第16話 若狭ありすの報道のススメ ― 後編
時刻は夕方6時、割と早く新聞部部室へ戻ったあたしと
そこの副部長――若狭ありすは、
島百合団に関する件で話を進める事にしたのさ。
「ふう、それであたしは明日から何をすればいいんだい?」
「へえ、まず昼休みにあっしと放送委員で
軽いトークしてもらいまー」
「ああ、なんかいつも昼休みに流れてるトーク……
ってちょっと待て!」
たしかアレって全てお嬢様言葉で話さなあかん
屈辱もんのトークやんか!
「無理無理、あたしにはそんな言葉使いできん!」
「仕事だと思ってやり遂げば、なんとかなるっすあねさん」
「つうかさ、あたしは誰とトークしろってのさあ!」
「さっき言ったじゃないすか。あっしとですよ、あねさん」
「ん? ああ、ありすとかぁ……」
なんだ、それならお嬢様言葉なんて使わなくても……。
「あねさんすっごい安心って言葉が顔に出てますが、
多分それはあねさんにとって大きな間違いですぜー」
「は?」
それってどういう意味かね、ありすくん?
「つまりこういう事っす」
ありすはそう言ってスリムな黒縁メガネを外して、
左肩で一本のまとまる髪を結わえてたゴムを
キュッと解いた。
そんで軽ーく長い髪を両手で後ろに垂れさし整える。
するとどういう事だろう。
あのちんちくりんなありすが、
なんか優雅なお嬢様に様変わりしちゃったんですが。
まあ相変わらず無表情だけどな。
「乙女は化けるもの、なのですわ?」
そんで開口始めがこの一言。
声のトーンは少し張りあがってるからヤバい。
しかも首を少し傾げながら言うとはなんとあざとい奴!
可愛すぎる!!!
「あかん……あかん……!」
「どうかしましたの、お姉さま?」
「やめてっ!」
あたし、何かに目覚めそうだからマジでやめて!
思わずあたしは火照る顔を両手で覆いかくし、
首を左右にぶんぶんと振ってしまったよ。
「あら、お姉さまが壊れて……?」
「ひゃああ、お姉さま言うのやめてえええ!」
言われるたびに頭おかしくなるう!
「……とまあ、こんな感じでございますんで」
「あ、あれ?」
あたしは顔から両手を退けてありすの顔を見た。
するとそこには、スリム黒縁メガネを付けて
左肩前に一本の長い髪を結わえて垂らした
可愛いけどちんちくりんな何時ものありすが
やる気なさそうな感じで突っ立っていた。
「あ、ありすが正気に戻ったあ!」
「ひゃっ」
だからあたしは思わずありすを抱き締めちゃった。
だってなんか安心したんだもんよ。
「ちょいとあねさん、離してくんさい」
「うわあああん、やっぱりこっちの方があたしは好きだあ!」
「ほらほらあねさん落ち着きんさいって」
「むぎゅっ」
ありすがあたしの顔面を両手でぐーっと押して
体から引き剥がしてくれたもんだから、
あたしはどうにか正気を取り戻したよ。
「うう、怖かった……」
「へえ、それはすまんこってですねー」
しかし謝ってるにも関わらず無表情。
だけども今は逆にそれが心地いいよ。
「ふう、あたしもすっかり落ち着いたぜえ」
「へえ、それではコレを読んでくだせー」
「はえ?」
そんでありすの右手の中には
何時の間にかハンドブックがあって、
それをあたしに手渡してくれたのさ。
それからそのハンドブックのタイトルを
マジマジと見つめるあたし。
「〈お嬢様語録集-これ一冊であなたも淑女になれますわ-〉
……これマジすか?」
つまりこのタイトルの意味から察するに、
あたしもお嬢様言葉を使いなさいってことやんけ!
因みに著者はクレア・ミラージュって書いてある……。
あの人なんてもん出版してんのさ!
「へえ、マジっすよあねさん。
今晩あねさんにそれを覚えてもらいま」
「ううううう……マジ勘弁してよお……」
あたし、マジマックスローテンションなんだけど!
「ふぁいとあねさん、頑張れあねさん、負けるなあねさん」
どれもこれも心が籠ってなさそうな発音しやがって!
「はあ……島百合団なんて入るんじゃなかった……」
「まあまあ、あねさん。何か分からない事があれば
あっしが全力でサポートするんでー」
うん、まあよく考えたらありすはお嬢様作りの本職なんだ。
だったらそうだね、助けてもらう他ないってば!
