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第三十五話 俺の青春は、まだ始まったばかりなのだろう(エピローグ)

「ふあああぁぁ……」


 すぐ横の窓から入る暖かい風を受けながら、俺は今日もいつも通り椅子に座り、それはそれは大きな口を開け魂が抜けるのではないかというぐらいの大きな欠伸をかました。


 月曜日。

 例の事件から土日を挟み、更に一週間が経った今日、俺の目の前に青木の姿は無い。

 というか、そもそも俺の前に席が無い。何故かというと、俺の席は先週の月曜に行われた席替えによって窓際の一番前の席になったのだ。

 ちなみに、横の子は名前も知らない男子である。見た目からして文化系だろうか。大人しそうな子だ。話しかけたいが、きっかけが無いのでまだ話しかけられない。


 で、青木はというと廊下側の一番前の席になっていた。

 石川さんは、丁度真ん中の一番後ろの席。でも、事件のあった金曜に、また入院したらしく、あれから学校には来ていない。そろそろ、お見舞いに行かなきゃな。あと、謝りにも行かなきゃ。

 でも、中々、踏ん切りがつかない。というか、どんな顔して会ったらいいか分からない。そんなぐちゃぐちゃな気持ちのまま、気づけば一週間が経ってしまっていた。


「み〜どりん」

「うわっ!」


 唐突に、後ろから誰かに肩を叩かれた。誰か、といってもこんな呼び方をする奴は一人しかいないのだが。


坂本(さかもと)か」


 坂本貴之(たかゆき)。俺の数少ない友人その一である。本人曰く、見た目はチャラいが中身はそうでもないのが売りらしい。確かに、見た目と中身が合致してはいないが……。

 ちなみに、その見た目通りに今は彼女持ちである。で、その彼女というのが。


「おはよう、みど……大島さん」


 赤縁眼鏡姿が可愛い吉見さんである。


「椿姫〜、『み〜どりん』でいいじゃん」

「い、いや、私は人は苗字で呼ぶ主義なので……」


 何ともまあ、あの真面目ちゃんが坂本の前では、こうして調子を崩されてばかりだ。

 つか、未だに吉見ちゃんは坂本に対して敬語なのかな。それとも、二人っきりの時はタメ口とか? もしかして、甘えまくり? うーん、これぞツンデレ。妄想が捗るな。


「まっ、いいけどさ。で、青木とはどんな感じだ?」


 笑顔で吉見ちゃんの頭を撫でる坂本は、俺の方を見て言った。頭を撫でられて、嫌がりつつも満更でもないような表情の吉見ちゃん可愛い。


「あれから変わらず。一言も交わしてねえよ」

「一言もねえ。お前、体育の時とかどうしてんだよ」

「!? ……そりゃ、高校入学したての時みたいに一人で……」

「ったく。じゃあ、次はお前の友達を作る作戦でもするか? 全力でサポートするぜ?」

「! いいよっ、別に!」


 ったく、余計なお世話だ。

 それに、俺は元々はそういう立ち位置だったんだよ。つか、別に一人で困る事といったら少人数でペア組む時くらいだしな。

 ……まあ、それが最大の困難なんだけどさ。


「つか、何しに来たんだよ。あれか? 恋人自慢か??」

「ちげえよ。ただ、友人がクラスで孤立してるのは、あんまいい気分じゃねえだろ?」

「というのは後付けで」

「バレたか……。まあ、でも、それも少しあるよ」


 でも今日来た理由は、と坂本は吉見ちゃんの方を向いた。

 ん? 吉見ちゃんが俺に用があるのか?


「えっと、ありがとう」


 えっ?


