第15話 若狭ありすの報道のススメ ― 前編
あの晩けっきょく父さんと母さんの縒りを戻す事は
できなかったけれど、それでも家事のことはどうにかなったんだ。
つまりそれは今日から毎日学園生活を満喫できるってことに
なるわけだ。
とは言うものの、学園にずっといたいってわけでもない。
むしろ早く帰って相変わらずゲームしたい。
だがそれは島百合団というカルト的団体に入ってから
できなくなりそうなんだよなあ。
○
そんなこんなで普通に授業して普通に過ごしてたら
もう放課後が訪れる。
そんで昨日、島百合団四天王の一人
クレア・ミラージュことクレアさんに頼まれた仕事の件もあって、
あたしは新聞部部室に向かってるわけ。
クレアさん専用ユニオンジャックフレームが際立つ
自転車をこぎながらね!
「ふわああ……!」
あたしは自転車乗りながら盛大に欠伸してしまう。
なんでかって言うと、
今日は珍しく寝る事なく授業を受けれたからさ。
あたしにしちゃ上出来だろう?
「それにしても……チャリこいでも時間がかかるなあ」
なんだかんだで5分ぐらいこいでるわけで。
こりゃ歩いたらもっと時間かかるんだろうなあ。
「先輩お疲れ様でした!」
「おうっ、おつかれ!」
「先輩、また明日~」
「またねえ」
とまあ、こんな感じでいつも以上に道すがらで
後輩から挨拶を交わされる。
ていうかこれ絶対この自転車が
目立ちすぎてるせいじゃんか!
とはいえ歩くよりはマシかあ……。
そんで島百合団の館から10分自転車をこいでやっと
新聞部部室前に辿り着けたわけだが。
さて、とりあえずノックするか。
「すんませーん」
「ほいほーい」
ノックしながら失礼したら、中からやる気ない声を出す
背の低い女の子が出てきた。
多分身長は140あるかないか。
やる気ない瞳に少しスリムな黒縁メガネ。
童顔。幼児体型。
少しぼさった黒髪ロングを左肩で結わえ、
そこから前面に垂らしてた。
なんていうか可愛いけど、
地味でちんちくりんな女の子だったなあ。
それに茶色のリボンをブレザー下の白シャツに
巻いてるから中等部3年生であって、
まさかそんな子が副部長ってわけがなかろうとも。
というか初等部でも通りそう。
とにかくこの子に聞いてみよ。
「ええっと、副部長に会いに来たんだけど」
「あー、あなたが噂の女子モテ先輩っすねー。
入ってくださいな」
こいつ、サラッとイラつく事を!
まあいいや、そんなに気にしてないし……
気にしてないからなあ!
それにしてもこの間の抜けた声……
どっかで聞いたことあるんだよなあ。
「それじゃあ失礼するわー」
そんであたしゃ、この子に誘われるがままに
部室の中へホイホイ入っていったのさ。
○
新聞部部室の中はすごかった。
何がすごいかって壁一面に見た事もない
新聞記事のような何かがいっぱい貼ってるんだもんよ。
そんでよく見たらその記事には、
〈週刊豊穣神の楽園〉ってタイトルが書いていた。
つまるところ、この記事うちの学園に関する
記事ばっかりってことなのさ。
そりゃああたしは新聞なんて畏まった文字ばかりで
嫌いだから読まないけどな!
「さて、時間勿体ないんで早めに話しますが、
秋月先輩にはあっしの手伝いをしてもらいまー」
「えっとゴメン。いきなり過ぎて全然理解できないんだけど」
つうかこのやろう! あたしは副部長に会いに来たのに
なんであんたが出しゃばるねん!
まあ小っさくて可愛らしい子だから許すけど!
「あら、アッキーナったら案外理解力が薄い人なんすね」
「いやいやっ、つうか副部長はどこなの?」
「へえ、あっしですが何か?」
あたしは頭上にハテナがばんばん浮かびまくった。
だってさ、理解できない事ばっかで
頭こんがらがるんだもんよ。
「はい? ええと……ご冗談で?」
「いんや、本当にあっしが副部長なんですが。
そりゃまあ、こんなちんちくりんなあっしが副部長と
思う人は少ないっすがねえ」
あ、なんかちょっと落ち込み気味かも……?
