第三十一話 接触その6 元気娘と寡黙娘
金曜日。あと数時間な金曜日であり、終わりの金曜日である。
折角なので、ここらで自分の気持ちを整理しておこうか。
先ず、結論から言えば今の俺の標的は青木となっている。
はっきり言って、栗原や三浦はどうでもいいとさえ思えていた。言ってしまえば、事故みたいなもんだからな。時間が経てば怒りも治まってくるというものだ。
でも、青木に対してはそうは思えない。多分、付き合いの長さとか濃さとかが関係してるんだろう。
じゃあ、どうしたいか?
坂本にも、石川にも言われた言葉を今度は自分で自分に訊いてみよう。
俺は、青木のハーレムを崩したい。
これは、青木のおもちゃとなっている女子らを助けるためとか、そんな善意からの意思じゃない。
あくまでも、俺個人の私情だ。俺個人の嫉妬だ。
昼休み。基本的に前田は練習のため、というより後輩や同期へのアドバイスのため? 昼食時に青木の元に来ることは少ない。だから、そのタイミングを見計らって俺は彼女に接触する事にした。
理由は、情報を公開した際に彼女たちが取る行動をより正確に把握したいから。
なんてことはなかった。いつもの俺なら、メールとはいえ異性を呼び出すまでにひどく時間がかかっただろう。
でも、今の俺は違う。メールの文面もちゃちゃっと決め、なんの躊躇いも無く送信ボタンを押したのだ。
これが、成長か? うーむ、でもメールのやり取りは石川さんの事を教える時以来だからな。
……なんでだろう?
そして、呼び出した先は屋上だ。
授業が終わって、昼飯をマッハで口に入れ、マッハで屋上に来た俺よりも先に前田ちゃんは到着していた。
おかしい。メールで、昼飯を食べてからって伝えたのだが……つか、気持ち悪い。吐きそう。うぅ……。
「遅かったね」
「早かったね……」
相変わらずの凛々しい笑顔だことで。
つか、マジで気持ち悪……。
「大丈夫? 顔色が優れないけど」
「だ、大丈夫……それよりも、ちょっと青木についていくつか質問を……」
走らなきゃよかった。
凄くグロッキーだ……。取り敢えず、深呼吸しよう。息を吐く時、余計なものまで出なきゃいいけど。
「……ふう。えっと、前田さんは最近、何か青木に対してアタックとかしてる?」
先ずは、当たり障りのない質問。
はあ。ちょっとマシになった。胃が落ち着いてきてる。
「……いや、いつものように会いに行ってるだけ」
もし、ここで前田が三浦のように青木に対して冷めていたら面白くないな。
「じゃあ、石川さんについてはどう思う?」
「それは、ライバル登場って感じで最初の頃は燃えてたよ。でも、最近は、なんか……」
勝てる気がしない。とでも言いたげだな。
それじゃダメだ。
「前田さんは青木の事が好きなんだよね」
「うん」
即答。これなら、まあいいか。問題は……。
「じゃあ、例え自分よりも魅力のある石川さんが相手になったとしても、戦う前から諦めるなんてしないよね」
「…………ああ。そうだよ!」
悪くない目だな。これなら、大丈夫。
さて、次の質問は。
「じゃあさ、話を変えるけど今の青木をどう思う? いや、今の前田さん含めて数人の女の子を持て余してる青木をどう思う?」
「どうって……」
ここで、あまり良くないと思う、的な回答が来たら完璧。だけど、無いだろうな。
もし、そういう答えがくれば、情報公開時に送るメールの文面も変える必要が出てくる。でも、この様子だとその必要もなさそうだ。
「いや、別に特に何も思わなかったら、それでいいんだけど」
「うん。剛志はいい奴だから。だから、女の子がいっぱい周りに居るんだと思う」
いい奴ね。お前は、そのいい奴に遊ばれてんだぜ?
その引き締まった身体、弄ばれてんだぜ? ったく、今日も太ももが眩しいぜ!
「分かった。ごめんね、急に呼び出したりして」
「いや……それより、この質問に意味はあるの?」
「ああ。近々動くよ」
「動く?」
「大切な人に、ずっと自分を見てて欲しいんだろ?」
多分、怖いんだろう。
唯一の理解者を他の誰かに取られるのが。結果として、自分の事を見てくれなくなるのが。
部活に入ってる。そんな青春には満足している。
でも、わがままを言うなら、友人以上の大切な存在が欲しい。
自分を、一女として見てくれる、一生一緒に居たいと思える人が欲しい。
前田は、柄にもなく何も言わずに俺の言葉に頷いた。
次の相手は能見だ。
呼び出した時間は放課後だった。ちなみに能見もメールで呼び出したのだが、 アドレスは石川から教えてもらった。
もう、彼女を使う理由はない。まあ、別に能見でも内海でもいいっちゃいいんだけど、鳥谷の事を考えたら能見は出来るだけ外したい。
とはいえ、内海程ではないにしろ、こいつも大概青木信者だからな。吉見と前田はともかく、こいつだけは数少ない友人を失うという意味も含めてるから、もしかしたらフォロー側に回る危険性もある。
まあ、それをどうにかするのが鳥谷の仕事であり、俺の仕事でもあるけどな。
「…………」
で、例によって場所は屋上。
紅い夕陽が照りつけ伸びているのは、小さな影と普通の影だ。
「えっと、いくつか質問したいんだけどさ。あれから一週間経ったけど、能見さんは青木と上手くいってるって思ってる?」
「……あまり、上手くいってない気がする」
ナチュラルアニメ声って、すげえよな。悶絶しちゃうぜ。
しかし、本人も上手くいってないと言うか。石川の言うとおりだったな。
さて、なら前田と同じような質問をぶつけてみるか。
「じゃあ、石川さんについてはどう思う?」
「強敵だと思う」
ストレートだな。
「でも、負ける気がしない」
「自身はあると」
「うん」
「でも、これといって行動には起こしてないと」
「……うん」
少しいじわるだったかな? まあ、いいや。質問を変えよう。
「じゃあさ、話を変えるけど、今の能見さん含めて数人の女の子を持て余してる青木をどう思う?」
「…………」
つまり、俺が訊きたい事は青木に対して何らかの不審感を持っているかどうかということ。
持ってたら使えるし、持ってなくても……まあ、いいや。
「優柔不断」
優柔不断ね。
確かに、そう思うよな。
その小学生のような身体を弄ぶだけ弄んで、本当に聞きたい事は言ってくれない。
お前は、それでも答えを待ち続けるのだろうよ。
「分かった。ごめんね、急に呼び出したりして」
「……ねえ、この質問に意味はあるの?」
「ああ。近々動くよ」
「動く?」
「大切な人に、もっと優しくして欲しいんだろ?」
たった一人の友人を失うのが怖いのだ。
たった一人の想い人を取られるのが怖いのだ。
だから、柄にもなく俺らにすがった。助けを求めた。
だから、柄にもなく本気を出しているんだ。
能見は、いつものように静かに、しかし力強く頷いた。
俺は、嘘をついた。
しかし、心は痛まない。
痛くないフリをしてるのかもしれない。
でも、自然に嘘をつけたのは本当だ。
感情がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。
俺は、俺に理由を訊かない。
疑問を持たない。
止まる事など、許されない。
後悔は、まだいいだろ?




