第三話 上辺だけなら、そりゃ好きになるよ、だって可愛いもん!
例えば、ゲームならば人によるが大多数は攻略情報を見ずにプレイしようとするだろう。
何故なら、その方が面白いから。先の展開が見えないほど面白いものは無い。大体、娯楽というものはそういうものだ。
では、現実はどうだろう?
と、考えるとそうもいかない。出来るなら、攻略本を片手に進めたいだろう。
何故なら、間違ったらやり直せないことの方が多いから。
まあ、長い目で見ればやり直しも効くだろうが、できる限りやり直しは少ない方がいい。子供なら構わないが……場合によるか。
なら、今回はどうだろう。『恋愛ゲーム』とは言え、やり直しは効かない。選択肢を間違えてはならない。出来る限り、最良の選択をし続けなければならない。ゲームのように巻き戻せない。たった一つのミスが、大きな溝となり深みに嵌っていく。
たかが恋愛、しかしこの恋愛は本気だ。人生、恋愛などやろうと思えば何度でも出来る。しかし、今回の様なシチュレーションには、もう今後出くわす事は無いだろう。そもそも、恋愛自体これで最後だったとしても不思議でもなんでも無い。
……この恋愛は、人生の中の数ある内の一つなのか? それとも、最初で最後の恋愛なのか?
いいのか? これで。
土日を挟んで月曜日。
憂鬱が蔓延する教室にて、青木の周り、いつもの様に集まった女子たちに話し掛けようとする事は出来なかった。ちなみに、今回来たのは能見ちゃんと三浦ちゃん。
無理無理、俺には無理。異性との会話なんて無理ゲー。
でも、作戦成功の為に女子と話せるようになるスキルは必要だよなあ。
どうしよ……。まあ、対女子ならギャルゲー鳥谷やクール栗原も耐性ないんだけどな……多分。
こればっかりは、経験だもんなあ……はあ。姉か妹が居たらちょっとは耐性ついてたのかな。いや、案外母親と同じ感じなのかもな。
どうして同じ人間なのに、こうも受ける印象が違うのだろう。声、見た目、考え方……そんなに変わらないだろう?
本当に不思議な話だ。
と、いった感じにため息をついていたら気付けばお昼。
俺は、いつもの面子と共に、先日の様に昼食を持って学校の屋上に来ていた。
「で、金曜日と同じメンツなら笑えるよな」
「笑えないな」
坂本に鳥谷の低い言葉が返る。確かに笑えんな。
つか、ここ影だから地味に寒いんだよ。しかも、こんな肩身の狭い思いして飯食うって……。楽しい雰囲気をすぐ近くに感じながら……。疎外感すげえんだよ。ほんとに。
「で、今日は何する? 昨日のようにしりとりでもするか?」
「しりとりか、じゃあ、また制限つけてやるか?」
「しりとりは飽きた。ので、他のを要求する」
まあ、確かに栗原君の言うとおり、そう何度もやるもんでもないか。こういうのは、たまにやるから楽しいんだし。
「なら、好きなタイプについて話し合うか」
珍しく、普通の案が坂本の口から出た。いや、本当に珍しく。
「他に案が無いなら、それで決まり……と、女子たちが来たな」
坂本の言葉に俺、鳥谷、栗原君が順に上に被さるようにして扉の方を見る。ちなみに、今日は女子たちよりも早く青木君は屋上には来てなかった。
「能見ちゃん、三浦ちゃん……あと、知らない子一人」
ポケットから携帯を取り出しながら、坂本が呟く。あと一人は巨乳女子だった。
今日も揺れる揺れる……と思ったけど、いうほど揺れない。走ったら揺れるだろうけど、さすがに歩く程度じゃ揺れない。
「さて、今日のミッション終了」
写真を撮り終え、坂本は言った。……何というか、あと一回以上やらなきゃいけないのか。
「よしっ、今日は予定を変更して名の知らぬナイスバディの身体を舐め回すように見るに」
「却下」
坂本の予想通りの言葉を、俺は遮った。
「好きなタイプでいいだろ」
「じゃあ、お前ら勝手に話してろ、俺は見てるから」
……健全すぎて何も言えねえ。
結局、「ジャンプしろぉ」と念じる坂本をほっといて、三人で『好きなタイプ』について話をする事になった。
「さて、じゃあ、先ず誰からいく?」
「じゃあ、俺から」
昼食のパンの入った袋を開けつつ、栗原君が言う。
意外だ。こういうのは、最後まで黙りと思ってたのに。
「俺の好きなタイプは……うーん…………」
悩み始めてしまった。
しかし、栗原君は勢いでもの言う事が多いな。
「あれだ、俺はあまり女子が好きじゃない」
いきなりのカミングアウトに空いた口が塞がられねえよ!
