第二十話 接触その5 プラスアルファ(ミーツ)
火曜日。
どうでもいいけど、何か忘れてる気がする。だが、今日に限った話ではないので気にしない。
自転車置き場への道。俺は石川さんのいい人オーラに当てられ、精神的にボロボロになっている状態で歩いていた。
ヤバいな。これは、思っていたよりキツいぞ。
青木や他の女子らと違って、クラスメイトとも直ぐに仲良くなっちゃうし、男子からの視線も熱いし……それは、つまり前の席の俺にも降りかかるわけであって……。
しかも、あっさりと三浦ちゃん以外とも打ち解けちゃうし。つか、三浦ちゃん二日連続で昼飯時にA組にこなかったな。というより、昼飯以外でも来てないんだよな。珍しい。
まあ、とにかく疲れる。なんか、常に見られてる感じで酷く疲れる。
人からの注目に慣れてないんだよー。勘弁してくれよー。後、青木も、なんで屋上使わなくなったんだよー。女子と青木の仲睦まじい会話をおかずに飯なんて食えねえよー。
つか、青木も、もうちょっと気を使ってくれないかなあ……。
はあ。ため息すら満足につけないよ。だって、ついたら石川さんが心配してくれんだよ。凄い心配してくれんだよ。同性にすら、あそこまで心配された事は一度もねえよ。って、同性に心配とか気持ち悪いからやめて。
……目の保養くらいか。いい事って。
俺は目立ちたくないんだよお。誰か助けてくれよお……。
「大島?」
「うおっ!?」
びっくりした、急に肩に手をかけるなよ……って、鳥谷?
「鳥谷か……久しぶりだな」
「ああ」
本当に久しぶりに会った気がする。多分、一週間かそこら振りなんだろうけど。
つか、何か用か? あれか、一緒に帰ろうぜ、ってか?
「最近、調子はどうだ?」
「えっ? あ、ああ、まあまあだよ」
調子はどうだ? という質問に対して「まあまあだよ」以外の回答が思いつかない。でも、コミュ力高い奴はここから話を発展させられるんだろうな。俺には同じ質問を返すので精一杯だけどさ。
「お前こそ、どうだよ」
「俺は普通だ」
「…………」
「…………」
うーむ、意外と鳥谷とじゃ話が繋がらん。多分、ゲームの話なら繋がるんだろうけど。最近、やってねえからなあ……。
「……栗原君や坂本とは会ってるのか?」
「えっ? いや、坂本とは会ってないし、栗原君とも昨日久々に会ったくらいかな」
「やはりか」
「えっ?」
「石川が来てから、歯車が狂ったようだ」
「…………そうだな」
…………折角だし訊いてみるか。
「なあ、鳥谷は石川派か?」
「派閥が出来ていたのか」
「いや、そういうんじゃないけどさ。えっと、つまり、栗原君は石川のこと嫌ってんだよ。で、鳥谷はどうかなって」
「俺は、好きでも嫌いでもない。今回の事も全部、石川のせいだとは思わない」
「そうか……」
鳥谷は冷静に状況が見れているのだろう。
それでも、俺は栗原君と同じで石川は嫌いだ。
「そういや、この前言ってた石川さん……石川華さんが学校に来たことは知ってるか?」
「いや……誰だ?」
「この前言ってた第六のハーレム要員だよ。入院してるっていう」
「ああ。もう、来たのか?」
「ああ、しかも俺の席の後ろの席の子だったよ」
「そうか。で、青木や他の女子の反応は?」
「三浦ちゃん以外とは仲良くしてるよ。正直、俺から見たら石川さんは完璧超人だな」
「それは、一度見てみたいな」
「じゃあ、明日こいよ。……あと、近づかない方がいいぞ。無理矢理、自己紹介してくるから」
「分かった。廊下から確認する」
廊下から確認するのはいいけど、あんま時間かけんなよ。下手すりゃストーカー扱い受けるから。特に、今の石川さんの周りの環境を見てるとな。
にしても、久々にこんなに鳥谷と喋ったな。いつ以来だろう? オススメのゲームを紹介してもらった時以来かな?
「そういえば、栗原君だが……」
うん? 栗原君がどうかしたのか?
「最近、よく三浦さんと一緒にいる事が多いが、彼らは個々で作戦のために動いているのか?」
よく一緒に居る?