「分かったよ! とにかくやればいいんだろ、やればさあ!」
「へえ、あねさんが分かってくれてあっしは嬉しいっす」
「とにかく放送委員での仕事は分かった。
そんで次は何を?」
「へえ、放課後あっしと共に学園長の元へ
取材の手伝いをしてもらいますんで」
「はっ?」
え、それって放送委員の仕事……なんだよな。
まさか新聞部の活動ってわけじゃあないよなあ。
「あのさあ、ありす」
「何か?」
「それって……放送委員の仕事なんだよなあ?」
「へえ、新聞部の仕事ですが」
ちょい待て!
「な、なんだよそれ!
なんであたしが新聞部で活動しないと……」
「でも学園長の話を聞くのが一番あねさんの
知りたい情報に近付けると思うんすが」
ああそっか、一応この学園の元締めなんだもんな。
それってつまり、今までの生徒達に関する情報も
聞けるかもって事か。
「そっか、ありすはそこまであたしの事を
考えてくれたのか」
「へえ、まああっしとしてもあねさんがいれば
新聞部としての仕事が捗るんで」
「はは、つまりそれってあたしに期待してるって
ことでいいんだな?」
「その通りっすあねさん。
あねさんみたいなアクティブ人間がいてくれれば、
あっしも本当に助かりますんで」
そう言われたらさ、こう俄然とやる気が出てくるわけで!
「へへ、任せときなって!」
「本当に頼んますあねさん。
うちはただでさえ部員少ないのに、
部長なんて幽霊すからね」
「えっ、それってどういう?」
「うちはあたしと部長、それともう一人
後輩しかいないんす。掛け持ちを除いて」
「うへ、マジかい!」
「へえ、まあアイラと保健委員長が掛け持ちしてくれてるんで
部員の数的にはギリギリで大丈夫なんすが」
ありすも言ってるけど、文化部と運動部も同様でさ。
少なくとも同士が5人以上いなければ
その部を解散しなければいけなくなる。
しかも人数が少ない部活はそれなりな評価を残さないと、
半年に1回ある生徒会による“部活動功績査定”に引っ掛かって
お亡くなりになってしまうのだ。
「なるほど……そりゃあマジで大変過ぎてヤバいわ。
あれ、そういえば今の保健委員長って
誰でしたっけ?」
よく考えたらあたし、島百合団どころか生徒会役員が
誰なのかすら全然知らないわあ。
だって興味なかったんだもんよ。
「へえ、保健委員長は峯雲小百合と
いいますが」
「あれ、峯雲って名字どっかで聞いたな……」
なんだっけ、なんか知ってるけど思い出せんぞ?
「なんすかね、さゆりさんは放課後から夕方7時ぐらいまで
高等部の保健室で当番に就いてるはずっす」
「あ、そうか思い出した!」
「やっと思い出したすか、あねさん」
「ああ、そういや一月前にちょいと膝を擦りむいた時に
保健室行ったら、たしかすごい優しい人に
手当てしてもらったっけなあ」
そんでその人がまたいい人でさ、
あたしのくだらない話をすんごい丁寧に聞いてくれるの。
そりゃもう逆に申し訳なくなるレベルで!
「なんというか、大人の包容力を持ってるって
感じだったなあ」
白衣と笑顔もやたらと似合ってたし!
「何を言ってんですかあねさん」
「へ?」
「あねさんの同級生っすよ、さゆりさんは」
「マ、マジで!?」
「へえ、誠ですが」
うそーん、ぜんっぜん気付かなかった!
だってさ、高1にしてはなんか異常なまでに
しっかりしてるし、スタイルもバリバリやった。
あと、腰まで伸びてた黒髪ロングを
後頭部で交差させて垂れさせてたのも
マジ美人って感じだったよ!?
だから本当にありすの言ってる意味が
一瞬理解できなかったぜ、真面目に。
「シ、シンジラレナーイ!」
「まあ真実なんでそう言われてもあっしには困りま」
「うん、まあ頭では分かってるけどさ……
でもやっぱ大人な存在すぎて」
あたしなんてアレだよ?
貧乳は人に非ず状態だよ?
壁もびっくりするほどの絶壁だよ?
だからさあ……神様なんていないってやつだよマジ!
いたとしても、あたしには優しくないよ神様!
「まあまあそう落ち込まんでくんさいあねさん、
あっしもその気持ち、一応理解してるんで」
うお、今の気持ちが顔に出まくってたのか
ありすがあたしに気を掛けてくれてんじゃん。
「さ、流石ありす! あたし達は心の友じゃんよ!」
「へえ、心の友すねー」
知ってる、やる気ない声してるけど
ありすはきっと本心でそう思ってくれてるってこと。
だからありすの頭を撫でても問題なし!
