第4話 豊穣さんちの島百合団
○
「さて、邪魔者はいなくなったし話してよ?」
「分かってるけど……いいの? あんなに突き放して」
「いいってば。それにあいつは確か四天王だったっけ。
そんな位の高そうなやつが何故か敵認定された
あたしの味方をしたら、あいつの立場も
危うくなるんじゃないのか?」
「二実ったらそんなことまで考えて……
まったく、どこまでお人好しなのよ?」
「いいじゃないか別に。あたしはただ、
自分の生きたい様に生きてるだけだからさ」
それが一番後味スッキリするし。
「はあっ……これ以上は何言っても無駄だね」
「ははっ、悪いねめんどくさい性格でさ」
「ううん、私も二実のそういうところ
キライじゃないから別にいいけどね」
「さんきゅー夏!」
いつもありがとな、ホント。
「それじゃあ、島百合団の簡単な組織内容を
教えてあげるからちゃんと聞いてね?」
「おう、頼んだ!」
「まずは島百合団の目的からね」
「うんうん」
「うちの学園は二実も知っての通り、
異常なまでに生徒が多いし規模が大きいでしょ?」
「そうだね、全部合わせて2万人とかありえないよな」
「そう、それだけいたら風紀の乱れもとんでもない事になるわ」
「言われてみればそうだ。
よくこの人数で問題がおきないもんだよ」
うちの学園はどうやら日本一規律が正しいらしく、
とくにこれと言った生徒間の不祥事もないんだよね。
まあ、よくよく考えたらお嬢さまが
多めの学園だしそれも関係してるのかなあ。
「その問題の起きにくい理由はね、
生徒会所属の風紀委員会が風紀の乱れを
取り締まっているのもあるんだけど、
それを島百合団が補っているからなんだよ?」
「えっ、そうだったの!?」
あたしはこの学園に初等部からいた筈なんだけど
全然知らなかったわ、マジで。
「その様子だと二実は本当に何も知らなかったのね……」
「うん知らない」
「初等部の時とか、誰かに島百合団に
入らないとか言われて誘われなかったの?」
「全然なかったけど」
「そっか、まあもともと島百合団なんて
好きこのんで入らない方がいいからね」
「どうしてだ? 聞いてるだけだと、
何も問題なさそうな団体なんだけど」
「うん、確かに風紀を取り締まる事が
目的なのはとってもいい事なのよ。でもね?」
「でも?」
今更だけど、夏はなんか島百合団の話をしている時、
やたらと冷たい目をしている気がする。
まあ、あたしの気のせいかもだけどね。
「誰でも入れる団体だからあまりにも人数が多すぎてね、
確か初等部から大等部まで生徒合わせて
1千人ぐらいいるんだよ?」
「多いな!」
1千人っていえば、全校生徒中でも
だいたい20分の1の人数いるって事になるんだけど。
多すぎだってば!
「そう、そして多すぎるがゆえに
風紀取締りの権力もヒドくてね。
目を付けられるととんでもない事になるのよ」
「ああ、なるほど。そういう事かあ……」
ゲームで例えるなら、小規模で楽しいギルドを作ったのは
いいものの、あまりにも規模が広がりすぎて
結局ぐだぐだになって、気まずくなってしまったみたいな話だなあ。
すっごいいいかげんだし、
あってないかもしれない例えだけどさ。
ま、あたし頭悪いから許して。
「そういうワケだから、今すぐミラージュ先輩のいる
教室に行って謝ってきましょう?」
「えっ、ちょっと待ってよ夏! しゅ、宿題は!?」
「そんなの後! 今は二実の安全な学園生活の方が
大事なんですから!」
そういいながらも夏は、あたしの腕を馬鹿力で掴みながら
2階にある高等部2年の教室群へと行こうとする。
「うわあーん、あたしのゲームする時間があーっ!」
「そんなつまらない事で泣いてないで
少しでも速く先輩の教室へ行くの!」
「つまらないって言うなー!
あたしにとっては生き甲斐なんだよ!」
「はいはい、この件が終わったらいくらでも宿題
手伝ってあげるからガマンしなさいね?」
「ほ、本当か!?」
「女に二言はないわよ?」
「わかった、助かるよ夏ー!」
やっぱ夏は天使だぁ~っ!