でも、どうもこの子は感情表現が
乏しいから分からないや。
「ごめん、なんか知らんけど傷付けちゃったかな」
「へえ、別に構いませんすけど」
とか言いながらもしっかりと
目だけはあたしから逸らしてるから、
ちょっと気にしてるのね。
ううむ、これはこれで新鮮な反応でかわええなあ。
とにかくアレだ、ここは自己紹介しとかないとな。
「突然だけどあたし秋月二実。テニス部に通う
テニス大好き普通の女の子さ」
「おまけにゲームオタク、胸が72以下なのを気にしてる。
あと女の子にばかりモテる意味が分からなむぐむぐ……」
なんかいきなり無表情で大暴露してきやがったんで、
思わずこいつの口を塞いでしまった。
「おいそれ以上やめろ!」
あたしが気にしてること全部ペラペラと述べられて、
あたしの顔があまりの熱さに爆発しそうになるっての。
まあ口の動きも止まったもんだから
すぐに放してやったがな。
「……アッキーナめんご。あっしの悪い癖がでやしたね」
「な、なんだよ悪い癖って……」
なんかだんだん言葉使いが馴れ馴れしくなってきてやがる。
どういうことだい、これは!
「あー、えっとー、あっしの裏稼業いうんすかね。
女学園の生徒全員の事細かなプロフを
探るのが本来の仕事なんでー」
こ、こいつサラッとヤバい事を口にしやがったな……。
ていうかクレアさんもそんな事言ってたな、たしか。
「で、どうしてそんな事をあんたはしてるんだよ」
「へえ、学園の秩序を守るためですが何か?」
あかん、こいつの思考は完全にぶっ飛んでる。
これは早めに矯正してやらんと、
将来なんかとんでもない事やらかしそうだ。
だいたい学園の秩序とはなんぞやって感じなんだが。
「あ、あのさ……いくらその学園の秩序を守りたいからって、
乙女の個人情報を勝手に調べまくるのはどうかと
思うんだけどなあ」
「へえ、ですがまあ悪用は絶対にしやせんので」
「そういう問題じゃあない!」
あたしが大声でそう叫んだが、
この子はいっさい動じなかった。
なんかキモが座りすぎて怖いぞこの子。
「まあアッキーナが怒るのも仕方がないことっすねー。
一般的な生徒の目線で考えれば、
あっしはとんでもないことをしとるわけですしー」
「なんだよ分かってるのかよ!
なら尚更達が悪いわ!」
つうかさっきからアッキーナって……まさかあたしのあだ名かよ!
やめてあたしみたいなガサツ女にそういうあだ名付けるのは!
おまけにあたしが自己紹介する前から、
もう既にあたしのこと調べ尽くされてることに
いまさら気付いたし!
なんかもう、いろいろ恥ずかしいやんっ!
だから注意しとこ。
「あと、あたしをアッキーナって呼ぶのは禁止な」
「へえ、アッキーナがそう言うんでしたら」
「言った先から出てる!」
「あ、これは失礼しやしたー」
無表情で舌をペロリと出して頭をコツンと叩いてたが、
逆に腹が立つがな!
まあ抑えるけど。
「あとさ、なんであんたは笑わないの?」
「へえ、あっしは当の昔に人間の感情ってものを
忘れてしまったんでー」
「そんな滅多なことあるかい」
そんなこと絶対にありえないっての!
だいたいもしも感情がないってんなら、
もっとこう機械的な対応しかできなさそうだろ!
「それとあっしの名前は若狭ありすっす。
あんたと呼ばれるのは、なんか気持ちよくないすね」
ほら言ってるそばから感情ありげなその応答。
感情があるのは確定的に明らかやん!
