第10話 クレアさんの神髄
そんでクレアさんから首根っこ引っ張られながら
団長であるさいひーの部屋からあたしは出ていった。
「まったく、二実ったらあまりにも団長に馴れ馴れしく
し過ぎですわ!」
廊下を歩きながらもクレアさんはあたしを怒鳴り散らすし。
「ええ、でもさいひーがいいって言ってたし……」
「その呼び方は本人の前以外ではおやめなさい。
このことが他の者に知れたら、あなたの命運も
怪しくなってよ?」
「そ、そんなにヤバいんすの?」
「ええ、マジヤバですわ」
そっか。クレアさんがそこまで言うんなら、
これからはちょいと気を付けようかね。
「それにしてもさい……団長はなんであたしの名前を
知ってるのに、あんな意地の悪い質問するかね?」
なんせ証書にあたしの名前は書いてる筈、
だったら普通はフルネームなんて聞かないよな?
「あら、団長は本当にあなたの名前を知らなくってよ?」
「マジですか」
ちょっとクレアさんを疑いそうになったけど、
でもクレアさんがキョトンとしてるあたり、
本当にさいひーはあたしの名前を知らないんだろうね。
いやしかし、それだとなんで入学当時にさいひーは、
あんな人だかりの多いお茶会であたしだけを
気に掛けたんだろう。
少し考えたけどさっぱり分からんから、
クレアさんに聞いてみようか。
「じゃあなんで団長は、あのお茶会の人だかりの中で
あたしを気に掛けたんですかね?」
「あら、そんなの簡単な事でしてよ?」
「え、どういう?」
「因みにわたくしもそのお茶会に参加してたのですけど
ご存知で?」
あー、全然気付いてなかったかも。
「ごめんクレアさん。まったく知らなかったです」
「そうですか……しょんぼりです……」
あ、ホントに悲しそうにしてるし。
「ま、まあまあそんな落ち込まないでくださいクレアさん。
あたしだってスイーツに夢中でがっついてたから
全然気付かなかったんですって!」
とか言ったら、やけに憎たらしい笑顔を
あたしに向けてらっしゃる。
「そう、それですわ」
「えっ?」
どういうこと?
「あの畏まったお茶会の中で、
あなた一人だけがスイーツ食べ放題をいいことに、
がんがんこぞって、それをワイルドに頬張るんですもの。
ちゃんと味は覚えてらっしゃるの?」
「えっと、覚えてないです」
あ、でもチーズケーキだけはくそ美味かった
記憶があるぞ。
「でしょうともね。それを団長はポカンとしながら
ずっと見ていたそうですのよ?」
「あ、それでか」
つまり欲望のままに貪ってた
あたし自身のせいって事じゃんかよ。
「ですから団長はあなたの顔を間近で見るまで
先ほどの入団証書の氏名欄を見る事なく
机の中で温めてたのです」
「回りくどいなあ。さっさと氏名見とけばいいのに」
あかん、つい心の声が表に出てしまった。
「ですから団長は人と人との繋がりを大切にするお方だからこそ、
こうしてあなた自ら目の前にやって来るまで大人しくしてた
ということなんですのよ。
あ、足元の段差に気を付けなさいな」
そっか、やり方はちょっとオカルト染みてるけど
根は本当に優しい人なんだな、さいひーは。
そう考えると少しは安心するぜ。
そんなこんなでクレアさんと話しながら移動してたら、
いつの間にか2階へ降りる階段前に来てた。
「ありがとクレアさん」
「べ、別によろしくてよ?」
あたしは首根っこを引っ張られながらも
階段から足を踏み外さないようにかなり気を付けて歩いてた。
でもよく考えたら首根っこ引っ張られなかったら、
実はこんな苦労しなくても良かったんだよな。
それも2階までの階段を降り切った後に思った事だから、
もはや手遅れなんだけどね。
「さあ、次はわたくしの右手側についてきなさいな」
「あ、はい。というかクレアさん」
「何か?」
「そろそろ首根っこ……離してくれてもいいのでは
なかとですか?」
あたしの着てるテニスウェアの襟が伸びきってしまうぜ。
もう手遅れかもしれんけど。
「あら、これは失礼」
そんでクレアさんはやっとこさ首根っこから
手を離してくれた。
もっと早く声掛けるべきだったと思った。
そんであたしはクレアさんの背中を着いて
正常な歩行状態で歩いてったのさ。
「ふう、やっと首が解放されたぜぇ」
「こら二実、さっきから言葉使いが汚らしくってよ?」
「まあまあクレアさん。たまにクレアさんも
粗暴な言葉を告げるではないですか」
なんかの時にクソバカとか言ってたこともあるしな。
「べ、別にそれはワザとではありませんし……
ちょっと気が立つとその……
変な言葉使いになっちゃいますけど……」
ああもう、どんどん縮こまっていって可愛い人やな!
