
後ろでケンジが何か失礼な事を言っていた……