つうかこの子のマイペースっぷりに
あたしの感情がマックスでヤバいわ!
「ああもう分かったよ。じゃあこれからは
ありすって呼ばせてもらうわ」
「へえ、名前で呼んでくださってありがとさんすー、あねさん」
「あねさんかい! まあいいけど……」
とりあえずアッキーナよりはマシだわ。
うむ、それにしてもなんだかんだで素直な子なのかね。
「ありすって初めから学園にいたパターン?」
「へえ、姉さんの言う通り初等部1年からおりやす」
笑わないけど、
こんな感じで一応真面目に答えてくれるしなあ。
まあそうだね。感情が無いとまではいかないけど、
たしかに感情表現は乏しい感じだわ。
もしかしたらありすの奴、
両親とかから愛を注がれてないのかもしれないな。
しれーっと聞いてみるかね。
「なあありす」
「へえ何でしょう?」
「ありすってさ、親御さん好き?」
「哲学か何かですか?」
そう捉えるか。
こりゃ一筋縄じゃいかんかもなあ。
「いやそうじゃなくてね。
単純に考えてありすは親御さんの事を
どう思ってるのか聞きたいわけ」
「そうすねー、嫌いじゃないけど好きじゃないって
ところすかねー」
つまりどうでもいいってことじゃん!
「そっか」
やばいぞ、たぶんありすの親御さん達も
ありすの事を関心持たずに育ててるくさいな。
こりゃなんとかあたしの手で更生させんと。
「じゃあさ。せっかくだから食堂でスイーツかなんか
食べながらこれからの事を話さないか?」
「へえ、あねさんがそう言うんでしたら」
うむ、相変わらず喜んでんのか面倒くさがっているのか
ぜんぜん分からない表情だなあ。
まあいいや、徐々に心を開いてくれればそれでいいかな。
とにかくあたし達は部室から出ると、
食堂目指して南にある歩道を真っ直ぐ歩き始めたのさ。
○
そんなもんで10分歩いたら食堂前へ辿り着いた。
時刻は夕方5時ちょい過ぎ。
食堂営業時間は夕方7時までだから
話は充分できるだろうね。
そんでここに来る途中もあたしは適当な感じで
ありすに話し掛けてたんだけど、
どうも空返事と言うか、感情に乏しい返事ばかり返ってきてた。
まあ質問攻めしまくったあたしは楽しいから良かったんだけど、
肝心のありすが喜んでるかはイマイチわからないのが
気になって仕方がないんだよなあ。
「さてと、じゃあ食堂の7階に行こっか、ありす」
なんで7階かって言うと、
そこが学年問わずの自由食堂だからねえ。
「あねさんに着いていきやす」
「おう、そうしてくれっと助かるぜぇ」
それからあたし達は、12階建ての食堂へ入っていったのさ。
○
ここはエレベーターがあるからすぐに7階の自由食堂へと
辿り着けたよ。
そんでフリーなだけあって、あちこちの座席には
高等部から大等部までの女子生徒達がまばらに座ってた。
因みに中等部以下は夕方5時半までには
部活をする者以外は学園を出ないといけない
決まりになってるんで、
ここの使用を禁止されてるのさ。
そりゃまあ15歳以下の女の子がこんなところで
遅くまでタムロしてちゃあ教育に悪いもんなあ。
だいいち夜道も危険だしね。
そんで、あたしとありすは空いている窓際の座席へ
対面するように座ったのさ。
それからあたしは机の端に立ててあるメニュー表を
テーブルの真ん中にドサリと拡げた。
「さて、ありすは何食べたいの?」
「ええと、あっしは今持ち合わせないんで水で」
あかん、それはあかんよありす!
そんなことされたらあたしが遠慮なくスイーツ食えん!
それに後輩に金を出させる程あたしも鬼ではない!
まあ、いつもお財布ピンチだけど……。
「何言ってんの、ここはあたしが奢るに
決まってんじゃん。先輩なんだし」
「へえ、それなら遠慮せず……これで」
うわ、ホントに無遠慮にジャンボプリンパフェなんて指さしてるし!
