第13話 ひさびさ夫婦のご対面
「たっだいまー」
玄関に入ったあたしの第一声がコレ。
大声で叫んでやったよ。
「おっかえり二実ちゃーん!」
そんでこのでっかい声があたしの母さんの声。
そんで玄関に近付いてくる足音。
別に母さんは普通の人よ?
だがまあ、42にしてはちょっと若作りしすぎだがねえ。
「むきゅっ」
そいであたしの目の前へやってきて速攻で
あたしに抱き付いてくる母さん。
そんであたしが母さんの子だってはっきり分かるのが
この胸の平らさ……そっか、あたしは母さん似なのか。
「うーん、やっぱり二実ちゃんの抱き心地さいこーう!」
母さんたらあたしを一目見るたびいつもこれだもんな。
なんか恥ずかしいや。
まあ、すぐに離してくれてるから
母さんなりのスキンシップに違いない。
そういう意味ではたまーに会えるぐらいが
ちょうどいいのかも。
「それよりも母さん、姉さんと三香はいるのん?」
「ええ、モチのロンリネスよー!」
寒いなあ。
「そっか、御飯はもう食べちゃったの?」
「うん、みっちゃん|(三香)は先に食べさせちゃった」
そりゃそうだ。もう8時だもんよ。
「うむうむ」
「今は大人しくテレビ見てるわよー」
「へえ、ワガママ言わなかったんだ」
「ええ、むしろ静かで大人しかったわ」
「そっか」
三香も久々に母さん見て遠慮してるのかもしんないな。
ま、とにかく靴脱いで家にあがるか。
「ささ、こんなところで立ち話もアレだから早く入って。
二実ちゃんの御飯の分も用意してるからぁ」
「はいはい、ありがとね母さん」
「“はい”は一回でしょぉ」
「へーい」
そんで母さんはあたしの背中を押して居間に向かいながらも
あたしに説教を垂れてた。
うむ、ここら辺は一葉姉さんが引き継いでるんだろうな。
そんで居間に辿り着くとあたしは食卓に並ぶ料理に目をやった。
その料理の種類の多さは流石母さん、
美味そうなエビチリとか麻婆春雨とか春巻きにその他諸々、
とにかく美味そうな中華料理ばかりなんだよなあ。
流石は元料理人と言ったもんかね。
そいで食卓には既に一葉姉さんがそれを肴に
ビールをひっかけてたわけだし。
「よっす二実~、先に食べてるぞぉ」
「あはは、相変わらずだね姉さん」
「やはは~、母さんの作る晩御飯はやっぱ絶品でさぁ」
あ、姉さんに褒められた母さんが
すごい嬉しそうな顔してる。
「ふっふーん、今日はあなた達3人のために
ちょっと頑張っちゃった♪」
「はは、うん。一気にお腹空いてきたよ。
とにかくあたしも椅子に座ろうかな」
そんであたしは姉さんの正面席に座って
右肩をトントン叩いたのさ。
すると母さんもあたしの左隣にゆっくりと座り込む。
「はあ、今日は疲れたなあ」
主に右肩がマックスでやばい。
全力でテニスボールを打ち込み過ぎたもんなあ。
「うんうん、二実ちゃん今日はすっごい疲れてるのね」
「あはは、ちょっと全力で練習し過ぎちゃってさ」
ホントはクレアさんにボロ負けしたなんて
死んでも言えませんとも。
あたしが弱音吐いてる時にも母さんは
取り皿に大好物のエビチリをついでくれた。
「はい、二実ちゃんエビチリ大好きでしょ」
「ありがと母さん」
とにかくあたしは肩を叩くのをやめ、
両手を合わせたのさ。
「いただきまーす」
そんで行儀よく頂きますして右手に箸を持ち、
取り皿のエビチリを口に頬張った。
いやあ、甘いチリソースと香草の香りがたまらない。
まさに美味である!
「相変わらずめちゃウマいよ母さん」
「ふふ、良かったわあ」
母さんもご満悦な表情である。
「あはは、二実の作る晩御飯は雑だもんねえ」
うっさいよ姉さん!
アレでもあたしなりに頑張ってんだ!