そうなのかな? いや、俺は基本教室にずっと居るから、おかけで石川さんの会話に巻き込まれるし、分からないな。
つか、なら鳥谷は廊下に出てるのな。まあ、俺らと違って鳥谷はオタク友達がちらほら居るから別に不思議でもなんでもないけどさ。
もしかしたら、二人で動いてるのかもしれないな。二人とも石川を嫌ってるから、別に不思議じゃないし。でも、それなら俺も誘ってくれてもいいのにな。
使えないって? 否定出来ねえよ。
「多分、そうなんじゃね? 二人とも石川のこと嫌いだし」
「そうか。いや、なんというか……」
うん?
「端から見ていて、どこか恋人のように見えたから、気になってな」
いや、それはねえだろ。せめて、友人だわ。ねえねえねえ。あり得ねえ。
まあ、そりゃ、いいコンビだなとは思うけどさ。でも、三浦ちゃんは青木一筋だし、栗原君は前田ちゃんに一目惚れだし……。
まさか、ねえ。
「まあ、それはねえだろ」
「そうか?」
「そうだよ。それよりも、今後俺たちはどう動いていくかだ」
もし、栗原君と三浦ちゃんが新たにチームを結成して動くなら、俺も出来る限りそっちに協力する。でも、じゃあ鳥谷はどうする?
「俺は、栗原君と三浦ちゃんと一緒に行動するけど、お前はどうする?」
「俺は…………」
「まあ、なんなら、また坂本らと一緒に動くまでフラフラしててもいいよ。大丈夫。能見ちゃんは任せとけ」
「…………すまない。俺には、お前らか石川かは選べない」
「いいよ。その代わり、何か情報をゲットしたら教えてくれよ」
「ああ、それは出来るだけ協力させてもらう」
「ありがとう」
ほんと、俺の友人はいい奴ばかりだな。
「じゃあ、俺は帰るわ」
「ああ、久しぶりに話せて楽しかった」
「はははっ。話そうと思えば何時でも話せるだろ?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、また明日」
「ああ」
前髪で目を隠した男は、小さく手を振り自転車置き場の方へ向かって行った。
折角だし、一緒に帰ったらよかったかな。
まあいいや。自転車置き場で鳥谷の友人AとBが待ってるのが見えたし。AとBとはあんま親しくないんだよね。つか、名前知らねえし。AとBも別にイニシャルとかじゃねえし。適当だし。
さてと、そこら辺、歩いてから帰りますか。
…………そういや、何か忘れてる気がするな。何だろ?
――結論から言えば、ノートを教室に忘れてきていた。これでは、今日出された宿題が出来ない。
そう、俺は真面目なのだよ。やることはキチンとする。真面目君です。
にしても、廊下といい教室といい、この時間は人があまり居らず静かなもんだなあ。
なんつうか、異様な空間に思える。そりゃ、終礼が終わったらさっさと帰る人だからな。あまり、こういう状態の学校に来たことはないから、こういうのに慣れてないっていうのもあるだろうけどさ……。
「ぴゅぴゅーいぴゅい」
…………やらなきゃよかったよ。
つか、誰もいないよな!?
でも、やっぱ誰もいない静かで広い空間だと、ついついこういう事をやりたくなるんだよ。
いや、本当にやらなきゃよかった。
ちょー恥ずい。
はあ、さっさと忘れ物を取って帰ろう。
3のAの教室まで来たところで、俺は不意に誰かの笑い声を聞き取った。
声は少し先の教室内から聞こえてるらしい。
……気になる。
いや、別にいやらしい意味じゃないぞ。ただの好奇心。そう、ただの好奇心だ。
取り敢えず、俺はささっと誰もいないA組内に入り忘れ物を取り、廊下に再び出た。ここまで、数秒。しかし、別に速い必要はない。
そこから、俺はコソコソと声のする方へと歩き出す。
さて、声が聞こえる教室は何処かな…………B組、C組、D組、E組……一番端のF組か。
……しかも、扉が微妙に開いてるし。
つか、近づいてから分かったけど、この声……。
少しだけ開いた扉。聞き覚えがあるとはいえ、最初は知らない人かと思っていた。でも、少し開いた扉から声の主の姿を見ると、俺の予想通り、そこにはよく見知った男女が二人で楽しそうに話をしていた。
そう、教室の中に居たのは、栗原君と三浦ちゃんだった。
何故、二人がこんな時間に教室に居るのだろう?
放課後。男女が二人きり。
俺は、瞬間的に先ほどの鳥谷の言葉を思い出した。
「どこか恋人のように見えた」
実は恋人同士だったりするのだろうか?
でも、まだ二人で仲良く話してるだけだし……。いや、放課後残ってまで会話をする仲と考えれば……。いや、でも三浦ちゃんは青木の事が……でも、最近は全然青木の所に来ないし……。考えすぎだろうか……?