「ほら、妙な顔で感動してないで急ぐよ」
「おうっ!」
とにかくあたしはこれからのゲームする時間の為に、
2-Cの教室前へと急いで走ったのさ。
夏に腕を引っ張られながらね。
◯
「はあ、はあっ! やっとこさ着いた」
「ふう……意外に遠かったわね」
ミラージュ先輩のいる教室から
あたしのいる教室まで走って約3分で、
2年C組の教室前に辿り着いたのさ。
まったく、どんだけ広いんだよこの学園は!
あと、走ってた途中廊下の壁には走行禁止って
書いてあったから今度からは気を付けようかな。
後が怖いし。
「さてと、とっとと教室入って謝るか」
「あっ、ちょっとまっ……」
なにか夏があたしの事を止めようとしてたけど、
あたしは先走ってたせいで教室の扉を
即座に開けてしまった。まあ仕方ないよね。
「失礼しまーす、
ミラージュ先輩はいらっしゃいますかー?」
「ああもう二実のバカ……」
あたしの軽い挨拶を聞いた先輩方が、
ドアで立っているあたしと夏に
奇異な視線を向けてくれましたとも。
そんであたしの目の前にやってきたのは、
蛇みたいな目をした身長高い宝塚系女子。
「あら、後輩ちゃんがクレアに用があるなんて珍しいわね」
「あっ、ええとですね。ちょっと先輩に謝りにきたんですが」
あたしの言葉にそいつはクスリと笑みを零す。
それにしても赤い短髪をくしゃくしゃにした
すごい髪の毛に白い肌。そんでこれまた170超えの高身長。
さっきも言ったけどまるで宝塚みたいだなあ。
「そうだったの、
でも残念だけど今クレアはこちらにはいないのよ」
「あら、そうだったんですか」
「ええ、きっと図書館にいると思うわ」
「そうですか、それではありがとうございます」
珍しく丁寧にあたしが御礼して教室を出ようとしたその瞬間、
そいつはあたしの腕をギュッと掴んできたのさ。
「少しお待ちなさい」
「えっ、な、なんですか?」
なんか、この人の目線が
妙にギラギラしてるような気がするんですけど。
「この私から情報を貰ったのだからアレをくれないかな?」
「えっ、ちょっと先輩さん……冗談でしょう?」
アレっていったらやっぱお金だよな。恐喝怖いなあ。
「冗談じゃないわ?」
「でも先輩さん、生憎だけどあたし今持ち合わせがなくて」
あっ、宝塚先輩さんの顔が微妙に歪んだ。
だがすぐにさっきと同じ笑顔に戻ってた。
「いいえ、そうじゃなくってね」
そんであたしの顎に右手を持ってくる。
「へっ!?」
「ちょっと!?」
あたしと夏が焦ったその理由、
それはそいつがあたしの顎をその右手で掴んで、
自分の顔をあたしの顔に近づけてきたからなんだよ。
「私が欲しいのはあなたの……ク・チ・ビ・ル♪」
「うわああああ! や、やめろおおおお!!!」
正直血の気が引いた。あたしの初めてがまさか、
こんな通りすがりのワケわからんやつに
奪われそうになってるんだからな!
しかも教室にいる奴らみんな、
頬を染めながら楽しそうに……
いや羨ましそうに見てやがるしっ!
そんでもって逃げようとしても
異常なまでの強い握力ときたもんだ。
「あんっ、暴れちゃダーメ!」
「ちょっと先輩、いいかげんにしないと
風紀委員の知り合いを呼びますよ?」
夏はそう言って自分の携帯電話を
ポケットから取り出してた。
それを見たこの色ボケ先輩は
少し悔しそうな表情のまま
あたしの顔を解放してくれた。
「あらぁ……ちょっとした冗談じゃないですかぁ」
「ひいっ!」
あたしは解放されるとすぐさま夏の方へと走り、
恥なんて関係なく背中に隠れる様にしがみついたのさ。
「夏ぅーっ! こ、怖すぎるよこの人……」
「よしよし、もう怖くないから大丈夫ですよ」
「ふふっ、あの女の子達にモテモテの
秋月さんが無様な格好だわね」
こいつあたしの名前を知っていたのか……
ヤバい、本当にヤバいし気持ち悪い!
「ううっ……」
「先輩、言っときますけど二実に手を出そうと
言うのなら私にも考えがありますが……
よろしいのですか?」
ああ、こういう時の夏はマジで頼りになるよ……!
「ふふっ、私もあなたを相手にするほどバカではないわ?
