第11話 ジェットバスディスカッション
あたしとクレアさんは今、二人だけで大浴場の中に来てるのさ。
実はこの大浴場、外の見た目よりも中がかなり広くってね。
大浴場玄関から入るとすぐ両手の引き戸に、
200人分のカギ付き小型ロッカーがある更衣室があるのさ。
とにかくあたしとクレアさんはそこに入って全部脱ぎ、
長タオルを体に巻いてからそれぞれ脱いだテニスウェアとかを
手に持った。
「さあ二実、右奥に洗濯乾燥室があるから
わたくしに着いてきなさい」
「あ、はいクレアさん」
そんでクレアさんの言う通りに着いてったら、
確かに洗濯乾燥室はあった。
でもそこには生徒使用禁止って書いてあるんですがね。
「こ、ここ本当に使っていいんですか?」
「あら、構わなくてよ。
黙って使ってもどうせ怒られないのだし」
いや、その理屈はおかしいだろう。
でもまあ確かに誰もいないし大丈夫……なんだよな?
「まあクレアさんが気にしてないならいいすけどね」
「ふふ。さあ、とっとと洗濯機を回してお風呂に
入りに行きましょう?」
「へーい」
そんで最新型のドラム型洗濯機にあたし達は
テニスウェアを放り込んだ。
そんでこれまた洗濯機の上に豪華そうな
洗剤と柔軟剤が置いてあった。
「ええとクレアさん、これ勝手に使っていいんすか」
「わたくしのですから別に使ってもよろしくてよ」
だもんだからその上に備え付けられてた
洗剤と柔軟剤をパパッと入れて回しちゃった。
ていうかマジで自分家みたいに
施設使ってるなこの人って思ったわ。
○
そんであたし達は入浴場入り口付近にある
簡易ボックスの中にタオルや腕時計なんかを入れ、
それから入浴場内に入ってすぐ洗い場に移動し、
体を洗い始めたのさ。
「ねえクレアさん」
「どうかしまして?」
「クレアさんってどうしてあそこまで
テニスが強いんす?」
ちょっと異常で気になったから
仕方なく聞いちゃった。
それにしてもクレアさんの肌は病気的に白いなあ。
まあお人形みたいで可愛いし似合ってるから
逆に羨ましいんだけどね。
「ああ、その事ですのね」
その白い体全体を柔らかそうな丸いスポンジで
ごしごいと擦りながらクレアさんは
つまらなそうな表情で続ける。
「だってわたくし、本物のプロから習ってますし」
「えっ!?」
そ、それってつまり……ウィンブルドン大会に
出てるテニス選手とかすか?
「まっさかあ、そんな夢みたいなお話
聞いたことないんですけどぉ……マジすか?」
「マジですが、どうかしまして?」
「うはああああ、マジですかクレアさん!!!」
あたしゃそれを聞いてマジ興奮して叫んでた。
「きゃっ、驚かせないでくださいまし!」
「あたっ!」
だからクレアさんにおデコを叩かれちゃったのさ。
おお痛い痛い……。
「おデコがあ……」
「と言うよりもお母様がプロのテニスプレイヤーですから」
「ん? そういえばミラージュって名字の
選手をどこかで聞いたような……?」
って思い出したよ!
「そっか! マリア・ミラージュって確かにいたわ!
ていうかウィンブルドンテニス大会で優勝してた人やんけ
あたしのボケ!」
思わず訛っちゃーう!
「そう、知っていらしたのね?」
「ええもうそれは! テニス好きなら知らない人は
いないレベルでしょうし!」
「そうですわね」
「うーん、それにしてもウィンブルドンテニス大会かあ……
あたしも出たいなあ」
「ぶふっ!」
あたしが大会出たいって言ったら吹きだすクレアさん。
「ひ、ひどいよクレアさん……」
いくらあたしが弱いからってそんな吹きださんといて!
あたしのアイデンティティ壊れちゃう!
「あ、ご、ごめん遊ばせ……。
わたくしったらつい面白い話を聞くと
吹き出してしまう癖が……」
って、失礼極まりないよこの人!
でもまあ、気丈なだけって人ではないから
あたしは別にいいかな。
でも心は抉られたけどな!