「うーん、やっぱありすはいい子だなあ」
「へえ、あねさんが元気出してくれてなによりっす」
うむ、無表情だけどあたしから目を逸らして
内心照れくさがるありす、マジ可愛いばい。
さて、ありすエネルギーも充分補充したし、
撫でるのをやめて一度館へ戻ろうかね。
「んじゃあ、あたしゃいったん島百合団の館に戻るから
明日からよろしこ!」
「へえ、あねさんもしっかりお嬢様語録集を読んどいてくんさい」
「……頑張る!」
そう……逆に考えるんだ、
乙女回路をマックスに上げちゃってもいいんだと。
「あ、そうだ。最後にありすの携帯番号教えてよ。
もちろん持ってるでしょ?」
「へえ、それではこちらを」
そんでありすは白いパカパカする携帯を取り出して、
あたしに差し向けた。
「赤外線通信でおけ?」
「その通りで」
あたしは簡単に赤外線通信の操作をして、
ありすに電話番号やメルアドなんかを送信した。
「来やしたっす」
「そんじゃ試しにメール送ってみてちょ。
あと電話番号も添えてね」
「へえ」
ポチポチと慣れた感じでありすは素早く携帯電話の
ボタンを押してた。
「おっ」
ほんでものの数秒でありすのメールらしきものが届いたよ。
「うし、電話番号も乗ってんね」
登録、登録っと。
「じゃあテスト送信するわ」
「へえ」
ええと、文字は“明日からよろしくありす”って打っとこ。
だってテストだけだと寂しいもんな。
「なんとかメールっ、送信」
なんてな!
「あ、こっちこそよろしくあねさん」
ありすさん反応なし、気まずい!
だが気にしなーい。
「ああ、ありがとな!」
「問題ないっす」
メール交換も終わったし、
あたしとありすは部室入り口前へと出ていった。
そこでありすは無表情ながらも立ったままあたしを
見送ってくれるつもりっぽい。
「あねさん、お達者でー」
「あいよ!」
そんであたしはありすに背中を向け、
ユニオンジャックフレームのクレアさんの自転車に跨ったのさ。
「じゃあねえ」
「お気を付けてー」
したら自転車をこいで前進するあたし。
そんでゆっくり走ってる最中、横目でチラッと
ありすの立ち姿を確認すると、
どことなく寂しそうな顔してた気がする。
あかん、あんな寂しそうな顔されたら
こりゃ何度でも来てあげたい気持ちになるわ。
そう思いながらもあたしは辛い気持ちを
心の奥に押し込みながら、ずんずん前進してったよ。
○
島百合団の館裏の駐輪場にクレアさんの自転車を
停めてから、あたしはクレアさん専用部屋である
〈クレア・ミラージュの間〉へ向かった。
そんでクレアさん専用部屋の扉前へ辿り着いた
あたしは、コンコンとノックする。
「秋月二実ただいま戻りやしたー」
「入りなさいな」
「入りまーっす」
ドア越しにクレアさんの了承を貰ったんで、
あたしは無遠慮に入っていった。
するとあらビックリ、なんとアイラちゃんが
柔らかそうなソファーに座ってるではないか。
そんでアイラちゃんの対面にクレアさんが
ゆったりとソファーにもたれ掛るように
座り込んでるし。
つうか、めちゃリラックスしすぎやんこの人!
そんなクレアさんとは対照的に、
アイラちゃんはあたしを目にした途端急いで立ち上がり、
あたしに顔を向けてから必死にお辞儀してくれた。
「秋月先輩おつかれさまです!」
だもんだから、うなじで結んでる長い1本の髪がバサっと
アイラちゃんの前頭部にちょんまげみたいに乗っかって
面白い事になっちゃうわけだし。
「よっすアイラちゃん。
んでも別に、そこまで畏まらなくていいってば」
まあそれだけ丁寧でいい子だってのは分かるんだけどね。
つうかまた頭撫でて慰めたくなっちゃうからやめてね。
「こ、これは失礼しました……」
そんで顔を上げると泣きそうな顔だよ。
あかん、あかんてその仕草は!
「まあとりあえず深呼吸して落ち着きなよアイラちゃん。
あたしはアイラちゃんを怒るなんてこと、
何があっても絶対にしないからさ」
「わ、わかりました……スー……ハー……!」
ああ、やっぱアイラちゃんも健気でいい子だわあ。
何というか妹にしたい系ってタイプ!