「ほら、この前の事。まだ、ちゃんとお礼言えてなかったから」

「いや、この前の事って……」

「とぼけんなって。金曜のやつだよ。もう、一週間くらい経っちまったけどな」

「いや、それは分かってるけど」


 別に礼を言われるような事はしてないだろ。


「礼を言われる理由が無いと?」

「……うん」

「まあ、いいんじゃないか? 礼なんて言われて損はないだろ?」


 そりゃ、そうだけどさ。


「お前のやった事は間違ってないよ。なあ、椿姫」

「そうね。貴方のやった事は、少なくとも私にとっては礼を言う程の事よ」


 感謝してるわ、と吉見ちゃんは俺におしとやかに笑ってみせた。

 ここで、チャイムの音が鳴り、坂本と吉見ちゃんは自分の教室へと戻って行った。


 …………。

 そうか、間違ってないのか。

 ずっと、自分に言い聞かせていた。

 俺は、自分の都合でやった事だから、それで誰かが傷つこうとも気にしないと。


 でもさ、後悔もするんだよ。

 青木を貶めるためだけにやった事だけど。それでも、少しはあいつらを助けてやろうって思ってたから。


 でも、やっぱ礼を言われるほどの事には思えんな。

 結局は俺の勝手だから。俺の勝手に勝手に巻き込まれて勝手に良い状態になった、と。


 ……つくづく素直じゃないな。俺も。











 二限目終了後。トイレからの帰り道に、俺は背後から声をかけられた。


「大島」


 聞き取りづらい低い声の主は、俺もよく知っている。


鳥谷(とりたに)か。それに――」


 鳥谷弦太朗(けんたろう)。前までは長い前髪のせいで目が行方不明だったが、今ではその前髪も切られ普通で無難な男子となっている鳥谷だ。しかし、中々慣れないもんだな。まだ、短い前髪に違和感を憶える。

 そんな、170センチ後半の背丈の男の横には、150センチ前半の少女が、いや女子が立っていた。


「久しぶり、能見ちゃん」

「…………」


 俺の言葉に能見ちゃんは返答しない。久しぶりに声が聞きたかったんだけどな。

 つか、気持ち機嫌悪い? なんか、睨まれてる気がするけど……。


「どうだ? 調子は」

「いや、まあ、特に変化もない日常を過ごしてるよ。そっちはどう?」

「こっらも普通だな」

「普通、ね。そんな美少女を連れてる時点で、少なくとも俺から見たら、それは普通の日常とは言わないけどな」

「!? …………」


 ? 美少女に反応したかな。顔を赤らめた能見ちゃん可愛い。

 にしても、能見ちゃんも鳥谷と付き合い始めてから少しだけ感情が表に出てくるようになったかな。


 しかし、このカップルを成立させるまで本当に試行錯誤したもんだ。坂本は気付いたら吉見ちゃんとカップルになってたし、石川も似たようなもんだし。鳥谷だけは、本当に……でも、最終的には勇気出して能見ちゃんの心を開かせたんだけどな。

 それは、少なくとも俺には出来ない事だろう。

 頑張ったんだ。だから、鳥谷は幸せで充実した日々を手に入れたんだよ。


「そうか。そうかもな」


 それよりも、と鳥谷は続ける。


「今度、石川さんのお見舞いに行こうと思うんだが、どう思う?」

「へえ、いいんじゃね。能見ちゃんも一緒だよな?」

「ああ。それで、せっかくだし皆で行きたいと思うんだが」

「皆でか。その方が石川さんも喜ぶかもな。じゃあ、一応俺から石川兄に行ってもいいか訊いてみるよ」

「ああ、頼んだ」


 さて、そろそろチャイムが鳴るな。

 俺は「じゃあ」と自分の教室の方へと振り向いた。……と、同時に誰かにブレザーの裾を弱く掴まれた。といっても、この場面においてそんな事をする子は一人しかいないだろう。


「ん? 何?」

「……………………」


 ありがとう

 微かに聞こえた可愛らしい声。それと同時に裾を掴んでいた指は離され、たったったと能見ちゃんは廊下をかけて行った。


 これで、二度目か。

 だから、俺はそんな礼を言われるような事はしてないって。

 全く……。でも、言われて嫌なもんでもないから別にいいんだけどさ。











 二度ある事は三度ある。

 そんな事だろうと思ってたよ。

 昼食後、柄にもなく廊下をフラフラとしてると、見知った二人の背中が見えたので声をかけてみた。


「よお、栗原(くりはら)

