第四話 獲物を見つけた獣の様に睨んできたあの子
「ほう、昨日そんな事が」
「いや、俺昨日の夜メール送ったよね」
「そうだったかな……」
翌日、火曜、早朝、学校、廊下にて。
俺は、坂本に昨日の能見ちゃんとの接触について話していた。
にしても、メールくらい見ろよ。
「まあ……『実力行使』が引っかかるな」
「それだよな、青木に言うとかかな」
「うーん、何にせよ、取り敢えず今日は屋上は辞めといた方が良さそうだ」
確かにな、と俺は頷く。
無表情の言葉ほど怖いものはない。少なくとも昨日の能見ちゃんを見て、俺はそう思った。
それにあの目つきも……。
「しかし、バレてたか」
「??」
「少し、燃えてきたな」
ふっ、と一瞬、頬を緩める坂本。なんつうか、楽しそうだな。
しかし、その気持ちも分かるけどね。能見ちゃんが気付いてた、てのはまだ予想出来るけど、そこから脅しをかけてくるなんてのは、さすがに予想出来ないからな。
しかし、そこまでするって事は……鳥谷、もしかして敗色濃厚?
「取り敢えず、暫くは下手に動かず相手の動きを見よう。じゃないと鳥谷がキツいからな」
そう言って、坂本は自分の教室へと戻って行った。
暫くは、様子見か。といっても、俺は毎日のように顔合わせるんだろうけどね。
はあ、と一つため息をついて、俺も自分の教室へと戻って行った……。
…………取り敢えず、トイレ行こう。
俺の席に何食わぬ顔で座る能見ちゃんを見て、俺は進路を変えた。
昼休み。
食後、青木はいないが他の人は疎らに居るA組にて、俺は坂本、鳥谷、栗原君とで作戦会議を行っていた。
「……そんな事が」
「いや俺、昨日メールで……はあ」
俺は、メールを見てない見てくれない、壁に寄りかかっている鳥谷と栗原君に昨日の自転車置き場での出来事を話した。
しかし、それに対する反応は二人とも素っ気なかった。
まあ、栗原君はともかくとして、鳥谷の反応が意外すぎる。まだ、能見ちゃんと話した事ないだろうに俺なんかに先越されて……。
「なあ翠、お前もう一回能見ちゃんと話せるか?」
「はいっ!?」
変な声が出た。急に無茶言うなよ。
「どうせ目をつけられてるんだったら、思い切って攻めてみろってね」
「たまに無茶を言うよな、お前は」
「ちょっといいか」
不意に低い声が耳に入る。鳥谷だ。
「なんで、能見ちゃんは、大島に話し掛けたんだろうな」
「たまたま、青木の後ろの席だからだろ?」
意味なんて無いよ、と栗原君が付け加える。
確かに、意味は無いだろうな。あっても、話し掛けやすかった、とかそんな感じだろう。
でも、そうだったら嬉しいな。
「じゃあ、能見ちゃん関連は一旦置いておいて」
そう言って、坂本は携帯を取り出す。
ちなみに、うちの学校は、校内での携帯の使用は禁止だ。当然、見つかれば没収になる。
「この子が、内海菫ちゃん」
そう言い、坂本は携帯を前に出す。画面には、昨日撮った巨乳女子の全体像が映っていた。しかし、胸デカイな……そして全体的にムチムチしている。これは、確実に全男子生徒の的だな。
「この子はB組だな」
で次は、と坂本は携帯を操作する。
あれ? まだ、居たっけな?
