第9話 淑女の花園、島百合団の館へようこそ
ミラージュ先輩に連れてこられて島百合団の丸ごと入ってる
建物の前にいるんだけど、これまたデカいものでさ。
建物は高等部校舎のすぐ北側にあったわけで。
つうかいつも部室に行く時に何度も見てるって
話なんだけど、なんか妙な洋館があるなって思うだけで
入ろうとも考えなかったよ。
それに初等部と中等部の頃なんて遠くて縁すら
なかったからねえ。
「せ、先輩。こちらが例の島百合団の
建物でいいんですかい?」
「これからは先輩ではなく、クレア様とお呼びなさい」
「あいたっ!」
そんで頬を優しくビンタされる。若干痛い!
「ぼ、暴力はやめてください……」
「これは暴力ではなく下僕への躾ですわ。
さあ、頬をもう一度叩かれたくなかったら、
クレア様とお呼びなさい?」
こ、この人めちゃくちゃ言うてるやん!
って、思わず叫んじまいそうだわい。
「ほら早く!」
く、屈辱だけど……逆らったら後が怖い!
今はプライドを捨てて……
先輩の名前を様付で呼ぶだけ……
呼ぶだけだってのに無理!
「ふざけんな! 断るですわよ!」
「……そう、ノリが悪い子ですのね」
あ、なんかシュンとしてるし。
というか切り替えが夏以上に激しいです先輩。
しょうがないにゃあホントに。
「……だったらですね先輩、クレアさんと
呼んでもよろしくてか?」
あたしがそう提案したら、一瞬ミラージュ先輩の顔が
パァーッと明るくなった。
けど、またすぐに不機嫌そうな顔に戻る。
相変わらずどういうこっちゃ。
「ま、まああなたがそこまで言うのでしたら……
そう呼んでくれても構わなくってよ?」
「あ、そうですか。ではこれからは
クレアさんって呼ばせてもらいますね」
なんかシチュー食べたくなる呼び方だけど、
口にはしないでおこう。
多分、きっと、ぶん殴られるに決まってるからね。
「さ、さあ。こんなところで無駄話してないで
行きますわよ、二実?」
「そう言えばクレアさんはいつの間に
あたしを呼び捨てで呼ぶように?」
気になったからね、仕方ないよね。
「べ、別に……なんでもございませんから!」
あ、なんか頬を膨らませて腕組んでら。
「そうですか、では行きますかクレアさん」
「ええ、ついてきなさい二実」
「あ、その前に家に電話してもよかですか?
あまり遅いと家の晩御飯が大変な事に
なるからさあ」
「むっ、まあそのくらいなら構いませんわ」
「それじゃあお言葉に甘えてー……」
そんであたしは自分のパカパカする青い携帯電話を
スパッツに着いてるポッケから取り出し、
母さんの携帯電話に直接かけた。
「……あ、母さん?
うんとね、今日はちょっと学校でやることあるから
晩御飯の用意頼める?
……もちろん晩御飯の用意できたら、
父さんが帰る前にお隣さん戻っていいからさ。
……うん……え、そうなんだ、わかった。
じゃあこっちも気を付けて帰るねー」
ひとまず家への連絡はこれでよし。
あたしは携帯をしまったよ。
「もう連絡はよろしくて?」
「ええ、では行きましょうか」
「それよりも……」
ん、なんかクレアさんが複雑な顔してるな。
「どうかしましたか?」
「二実のご家庭は少し込み入ってますのね……」
「ああそれですか、気にしないでください。
もう昔っからこんな感じなんでさ」
だからそんな顔しないでくれよな。
なんか逆に気まずいっす。
「分かりましたわ、とにかく行きましょうか」
「ええ、お願いしますねクレアさん」
そんであたしはクレアさんの後ろを着いて行きながら、
島百合団アジトへ乗り込んでいったのさ。
○
「お帰りなさいませ、クレア様」
アジトの玄関に入った途端、そこに立ってた多分後輩の
女の子がクレアさんに向かって丁寧に頭を下げてた。
なんだか仰々しいな。あたしこういう畏まったの苦手なんだよ。
「ごめん遊ばせ」
「あ、よっす」
クレアさんは笑顔で返すが、
あたしはよく分からずにいつも通り適当に返した。
そしたらその子は何故か戸惑いながら
向こうへ行ってしまったのさ。
「ぁいた!」
そんであたしはクレアさんに頭を叩かれる始末だよ。
「二実、純真無垢な子にそんな野蛮な返事はおよしなさい」
「えぅ……じゃあどう返事すれば……」
「わたくしのように屈託のない笑顔で
ごめん遊ばせ、と言えばよろしくてよ」
「そ、そんな言葉づかいしたくないっす……」
マジで勘弁してください。
「まったく……本当に躾のなってない
お人ですのね」
「そ、そんな事言われても……」
大体、ボーイッシュなあたしにお嬢様言葉なんて
似合わなくってよ。
ほら、なんかキモいっしょ!