「どう、落ち着いた?」
「……はい、先輩のおかげで落ち着きました!」
「あはは、じゃあ肩の力抜いて座ろ?」
とにかくあたしも疲れてたからね。
さっさと座らせて貰おっと。
「あ、失礼しますっ」
そんであたしが座ったことを確認してから
アイラちゃんも礼儀よく座り始めた。
うーん、先輩思いで気立てのいい子だ。
こりゃ共学だったら男の子にモテモテだろうね。
いや、でもものすごく控え目で純粋な子だから
下衆野郎に掴まりそうだな……。
むむ、そんなことはこのあたしが絶対許さへんで!
「ところで二実?」
「うひゃっ!?」
とか一人で妄想膨らませてたら突然
クレアさんに声を掛けられたもんだから
ヤバい変な声が出ちゃったわけさ。
「きゃっ!?」
「うわぁっ!?」
そんでクレアさんとアイラちゃんもやたらビックリしてたね。
「い、いきなり変な声を出すのはおやめなさい!」
「し、心臓が破れるかと思いました……」
「あはは、ごめんちゃーい」
とか自分でもイラつく謝りかたしたら
クレアさんに頭を思い切りどつかれた。
「痛い……」
痛かったけど正直すまなかったと思っている。
「ふざけた返事を返すからそうなるのですわ」
「わたし、何も言えません……」
二人がさぞ呆れてらっしゃる。
詫びを入れてさしあげろよ、あたし。
「いやあホント、ごめん遊ばせですたい」
「もう1回殴られたいんですの?」
ああぉ、クレアさんが思い切り握り拳を握ってる。
だから思いっきり頭を下げとこうか。
「申し訳ありません!」
「はあ……それで二実、
ありすはとても優秀な子でしたでしょう?」
「ええ、優秀過ぎて逆に怖いっす。
それに無表情でやる気なさげですし」
とくにあたしの細部情報を漏らされた時は、
マジで勘弁してくれって思うレベルで。
「ふふ、ですがああ見えてもとても優しい子ですのよ。
ねえアイラ?」
「あ、はい。ありすちゃんは無表情でも情熱的ですから!」
「ああ、そうだねアイラちゃん。
クレアさんも言ってるけど、確かにありすは優しかったし
意外と熱い心を持ってたよ」
本人は感情ないとか言ってたけどな。
そりゃあからさまにウソってもんだ。
だが、どうしてあそこまで無表情でやる気ないのかは
ちょっと理解し難いんだよな。
「はいっ、ありすちゃんはわたしの大切な親友ですから!」
そっか、もしかしたらアイラちゃんが
ありすの心の氷を溶かしてるのかもしれないな。
控え目で優しいけど押しの強いアイラちゃんと
無表情でやる気ないけど割と仲間思いなありすは、
相性良さげだもんなあ。
つまりアレだ、最初からあたしが出しゃばる必要なんて
なかったって事だね。少し寂しいけどしゃあないね。
「そっか。まあとにかく明日からは
ありすのバックアップに向かいますんで
いろいろとよろしくお願いしますよ、クレアさん」
「ええ、是非ともお願いしますわ」
「あはは、お任せくだされ!」
「それでは二実、今からわたくしを
あなたのお家にご案内してくださいませんこと?
いいえ、是非とも泊めて頂きたいのですが」
「はっ?」
ええっと、あたしの聞き間違いかね?
確かにクレアさんは今あたしん家に
案内してくれって言ったよな。
つうか泊めろとな!?
「えっと、マジすかクレアさん?」
「ええ、マジですが」
「すんませんクレアさん、ちょっと家に電話しても
よろしかですか?」
「あ、そうでしたわね。
あまりにも突然すぎたかもしれませんわ。
やはりここはアイラの家に……」
ちょい待ちクレアさん!
それはアイラちゃんもさぞ困るってもんでしょうよ。
ほら、見ればやっぱりアイラちゃんも俯いて悩んでるし。
だったらあたしの家に招待するしかないわな。
「いや、まあ別にあたしはいいんすけど、
とにかく母さんにでも電話しますからさ。
少しだけ待っててくださいな」
まあ今現在の時刻は夕方6時20分だし
母さんも大丈夫って言ってくれるだろう、多分。
「どうかお願いしますわ」
なんか捨てられた子犬の様な目をしてるから、
よっぽど参ってるんだろうな。
つうか可愛い。
よし、とにかく携帯で家に掛けてみよ。
「……もしもし母さん?」
うん、すぐに繋がった。
「ああー、えっとねえ。急であれなんだけど、
ちょっと先輩のお友達を一人
家に泊めさせてあげたいんだけど大丈夫?