いいわ、さっさと行きなさいな」
「ええ、それでは失礼しました。さあ行こう、二実」
「う、うん……」
あたしは色ボケ先輩の視線を気にしながらも、
夏にしがみついたまま図書館の方へと足を運び始めた。
◯
「さあ、着いたよ二実……もう離れても大丈夫だよ?
怖い人もいないし」
「あ、うん……ありがと」
図書館前へ辿り着いたあたしは
周囲に変態がいないか確認するため
キョロキョロしながら夏から離れる。
「それじゃあ二実、私が前を歩くからついてきてね?」
「うん……」
うう、これじゃまるであたしが
捨てられた仔犬みたいじゃないか!
夏がガラっと図書館のドアを開けると
あたしの手を優しく握って引っ張りながら、
奥にある読書用の机へと歩いていく。
「大丈夫だよ二実、何があっても私が守ってあげるから」
「ありがと……」
夏に誘導されて机の前に辿り着くと、
そこにはミラージュ先輩が座って物寂しそうに読書をしていた。
本のタイトルは罪と罰……
なんでそんなの読んでんだろミラージュ先輩。
あたしのそんな考えなんて知りもせず、
夏はミラージュ先輩に近寄った。
「あの、先輩?」
「あらあなた達……どうかしまして?」
夏の呼びかけに反応して読書をやめたミラージュ先輩は、
夏の背中に隠れているあたしの方をジッと見つめる。
「あのですね。二実……秋月さんが先輩に謝りたい事が
あるということでこちらにやってきました」
「ああ、先ほどの事でしたか」
「あ、はい」
「別に何も気にしてませんから、よろしいですわ」
「そうでしたか」
「それよりも……どうして二実さんは、
そこまで怯えているのです?」
「あれ、あたし……先輩に名前教えてたかな……?」
なんかさっきの事もあって、
何もかも怖く感じるんだけど……。
「いいえ、“先ほどその子があなたの名前を呼んでました”から」
ああなるほど、安心した。
「ゴメンね二実、私ったらいつもの癖でつい」
夏は申し訳なさそうな表情であたしに顔を向けて謝ってくれたよ。
別に気にしてないのに。
「いや、いいよ夏。なんだかこの人は変態じゃない感じするから」
「あなた……もしかして錦に会いましたの?」
「えっ、錦って誰です?」
聞いた事ない名前なんだけど。
「あらごめん遊ばせ、錦はわたくしの“友人”ですの」
「それってまさか、あの変態キス魔の事ですか……?」
ううっ、思い出しただけで寒イボがぁ!
「そう……その様子ですと、あの糞バカ野郎に
ちょっかいを出されたというワケなのですね?」
あれ、なんだかミラージュ先輩の口調が恐ろしく?
「ええと、先輩落ち着いてくださいね。
この通り二実は無事でしたから」
それには夏も相当焦ってた。
「そうですわね、それではわたくし失礼させて頂きますわ」
先輩は本を持ったまま立ち上がると、
そのまま図書室から出て行こうとする。
夏は丁寧に、
ミラージュ先輩の背中に顔を向けて頭を下げてた。
「あ、はいっ。先輩忙しいところありがとうございます」
「ええ、二実さんを想う恋敵として、
あなたにも敬意を払っておきますわ」
え、ライバルってどういう意味です先輩って
思ったけど、あたしはそれを口にはしなかったよ。
何故ならあたしは今、
さっきまでの恐怖のあまりに思考が薄いからね。
「えっ……ちょ、どうしてそれをっ!」
「ふふっ、わたくしの勘は鋭いんですのよ?
ではさらばですわ」
ミラージュ先輩はそんな意味深な言葉を夏に残して、
図書館から出て行ったのさ。
「ウソでしょ……まさかミラージュさんも……」
「ねえ夏? さっきのミラージュ先輩の話、
あたしには理解できなかったんだけど」
「そんなの忘れなさい!」
「えっ? でもさっき先輩はあたしがどうとか……」
「いいから忘れて!」
うむ、なんか夏が必死すぎる気がするぞ。
「でもなあ……」
「ほら、すぐに教室戻らないと
宿題写す時間も無くなっちゃうよ?」
いかん、それだけは避けないと!
