第二話 お好きなものをお選びください、早い者勝ちですよ
本日も晴天なり。 昼休み。
いつもなら俺は教室で寝ているのだが、今日は『ハーレムを作る者達』の研究と観察の為、いつもの四人で学校の屋上にきていた。
ちなみに、俺の通う高校の屋上は前にも言った通り基本的に開放されている。
じゃあ、屋上ってどんな所?
答え、何もない。
そりゃそうさ。屋上なんだから。でも、例によって落下防止のためのフェンスもあるし、あと隠れられるスペースもある。
今、俺たち四人はその隠れられるスペース、通称『セイシュンの間』に昼飯を持って座って居た。
隠れられるスペースと言っても、当然ながらそんなに大きくは無い。男が五人程度、前後数十センチを壁とフェンスに挟まれて横に並んで座れる程度だ。
「おっ、来たぞ」
しゃがんで扉を監視していた坂本の小さな声に、俺はその上から同じ様に扉の方を見る。
視線の先、息を切らしているのは、恐らく女子達から逃げて来たのであろう青木だ。
ちなみに、鳥谷と栗原君は俺らとは反対側の方から同じように見ている。
「誰かから逃げてきたみたいだな」
どうせ、女子生徒から逃げてきたのだろう。モテる男にはよくある光景だ。
そんな決めつけを確定させるかのように続けて扉から入って来たのは、三人の女子生徒だった。うち、二人は教室で既に何度か見ているツンデレ女子とロリクール女子だった。
しかし、もう一人は初めて見る。メガネを掛けていて、サラサラセミロングストレートヘアーで、頭が良さそうな女子だ。恐らく学年成績一位だろうな、あれは。ついでに、生徒会長ないしはクラス委員長といったところだろう。そんな、つまり真面目そうな雰囲気を持った女子だった。
にしても、青木の周りの女子はジャンルに富んでるな。普通、性格やら何やら被りそうなもんだが。
「さて……写真♫ 写真♫」
俺の下で坂本が携帯を取り出す。
つか、ノリノリだな坂本よ。でもな、俺らのやろうとしてる事は盗撮だぞ。訴えられたら恐らく負けるであろう盗撮だぞ。
まあ、ともかく俺らがここに居る理由は、彼女ら『ハーレムを作る者』の情報収集の為である。なら、何故情報が必要なのかというと、俺らがやろうとしている作戦、『ハーレム主人公から女の子を奪い取れ』作戦は、言い換えればゲームだ。ジャンルは、鳥谷の得意なギャルゲーだ。
なら、大事なのは攻略相手の情報である。
また、攻略するこちらはもちろん人間。ゲームの中のハーレム主人公のようにプレイヤーの選択によって好みをコロコロ変えるような機械的な存在ではない。好みはそれぞれあるし、攻略相手が好みの性格で無ければモチベーションも下がってしまう。
まあ、あれだけ色んなタイプの女子がいるんだ。一人くらいは好みの性格の子もいるだろう。
という事で、今に至るわけだ。
ちなみに、この作戦は今朝みんなで考えて決めました。
「取り敢えず、三人か……後何人居るんだ?」
「後、二人だな、俺が知ってるのは」
後はスポーツ女子と巨乳女子、合わせて五人か……青木に一人残すから、もしこれ以上増えなければ、ちょうど数は合うんだな。
「ふーん……」
そう言って、彼女らを撮り終えた坂本は鳥谷と栗原君を呼んだ。
なお、この距離なのでシャッター音は彼女らには聞こえてないだろう。スピーカーを手で抑えているし。少なくとも、さっきの休み時間に聞こえるかどうか試したから大丈夫だ。特に女子らにこれといった反応も無いしな。
「どうだ、まず見た目でこの子が良いってのはあるか?」
実は、まだ皆の好きなタイプについては話し合っていない。故に、対象が被る事もあるだろう。
まあ、その時は譲り合いの精神でって感じだが。
「俺は……あのちっちゃな子だな」
坂本の問いに、先ず鳥谷が答える。
鳥谷の好みはロリクール女子か……。まあ、分かるけどね。まるで、二次元から飛び出してきたような見た目だもん。二次大好きっ子さんには、ポイント高いだろうよ。
「俺は、特にいないな」
次に答えた栗原君の好みはいないらしい。
まあ、第一印象で人を好きにならなさそうなタイプだとは思ってたけどさ。
……って、どんなタイプだよ! と、脳内ノリツッコミ。
「いないのか。……俺はメガネちゃんかな」
坂本はメガネ女子か。そういや、坂本は大人しくて真面目そうな女子が好きだったか。なら、ドンピシャかな。
「ミドリーンはどうだ? 誰かいないか?」
ミドリーン? 俺!? なんか、微生物っぽい!!