「おっ、大島ー」


 俺の方に振り向くや否や、子どもの様な笑顔を彼は振りまいた。

 栗原勝太(しょうた)。幼い顔立ちの通り、中身はちょっと腹黒い少年そのものな男子だ。

 ちなみに、最近彼女が出来て調子に乗ってる。少し前まで、女子は嫌いだとか言ってた癖にな。


「あっ、大島じゃん」


 栗原の横の三浦ちゃんも続ける。

 なんつうか、色々あったからか今じゃすっかり三浦ちゃんに対する恨みも消えちまったな。

 そういや、青木も言ってたけど本当に三浦ちゃんは栗原の好みに合わせて髪を切ったのだろうか。さすがに、ショートは無理だからかミディアムだけど。


「久しぶりじゃん、元気してた?」

「つか、あんた暫く見なかったけど何してたの?」

「ただの風邪だよ。つか、暫くって言っても数日会わなかっただけだし」


 緊張の糸が切れたからか、たまたまか実は先週は風邪でダウンしてたんだよな。まあ、それ以前に普段から教室に引きこもってるから、そりゃ、会うことも少ないよ。


「お前、基本的に教室に引きこもってるからなー」

「暇じゃない? ずっと教室じゃ」

「俺の日課は妄想だからな。別に暇じゃない」


 引かれたかな? まあ、いいや。


「何それ引くわー。陰キャラすぎでしょ」


 あの事件以来、結果的に俺は三浦ちゃんの「青木をどうにかして欲しい」という願いを叶えた形になった。そのせいか、少しだけ三浦ちゃんが俺に対して壁を無くした気がする。

 まあ、おかげで今は暴言を直接ぶつけられてるわけだが……。


「せっかくの学生生活だしさ、もうちょっと楽しもうぜ」

「そうそう。なんなら、可哀想なあんたのために勝太と一緒に話し相手くらいならなってあげるわよ」


 言ってくれるな。

 でも、超嬉しいよ。


「じゃあ、妄想が飽きたらな」

「つか、明日から来い」

「それは嫌だ。めんどくさい」


 つか、今だってもう疲れたから教室に帰ろうかなあ、て思ってたんだぜ? 俺が教室から出てから、ここまで約一分。俺は、意外にもめんどくさがりやなのだよ。


 その後、適当に言葉を交わしてから俺は無理矢理話を切り上げ、教室に戻ろうと歩を進め出した――。


「大島!」


 ん? 三浦ちゃん?


「ありがとう!!」


 目をつぶって赤面して、三浦ちゃんはそう大声で言った。

 直後、三浦ちゃんはそれはそれは驚く程のスピードで廊下を走って行った。


「ん? 何だ? お前、なんか桜にしてあげたのか?」

「さあ? 何かしてあげた気もするし、そうじゃない気もする」


 そう言って、俺はにやけ面のまま改めて自分の教室に向かって歩き出した。











 放課後。ここまで来たら、と身構えていたら、やはり出会ってしまった。


「待ち伏せかよ」

「まっさかー。人を待ってるんだよ」


 自転車置き場への道中、出会ったのは少し大人びた、落ち着いた外見、しかし、髪が所々跳ねているため子どもっぽさもある石川だった。


 多分、待ち人は前田ちゃんだろうな。

 まあ、いいや。折角だし、石川ちゃんの見舞いに行っていいか訊いてみよう。


「そうだ。実はさ、鳥谷と能見が華ちゃんのお見舞いに行きたいってって言ってたんだけど」

「へえ。いいんじゃない? 華も喜ぶだろうし」

「そうか、良かった。あと、他にも坂本らとかも誘うから大人数になるかもだけどいいか?」

「うん、大丈夫。華も人が多い方が喜ぶだろうしね」


 それよりも、と石川は続ける。


「大島君は来るの?」

「えっ……いや、まあ、行こうかな、と」

「ふーん。結局、あれから一回も来ないからさ。君の性格を考えたら一言謝りに来ると思ってたんだけどね」

「…………まあ、正直言うと怖いんだよね」


 そう、怖い。

 石川さんに限って、俺を恨むような事はないだろう。でも、それでも心の何処かでは俺の事を、問題のない普通の楽しい日常を壊し、自身に精神的なダメージを与えた俺を恨んでいるんじゃないかと思っていた。


