第一話 プロローグ
「痛ってぇ」
放課後の学校の廊下、急いでいた俺は出会い頭をやっちまった。
「大丈夫か?」
直ぐに体を起こしてぶつかった女の子に駆け寄る。
女の子は持っていた物をぶちまけてしまっていた。
「痛えな!あぶねぇだろ!」
…………なんて口の悪い女だ…
ちなみに最初の『痛ってぇ』も俺じゃない。
思わず固まってしまう。
「おい、謝れよお前」
お互い様だろう…と思ったがコイツは俺より派手にしりもちをついている、謝るべきなのかもしれない。
「………悪い」
謝りながら手を貸す。
「ちっ」
ぱしっと俺の手を払って自分で立ちあがる、舌打ちしながら!
なんてヤツだ!
「……なんだよ?」
「…別に…」
口の悪い女は荷物をかき集めてさっさと行ってしまった。
廊下に取り残された俺。
……………
はっ!急いでたんだった!
コツンと何かを蹴とばした、見てみると携帯だ。
さっきの女の?って違う俺の携帯だし!
さっき落としたらしい、携帯なんてほとんど使わないので間違えそうになってしまった。
とにかく急ごう!
拾って駆け出す。
「悪い、遅れた!」
「遅えって!リュウ」
待ち合わせていたファーストフード店に駆け込むと待ち人のケンジはおかんむりのご様子だ、隣には知らない女の子…実は今日の目的は彼女だったりする…
「ごめんって、ここは俺が払うから」
変な女のせいでもあるが遅れたのは事実なのでしょうがない。
「当然だな、じゃあ早速紹介しようか、コイツは河本竜一」
「どどどうも、河本竜一です」
やばい、今になって緊張して声が上擦ってしまった…
そうなのだ、彼女がいない俺は友達のケンジに女の子を紹介してもらう約束だったのだ。
「あ、どうも、ケンジの同中のヒロコです」
彼女も緊張しているのか声が上擦っている、ちょっと遊んでそうなコだ(偏見)。
「じゃあ後は頑張って」
「あぁ、わかった……って待てぃ!」
退散しようとしたケンジの襟首をあわてて掴む。
「ぐ…なんだよ、俺がいてもしょうがないだろ?」
「頼むよ、居てくれ!俺が異性とまともに話せないの知ってるだろ?」
掴んだ襟首を引き寄せて囁く。
「わかったから離せ、ったく…最初だけだぞ」
その後ケンジの助けもあってどうにか打ち解ける事が出来た。
そしてようやく緊張がほぐれてきた頃俺の携帯が鳴った。
ピリリリリリリ
初期設定のままの電子音、開いてみると知らない番号…
あれ…どっかで見た様な気もするなこの番号…
「…ごめん、ちょっと出るね…もしもし?」
一応、二人に断って電話に出る。
『出やがったな、この野郎』
?
「は?」
電話に出るといきなりドスのきいたでかい声が聞こえてきた、しかも女…コイツは…
『おい、聞いてんのか!ドロボー野郎!』
やっぱりさっきの口の悪い女だ。
「なっ…なんだよそれ、だいたいどうして俺の番号知ってんだよ」
『アホか!その携帯はあたしンだ!このチ〇カスが!』
えっ…?
ひわいな暴言は置いといて…
「コレ…違うの?」
『お前のはあたしが今話してるやつ、ぶつかった時に入れ代わったみたいやね、同じ機種で同じ色だし』
おまけにストラップも付けてないし着信音もデフォルトのままも一緒らしい…
どおりで見た様な番号だったんだ…
…………
「どうしよう…?」
『どうしようもこうしようもあるかい、配達せんかい』
「はあ?どうして俺が…今友達といて忙しいからお前が来いよ」
カチンときて反抗してしまった、考えてみると先に持ち逃げしたのはコイツな気がするし。
『嘘こけ、どうせ友達なんて……ぷっ』
何?吹き出したぞコイツ。
『お前の携帯の電話帳…9件しか登録してないでやんの、ぷふふふ』
グサッ
「う、うるせぇな、俺は掛けないヤツの登録はしないんだよ!」
本当は本当に友達が少ないかもしれない、ケンジ他数人の男友達と親しか登録してない。
『ぷっ、だってメール履歴なんて母親がほとんどだろ?―今日の晩ご飯何?―っじゃねえよ、ぎゃははははは』
一気に顔が紅潮した。
「うるせぇ!水色縞パンツ」
『なっ、お前、見やがったな!』
「さっき廊下でぶつかった時にバッチリ確認済みだ」
『この変態野郎!金払わす』
その後、延々20分程の口論の後、結局俺が折れた。
「……どこに行けばいいんだよ…」
『久住ヶ丘駅前の居酒屋はつみってところに来いよ、あたしン家だから』
了解して電話を切る。
「ごめん、二人とも……ってあれっ…?」
電話を終えて二人に向き直るとヒロコさんの姿が無かった。
「呆れて帰ったぞ」
ケンジがすごい訝しげな顔で言う。
「えっ…そんな…」
「当たり前だ、っていうかお前今の女なんだよ?いつの間に引っ掛けたんだ?」
「はあ?違うって!名前も知らない女だよ」
「マジ?すごい仲良さそうだったじゃん」
そうなのか?