うん……今からだけど」
ああ、なんかクレアさんがチラチラ
こっちの様子を伺ってる。
くっそ可愛いなあもう。
「うん、うん……いきなりで本当ごめんね。
あ、そう……分かった。うん……ありがとね母さん」
ほんであたしは電話を切った。
クレアさんは今にも泣きそうな顔で
あたしを見てるし。
ヤバいな、あんだけ強気な子がここまで
泣きそうな顔を見せるってのはマジでヤバいんだな。
破壊力バツグンたい!
「あの、二実……大丈夫でした?」
「えっとクレアさん……残念ですが……
全然オッケーだってさ!」
そんな感じで落として上げてみた結果、
クレアさんは涙目であっけらかんとしてた。
そんですぐに頬を膨らませて怒り始めるクレアさん。
「こらあ二実! 下僕の分際で
このわたくしを不安がらせるなんて許せませんわ!」
そんであたしの胸をポカポカ叩いてくる始末。
胸が無いから全く痛くないしな。
だが、心は痛いけどな!
それにしてもあかんな、
こりゃ完全に小学生の駄々捏ねやわ。
すこぶる可愛いぜ。
「まあまあクレアさん、とにかく家に泊まる事が
できたんですし許してくださいよお」
そう言ったら突然大人しくなって、
あたしの胸元に顔を埋めてしんみりするクレアさん。
いったい今日はどうしたんだろうね、この可愛い生物。
「ありがとう二実……本当に助かりましたわ……」
「なんかあったんすかクレアさん?」
「……なんでもありませんので、
どうか二実は気にしないでくださいな」
「それじゃあ、一言クレアさんの親御さんに
連絡した方がいいんじゃ……」
「それは絶対に許しません!」
んあ、親の話を持ち出して突然怒り出すという事は……
なるほどそういう事かあ。
なんかあたしは察したわ。
「でもさあ、連絡しないと親御さんも心配しますぜ?」
「あんな親、勝手に心配してたらいいんですわ!」
うーん、こりゃ重傷だなあ。
まあいいか、後であたしの方で家に泊まってる旨を
クレアさんの親御さんに伝えとこ。
連絡しなかったら、なんかあたしん家が
クレアさんのガードマンかなんかに
爆破されそうな気がするしな。
いや、もちろん冗談だけどね。
「まあいいや、とりあえずアイラちゃん?」
「あ、はい! なんでしょうか?」
あ、なんか考え事してたのかすごい驚いてら。
いきなり声掛けてビックリさせて悪い事しちゃったかも。
「いきなりごめんねアイラちゃん」
「いえ、気になさらないでください先輩!」
「ええとね、とりあえずあたしはクレアさんを家に
連れてくけど、アイラちゃんはまだ残ってる?」
「あ、はい……」
あれ、なんか寂しそうに俯いた……
かと思ったら屈託のない笑顔に変わって
顔を上げてくれてたし。
「わかりました。
ミラージュ先輩のこと、よろしくお願いします!」
そんで勢いあるお辞儀。
「うん、任せといて!
じゃあアイラちゃんも夜遅くなる前に帰るんだよ?
最近はとくに夜道が危険だからね」
「わかりました、ありがとうございます秋月先輩!」
「はは、じゃあねアイラちゃん」
「はい、さよならです」
そんでアイラちゃんは笑顔のまま、
あたしの隣をトボトボ歩くクレアさんと
あたしに向かって手を振りながら
見送ってくれてた。
うっ……、そう言えばありすの事も心配だけど、
まあ何となくだけど大丈夫だろうね、ありすの場合。
なんか逆に気配とか消して、
あたしの後ろ着けてきそうだし。
○
あたしはクレアさんを連れながら、
学園の南門を出て自分家へ向かう途中で
アイラちゃんのことを考えた。
アイラちゃんは本当に健気でいい子だけど、
もしかしたらそれだけ鬱憤も溜まってるのかもってね。
だって控えめで遠慮しがちでしょ。
つまりそれって、自分の感情を表に曝け出せないって
ことで間違いないんだよね?
まあ何が言いたいかっていうと、今度アイラちゃんと
二人だけでお話してみよっかなって事なんだわ。
それでアイラちゃんがスッキリするかもしれないしね。
あと、アイラちゃんがテニス以外に
どんな事がしたいのかとか、
趣味なんかを知りたいからねえ。
それに悩みがあったら受け止める覚悟だし。
ただしあたしとの恋愛関係は諦めてくれよ。
流石にそんな重たいもの、
ゆるーく生きるあたしには背負えないからね。
そもそもあたしは女だし。
まあ今はとりあえず、あたしの横でしんみりして黙りこんでる
クレアさんをどうにか元気付けないといけないけどな。
○