「ふふ、今度二実ちゃんにもお料理教えたげようかしら」
「あ、うん。是非ともお願いしたいね」
でないとあたし、ますます乙女っぽくなれないし。
「それにしてもお母さん、雄高《ゆたか》さんは
育児疲れとかないの?」
姉さんの何気ないその言葉を聞いて
母さんは満面の笑顔を咲かせてたな。
「ええ、疲れてなんてないわよ。
だって優華ちゃんの可愛らしい
顔を毎日見てるもの♪」
「そっか、まあ雄高さんも
仕事で忙しい春華《はるか》さんの代わりに
まだ2歳の優華ちゃんを育てないといけないものね」
因みにさっきから二人が話してる内容が、
母さんがいつも居るお隣さん家の事情話ってわけ。
「ええ、だからはるっち|(春華さん)に頼まれた事もあって
家事や優華ちゃんの子守のお手伝いもしてるけど……
それで二実ちゃんやみっちゃんに辛い思いさせてるんじゃ
ないかと思うと、とても申し訳なくて……」
母さん悲しそうな顔してんな。
あたしゃ別に気にしてないのに。
そんな時突然、ソファーに座ってテレビを見てたはずの
三香が何時の間にか母さんの後ろにやって来てて、
母さんの肩に乗っかるように抱き付いてた。
例の漆黒ゴスロリ服を着ながらね。
「ママ、別にわたしは辛くないよ?」
「みっちゃん……」
「こうしてママもたまに家に戻ってきてくれるし、
それがすごく嬉しいもん」
「そう……ごめんねみっちゃん。
いつも気を使わせちゃって……」
ううむ、なんかしんみりしてきて気分が良くないなあ。
ここは一つふざけるべきだべ!
「あーっ、上空に円盤状のよく分からない
謎の白い物体が浮いてるーっ!」
とまあ天井指さしながらいい加減なこと叫んだもんだから
なんかみんなシーンとしてた。
いわゆる駄々すべりって奴な。
「えっとね二実、ここに空はないわよ?」
恐る恐るあたしにそう指摘するのは姉さん。
ええ知ってますともそんなこと!
いやん恥ずかしい!
「ま、まあまあ。二実にはきっと何か見えてはいけない
ものが見えてるのよぉ!」
「そうだねえ、ふみちんだもんねえー」
母さんは天然っぽくそう言うが、三香の奴はあからさまに
あたしのことバカにしてた。
このやろう三香、後で覚えとけ!
「ひええっ、こうなりゃヤケ食いやー!」
そんであたしは滑った恥ずかしさを忘れるため
取り皿に各種中華料理を盛ると、
それを一気に口の中へ放り込んだ。
もはやあたしは人間掃除機さ。
おっ、混ざった味は感じるけどこれはこれで美味いじゃん!
「あらら、二実ちゃんてばとってもお腹空いてたのねぇ」
「ふふ、いい食いっぷりだわ」
「流石ふみちん、太ってもしらないよー」
るせえ、褒めるか貶すかどっちかにしろ三香ー!
「ハムッハフハフッ!」
とにかく無心だ、無心で料理をがっつくのだあたしよ。
結局、あーだこーだしてたら食卓いっぱいに並んであった
中華料理は全部無くなっちゃった。
その8割方があたしの胃袋に収まってるんだけどな。
だから超苦しいわけ。
「うええ、食べすぎた……」
「まあ、それはそうなるよねぇ」
姉さんは苦しそうなあたしを見て同情してた。
同情するならもっと早く止めてくれよお……。
「ふふ、でも二実ちゃんの元気が有り余ってて
本当に良かったわ。
なんだかワタシ、とても安心しちゃった♪」
母さんはすっかりルンルン気分で食器を
片付け始めてたから、まあいいや。
よかったよかった、母さんが元気出してくれてさ。
「帰ったぞー」
「!?」
そんな時、玄関からまさかの父さんの声が聞こえてきてた。
つまり、当り前だが父さんは帰ってきたのだ。
時間は9時か……いつもより3時間ぐらい早い帰りだな。
まあそれはいいとして、今食器を洗ってる母さんが
怒ってないか心配だが……ひとまず父さんを迎えとこう。
だからあたしは玄関まで歩いてったのさ。
○
「おかえり父さん、今日は早いね」
玄関に来たあたしはそう言って、
父さんの何が入ってるか分からない黒カバンを
受けとった。
「おうサンキュー二実。流石ワシの娘だ気が利くねえ」
「はは、まあまあ。父さんもお仕事ご苦労さん」
「うむ、最近はだいぶ薬品研究の方も落ち着いてきたからなあ。
ちょっと今日は早く帰ろうかと思ったんだが気付けばこの時間さ」
そっか、相変わらず仕事熱心なんだなあ父さんは。
「すごいね父さん。そんなに仕事ばかりして」
「ははは、新たな薬品の効果を発見することが
楽しくて仕方がなくてなあ」
「……それであなたは娘3人を放っておいて
定時に帰れる職場の筈なのに帰らないわけね……」
「んげぇ!?」
やば、何時の間にか母さんが玄関に来たもんだから
変な声出しちゃったよあたしゃ!