まあお値段は割安の700円だからいいんだけどさ。
いや例え1000円超えてても大丈夫……大丈夫だってば!
「じゃああたしはこっちで」
あたしも対抗して500円のジャンボチョコパフェを
選んでやったぜ。
つうかありすのせいでパフェ食べたくなっちゃったし。
因みにジャンボのサイズはと言うと、
30センチぐらいの上側が花のように開いたグラスに
なみなみパフェを入れる感じ。
だから量はかなりある。
つうか油断すると太りそう。
まあ、とりあえず決まったんでメニュー表を閉じたあたしは
元の位置にそれを戻し、店員呼出しボタンを押しといた。
ウェイトレスさん来るまでありすと話とこ。
「それでありす」
「どうかしやした?」
「んーと、普段親御さんとお話ししてんのかなって思って」
「へえ、普通に話して普通に過ごしてますが」
「普通……ねえ」
ありすの普通はなんか、
あたしの考えてる普通とは違いそうだなあ。
うまく言えないけどさ。
「お待たせしました、ご注文を伺います」
お、美しいウェイトレスさんがあたし達の目の前に
やってきて丁寧にお辞儀してくれたぞ。
あたしも対抗してスマイルで応えよう。
「ええと、ジャンボプリンパフェひとつと
ジャンボチョコパフェひとつお願ーい」
「畏まりました」
「それとお姉さん」
「はい、なんでしょうか?」
あたしがウェイトレスのお姉さんを呼び止めて
瞳をジッと見てると、お姉さんはわけが分からずに
キョトンとしてた。
「あの、どうかしましたか」
「あ、すいません。
あまりにもお姉さんの瞳が綺麗だったもんで
見惚れてました」
「まあお上手なのね、ありがとうお客様♪」
お姉さんは気分良さそうにウキウキしながら行っちゃったよ。
うし、これでパフェも多めに盛ってくれるだろうね。
とまあ、こんな感じでいつも綺麗なお姉さんを喜ばせて
幸せな気分になってもらう代わりに、
スイーツのオマケがどんだけ増えるか楽しみにしてんのさ。
なんせ褒めるだけだからなあ、楽勝よ楽勝。
んで、なんかありすが無表情ながらもジーッと
あたしの顔を見てた。
「それにしてもあねさん」
「ん、なんだい?」
そんでありすから初めて質問されたんで、
あたしは少し驚いちゃったよ。
「あねさんってお節介焼きすよね?」
「ああ、さっきの続きか……。
悪いけどさ、なんかこう困ってる人を
放っておけないっていうか、
見て見ぬふりできないんだよ」
だってそれは、昔一人ぼっちで気ままに
遊びまくってた自分を見捨てるような、
なんかそんな感じがしてしまうからねえ。
とはいえ、こんな小っ恥ずかしいことだから
尚の事後輩になんて喋れないって。
「ですがあっしは困ってませんがねー」
「ん、そっか。ありすはお節介焼かれるのは
嫌いって感じかあ」
「別にそうでもないすが」
どっちやねんって言いたくなっちゃうが、
本当にどうでもいいんだろうなあ。
「そうかい。そう言えばさ」
「何か?」
「ありすはアイラちゃんの友達……で間違いないんだよね」
「へえ、その通りでございやすが何か問題でも」
あ、これはちょっと嫌味すぎる質問だったか。
「いや、クレアさんもそう言ってたし
疑ってるわけでもないんだけど、
なんかやっぱり無表情というか、やる気の無い顔が
気になって仕方なかったんだわ」
「さいですか。これでも一月前にあった
高等部との練習試合では、
アイラのこと心底応援してたんすけどねー」
ん、そう言えばこのやる気のないけど高い声、
どこで聞いた事あるのかとうとう思い出しちゃったよ。
「ああそっか。この間の中高テニス部合同練習試合で
応援してたやる気のない声は、
ありすのモンだったのかあ」
「さいです」
あたしがアイラちゃんに迫られた日でもあるから、
イヤに生々しく覚えてるよ。
「そっかあ、ていうかそこまで友達思いならさ、
なおさら個人情報を探るのなんて
やめたほうがいいとあたしは思うんだけど」
「そうすね。ですがそれとこれとは話が別なんで。
それに情報収集をやめるなんて
あっしの判断だけではできませんし」
ん、その言い種だともしかしたらありすは誰かに
強要されてやってるって感じに聞こえんだけど。
「ねえ、もしかしてそれって、