そういや、いいとは思っても彼女らに好きという感情は抱いた事無いな。まあ、つまり今は誰でもいいって事になるか。
「特に無し、だな」
「そうか……じゃあ、これからどうする?」
……そういや、どうしよう。人に聞く為に分かりやすいからって写真を撮ろうってなったはいいが、撮った後の事までは考えてなかった。
「こそこそと、聞き耳立てながら飯を食う」
栗原君が「どうだ」という顔で言う。別に、そんな凄いアイディアじゃないよ。つか、そんな盗聴趣味は俺にはねえ。
「なら、しりとりはどうだ?」
「いいな、採用」
「……」
鳥谷のアイディアをどうこう言いたくないが……でも、しりとりは無いだろう。しかも、坂本もノリノリで同意したし、栗原君不満顔だし。
「うんじゃ俺から、しりとりの『り』で『リストラ』」
「重い……」
こうして、飯を食いつつ、暗黙のルール『重めで』を適用したしりとりで、俺たちは昼休みを過ごした。
なお、数メートル先で三人の女子と一人の男子の楽しそうな話し声を聞きながらという事もあってか、飯を食ってる最中、俺を含めた四人からの憎悪のオーラが目に見えるようだったのはいうまでもない。
そして、放課後。
昨日と同じく、俺の所属するA組にて。
俺たち四人は、昼休みにゲットした女子の写真を元に坂本が調べてきた情報を聞いていた。
「まず、一人目……C組の能見友梨ちゃん」
そう言って、坂本は能見、昼休み撮ったロリっ子の写メを前に出す。
ぺったんこの胸から上、なかなかのベストショットだ。つか、この時期は上がブレザーだからぺったんこでもそんな目立たないんだな。夏はあれだが……。
ちなみに、うちの制服は男女共に上は紺のブレザーにワイシャツ、青のネクタイ。下は女子が黒のスカートで男子も同じ黒のズボンだったりする。無難だが、個人的には気に入っている制服である。
「……他には?」
「取り敢えず、名前とクラスだけだな」
鳥谷の問いに坂本が答える。確かに、取り敢えずはそんなもんだろう。
「で、次は同じくC組の吉見椿姫ちゃん」
そう言って、坂本はメガネちゃんの写真を見せる。斜め横からのベストショットだ。にしても、見れば見るほど知的だなあ。頭いいですよオーラがスゲえよ。……でも、これでバカだったら、それはそれでいいかもしれない。
続けて、坂本はツンデレちゃんの写真を見せる……あれ? ボヤけてる? つか、写真の中の三浦ちゃん気持ち不機嫌そうだな。……いや、この子は常にこんな顔してるか。
「彼女は、三浦桜ちゃん、F組だな」
「F組っつうと、鳥谷と同じなのか」
俺の言葉に「そうだな、知らないけど」、と鳥谷は低い声で答える。
『そうだな』からの『知らないけど』とはこれいかに。
と、これで三人の名前とクラスが分かったのか。
ふふふ、なんか悪い事してる感が凄いな。
……はあ。
「あと、二人か……ちなみにどんな子?」
心の中でため息をつく俺に、栗原君が訊いてくる。
「一人はスポーツ女子で、もう一人が巨乳だ」
と、俺は答えた。
しかし、栗原君はそれに「ふーん」と淡白な反応だ。これは、攻略候補がなかなか決まらなさそうな感じだな。
まあ、俺もか。
「取り敢えず、俺が吉見ちゃん、鳥谷が能見ちゃんだな」
坂本が言う。
にしてもなんだろ。これは三浦ちゃんは青木君とくっつく気がする……なんとなく。