もう抱きしめてからかいたくなるぐらいだわ。
やったら鞭で打たれそうだけどな。
そんで気付いたら白い壁が
クレアさんのおデコに当たりそうになるぐらい近付いてた。
「と、とにかくクレアさん。
もうすぐ壁にぶつか……」
「ぁきゃっ!」
だから急いで注意したけど手遅れだった。
クレアさんは硬そうな白い壁にバチコーンとおデコを
衝突させる事故を起こしちゃったよ。
そんでおデコを両手で押さえて痛がるクレアさん。
マジで痛そう。
「う……くぅぅん……!」
「あぁ……ごめんクレアさん。
もう少しあたしが早く気付くべきでした」
ていうか、目の前見ながらなんでぶつかるねん!
ってツッコみ入れたくなっちゃう。
「か……飼い犬に手を噛まれるとは……
こういう事を言うのですね……
屈辱ですわ!」
いやいや、意味が違うでしょクレアさん。
どっちかってっと自爆じゃないですかあ。
それになんか怒ってるし!
まあいいや、なんかあたしの右手側に
〈クレア・ミラージュの間〉って書いてある
銅色のプレート張った扉を発見したし、
それすなわちここがクレアさんの行こうとしてた
部屋って事なんだろうからね。
「と、とにかくクレアさん。
クレアさんの部屋にも辿り着けたし、
機嫌直してくださいよな」
「あ、あなたに言われなくても
分かって……いてよ!」
クレアさんは痛がるおデコを右手で押さえながら、
左手でゆっくりとドアノブを回して扉を開けた。
「さあ、ようこそ我がクレア・ミラージュの間へ!
あいたた……」
そんでとても痛そうにおデコをずっと押えてた。
スッゴイカワイソ。
○
それにしてもクレアさんの部屋はすごい豪勢だった。
壁全体に巨大なユニオンジャックの国旗を張って、
床は柔らかそうな赤色のふわふわ絨毯が敷き詰まる。
部屋の真ん中壁際にクレアさん専用の作業用机。
それも何か黒い布を被せてたし。
後は右壁際に大きな西洋タンスと冷蔵庫なんかがあって、
左壁際に柔らかそうな革製の横長ソファー2個が
黒い木製の長方形テーブルを挟むように置いてあった。
そんでテーブル上には西洋茶器も置いてあったから
多分お客様用かなんかなんだろうね。
とにかくエレガント過ぎるよクレアさん!