「前田藍ちゃん」
画面には、俺も知ってるジャージ姿で、笑顔が絶えないショートヘアーなスポーツ女子の姿が映っていた。しかし、一体この写真どこで……。
「彼女はD組だな」
「なあ、その写真どこで」
「まあ、何処にだってファンの一人や二人居るってことさ」
「いや……つか、よくそんな奴知ってたな」
「偶然て怖いよな」
怖いのは、お前の交友関係だけどな。
しかし、これで全員の名前とクラスが分かったのか。
「さあ、栗原君、大島君、攻略対象を選びたまえ」
「…………」
携帯をポケットに戻し、坂本は俺たちに訊く。
それに「そうだなあ……」と、少し視線を上に遣りながら栗原君が唸った。
栗原君、心なしか棒読みだぞ。
「栗原君よ。ドラマは見るか?」
「いや、見ないな」
「? どうして、そんなこと訊いたんだ?」
「いや、好きな女優とかいたら、そこから絞れるかなって」
女優か……つか、俺もドラマは見ないな。なんつうか、興味が湧かないというか……。
「つかさ。取り敢えず、"話して"からじゃだめか?」
「それでも別にいいぜ。しっかり考えて決めろよ」
栗原君が、そんな簡単に女子と話せる気はしないが。まあいいや。それより、俺は誰にしようか……。
「さて、じゃあ、あいつらが戻ってくる前に解散しますか」
そう言って、坂本は教室を出て行く。それに、鳥谷も立ち上がりついて行った。
「……あれっ、栗原君は戻らないのか?」
「さっき、"話してから"って言ったろ?」
「ん? どういう……」
と、言ってるうちに青木が戻ってきた。後ろから、能見ちゃんも、まるで親の後についてくる子供のように教室に入ってくる。
「一人か……」
「まさか、今から能見ちゃんと話すのか?」
「残念ハズレ。つか、俺が知らない異性の人と話せるわけないだろ」
「じゃあ、話してからって」
「言葉を交わさない会話もあるんだぜ」
「なんだ、そのいい感じのセリフは……」
何となく、栗原君の言いたい事が分かってきた。
つまり、青木と女子たちの"話し"をただ聞くってだけか。わかりにくい。つか、わからない! そもそも、会話じゃねえしそれ!
そうこう言ってるうちに、青木が椅子に座り、その横に能見ちゃんが立っているという状況になった。
おそらく、能見ちゃんは青木君に用は無いんだろうな。そんな気がする。つか、俺たちに目線一つ寄越さねえのな。牽制くらいすると思ってたんだが。
「能見ちゃんは無口タイプか」
「…………」
静かに呟いた栗原君を、俺はあえて無視した。
とにかく、能見ちゃんの前で変な行動はとれん。
つか、さっき能見ちゃんに俺以外の存在がどうの話してたのに、栗原君がここに居ていいんだろうか? そりゃ、まだ俺の友達そのいちっつう立ち位置ではあるけど。
……にしても、圧倒的緊張感。
能見ちゃんは青木君をジッと見つめているのに、視線は動いてないはずなのに、それでも俺にのしかかる異常なプレッシャー。
なんだ、これは。よもや、息を一つする事すら躊躇われる空間じゃないか。
クソッ! 早く鳴ってくれ!! 予鈴!!!
「なあ、さっきから何してんだ?」
雷が落ちた気がしたが、外は今日も雲一つない晴天。気のせいだった。
「黙ってさ……つか、もうすぐ授業始まるぜ」
声、聞き慣れた声が後ろから青木と能見ちゃんに掛けられた。
……お前、知らない異性の人と話さないって言ったばっかじゃん。
「えっ……いや、何というか」
困惑している。知らない人から唐突に話し掛けられて何故か青木が困惑している。でも、逆に能見ちゃんは視線をこっちに向けただけで無表情を貫いてる。
なんだこれ? 本当に……理解が追いつかない。
「なんか、言ったらどう」
一瞬、能見ちゃんの目つきが変わった。睨みつけるような怒りに満ちた目、感情の入った目。いや、感情は入ってはいないか。少なくとも、見た目には現れてはいない。
思わず、栗原君も口を噤む程の瞬間的な威圧感。まるで、天敵に睨まれたような感覚とでもいうのだろうか。……そういえば、昨日の自転車置き場の時と同じ目じゃないか?
「……じゃあ、剛志君」
「……! ああ、じゃあ」
そう言って、放心している俺と栗原君には視線をやらず、能見ちゃんは小走りで教室を出て行った。
なんだったんだ、あの目は……て、あれっ? 栗原君いねえ!?
「なんか、ごめんな」
「えっ」
急に青木に話し掛けられた。いや、それよりも栗原……。
「あの子、能見っていうんだけどさ、なんていうか……ああいう子なんだよ」
「……ああ」
「だから、その……あまり気にしないでやってくれ」
「……わかった」
何気に、初めて青木の口からハーレムズの紹介を得た瞬間だった。
「それより、うちの栗原君も悪いな。本当はいい奴なんだけどさ。たまにチンピラ化するんだよ」
「栗原君って言うのか……。いいよ。"ツッコミ"自体はごもっともだし」
そう言うと、青木は表情を緩め身体を前に向けた。
にしても……何だろうか、この感じは。初めて異性に睨まれたからか? いや、違う……。
結局、その気持ちの正体は分からなかった。どのベクトルの感覚なのかも。良いのか、悪いのかも。
おかげで、午後の授業に全く集中出来なかったのは言うまでもない。
ボーッとしてても、何も注意されなかった。
これが、空気キャラの能力であり、窓際一番後ろの席の特権である。
否、これは運が良かっただけの気もする……。