というか母さん、静かに怒ってるところが逆に怖い!
「おお、久しぶりだな妻よ」
「ええ、久しぶりですねあなた」
ゴゴゴゴゴゴ――そんな効果音がこの場に聞こえそう。
つうかあたしは挟みうちされて肩身が狭いんですけど……。
「どうだ、雪風さん家の娘さんは元気にしとるのか?」
「あなたには関係ありませんわ」
やだなあ、ドロドロしてるよぉ……。
「そうか、やっぱワシのことが嫌いなのか」
「当り前です。仕事に恋をして家族を大切にしない
あなたの顔なんか、ワタシ見たくもありませんから」
母さんはエプロン姿のまま玄関から出てってしまう。
「あ、ちょっと母さん?」
「……ごめんね二実。疲れてるだろうけど
後のお片付けは任せるわ」
「あ、うん。それは別にいいけど……」
そんでかなり申し訳なさそうな顔しながら
お隣さんに戻っちゃった。
それを見て父さんも寂しそうな顔してたし。
「ハア……仕方がないな母さんは。
悪いな二実、後片付けはワシがやっとくから
お前は休んどけ」
「いやいいよ、だって父さんも疲れてるでしょ?」
「確かにそうだが趣味の様な仕事にかまけとる
ワシも悪いんだ」
なんだかんだで父さんは優しい人でさ。
黙って出てった母さんを怒鳴ることなんて一切なかったよ。
逆にそれがいけないのかな。
あたしにはよく分かんないんだけどもさ。
「まあとにかくお風呂入ってて父さん。
今から軽く晩御飯の用意するから」
なんせ、あたしが勢い余って父さんの分まで
食べちゃったもんだからねえ。
だからあたしが作るのが筋ってもんさ!
とにかくあたしは台所に行って
軽く肉野菜炒めを作って食卓に並べた。
そんで三香にもう寝なさいと言い付けてから、
姉さんと共に食卓で座って父さんが来るのを待ってたのさ。
○
そんなこんなで夜9時半、体の手入れを済ませた父さんが
食卓へとやってくる。
「父さん、ビール飲む?」
「うむ、貰おうか」
あたしはすかさず冷蔵庫へ行ってビールを取り出し、
グラスを一本持って食卓へ戻った。
そんで席に座ったあたしはビール缶を開け、
グラスになみなみビールを注いでから
父さんに手渡そうとしたのさ。
「はい父さん、冷えてて美味いよ?」
「おうサンキュー。グッジョブだな二実」
父さんはグラスを受け取りながら
あたしに対して嬉しそうにお礼してたけど、
どことなく空元気な気がしたな。
そんでグイッと一気に飲み干す父さん。
まあ、実際かなりの酒豪だからなあ。
「ささ、どんどん飲んで落ち着いてよ」
「本当、いつもすまないな二実。
こんな自分勝手なオヤジでよ」
「なーに暗いこと言ってんのさ父さん。
父さんだって薬品開発してんのは、
病気で困ってる人を助ける為って
言ってたでしょう?」
「二実の言う通りよお父さん。確かにお母さんが言う
『家族みんな揃って円満に生活したい』って気持ちも
分かるけど、でもそれも仕事が忙しいのなら
仕方がない事だと思うわ」
姉さんも父さんの仕事の件は割と理解しててね。
こうして慰めてくれるんだよなあ。
「うむ……だが定時に帰って来れる筈なのに
帰ってこないのは、やっぱワシの仕事の甘さゆえ
かもしれんな」
そう言いながら父さんはビールを飲み干す。
そんですかさずグラスに注いでくあたし。
「父さん……」
「お父さん、それならこうしてみたらどう?