さすが金持ちだなあ。
だからあたしはその部屋に思わず見惚れてしまったのさ。
「ふふ、素晴らしいお部屋でしょう?」
「いやあ、素晴らしすぎて目がチカチカしますね」
主に四方の壁に張り巡らしたユニオンジャックの柄が、
あたしの目を攻撃しまくるのさ。
「大丈夫ですわ。次第に慣れますから」
「そ、そうだといいんすけどねえ」
いや無理だと思うけどさ。
つうか洗脳されそうです。
「それでは二実、そこのソファーに座りなさい」
「あ、でもあたし今汗臭いすよ?」
「そうね、それではしばしそこで座ってお待ちになって?」
「あ、はい」
って、汗臭いのに座っていいのかなって思っちゃったよ。
でもまあ、立ちながらちょっと待つだけだし別に座らなくていいや。
そんでクレアさんはタンスを開けてその中から
白いバスローブと長タオル2式分、
おまけに赤い薔薇の絵が描かれた黒いボトルの
シャンプーとボディソープらしきものまで取り出してた。
それからあたしのところにそれを持ってくる。
そんでバスローブと長タオル一式だけ
あたしに手渡してくれた。
「お待たせしましたわね。
では大浴場へ向かいましょうか?」
「あ、そういう事でしたか。
なんかありがとうございます」
あたしは察したね。
なんという気前の良さだと。
これがあの気丈でワガママなクレアさんだというのだろうか。
「よろしくてよ、それと場所は分かってらっしゃるでしょう?」
「まあ知ってますけど」
「そこには洗濯機と乾燥機もあるのをご存知で?」
「えっと、それは知らなかったです」
「ではそれも含めてご案内いたしますわね?」
そう言ってクレアさんは手慣れた感じで
お風呂道具一式持って、部屋を先に出た。
だからあたしも急いでバスローブと長タオルを包み、
左に抱えてついてったのさ。
島百合団の館を出る頃には、外は綺麗な夕焼けが映えてた。
腕時計を見ると、時間はもう夕方5時30分だったしね。
「こちらの方が近くてよ?」
そんで館に背を向けて右手側の方向にクレアさんは歩き出す。
「クレアさん、そちらは確か合同体育館が邪魔してるんでは」
「そんなもの、体育館の突き当りを右手に真っ直ぐ行けば
近道できますでしょう?」
ああ、道じゃないところを歩くつもりなのか。
そんな発想あたしには無かったなあ。
「なんか意外ですね?」
「何がですの?」
「いえ、クレアさんがこんな横着するとは
思ってなかったんで」
つうかとても厳格な人だと思ってたからなあ。
「あら、少しでも時間を損したくはないでしょう?
ですからこんなのは序の口ですわ……よっと」
とか話しながらもクレアさんは
植木林をくぐり抜けようとしていた。
「あ、そっちは植木林が邪魔してるんですけど」
「いいえ、このまま真っ直ぐ行けば逆に近いですの」
「ああ、そうですか」
なんかワイルドだなあ。
これがイギリス人の神髄なのかなあ。
とりあえずあたしもどんどん着いてこう。
雑木林を抜けたその先には、
西門から職員公舎に続く大通りが見えてた。
「ね、近いでしょう?」
「はい、素晴らしいですねクレアさん」
「まあわたくしにお任せすれば、
こんなモノは屁でもなくってよ!」
マジであたしは驚いたよ。
そんでクレアさんも心底楽しそうだったし。
「さあ、もうすぐ着きますから
どんどん真っ直ぐ進みなさい?」
「へーい」
そんでまた植木林を歩いてくと、
とうとう大浴場の壁にぶち当たった。
「さあ、次は左手側ですわ」
「おっしゃる通りで」
次は左手側にまっすぐ歩いて歩道が見えたら、
右手にちょっと歩くだけで、
大浴場の入り口に着く事ができたよ。
「いやあ本当に早いすねえ。
いつもより5分以上早いんですけど」
まあ、いつもは職員公舎側から行ってるからね。
そりゃ遠いよね。
「ふふ、わたくしの手に掛かればこんなものですわ!」
いやあ、自信満々な顔をしてらっしゃる。
本当、こういうところは微笑ましいなあ。
「ささクレアさん、早いとこひとっ風呂浴びに行きましょ」
あたしは構わずクレアさんの背中を押したよ。
早く入りたかったからねえ。
「わ、分かってますからそんなに
背中を押さないでくださいまし!」
「はいはい」
クレアさん激おこしてるけど、
とにかく大浴場へレッツゴーじゃあ!
「こら二実っ、押すなと言ってますのにー!」
そう、関係ないね。
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