「まあ野蛮で下賤でがさつな二実では
仕方ありませんわね」
「あぐっ!」
あたしは心を抉られた! そこまで言わんで欲しい!
「ま、まあそういう野性的なところ……
わたくし……す……嫌いではなくてよ……」
そんでまた照れくさそうな顔して
あたしから目を逸らすし。
しかも声が小っちゃくて聞き取れませんクレアさん!
「だ、大丈夫ですかクレアさん?」
そんであたしが心配すると、顔が怒りに満ちる。
ぶっちゃけありえなーい……これもあたしが言うとキモい!
「と、とにかく団長の元へさっさと行きますわよ!」
そのままクレアさんは玄関からまっすぐ歩いてった。
「あ、ちょっとクレアさん! 足が速いっす!」
「ほら、さっさと行きますの!」
「へ、へーい……」
そんでしばらくクレアさんの後ろをついてくと、
階段を上り続けて3階までやってきた。
それからまっすぐ歩いた突き当りに、
〈島百合団団長 白瀬彩氷 の間〉と書かれた
金色のプレートが貼り付けられた馬鹿でかい両扉が
あたしの目に入ってくる。
「うわあ、すごい大きい両扉すね……」
「ふふ、団長のお部屋は特別ですの」
「なるほどっすねー」
「二実、一つだけ約束する事がありますから
よくお聞きなさい?」
なんかこの時クレアさんの顔が怯えてるような、
そんな顔してたね。それに小声だし。
だからあたしも真剣に話を聞いて
小声で話す事に決めた。
「はい、なんでしょうか」
「団長の前では……絶対に島百合団に
入りたくないという意志を示さないこと」
「それだけですか?」
意外な事で拍子抜けしちゃった。
でもクレアさんの顔はやっぱり追い詰められてる様な、
なんかそんな気がした。
「それだけですわ。
ではノックしますわね」
「あ、お願いします」
そんでクレアさんはコンコンと大きな扉を叩いた。
「団長、四天王の一人クレア・ミラージュは新しき団員を
連れて参りました」
な、なんかいつもより丁寧だなあ。
でも四天王が全てを台無しにしてるが。
『あら、また新人さんがいらしたのね。
どうぞお入りなさいな』
そんで扉の上にあるスピーカーっぽいのから
とても綺麗な声をした女性の声が聞こえた。
例えるなら球場とかでよく聞くウグイス嬢かね。
「それでは失礼いたします」
「失礼しまーす」
そんで見た目よりも意外と軽い両扉を
同時に開けた先には――物凄い大きな机に座った、
こりゃ絶世の美女と言われてもおかしくない程の
美人さんが座っていた。
髪は整った黒色ストレートロング。
肌は全体的に雪のように白っぽい。
身長は160程度ぐらい。
顔は整った逆三角形。
瞳は全てを見透かすような黒色。
唇には紅いルージュを付けててすごく似合う。
いわゆる和美人って奴だよね、これは。
それにしても何処かで見た事あるような……
でもこんな美人とあたしなんて、縁がある筈もなしだし。
とにかくあたしは目を丸くしてボケーッとしてたのさ。
「はえー……すごい美しい方っすね……いた!」
「く、口を慎みなさい! この助平めが!」
あたしが思わず美しいなんて口にしちゃったもんだから、
頭を本気でミラージュ先輩に叩かれてしもた。
これじゃますますバカになっちゃーう!
「うふふ、ありがとうね。
ええと、あなたのお名前を知りたいわ」
でも団長さんはたおやかに微笑んでくれてた。
マジ天使みたいな人だな、おい。
「あ、はい。あたしは秋月二実って言います」
「そう、二実ちゃんね。これからも仲良く
一緒にお茶を飲みましょうね?」
「ええ、いつでもバッチ来いですよ。ええと……」
名前なんだったっけ?