「お前は、あれか!? 男が好きなタイプの人だったのか!?」
「……何言ってんのお前?」
「…………」
「俺は女子が嫌いだ。でも、だからといって男が好きなわけじゃない」
「好きじゃないから」という弱い表現から「嫌いだ」という断定に変わった!
「取り敢えずさ、そういうの除外した上で……ほら、仮に女子と付き合わなきゃ死ぬってなって、でも相手は選べるとしたらどうする?」
我ながら無茶苦茶な質問だな。でも、せっかくだし、栗原君だって好きなタイプぐらい、なんかあるだろ。……あるよな?
「しゃあねえなー。じゃあ、うーん…………あれ……ああ……うーん」
「分かった、後で訊く」
自分から無理矢理話題を振っといてあれだが、唸り声だけで昼休みを潰すわけにはいかない。
取り敢えず、次は鳥谷に訊こう。まあ、能見ちゃんが好きなら大体予想は出来るが。
「鳥谷はどうだ? 好きなタイプ」
「俺は……守ってあげたいような子が好きかな」
まあ、男ならそうだろ。
でも、ならもうちょっと肉付けろよ。ガリガリだぜ。あと前髪も切れ、暗い。まあ、俺が言うのもなんだけどさ。あまり喋らないという意味じゃあ、俺だって十分暗い。
まあ、それは置いといて。じゃあ、外見はどうだろう。
「外見ならどう? 髪型とかさ」
「髪型は肩くらい、で背は小さい方がいいな、後顔は幼めで」
それ能見ちゃんやん。ドストレートやん。
つか、鳥谷の事応援したくなってきたな。
「そっか、じゃあ能見ちゃんはまさしく理想と」
それに小さく頷いた鳥谷。相変わらず可愛い弁当の中身がセットな事もあり、愛らしさが増加……した気がしたが気のせいだな。うん、気のせいだ。
さて、じゃあ栗原君に戻るか。
「栗原君、どうだ? 思いついたか?」
「ああ、……可愛ければいい!」
「面食いだ!」
いや本当に。まあ、いいか。
……しかし、あっさりと話題が終わってしまったな。どうしよう。
「大島はどうなんだよ?」
不意に、後ろから坂本に声をかけられる。そういや、俺がまだ言ってなかったか。
「俺は……家庭的な人かな」
「普通過ぎる、20点」
「低い!」
「当たり前だろ、ちなみに鳥谷は70点、栗原君は30点」
「栗原君には勝ってるだろ!」
「どっちもどっちだろ」
「……じゃあ、坂本はどうなんだよ?」
「タイプの話か?」
うーむ、と坂本は首を傾げる。
意外だな。坂本なら即答しそうなもんだが。
「やっぱり、眼鏡かけてて真面目で誠実で清楚で頭良くて……美人」
「注文多いな」
「希望は大きくなくちゃな」
そう言って、再び坂本は栄養ドリンク片手に女子たちの観察を再開する。
さて、話題が途切れてしまった。どうしよう。
「なんか話題無いか?」
「無いな……栗原君はどうだ?」
「無い」
まあ、そう話題なんて無いよな。それに、あんまりハッスルして、もし見つかったりしたらあれだしな。
という事で、結局この後「自分の好きな昼飯」を経由して、再び「食べ物限定しりとり」をして昼休みを過ごしたのだった。
そして、気付けば放課後。
いつもなら情報共有の時間だが。坂本が、「今日は無理」との事なので俺は真っ直ぐ家に帰ろうとしたのだが……。
「………………」
実は、俺は自転車通学だったりする。自転車から駅、そしてバスといった感じだ。
で、いつもの様に自転車に乗って帰ろうと自転車置き場に向かって歩いている途中、俺は後ろから誰かにブレザーの裾を指で弱く掴まれた。