つか、微妙に話の内容が聞こえる。そりゃ、こんだけ周りが静かなら不思議でもないか。
気になるし、しゃがんで小耳を立ててみるか。
「で、どうだった? 昨日のドラマ」
「うん? ああ。意外とそれなりに俺の予想よりは良かったぜ」
「ったく、あんたはほんと素直じゃないわねー。面白かったなら面白かったって素直に言えばいいのに」
いや、本当にな。
つか、栗原君はドラマ見ない人って、この前言ってたんだけどな……。
いつもなら、ここから怒涛の口撃が繰り広げられるだけど……。
「…………面白かったよ」
デレ!? おいおい、いつものツンは何処に行ったよ!? 行方不明かよ、捜索願い出さなきゃ!!
恐らく他人の机に座って足組んで、その顔は軽く背けて……初めて見たぞ。なんだろ、レアアイテム見つけた時のような感覚……でもないけど! すげえ、珍しいもん見ちゃったな。
「そう、あんたはもうちょっと素直になった方がいいわ」
「お前には言われたくねえよ」
それは言えてる。
「それより、話変わるけどさ。お前は、女版石川の事どう思ってるんだ?」
おっ、それは俺も気になる……って、廊下に誰もいないよな。今の俺、ただの変な人だぜ。こんなの誰かに見られたら色々終わる。
「石川ねえ……。まあ、最初はあのキャラがウザかったけど、今はどうでもいいかな」
おお、エグいエグい。これが、女子か。容赦ねえー。
「まあ、俺もあのキャラはねえとは思うけどな。あれで、素なら相当たち悪いぜ」
「ほんとね。直しようがないもん」
「つか、それより何で今はどうでもいいんだ?」
「それは……青木への想いが冷めつつあるのもあるし……」
…………マジ?
「へえ、で俺に告白してきたと」
…………???
「べ、別に、青木に冷めたから告ったわけじゃないし!」
「んなの、分かってるよ。そうじゃなかったら、俺は付き合ったりしねえから」
…………俺は夢でも見てるのだろうか。そうだ、こういうのを白昼夢って言うんだよな? 今昼じゃねえけど。そうだよ、夢じゃなきゃ栗原君がこんなリア充みたいなキャラにならねえもん。栗原君は、もっと子供っぽくて。そう、背伸びしてる子供っぽいキャラなんだよ。あと、チンピラでツンツンしてるんだよ。
それに、三浦ちゃんもそうだろ。青木を諦めたなら、何で、その事を俺や坂本に言わない? いや、石川と繋がってるから坂本はねえにしても、せめて俺には何か言ってくるだろ? つか、言わなきゃダメだろ?
「にしても、昨日の大島君は面白かったわ」
大島君? 俺?
「『ありがとう。やっぱ、お前いい奴だな』だっけ? リアルであんなこと言う男が居るなんてねえ」
「まあまあ、そう言うなよ。なんつうか、まあ、あいつらしいっつうか」
「そうなの? でも、やっぱヤバいでしょ。私、笑っちゃいそうだったもん。つか、笑ってたもん」
「まあ、そりゃ俺もだけどさ」
……………………。
「あれは友達少なくても不思議じゃないよ。というより、よくあんたはあんな暗い奴と友達でいられるわね。私だったら、絶対ムリだわ」
「まあ、俺も友達は少ない方だからなあ。ま、居て困る奴じゃねえし。あいつのおかげで、お前とも知り合えたわけだし」
「そういえば、この作戦もあいつが発案したんだっけ? 何というか……」
「気持ち悪い」
「結構、はっきり言うんだな。そんなに無理か?」
「無理無理。つか、正直、顔も見たくないかな」
「笑顔でエグいこと言うなあ」
「だって、本当に無理だもん。つか、私もよく今まで我慢してあいつに話しかけてたと思うよ。ほんと、自分で自分を褒めたいし」
「じゃあ、あいつじゃなくて俺に話せばよかったのに」
「そ、それは……何というか、ほら、あんたじゃ頼りないというか。まあ、あいつは気持ち悪いけど使える事は使えるかな、って」
「素直に、恥ずかしかったから、って言やいいのによ」
「べ、別に恥ずかしかったとかそんなじゃなくて――」
……帰ろう。
そういや、何で俺はここにいるんだっけ?
何で、俺はこんな時間にこんな所にいるんだろう。
早く帰ろう。帰って、ベッドの上でゴロゴロしよう。
今日の晩飯は何だろうか。
そういや、何かやらなきゃいけない事があったような。
……何だっけ?