「えうう……」
「コホン……ですがまあ、
わたくしはそこまで畏まった大会なんて
好きではないのですけど……」
ああそっかあ、めったら派手好きだもんなクレアさんはあ。
いわゆるスタンダードな恰好しか許されない
ウィンブルドンテニス大会なんかは、
とくに性に合わないんだろね。
「そですか、まああたしも次にクレアさんとテニスする時は
もっと鍛えてから挑もうと思いますけどね」
「そうなさい。それでもしもわたくしに勝てたその時は……
島百合団から退団する手続きをして
さしあげてもよろしくてよ?」
「あはは、期待してますよクレアさーん」
いったい何時になるか分からないし、
もしかしたら一生勝てないかもしんない。
というかあの団長から逃げる事すら
叶わないかもしれないし。
だからこの期待してますは空返事なわけですたい。
「それにしても二実」
「どうかしましたかクレアさん?」
「あなた、風紀取締りなんてことを
したことはありまして?」
「ありませんよ勿論」
どっちかってとあたしは風紀を乱す方だしなあ。
「そうでしょうね、知っていてよ」
「あう……」
じゃあ何故聞くのさクレアさんよ!
「団長の手前ではああ言いましたが、
あなたには特別な任務を与えようと思うんですの」
「特別な任務ってなんです?」
なんか特殊部隊みたいでかっこいいすね。
「あなたは知らないかもしれないから
あえて言っておきますが、
生徒会には様々な役職がありますの」
「ええまあ……そうですよね?」
知らんけど。
「その反応……やはり知らないのですね」
「あはは、ごめんなさいクレアさん」
あたしは仕方なく素直に頭を下げちゃったよ。
そんなあたしを見てクレアさんは呆れながら
溜息を吐いてたし。
「はあ……では1から教えて差し上げますので
よく聞いておきなさい……
と、その前にジェットバスに浸かりましょうか。
このままでは風邪をひいてしまいますわ」
体を洗い終えて泡を流したクレアさんは
入浴場の真ん中に設置してある
丸い形の泡がボコボコ出まくるジェットバスに
移動しようとする。
「あ、そうですねクレアさん。
あたしもちょうど洗い終えたんで
行きますよー」
だからあたしも後ろを着いてって、
ジェットバスの中にバシャッと入ったわけなのさ。
「ああー気持ちええんじゃあ……」
「こら二実、それではまるでオヤジみたいでしてよ?」
「いやあ、気持ちいいもんでついー。すいませーん」
いやあ、それにしてもマジ気持ちいい。
ジェットの泡ぽこがあたしの体全体を気持ちよく
包み込んでくれてるから
それで疲れがどんどん取れていってしまうんだわあ。
あ、でもそんなあたしを見てクレアさんは
呆れてたけどさ。
「まあよろしいですわ。
では豊穣女学園生徒会――正式名称〈美徳の鑑〉について
説明いたしますわ」
「へーい」
美徳の鑑……ねえ。
美徳とはなんぞやって思っちゃうねえあたしの場合。
それでもクレアさんは真面目な顔で
語りを始めてくれるわけですが。
「まず生徒会がある理由ですが、学園に関するあらゆる
事務を処理するために存在します」
「それはやっぱり、生徒が多いからですかねえ」
「まあ大体その通りですわ。それでも生徒会には
成績が優秀な者か勤勉な者しか入れない故に
その席は少ないわけです」
「へえー」
「本来ならば生徒間同士で投票によって決めるのが
筋なのでしょうが、ここはそうではなく先生方の意向でのみ
決まるわけですの。
つまり、これがどういう事か二実には分かりまして?」
「ええとお、つまり本当になりたい人はなれないって
捉えていいわけですかねえ?」
なんか違うっぽいけどそんな気がするわあ。
ダメだあ、風呂が気持ちよすぎて頭がうまく
働かないわあ。
「いいえ、確かにそれもあるのですが
実際問題は先生方達のお子様が
生徒会の委員長になりやすい……
というよりもなってしまうわけですの」
「はえー……」
「そして委員会の一員に就ける生徒は先ほども申した通り
決まって成績優秀な者か勤勉な者のうち、
各委員で10名しか就けませんの」
「ああそういう事ですねえ」
なるほど、それなら身柄もちゃんとしてるし
特に面倒くさい事考えなくてもいいもんなあ。
「ええ。ですがそれは生徒会に立候補する生徒に
とっては堪ったものではない事でして、