さ……団長の命令でやってるんじゃないのかい?」
あたしがそう言ったら、少しだけありすの顔が
歪んだ気がする。
「……ノーコメっす」
そんでこの空返事、正に図星ってやつだろうね。
「そっか」
それなら話は早いわ。
今度さいひーに話してこよ。
「それとあねさん」
「ん、今度はなんだい?」
「あまり島百合団の最深部の事情には
首を突っ込まない事っす……。
自分の身を大切にしたいなら尚更っすね」
無表情だけど、どことなくその言葉は重かった。
だからこれは、あたしに対するありすなりの
優しい警告なんだろうね。
「そうかい、でも残念だけどあたしは
あたしの好きな様にさせてもらうわ」
「どうしてっすか?」
あら、ありすの顔が少しだけ崩れてる様な、
ちょっとだけそんな感じがした。
「決まってるさ、誰かが苦しんでるのが分かった上で
ノンキに平和を振りかざすなんて、
あたしにはとてもできないもんだからね」
これはあたしの伝統的なラノベ主人公の受け売りでさ、
分かるだろう?
「そうですか。そこまで言うならあっしはもう
あねさんを止めません」
「うん、そうしてくれ」
「その代わりあっしはあねさんを全力でサポートしますんで、
これからもよろしくっす」
「え、それってどういうこと?」
いきなりありすがそう言うもんで、
サポートの意味がよく分からなかった。
「つまり、あっしはあねさんを気に入ったってことなんす。
あねさんのそういった愚直な生き方……
嫌いじゃないから」
おおう、なんか少しだけありすが
微笑んでいたような気がする。
「へへ、おバカですまんねえ」
「聞きたい学園の情報があれば、
これからはなんでも聞いてくんさい。
知ってることならなんなりと教えますんで」
「ああ、是非とも頼むわ」
うし、これで島百合団どころか生徒会の
深い部分までも分かる事ができそうだなあ。
何せ新聞部副部長の情報源なんだしな!
「ところであねさん」
「うん、なんだい?」
「やっぱしさっきのウェイトレスさんの褒め方は
ちっとキザすぎていかんと、あっしはそう思います」
「あはは、なんだちゃんと聞いてたのかよお」
抜け目ないなあホント。
「そりゃあ新聞部副部長すからねー、
情報は小さなところから収集するべしなんす」
「うん、そりゃあそうだ!」
あたしがそう言いながらバカみたいに笑ってると、
ありすの顔もどことなく綻んできていた気がする。
「お待たせしました~、
特製ジャンボプリンパフェひとつに
特製ジャンボチョコパフェをひとつ
お持ちしました~♪」
そんですんごい嬉しそうに笑っていたお姉さんの
持っていた銀のプレートには、
通常のジャンボパフェのサイズ1.5倍ぐらい入っている
パフェ2つが乗っててマジびっくりした。
「うはあ、で、デカいなあ!」
「ほんとデカいっすね、この大きさのサイズは
初めて目の当たりにしたっす」
「ふふ、優しくてカッコいいお客様には
サービスで返させて頂きますから♪」
そんで特大プリンパフェをありすに、
特大チョコパフェをあたしの前に置いた
ウェイトレスのお姉さんは、
楽しそうにそう言いながらお辞儀した。
「はは、ありがとねお姉さん」
「どう致しまして~。
ねね、もしよろしかったら今週の土曜日。
わたしとショッピングなんてどうですかお客様?」
あ、これはヤバいパターンかもしれんな。
ここは丁重にお断りを……。
「そうですね、もしよければお買い物ぐらいなら
手伝いますよ」
出来るわけがないんだよなあ。
だってこんなに盛大にサービスしてくれたのは
この人が初めてなんだもんなあ。
「わーい! それではお客様、こちらをどうぞ」
そんでお姉さんはあたしに
小さな紙切れを渡してくれた。
そこにはお姉さんのメルアド……困ったわ。
あたしが男なら狂喜乱舞してたんだろうけどなあ。
「では失礼しますね!」
そんで最後にすんごいハイテンションにお辞儀して、
カウンター奥へ戻ってくお姉さん。
そんなあたしをありすは無表情でただジーッと見てただけ。
逆にその視線が何とも言えない
恐怖を醸し出すんだよ。
だから何か話さないと落ち着かないわけで。
「まあアレだ、ありすはあたしみたいな生き方しちゃダメだぞ」
「言われなくてもやらねっす」
でしょうね!