「わ、分かった! すぐに戻ろう、夏!」
「ひゃっ!」
「さあ行こう、こっからうちの教室までは割と遠いしね!」
あたしはまた夏の手をギュッと掴んだまま、
廊下に貼ってある『貴様ら走るなっ!』の注意書きなど
無視して急いで走り出したのさ。
◯
いろんな事があって早くも放課後を迎えたあたしは、
夏と共に下校していたワケ。
「ふう、夏が宿題写させてくれたおかげでなんとか
居残り食らわなくてすんだぜ。サンキュー、夏!」
「言っておきますけど、今回は特別ですからね?」
夏はリスがどんぐりを食べてる時のように
頬をぷくっと膨らませていたもんだから
すっごく可愛らしかった。
「はいはい、これからは忘れないように気を付けますってば」
「そんな事よりミラージュ先輩の事なんだけど……」
と思ったらとつぜん真剣な顔をする。
切り替え早いなあホント。
「先輩がどうかしたの?」
「……ミラージュ先輩、うちの教室で二実と初めて会った時から
あなたの名前知ってたじゃない」
「あれ、そうだったっけなあ?」
うん、全然覚えてないや。
「バカねあなた、記憶力も悪かったの?」
「いやだってさ、今日は身の毛がよだつ事があったから……」
うう……思い出したらまた体が震えてきた……!
「ああ、それなら仕方ないわね……。
でもあんまりミラージュ先輩に気を許しちゃダメだよ?」
「うーん、悪い人では無い気がするんだけどな」
「……外面がいい人ほど裏で何を考えてるか
分からないものなの。とにかく気を付けなさいね」
なんだい、今日はいつも以上に説教が多いんだね夏ったら。
とか思ってるとまた夏の顔が変わってた。
今度は嫌らしい笑顔。
すっごい嫌な予感がするわあ。
「それで二実、朝にあなたが決めた約束は覚えてるの?」
「えっ、ええとたしか……なんでもしてやるって言ってたなあ、
そういえば……」
嫌な事はすぐ思い出せる。やだねホント。
「うん、なんとか覚えていたみたいね?」
「ははっ、当たり前よ~!」
「それじゃあ、今日は二実の奢りで
〈グランスイーツ〉で決まりね?」
〈グランスイーツ〉ってのは、あたしが通う学園から北に向かって
塀沿いに歩いて10分ぐらいの場所にあるお菓子屋でさ、
メチャウマな代わりにお値段も高めなんだよ。
ましてやあたしは高等部1年生、
財布の中身なんてペラッペラよ! お金欲しい!
「えっ、ちょっとまってよ!?
あたし今そんなに持ち合わせがないってばあ……」
「いいえ、少なくともスイーツ2人分を
食べられるぐらいは持っているはずよ?」
「な、なんでそんな決めつけを……」
「当たり前です、私が何年あなたと
行動を共にしてると思ってるの?
因みに今日は新作ゲームの発売日、
そして二実はそれを買うために、
その分の現金を所持している」
「うっ!」
超簡単な推理だけど図星すぎて何も言えない。
マジで不覚っ!
「というわけで、行きましょう?」
「で、でもあたしはさ……っ」
「今朝、確かに二実はなんでも聞くって言ってたよね?」
「えと、その……」
「言 っ た よ ね ?」
そ、そんな迫真の笑顔近付けないで……
本当怖いですから。
「は、はい……夏さまの言うとおりです……」
「それでは、行きましょう♪」
鬼ぃ、悪魔めぇ……! と心中では思っていても、
約束したのはあたし自身だし断る事なんて
できるワケがないだろ、あたしのバカやろう!
◯
グラン・スイーツで2人分の値段を支払ったあたしは、
新作ゲームを買う事もできずに1人寂しく家に帰っていたのさ。
「あーあ、今日は散々だなあ……まさかスイーツ食べながら、
宿題の事でクドクド説教食らうとは思ってもなかったし……」
あたしのお腹の中は美味しいスイーツで一杯なんだけど、
心の中は悲しみがマックスで詰まってヤバい。
「はあ、こんな事なら昨日のうちに宿題済ますんだった……」
だけど後悔先に立たず、やってしまった事はもう戻らないのさ。
「あはは、あたしは心の詩人かよ……」
とか言ってたら、通りすがりの公園へふと目をやる。
するとベンチに昨日の黒ネコが座ってたのさ。
「よし、ちょっと行ってみっか」
あたしは寂しさを紛らわせようと、
その黒ネコの側に近付く事にした。
○
「ははっ、こんな広い公園でお前一匹だけかい?」
黒ネコは気持ち良さそうにしてたから、
あたしは遠慮なくそいつの隣に座ったよ。
「ミャー」
そんで頭を撫でようとすると、
こいつはスルリとあたしの手を躱してくれた。
「ぐぬぬこいつめ……。
昨日はあたしにあんなにまで媚びてたくせに!」
「ンニャー?」
なんかバカにされてるような気がして
かなり気分悪かった。
「はあ……。とはいえお前に当たってもしゃあないか」
「ミャ?」
なんだろう、何故かこのネコはあたしの言葉を理解している、
そんな気がする。
だって首を傾げるタイミングがぴったしなんだもん。
「ははっ、よく分かんないけどお前見てると安心するわ」
「ミャー」
「はあ、今日は散々なんだぜ? いつものように女の子から
大量のラブレター貰うわ、それに嫉妬したワケわからんバカが
突っかかってくるわ。しかも先輩の教室に行ったら変態に
唇奪われそうになるわでさあ……。
あ、あと新作ゲームも買えなかったんだっけ」
ああ……思い出してみたら、
今日のあたしはなんて不幸なんだろう……。
まるで今読んでるラノベの主人公ぐらい不幸してるわ。
あたしも逆ハーレム状態になりたい!