とりあえずケンジに事情を説明してみた。
「ソイツは八神棗だな、お前もついてないな…」
「知ってるのか?」
「知ってるも何も有名だぞ、今世紀最強の毒舌とか史上最悪の性格ブスとか言われてる、全校生徒の嫌われ者だ」
すごい言われようだな…そこまで悪いヤツには思えないけど…
毒舌は納得だけど…
「はぁ…とにかく行ってくるよ…」
「気をしっかり持てよ、廃人にされるぞ」
そんなにすごいのか…
向かう途中に八神の携帯を開く、俺も見られたのだから両成敗だ。俺より少なかったら笑ってやる。
電話帳を開いてみて少し驚いた。
お母さん
一件だけ…
着信履歴と発信履歴も見てみる…俺の携帯からの着信以外全てお母さんだった。
ケンジの言葉を思い出す…
―全校生徒の嫌われ者―
笑えなかった…
駅前に着いた頃には辺りは薄暗く夜の帳がおり始めていた。
また悪態をつかれるのかと思うと気分が落ちてくる。
大衆居酒屋はつみ
看板のおかげで八神の家は直ぐに見つかった、一階が店舗で二階が住居になっている。
玄関は裏手の様だったのですでに開店している店舗の方に入る事にした。
「いらっしゃ〜い…あっ」
店に入ると目の前にエプロンをつけた八神がいた、俺を見てなんか嫌そうな顔で固まってる。
「…………」
廊下の時には気付かなかったがコイツ容姿はマトモだ、むしろかわいい方かもしれない。
「あんだよ、ジロジロ見てんじゃねえよ、さっさと携帯返せ!」
黙っていればだけど。
「あら、なっちゃん、お友達?」
カウンターから和服の女性が声を掛けてきた、八神の母親だろう。
「こんばんは、河本です」
「何あいさつしてんだよ、携帯置いて帰れ」
「ダメですよ、なっちゃん、お友達に対してそんな事言っちゃいけません」
似ている気もするが表情と口調が正反対だ、本当に親子か?
「ほら、交換だ」
店には他の客がいたので八神の言うようにさっさと携帯を交換して帰る事にした。
携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込もうとした時…
「ねぇ、河本さん、晩ご飯食べました?」
「「は?」」
八神のお母さんの言葉に俺と八神が同じ返答をしてハモる。
「良かったらご飯食べていってくださいな」
「いや…」
「お母さん!コイツにメシなんか食わせる事ないよ」
俺より先に八神が失礼な発言をしやがる。
「なっちゃん!」
お母さんに一喝されると八神はおとなしくなる、なるほど…お母さんには弱いらしい。
さあさあとカウンターに座らされてしまった、俺は了承してないのにご飯をご馳走になるのが決定してしまったらしい。
「お前食ったら即帰れよな」
「わかってるよ、うっせぇな」
待っている間、頂いている間に入れ替わり立ち代わりに常連の接客をする八神を見ていた。
柄の悪いおっさん達に混ざるとアイツの口の悪さは妙に馴染む、酒の味はわからないがみんな楽しそうだ。
「いつも手伝ってくれるんです」
お母さんがお茶を出してくれながら言った。
「学校の事話さないけど…あの子…楽しくやっていますか?」
………
今日知り合ったなんて言えなかった、アイツが学校でどんな生活をしているかなんて知らない。
でもケンジの言っていた『全校生徒の嫌われ者』…
ケンジは人を嘲笑する様なヤツじゃない、でもケンジは淡白に言っていた。
そして携帯の電話帳…
わからない、でも後ろでおっさんと笑い合っている八神、環境がそうさせたのか…地でやっているのかわからない…でも俺は少し踏み込んでみたくなった。
「河本さん?」
「あっ、はい、……楽しくやって……ます」
言った。
「そうですか…仲良くしてあげてくださいね」
「はい」
しばらくしていい加減おいとまする事にした。
「じゃあご馳走様でした」
「ちゃんとおもてなし出来なくてごめんなさい…でもまた来てくださいね、なっちゃん、河本さんが帰るみたいよ」
「あぁ?お前まだ居たのかい」
くっ…俺は間違ってるのか?
でも後戻りできないんだ。
「ちょっと来いよ」
「あっ、お前触んなよ」
ぐいぐい腕を引っ張って店の前に連れて行く
「てめぇ、痛てえだろが!」
ぶんって振り払われた。
「ほら、携帯…交換するぞ」
さっき交換しそこねていた携帯を差し出す。
「あぁ、そうだったな…ほれ」
八神も携帯を出して交換した。
「俺の番号とアドレス登録しておいたからな」
「はあ?お前なにしてんだよ!」
「いいじゃん、俺も登録するし」
「ふざけんな!いらねえ番号入れんなよ!」
「いらなくないだろ友達なんだから」
俺は勢いに任せてなかばヤケクソだった。
「……えっ?なんで?」
「なんで…ってダメ?」
「…………」
黙ってしまった。
でもかなりおとなしくなった、コイツわかりやすいかもしれない。
「じゃあそういう事で、また学校でな」
「………下僕…」
去り際に嫌な発言を聞いた気がした…