「ふーん」

「いや、ふーんじゃなくてさ。マジで、なんつうか、……な」

「君は俺の妹を、まだよく分かってないみたいだね」

「? 何が」

「俺の妹は、君に会いたがってる」

「…………」

「つまり、逆なんだよ。華は、寧ろ自分が倒れてしまったせいで大島君が負い目を感じてるんじゃないかって思ってる」

「…………」

「だから、華は君に謝りたいと言ってるよ」


 分かっているつもりだった。

 石川さんに限って、俺を責めるような事はしないと。

 でも、まだ、俺は人を信じられないようだ。


「……そっか。華ちゃんに悪いことしたな」

「そう思うんだったら、鳥谷君らと一緒に見舞いに来なよ」

「……うん、そうする」


 会って謝ろう。石川さんが謝るよりも早く。


「それよりも、君はこれで良かったの?」

「えっ?」

「俺も含めて、君の周りの人たちは上手い具合に恋人を作る事に成功した。でも、君にはいないだろ?」

「……いいんだよ、これで」

「そう? まあ、君がそう言うなら、もう何も言わないけどさ」


 そもそも、作戦決行日までに好きな女子を決めれなかったしな。まあ、そりゃちょっと心が動いた子は居たけど……。そんな、無理して恋人を作る意味もないし。それに、もう誰も余ってないからな。

 そりゃ、羨ましいとは思うよ。でも、そう、たまたま今回は縁が無かっただけなんだ。


 だから、後悔もないし、文句もない。

 

 そんな事を考えながら次の言葉を探す俺と石川に、遠くから聞き覚えのある女子の元気な声がかけられた。


「おーい!」


 手を振り、こちらに走ってくるのは、やはり前田ちゃんだった。

 相変わらず、元気な子だな。


「大島君も一緒だったんだ」

「ああ。そうだ、今日は三人で一緒に帰る?」

「いいね! 久々に大島君とも色々話したいし」

「ああ、いや、今日は用事があるから一緒は無理かな」

「そうなの? そりゃ、残念だ」


 まあ、用事ってのはウソだけどね。

 まだ、俺は彼女さん付きの友人と一緒には居れない。

 なんか、気を使って疲れちゃうんだよな。


「じゃあ、また明日」

「バイバイ! 大島君」


 ふわふわした笑顔とこれ以上ない笑顔。そんな、二人と別れ俺は一人、再び自転車置き場に向かって歩き出した。






 今、振り返ってみれば本当に濃密な三ヶ月だった。

 濃密で、楽しいも、辛いも、怒りも、悲しいも、全部含んで、坂本も鳥谷も栗原も石川も青木も、三浦も内海も前田も吉見も石川さんも一緒で……。


 信号が赤になったので、俺は止まった。止まって、そして何処からか、ふわっと優しい風が吹き抜けので、少し深呼吸した。


 後悔も何もない。でも、やっぱり一人で帰るのは寂しいな。

 なんつうか、身近にそういうのを見ると俺にもそういう幸せを手に入れられたのかなって。

 ったく、ウジウジと何考えてんだかな。

 自分で決めた事なのに。

 それに、この経験を通じて俺は、少なくとも三年に上がって直ぐの俺と比べたら、いい意味で変わったんだ。

 だったら、チャンスなんてまた近いうちに引き寄せるだろうし、今度はちゃんとそのチャンスをものにできるだろう。


 信号が青になったので、俺は再びペダルを漕ぎ始めた。

 さて、今日は帰ったら何しようかな。

 ゲームかな。いや、妄想もいいな。


 …………。


 いや、なんか疲れたから寝よう。

 寝て、起きたら、この言いようのない気分も少しは晴れるだろう。




 信号が青になったので、俺は再びペダルに足をかける。

 そして、走り出す。

 誰もいない、帰り道を。

【あとがき】

 このサイトって、本編とあとがきの間があまり無いですよね……。

 はい、ということで本作「boys meet girls!? 〜ハーレム男VS非リア軍団〜」は、これにて完結です。

 ではでは、本作のしっかりとしたあとがきは活動報告の方に書くとして、ここはささっと締めますね。


 最後に、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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