当然、坂本や鳥谷、栗原君に青木はそんな事をしない。つか、男がそんな事してきたら全力で逃げる。……つか女子含めて、そんな経験十七年生きてきた中で始めてだった。
で、後ろを振り向いた俺の目に映ったのは、風景……じゃなくて、なんと能見ちゃんだった。
そう、あの幼い顔立ちにサラサラとしたセミロングヘアー。周りの男子の保護欲を掻き立てる少女、能見ちゃんだ。
当然ながら、俺と能見ちゃんに接点は無い。彼女からすれば、「ああ、そういえば青木君の後ろの席に居たような」程度だろう。
つまり、俺がクラスも違う能見ちゃんに裾を摘ままれる理由は無いのだ。無いのだが……今、現に摘ままれたのだ。
お互い黙りの中、俺の方は必死に言葉を探していた。一瞬、停止した脳をフル回転させて……。
よしっ、取り敢えず理由を聞こう。えっと、能見ちゃんと名前は言わない方がいいかな。
「えっと、何か用?」
「…………」
おうおう、何か反応してくれyo。そんな可愛い目で見られちゃ、顔が紅潮しちゃうyo。
……て、脳内ラップしてる場合じゃねえ!
何なんだ、何なんだこの子は!?
くそっ、数時間前の俺が見たら羨ましがるような光景なのに、当の俺は早く逃げたい、帰りたい!!
つか、鳥谷が見たら後で問い詰められそうな光景だな……いないよな?
「なんで、屋上に居たの?」
「!?」
びっっっっくりした!! 急に話し掛けんな!! つか、なに? 屋上?
…………屋上!?
「なんで?」
「いや……あの」
えっ、バレてたの? 気付いてない振りしてたの? あっ! もしかして坂本か!? 坂本の舐めるような視線に気付いたのか!?
いや、それより……どうしよう……。
「な・ん・で?」
「…………」
くっそ、可愛いアニメ声で言いやがって……無表情だけど、そこがまた萌えるじゃないか。
じゃくて、どうする、どう切り抜ける。くそっ、何も思いつかん!
「言えない事?」
「いや、そういうんじゃなくて……」
ああ、もうなんかこのままはぐらかし続けて声だけ聞いていたい。
というわけにもいかないな。どうしよう。逃げようか。でも、明日会うか。
うーん…………そうだ!
「ねえ……」
「たまたまだ」
「たまたま?」
「そう、たまたま偶然そういう気分でさ」
「二日続けて?」
「そうそう」
そうか、昨日のもバレてたのか。
しかし、理由としては我ながら苦しいな。しかし、意外と喋れるもんだ。もっと吃ると思ってた。
「なら、もう来ないで」
「えっ? なんで」
瞬間、彼女の目つきが変わり、短く一言、彼女の口から言葉が放たれる。
「邪魔だから」
その一瞬を経て、能見ちゃんは振り向き立ち去ろうとする。
いや、何が? 何が邪魔??
「ちょっと待って……」
取り敢えず、俺は能見ちゃんを呼び止めた。
先ほどの目つきが、一瞬、頭を過ったが今は気にしない方がいいだろう。
「一応さ、あそこってみんなが使える場所っていうか、公共のなんとかっていうか……」
「…………」
うーん、上手く言えねえ。つか、能見ちゃんもそんな不満そうな目で俺を見んなよ……。そりゃ、悪い事はしたけどさ……。
「分かった」
「えっ?」
「なら、私も実力行使でいく」
そう無表情で言って、能見ちゃんは踵を返し校舎の方へと行ってしまった。
……いや、『実力行使』て何が?
実力行使って、セリフを言われたの初めてだわ。
つか、女子から実力行使って言われるの、これが最初で最後なんじゃね?