いや、ツンデレは負けフラグだけども。そうだけども。何と無く、俺の勘がそう言ってる。
「さて、じゃあ今日はこんな所で解散という事で」
そう言って、坂本は俺の方を見る。
ああ、締めの挨拶かな。
「じゃあ、今日は解散!」
静かな教室に響く俺の声。恥ずかしい……。
翌日。二限目。
新学期早々の自習時間を俺は妄想……否、思考に当てていた。
女性経験の無い俺が、これから女性と親しくなっていくのだ。色々とシミュレーションするべきだろう。
……だが、全く想像出来ない。
恋愛ジャンルのドラマから漫画、アニメ、ゲーム。何一つやった事が無いんだよ。どうしろってんだ。無理ゲーじゃねえか。ふさげんな、誰だよこんな高度なミッション与えたのは! ――俺だよっ!!
「……島?」
鳥谷にギャルゲーでも貸して貰おうか。
「……大島〜」
そうだ、大島に恋愛物のなんかを貸して貰おう。創造物でも無いよりマシだ。
…………大島?
「大島!」
「はっ!」
下げていた視線を戻し、俺は前を見た。そこには困った顔をする男子が……って、青木?
「大丈夫か? ボーッとしてたけど」
「えっ、ああ、大丈夫」
青木に話し掛けられた。つか俺、変な顔してなかったよな。
なんやかんやで、ハーレムを作り上げても青木とはよく話していた。そりゃ、根はいい奴だって知ってるし、俺に無視する度胸はないし、そんな人間小さくはないつもりだ。まあ、こいつに隠れて小さくコソコソと色々してはいるけどさ。
「あのさ、ここの問題教えて欲しいんだけど」
「ん? ああ」
青木が示しているのは数学の問題だった。そういや、今は数学の時間か。
つか、こいつはどちらかという真面目なタイプだったか。顔も中の上、成績も中の上……微妙にいい方へ普通から外れてるな。
「そこはな……」
まあ、でもこいつと比べたら数学なら得意だ。つか、それと国語以外は平均やや下の成績だけどな。ある意味、安定してる。
「へえ、そうやるのか。……大島って数学は得意だよなー」
「そうでもないよ」
そうでもあるよ。
つかあれだな、謎の優越感がある。俺でも、ハーレム青木に勝ってる所あるじゃん。
って、なんか虚しいけど。
「俺さ、文系だからこういうの不得意でさ」
「へえー」
どうでもええわ。つか、なら俺はハーフ文系アンド理系や。
「じゃあ、また勉強教えてよ」
そう爽やか笑顔で言って、青木は身体を前に向けた。
そういや、一年や二年の時はよくこうして青木に数学を教えてたっけ。でも、二年の末までは教えてたから、そこまで昔の話でもないんだよな。なんか、凄え懐かしい気分になったけど。
やはり、今でもこいつがハーレムを作り出したとは思えない。それ程までに、こいつは俺と同じだったんだ。
そう、俺と同じく残念なほどに異性と縁がない人。
なのに、どうして青木はハーレムを作ることに成功したのだろうか。直接、訊けば済む話でもあるが、中々訊き辛いというところが正直な気持ちだった。
前までは気を許して話せる友人だったのだが……不思議なものだな。
「そういや、三限目も自主だってさ」
「自主!? 独立でもするのか!?」
「間違えた、自習だってさ」
「三限目も!? おいおい、この学校大丈夫か?」
「だったらいいよな」
「願望かよ!」
「ナイスツッコミ」