「フミャン」
「わっ!」
あたしが悲しい顔をしてたらなんと、
ネコがあたしの膝上に乗っかってきたんだ。
「フミャーン……」
そんで勝手に撫でてろよと言わんばかりに
丸くなって寝転んだし。
「なんだよお前、さっきまであんなに嫌がってたのにさ」
まったく、気まぐれすぎてついていけないぜ。
「まあいいや、こうやって大人しくしてると可愛いもんなお前も」
あたしは堪らずネコの背中を撫でてしまったよ。
そんで気付いたら、なんか整った呼吸してるし。
「あれ、こいつまさか本当に寝てしまったのか?」
参ったな、このままじゃ動けないじゃないか。
流石に気持ちよく眠っているネコを起こす程、
あたしも鬼じゃない。
「はあ、あたしもしばらくここで頭冷やすか……ふわぁ……」
そう言えば昨日あんまし寝てなかったら……
すごく眠く……てさ。
気付けばあたしもネコの睡魔に誘われるように
夢の世界へと落ちてしまったのさ。
◯
「――み、二実っ! こんなとこで寝てないで起きなさい!」
「……んぁ?」
いったいあれからどのくらい寝てたんだろう……
誰かがあたしを起こす声が聞こえるんだけど。
「二実! いい加減に目を覚まさないと思いきり頬を抓るよ!?」
「……ふあ? なつ……?」
辺りはすっかり夕焼けだった。
「あっ、やっと起きたね二実。もうすぐ6時を超えるんだからね!」
ええと、あたしがここにやって来たのが午後4時半だから……。
「うわあっ、あたしったら1時間以上寝てたのか!?」
「ちょっ、ビックリするからいきなり大声出さないで!」
「あ、ゴメンよ夏~」
「もう、こんなところで女の子1人が無防備なまま
寝るなんて正気の沙汰じゃないよ、本当に!」
「あ、あれ? ネコはいなかった?」
ああ、ネコの温もりがすっかり消えてるじゃん。
「そんなの私があなたを見つけた時からいなかったよ?」
「残念だなあ」
「そんな事よりも二実?」
「うん、なに?」
「今日がなんの日か知ってる?」
「えっと……」
今日は9月3日だよな。うーん、なんの日だったか。
「その感じだと自分の誕生日すっかり忘れてるっぽいね?」
「ああそうそう自分の誕生日ー……って、
スッカリ忘れてたあ!」
「まったくあなたは……というワケでこれ」
「ん?」
何か四角いケースの入ったチェック柄包装紙を、
夏はあたしにサッとくれた。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして」
「開けていいの?」
「いいよ、別に」
そんなら遠慮無くと、
あたしは包装紙をビリビリ破いて中身を取り出したさ。
「雑な開け方ね……」
「気にしない気にしなーい……こ、これは!」
なんと包装紙に包まれていた物は、
今日あたしが買うハズだった新作ゲーム――の
一つ前のナンバリングだった!
「てめえはおばあちゃんかーっ!」
あたしは思わず、
そのケースを地面に勢いよく投げ捨ててしまったよ。
「ちょっ、せっかく新品で買ったのになんて事をするのよ!」
「えっ……んぎゃっ!」
そして今度はあたしが地面に投げ捨ててしまったケースみたいに、
夏に軽々と投げ飛ばされてしまいましたよ。全力でね!
おおう、腰が痛い……。