道具を家に持ち帰って仕事するとか」
「残念だが薬品を管理するには特別な施設が必要でな。
だから家では無理なのだよ」
そりゃそうだろね。
父さんから聞いた話だけど、
父さんの働いてる薬品研究所はとんでもなく広いらしく、
施設内も最新の医療設備かなんかが常備されてるらしいしね。
「やっぱり無理よね……」
「それにこの間、三香が勝手に爆発しやすい薬品の
サンプルをワシの部屋から持っていってしまったらしいから
危なくて尚の事家には置いておけんよ」
そう言えばそうだった。
先週ぐらいだったけど三香の奴が
居間で人形を爆発させたんだよな。
だから居間の白い壁が少し焼け焦げてるわけだし。
「そうね、それは危険すぎるかも」
「じゃあ、いっそのこと今の研究対象から
もっと手間の掛からない別の薬品に変えるとか?」
あたしの意見に父さんは目を瞑り
静かに首を左右に振ってた。
「いや、それも無理だな。
ワシの専門が特殊医療薬の開発になっとるから、
上司がそれを認めてくれんだろうな」
「うーん、困ったわねえ……」
「そうだね姉さん。それに明日からあたしも学園の方で
生徒会の仕事で忙しくなって家事を思うようにできなくなるし」
それを聞いて姉さんの顔はビックリしてた。
「えっ、二実ったら生徒会に入れたの!?」
「あ、いやそう言うわけじゃなくってね……」
「ホッ、そりゃそうよね。二実のその頭脳で
生徒会なんて入れないわよねぇ」
「うぐっ!」
地味に酷い言い種だな姉さん。
あたしゃ傷付くぞ!
「ふふ、嘘ウソ。そんなに気にしなさんなって」
「その言い方は嘘っぽくないよ姉さん……」
「まあそれはいいとして、つまりあなたは
島百合団に入団したというわけね」
「知ってんの姉さん?」
こりゃ以外だって思ったけど、
よく考えたら姉さんも豊穣女学園卒業生だったわ。
「ええ知ってるわ。
なにせ私も島百合団に入っていたんだから」
「ぜ、全然知らなかった……」
つまり早い話、最初から姉さんに全部聞いとけば
良かったってことじゃないか!
「まあそれでもあまり上層部……いわゆる四天王とか
三傑集なんかに関わりが無かったので
そこまで大した仕事はしていないのだけどね。
食堂でたまにやるお茶会に参加してばかりだったわ」
ああ、例の悪徳お茶会のアレか。
アレは本当にひどかったけど、
バカなあたしが悪いからなんも言えない。
せめてあの時、夏が隣にいれば変わったんだろうけどなあ。
と、変な方向に考えが逸れちゃう。
今はそんなことより三傑集の事だってば。
「な、なに三傑集って……四天王は知ってたけど
そんなのもいるの?」
なんか、本当によく分からん団体だなあ。
「ええ、三傑集というのは四天王よりも
上の位に立つ孤高の団員の事でね、
ひとことで言えば雲の上の存在……かしらねえ」
「なんだいそれ……意味が分からない」
「まあ私も団員同士の噂話でしか聞いていなかったから
どういう存在なのかはよく分からないわ」
そっか、結局姉さんも深い所までは知らないんだな。
つまりあたしが探ってた事はとくに無駄ではなかったんだ。
よかったよかった。
「ほう、よく分からんがとにかく二実も学校生活が
忙しいという事なんだな?」
あ、すっかり父さんの事忘れてたけど、
ちゃんとあたし達の話を聞いててくれたみたい。
「うん、そういう事だから明日からどうすればいいかなあって
迷ってるわけ」
「……分かった。ワシが今から母さんのとこに行って説得してくる」
「ちょっ」
「お父さん本気?」
すっごい頼もしいけど、すっごい嫌な予感しかしないぜ!
「ああ、ワシに任せろ。なに、お前達二人はもう寝なさい。
明日も仕事や学校があるだろう?」
「うん、まあ……」
「そうなんだけど」
だが、父さんを一人行かせて大丈夫……かなあホントに。
なんかサスペンス劇場的なドス事件が起こったらあたしマジやだよ。
そんで不安に思ってるあたしと姉さんを置いて、
父さんは覚悟を決めた様な表情で立ちあがった。
「何も心配するな。ちょっと今までの事を謝ってくるだけだ」
そんでそのかっけぇ一言だけ父さんは言い残して、
玄関に向かってのしのしと歩いて行ってしまったのさ。
○