なりたいのになれないという事態が
その生徒達への不満に変わり、
学園に対して不信感を抱くという
結果になってしまいますもの」
そっか、生徒会に入りたいって
思う人はなんか大変なんだなあ。
あたしは堅苦しいのとか苦手だからどうでもいいけど。
「へえー、それにしても一つの委員会に
委員長とその部下合わせてたった11名で
よくもまあ仕事が追いつくもんですねえ」
「いいえ、絶対に間に合わなくてよ?」
「はい?」
それは組織としていかんでしょ。
「ですから、“わたくし達の様な組織”があるんではないですの」
「ああ、そういう事ですか」
なるほどねぇ、全ての辻褄が今あった気がする。
「つまり島百合団は生徒会の補助的団体であると、
クレアさんはそう言いたいんすね」
「その通りですわ。
その代わり権限は全て生徒会の方にありますので、
わたくし達は大層な行動は取れません。
せいぜい下っ端として雑務をこなすぐらいしか
できなくってよ?」
「ええと、分かりやすく言うと正社員とバイト
みたいな感じでいいんすかね」
「その通りですわ」
うむ、まだいろいろ気になるところは有るけど、
大体島百合団の存在理由は分かったからいいや。
「それでクレアさん、あたしは何の任務に当たれば
いいわけですかい?」
「ええ、その前に委員会の説明を続けますが……
数ある委員会の一つである
放送委員会でまずは働いてもらいます」
放送委員会……放送だけに
何かいい情報を得れそうだなあ。
「ええっと、分かりました!
それで具体的にどうすればいいんです?」
「ええ、わたくしの派閥に属するとある密偵が
一人おりますので、その子の指示に従って
放送委員会のお仕事をこなしてもらいますわ」
「な、なんすかその密偵って!」
やっぱ怖いよこの団体!
「ふふ、アイラのお友達ですわ」
「へえ、アイラちゃんの……」
それならなんか安心できるなあ。
「えと、その子の名前はなんて言うんです?」
「ええ、中等部3年生でありながら
放送委員長兼新聞部副部長を務める
若狭ありすでしてよ」
「へえ、若狭ありす……ねえ」
名字は渋いけど、カワイイ名前してんね。
「連絡でしたら今夜中にでもわたくしの方から
入れておきますので、
とにかく二実は明日の放課後、
学園の最北東にある新聞部に行きなさいな」
「うえっ、あんな遠いところですか……」
新聞部部室はいわゆる文化部が集まってる部室群の
中の一つにあるんだけど、
これがまた高等部校舎から遠くてね。
たぶん歩いて20分以上掛かる所にあるわけよ。
「ふふ、そんなに歩くのが辛いのでしたら
島百合団の館裏に止めてあるわたくしの自転車を使っても
よろしくってよ?」
「え、いいんですか?」
「ええ、煌びやかなユニオンジャックフレームの
自転車がありますからどうぞお好きに
使いなさいな」
うっ、そ、それはまた目立ちそうだなあ……
というかこの人愛国心強すぎる。
でもありがたく使わせてもらうけどね!
「ありがとうございますクレアさん」
「ふふ、あなたはわたくしの忠実な下僕ですもの。
不自由な事は何一つさせませんわ」
うむ、なんだかんだでマネジメント完璧じゃんかクレアさん。
これなら一生着いてっても構わないレベルかも。
「1から10までホント……感謝してますよ」
あたしが心の底から感謝する眼差しを向けたら、
クレアさんはぷいっと顔を逸らしてしまう。
愛くるしいねホント。
「そ、その代わり下僕としての仕事は完璧に
こなしてもらいますけれど!」
「へへ、任せてくださいクレアさん。
あたしはタダでは転ばない人間すからね!」
「ふふ……さあ、もうわたくしものぼせそうですし
そろそろありがませんこと?
洗濯物も乾燥機に入れていい頃合でしょうし」
そう言えばいつの間にか30分ぐらい経ってる。
入浴場の壁に掛かる大きな丸時計の時針も
もう既に夕方6時を上回ってるし。
まあいいか、家事は母さんの方に連絡して
無理くり任せてるし大丈夫だろうね。
「そうですね、あたしも充分体回復しましたから
あがりますわ」
そんなこんなであたし達は入浴場から出て
バスタオルで体を拭き、
テニスウェアを洗濯機から乾燥機に入れてから
大浴場を出て再び島百合団の館にある
クレアさん専用部屋目指して
歩いて戻っていったのさ。
○