「ねえあねさん」
「うん?」
「あっし、早くパフェ食べたいっす」
「あ、ごめん。じゃあ食べよっかあ」
「いただきやーす!」
そんでありすは美味しそうに特大プリンパフェを
がっつき始めた。
ふはあ、本当にウマそうじゃないか!
「あたしもチョコパフェいただきまーっす!」
だから思わずあたしもありす並にがっついて
パフェを食べ始めてしまったのさ。
だがその量はやはりすごい、半分食べたところで
あたしは気持ち悪くなってしまった。
「うえっぷ……食い過ぎた……」
「ごちそうさまっす」
だがありすはあたしとは違って全てを平らげていた。
しかし相変わらず無表情だから
本当にウマかったのかまでは分からないけどね。
だけどまあ、がっつきまくってたから
内心は美味しいと思っていたに違いないと、
あたしはそう解釈しといたのさ。
「あねさん、もうお腹いっぱいすか?」
「ああ、もう食えね」
「じゃあじゃあ、あっしがあねさんの残したチョコパフェも
いただきやす!」
あ、なんか初めてありすの口調が
イキイキしてたような気がするぞ。
「なんだ、ありすにもちゃんと可愛いところがあるんじゃん」
「可愛いって、あっしがですか?」
「うん、なんかさっきイキイキしてたぞ」
「あっ……そうなんすね」
あら、なんか心なしか頬も少し紅いぞ。
それにあたしから目線を逸らすし。
「そうだよ。やっぱりちゃんとあるじゃん、ありすの感情」
「この胸がわくわくする感じ……
これが感情ってやつなんすね」
ありすはよく分からないといった表情で胸を両手で抑えてた。
なんかそれを見ると、あたしの心もホッコリとしてしまうよ。
「うーん、まあ感情の一つだわなあ。
いわゆる楽しいって感情だろ」
「これが……楽しい……」
ありすは目を閉じると、しみじみとその気分を
味わってるような感じだったね。
「そういうこった。
気分はどんな感じだい?」
「うん……なんか……暖かいっす。
あと、自然と頬の筋肉が緩くなるような感じっすね」
「そうだろう、今ならありすも少しは
笑えるんじゃないかねえ」
「笑う……こうすか?」
ありすはぎこちないながらも精いっぱいの
可愛らしい笑顔を作っていた。
何というか、素直で可愛い子だなホント。
ちょっと口調が気になるけど、
でもそれも可愛い顔とのギャップを生み出して堪らない。
「もう可愛すぎじゃんか!」
「わっ……」
つまりさ、今あたしはこの目の前にいる
可愛い生物を抱き締めたくて仕方が無かったから
たまらずギューッと抱き締めちゃったわけ。
それでありすのビックリしてた声も聞こえたけど、
そんなことはもうどうでもよい!
こんな素直で可愛い妹が欲しいですばい!
「ほれほれー、頬っぺたスリスリー♪」
「ちょっ、あねさんやめ……恥ずかし……」
構うもんか、やめるもんか!