よく考えたらクレアさんからも聞いてないや。
そんな感じであたしが悩んでると、
団長さんはなんも気にせず微笑み返してくれる。
「白瀬彩氷よ。
二実ちゃんの好きな様に呼んでもらっても
構いませんからね」
あ、そういえば扉にプレートあったじゃん。
バカだあたし~。
それにしても好きな様にねぇ。
だったら遠慮くなく呼ばせて貰おうかね
「それでは、さいひーってのはどうですか?」
「ちょっとあなた!?」
だがそれで焦ってたのはクレアさんの方だった。
まあ立場上しゃあないのかなあ。
でもさいひーと呼ばれた団長さんは、
まったく微笑みを絶やさなかったよ?
「さいひーね。可愛らしくていいお名前だわ!」
そんで満面の笑顔を咲かせて喜ぶ始末。
ああ、なんて心の広い人なんだろう、さいひーは。
だがクレアさんは気が気ではなかったのか、
ヤバいぐらい額から汗流してた。
「ちょ、ちょっとお待ちください団長!」
「あら、どうかしたのクレアちゃん?」
「そ、そんな呼び方をされて……本当に
よろしいのですか?」
「ええ、もちろんです!
せっかく二実ちゃんが付けてくれた
可愛い呼び方ですもの!」
ああー、なんか心が洗われ癒されていくぅー。
そういえば部屋の中もなんかすっごいファンシー。
なんせ右壁際に立つ木製のタンスの中や外には、
何かの分厚いファイルと混じってたくさんのデフォルメされた
動物のぬいぐるみがおいてあったし。
そんで左壁際には同じタンスの中や外に、
どこで買ったか知らないけど、
とても綺麗な仏蘭西人形や倫敦人形なんかが
謎の資料と共に飾られてるわけだし。
そのタンスすぐ前には、お客さま用に使うっぽい
やや大きなテーブルを、革製の大きなソファー4個が
四方を丁寧に囲んでたのさ。
そんでテーブルの上には西洋茶器一式が置いてあった。
なんつーかオシャレで乙女チックだわ。
そんな感じでキラキラ目を輝かしてたあたしの隣で
クレアさんは何故か参ってたわけだが。
「ま、まあ団長がそれでよろしいのでしたら……」
「あら、クレアちゃんは私に何か
可愛い呼び名を付けてくれないの?」
「わ、わたくしはそんなセンスがありませんし……」
「そう、仕方ない子ねー。でも、クレアちゃんの
そんなところがとっても可愛くて素敵ですよ」
「あ、ありがたきお言葉。誠に感謝しております」
そんで跪いて畏まった返事をする始末である。
あの気丈でワガママなお嬢様がするんだから、
こりゃよっぽどなんだろうなあ。
「あらあら、そんなに畏まらなくてもいいのに」
だけどもさいひーは全然気にしてない様子。
あたしも便乗しよっと。
「そうですよクレアさん。
さいひーもこう言ってるんですし」
あたしが言うとクレアさんは勢いよく立ちあがり、
必死な表情をあたしに向けてくれたよ。
おお、こわいこわい。
「あなたは何も知らないから
そんな余裕しゃくしゃくな態度が取れるんですわ!」
「えー、よく分かりませんよクレアさん?」
本当によく分からない。
さいひーはこんなにいい人なのになあ。
「こらこら二人とも喧嘩はやめなさい。
お嬢様らしくないですよ?」
あたしは別に喧嘩売ってるわけじゃないけど、
とにかくさいひーは優しいな。
「こ、これは失礼いたしました団長」
「あ、すみませんね。さいひー」
「いえいえ、分かればいいのですよ♪」
はあ、辛抱たまらん笑顔ばい!
こりゃあたしが男だったら、一発で落としに
掛かるってもんだね。
「で、では団長。二実に島百合団の掟を
手短に御伝授お願いします……」
ほわほわ気分なあたしを置いといて、
クレアさんは団長に話を続けてた。
つうか、島百合団の掟とはなんぞや。
「そうね。本当なら二実ちゃんともっと個人的なお話しを
したいのだけど、それはまた今度ね」
さいひーはあたしに可愛らしくウインクしてくれた。
超可愛いけど美しいぜ。
「あ、はい。さいひー」
「それでは今から島百合団5つの掟を
教えてあげますね?」
「はーい、お願いしまーす」
あたしが間の抜けた返事をすると、
クレアさんは横で頭を抱えて震えてしまう。
ふひひ、こんなに怯えるクレアさん見ると、
変な笑いが止まりませんぜ。
「まずは第1条ですが、
島百合団同士では喧嘩をしない事!
他は特に問いませんけどね」
「はーい」
他とはなんぞやって思ったけど黙って聞いとこ。
「次に第2条ですが、
毎日を楽しく過ごす事!
