第二十二話 反転、繋ぎ、インポータントなインターミッション。及び、俺の得意技でもある一人作戦会議。
木曜日。
今、俺の目の前には坂本が立っている。
という説明だと唐突に感じるが、実は唐突という意味では間違ってない。
つまり、昼休みに廊下を歩いていたら、たまたま、坂本と遭遇したのだ。いや、出会ったというべきか。遭遇とかゲームっぽい。
「よお、久しぶり」
「翠こそ……元気してたか」
酷く余所余所しい。そりゃそうか。会ったのは、本当に久しぶりだからな。
「どうだよ、そっちは。石川と作戦の方、上手くいってるのか?」
「……いや、正直、あまり進展がないな」
「ふーん、そう。じゃあ、今は石川やお前は何してるんだよ」
「石川は、華ちゃんの対策を練ってる。翠は同じクラスだから分かるだろ? 華ちゃんがどれだけ俺たちにとって脅威か」
「ああ、知ってる」
笑える。
「で、お前は?」
「俺は、三浦っちのプロデュース方法を考えてる」
「そっか。みんな頑張ってるんだな」
本当に笑える。
「つか、そういうお前こそどうなんだよ」
「……俺なりに、色々調べてるよ」
「じゃあ、もうそろそろ情報共有しよう。お前は栗原君と違って石川の事はそこまで嫌いじゃないんだろ?」
こんな事に意味なんてない。三浦の気持ちが栗原に行った時点で、少なくとも俺らはプロデュース対象を変えるべきなんだ。
「ああ、分かった。でも、もう少しだけ待ってほしい。手に入れた情報を纏めたいからさ」
ほら、嬉しそうな顔をする。
「分かった。じゃあ、また纏まったら連絡してくれ。あと、鳥谷も呼んだ方がいいな」
「そうだな。で、栗原君はどうする?」
「あいつは……正直、もう」
「でも、大切なこの作戦のメンバーだし、呼んだ方がいいとは思うけどな」
「そりゃ当然だ。だけど……」
嫌な顔するなよ。ともだち、だろ?
「そもそも、石川の方が嫌ってるとか?」
「いや、それはない。あいつは、人を嫌う事はないんだ」
それは、何となく分かる気がする。
「……一応、呼んでみるよ」
「うん。もしかしたら、栗原君も考え直してるだろうし」
「そうだよな。そうだよ、あいつだっていつまでもガキじゃねえんだからな」
ほら、また笑顔が戻った。
分かりやすい。本当に分かりやすい。でも、俺は信じない。
その笑顔も、その声も、その言葉も、もう俺は何も信じない。
五限目。まあ、この先生は当ててこんだろ。多分。
さて、状況を整理しようか。
現在、青木の周りには五人の女子がいる。
・石川華
・能見友梨
・吉見椿姫
・前田藍
・内海菫
この中でコンタクトが取れるのは、前田と吉見。一応、内海もか? あと、石川さんも一応入れておくか。
そう考えると、能見以外全員とコンタクトは取れるんだな。
で、次。
ハーレム崩し組は「坂本、石川」「大島、鳥谷(栗原、三浦)」という風に分かれている。まあ、栗原と三浦に関してはカッコで括る必要もないか。
俺たちは元々、三浦をプロデュースし青木と引っ付けようとしていた。それで、他の女子たちをフリーにさせ、各々でゲットするという道筋を立てていたのだ。
しかし、三浦好意が青木から栗原に移ったため、この作戦自体が成り立たなくなってしまった。
では、どうするか。先ず、三浦が青木から引いた事を坂本と石川に話すか? それで、新たなプロデュース対象を選択するべきか?
恐らく、三浦がこの作戦について誰かに話すような真似はしないだろう。何故なら、その行為は彼女にとって利点が何もないから。じゃあ、ほっとけばいいかと言われればそうでもないが……。
当然、可能性は可能性。何らかの利点が発生し、三浦が暴露する可能性もある。でも、もし三浦が暴露したとしても何より証拠が無い。つまり、その行動によって生じる、俺にとっての不利益は前田と吉見からの不審感のみ。あとは、能見が確証を得てしまうことくらいか。しかし、それでもはっきり言って、そこまで大した事では無いだろう。
そもそも、今の三浦の発言に力があるとは思えない。まあ、あいつの表立っての性格上、そんな事をふざけて言うキャラじゃないから多少はあるかもしれないが。でも、どうだろう?