「ダーメ、あたしゃもうありすを離さんぞお!」
「あうう……」
ああー、可愛いよありすぅ。ありす可愛すぎるよお!
「いい加減にせんかこのロリコン女!」
「ふぎゃっ!?」
するとなんとなんとなーんっとお!
何時の間にやら激怒してる夏さんに
頭を思い切りぶん殴られ、
思い切りありすの体から引っぺがされ、
そんで地面に叩き付けられてしまったではないか。
そのせいで辺りが女子生徒達の
ざわめきに包まれてしまうし。
「な、夏うううぅぅぅ!?」
ば、ばかな! なんで夏がこんなところにいんだよ!
部活してるって言ってたのにぃ!
「あ、あなたねえ! こ、こんなひと気の多い場所で
なに堂々とこんな幼い女の子を虐めてるわけよ!」
「いえ、あっしは別に幼くは……」
興奮してあたしを襲い掛かる夏に、
ありすの声なんて聞こえやしなかったさ。
「だいたい二実! 島百合団の仕事はどうした!」
「だ、だからそれが今目の前に……」
「はいっ!? ま、まさかこの子を虐めるのが
あなたの仕事って奴じゃないでしょうね!?」
「いや、だからそれは夏の勘違いなんだってばあ!」
「そう、とりあえずもう一発殴っとこうか」
そんでマジな顔で拳を天井へ振り上げる夏さん。
「ぼ、暴力反対! やめてー!」
「問答無用!」
「ひうっ!?」
あたしは思わず目を瞑ってただジッと堪えた。
しかし何時まで経っても夏の拳が
来なかったもんだから、
あたしは恐る恐る目を見開いたのさ。
「……あっ」
すると夏の振り上げた拳を、
両手で必死に掴んで止めてたありすの姿がそこにあったわけで。
それであたしは呆気に取られて何も言えなかったんだ。
「そんなにあねさんを責めんでください。
これでもあねさんはあっしを心配するあまりに
してくれた事なんすから……」
しかも夏にあたしのよさげなところを述べるなんて
もはや思ってもなかったことだから、
あたしは開いた口が塞がらなかったよ。
「そう……ごめんなさい……お邪魔したわね」
それで夏はとても悲しそうな顔をしながら、
その場から立ち去ってしまった。
ううむ、今日の夏はいつも以上にエキサイトしてて
ヤバかったなあ。そのうち命を刈り取られそう。
まあ冗談だけど。
「あねさん、あっしの手を取ってくんさい」
地面に仰向けで倒れてるあたしに、
ありすが無表情だけども手を差し伸べてくれた。
それで他の女子生徒達もざわつくのをやめ、
何事も無かったかのようにそれぞれ内輪話を始めてた。
いやあ、薄情なもんやねえ。別にいいけど。
とにかくあたしはありすの手を取って立ちあがったのさ。
「あ、ありがと」
「かまわないっす」
そんであたしが立ちあがったのが分かると、
ありすはすぐに手を離して胸の中心を両手で抑えてた。
あたしの顔を見る事なく。
なにか引っ掛かる動作だったけど、とにかくあたしは
元の席へと座ったのさ。
「ええと、もしかしたらありすは
夏の事が怖いって感じた?」
「いいえ、そんな事はないっすね」
確かに、言う程怯えてる感じではなかった。
「そっか、それなら良かった。
ああ見えても夏は根はすごくいい奴だからさ、
とにかく嫌わないでおくれよ?」
「へえ……」
うむ、なんかありすも元気がない感じだなあ。
「まあアレだ。とりあえずチョコパフェの余り、食べるかい?」
「へえ、いただきやす」
とりあえず余った特大チョコパフェの半分を渡したら
ありすが美味しそうに食べ始めてくれたから、
あたしはそれを暖かく見てたよ。
そいで全てを美味しそうに平らげたものだから、
とんでもない胃袋を持ってるなって思った。
それにしても食べてる時もどことなく寂しそうな雰囲気を
醸し出してたのが、ちっとだけ気になるけどさあ。
○