笑って過ごさなきゃ損だもんね♪」
「すっごい分かりますわあ」
こりゃまた直球な条約だなあ、ちょっとビックリ。
「そして第3条ですが、
あなたの出来る範囲で生徒会の
お仕事を手伝ってもらいます」
「え、それって風紀取締まりしろって事ですか?」
「いいえ、それに限らずに総務、放送、保健など
お好きになさいな。
ちゃんと生徒会からも正式に許可を貰ってますし」
な、なんか3条だけやたらと濃ゆい内容だぞ。
「でもクレアちゃんの派閥に属する二実ちゃんは
クレアちゃんの方針で風紀以外ができないかもだけど。
そうよねクレアちゃん?」
「はい、団長の仰る通りです。
わたくし達の派閥は人が少ないですから、
そんなに多く団員を出せませんし」
「あー、そうなんですね……
よく分かりませんけど分かりましたー」
あたしはすっごい適当だった。
だってさっきからこの人達が何言ってるか
よく分かんないもん!
ていうか……そんなの初耳だよ!
あたしゃてっきり風紀取締まりだけが
島百合団の仕事かと思ってたしな!
「まあそういうわけですので、
二実も風紀取締りにのみ取り組みなさいな?」
「ああ、はい……」
しかし、第3条は置いといて
割と微笑ましい条約ばかりだぜ。
マジで癒し系なんだな、さいひーは。
「更に第4条ですが、
いかなる理由があっても島百合団を
抜け出すことは許可しません!」
ん? なんか流れが変わってきてないコレ?
「は、はあ」
「私、来る者は拒みませんけど
去る者は決して許さないことを
信条としてますので♪」
な、なんか笑顔が怖く感じてきたぞ。
「そして第5条――
島百合団を去る者には、
この学園内で楽しい未来なんてありえません♪」
ああ、これはヤバいぞ。
ヤバいぞこれは、マジで。
なんか突っ込んではいけない空間に
首を突っ込んでしまった気分だわ。真面目に。
だからあたしも、ちょっと額に冷汗掻いちゃったよ。
「あ、あのあたし……」
こりゃ早く逃げ出さないと……
もうどうしようもなくなる気がする。
そんで、さいひーはあたしのお腹に
ボディブローを打ち込む様に
とある書類を掲げた。
それには細々した入団条約と、
あたしの直筆で名前の書いてある部分に
“私立豊穣女学園島百合団団長”と彫られた
四角い職印が押してあった証明書っぽかった。
「そ、それは……!」
つうかハメられた。よく見たらその紙は高1入学当時に
勢い余って書いた奴だった。
○
それはあたしが高1に上がった直後、たまたま道すがらで
楽しいお茶会に参加しませんかと言われ、
内容がよく分からないビラを清楚な女の子から貰ったんだわ。
そんでそのお茶会は3つ星シェフが作る豪華スイーツを
食堂の12階でタダで食べ放題とビラには書いてたし、
お茶会の終わりには豪華な手土産がもらえるときたもんだ。
まあ手土産は豪華な石鹸だったんだけど、
あたし的にはいらない事このうえない。
つうわけで姉さんのモノになってしまったのだよ。
だからだろうね、あたしはなんも考えずにさいひーの掲げてる
書類に直筆で自分の名前を書いたんだろうね。
島百合団入団証書とは知らずに。
あたしってほんとバカだわ。
「因みにこの通り、あなたは島百合団団員となっております。
ですから一緒に仲良く島百合団ライフを満喫しましょ!」
「あっ、は、はい……」
ダメだこりゃ、その証書があるんじゃ
あたしには逃げる事なんてとても、とても……。
「それでは団長、わたくしこの者にお話がありますので
この辺で失礼いたします」
「ええ、クレアちゃんもたまにはお茶を飲みにきてね!」
「はい、団長さえお暇でしたらいつでも来ますわ」
「あ……あうう……」
「じゃあね二実ちゃん! また今度一緒に12階の食堂を
貸し切って、お茶会をやりましょ!」
「はえっ!?」
そうか思い出した! この人そのお茶会の時に
なんか3人の女生徒に囲まれながら凄い豪勢な席に座って、
優雅にスイーツを食らってたお嬢様じゃないか!
「ほら、さっさと行きますわよ二実!」
「あうっ、首根っこ引っ張らないでクレアさん!」
あたしはさいひーとまだ話したかったんだけど、
クレアさんに強引に引っ張られ、
扉の向こうに連れてかれそうになったから何にも言えない。
そんでそのままさいひーは満面の笑顔で
あたしに手を振りながら見送ってくれてた。
だがその笑顔が今のあたしには
悪魔の微笑みにしか見えなかったのさ。