やはり、三浦の事を話すべきか? このまま、三浦をプロデュースしてもらっても面白そうだけど、あの性格じゃ遅かれ早かれ三浦があっさりと断っても不思議じゃないし。
でも、そうなると、どうやって三浦が青木を諦めた事を立証すればいいだろうか。
うーん、本人の口から言わせようか。どうせ、俺らの事を気にせずスパッと言っちゃうだろうし。あいつも、俺や石川の事が嫌いなら何も思わんだろうし。
そうしよう。となると、一度三浦と話さなきゃならんのか。上手く演技出来るだろうか? 正直、あんな事を聞いた後じゃ話したくも無いけど、しゃあないか。頑張ろ。
じゃあ、その後。対象が三浦から他の女子になる場合、誰を選んだらいいのだろうか。個人的には、最初の頃に坂本が推してた能見辺りがいいとは思う。それに、今回の作戦全体において一番、動きが読めないのが彼女だからな。自分らの手の届く立ち位置に置いときたいのもある。まあ、そういう意味じゃ、内海も怖いけどな。あの子は、マジで何しでかすかわからん。
取り敢えず、そういった事を考慮して作戦を続行しつつ、三浦と栗原に何かしらのダメージを与えていこう。で、問題は方法をどうするべきか?
つか、上手く三浦、栗原をこの作戦に組み込めないだろうか。
なんか、頑張ったらできそうな気もする。
まあ、それよりも奴らにとって何がダメージになり得るのか。先ずは、そこからだな。
といっても、三浦に関しては情報が全然無いし、栗原についても実はそこまで知らないんだよな。
さすがに、栗原について坂本や鳥谷に訊くわけには……。でも、三浦の事なら吉見や前田から作戦のために聞き出せるかもしれないか。いや、けど前田や吉見が知ってるとは限らないよな。つか、知らなくても不思議じゃねえわ。あいつら仲良さそうに見えないし。
もう、毎日栗原に会いに行って邪魔してやろうかな……。
うーん、さすがに一人じゃ厳しいか?
いや、そもそも一人以外に選択肢は無い。
正直、今は誰も信じられない。
どいつもこいつも、裏があるように見えて、しかも俺の事について何か影で言っているように見えてしまう。
今、俺の後ろの席で真剣に先生の話を聴いているであろう石川さんもな。
でも、一人じゃ厳しい。だから、そいつらを利用する。
幸運にも、数ヶ月前の俺と比べてコネクションは格段に増えている。なら、このコネクションを有効活用する他ない。
問題は使い方。選択肢を誤れば、即ゲームオーバー。
いわゆる、導火線を切る作業ってやつかな。色のついたやつを切る作業。間違ったらどかーん。
なら、出来る限り間違った線を切らない様に、先ずは準備しよう。
そう、穴のない完璧な準備を……。
……いつの間にやら爆睡していたらしい。
チャイムの音がそのままめざましの音となり、俺は覚醒した。
「おはよう。大島くん」
後ろからの癒される声に、再び眠気が襲ってくる。
この子の声は、何か魔術的なものなのだろうか。
「大島くん、さっきの授業わからない所とかあった?」
「いや、大丈夫」
「そう。いや、さっき凄く真剣な雰囲気だったから」
やべえ。石川さんに俺のオーラを読まれた。
「そう? まあ、俺もたまにはああいうオーラを出すんだよ」
「そうなんだ。えっと、また何か分からない所とかあったら教えてね」
和かな笑顔。
これにも裏があるのだろうか? 信じたくない。でも、どんな奴にだっては裏はある。
今まで純粋だと信じていたものが、たった一つの、しかも全然関係の無い事実によって歪んでいく。
俺は、石川さんに「ありがとう」と作り笑顔を返した。




