第十九話 接触その4 それは、まるで触れたらポロポロと崩れていきそうなほど儚くて、でも絶対的な存在を放っていた。
月曜日。ここ最近、毎日のようにイベントがあった気がしたが、先週は珍しく何もなかった。まるで、一年や二年の頃に逆戻りしたような、そんな日々だった。
「…………」
そんな黄昏気味の俺の目の前では、いつものように青木が女子と仲良く楽しそうに笑みを浮かべ話していた。
といっても、今回は珍しくその相手は一人しかいない。
しかも、初めて見る子だった。
セミロングのサラサラとした髪に、真っ白な肌。か細く、なんかの拍子にポキっと折れてしまいそうな華奢な身体。そして、可愛い女の子っぽい顔。いや、女の子だけどさ。なんつうの、純粋に女の子っていうの? そんな感じの子。
そう、彼女こそ今までずっと入院していた、俺の後ろの席の石川さんだった。
なんで、石川さんだって分かったか。それは、彼女が朝早く、まだ静かな教室に入ってきて、俺の後ろの席に通学鞄を置いた時に発した挨拶が原因だ。
「おはよう。えっと、今まで病気で入院していた石川華です。これから、よろしくお願いします」
俺の横まで来てぺこりと頭を下げた彼女の可愛げな声に、俺は暫く動けなかった。時が止まるとはこういうことを言うのだろうな。
つか。そりゃそうだ。高校に入ってから事務的な事意外で喋った事のある女子が、青木の周りの女子に限る人間が、見知らぬ女子にいきなり話しかけられたら硬直するに決まってるだろ?
でも、石川さんはそんな硬直状態の俺に不審な顔を見せず、言いたい事を言ったからか、それとも既に席について居た青木と早く話したかったからか、青木の所へと歩いて――といってもすぐ前だけど、行った。
第一印象としては、風貌も中身も含めて三次の女子とは思えない子。というか、言い方は悪いが鳥谷みたいなオタク男子の欲望を具現化したような子に見えた。
つか、彼氏とかいないのか? 絶対に告白された経験はあると思うんだが。全部、断ったとか?
つか、鳥谷に見せてえな。その上で、能見ちゃんか石川さんのどっちがいいか訊いてみてえ。あいつの事だから、片方は妹で、とかわけわからんこと言いそうだけどさ。
にしても、病弱キャラねえ。外見の印象に加えて、ハーレムズの中じゃ最強キャラなんじゃねえの? こんなの勝ち目あんのかよ……。
にしても、今は朝礼前だけど、廊下の方で能見ちゃんと内海ちゃんと前田ちゃんが何か近づき難いオーラ出して見守ってるし。
これは、空気を読んでるのか? というより、知らない子がいるから来れないだけか。
そもそも、先日のメールから考えるに、三浦ちゃん以外全員、石川ちゃんとは面識ないようだし。
……驚いているだろうな。青木が自分たち以外の女子と話してるんだもん。なんだかんだで、青木がハーレムズ以外と話すことなんてそうないからな。そりゃ、いつものように「おはよう!」とも言いづらいだろうさ。
朝礼終了後。廊下にて、俺は栗原君と三浦ちゃんとで仲良く話す青木と石川さんをこっそりと見ていた。なお、今は朝様子を伺っていた女子たちはいない。
つか、地味に三浦ちゃんの髪型が変わってるな。
「三浦さん、髪切ったんだね」
前までサラサラロングだったのが、今はサラサラミディアムロングになってる。せっかく、綺麗な髪だったのにな。まあ、切っても綺麗な事に変わりはないけどさ。
それよりも、栗原君に石川さんの感想でも伺うとするか。
「どうだ? 栗原君的に第一印象は」
「キャラ作ってんじゃねえの? かな」
「かな、じゃねえよ。そんな事、言わないの」
「まあ、私も珍しく栗原には同意だわ。あれは、キャラ作ってる」
「うわあ、三浦と意見が被った〜」
「ムカつく」
まあまあ、となだめる俺。
しかし、キャラ作ってるねえ……そうは見えんな。
そりゃ、女子との接点があまり無い俺が言っても説得力のカケラも、って栗原君も同じだけど。でも、石川さんは純粋っぽいんだよなあ。まあ、得てしてああいうタイプに限って裏があるんだろうけど……でも、あんまそう思いたくないなあ。
「で、どうすんだろうな。石川……男版石川的には、あんま予想してなかった展開なんじゃねえの?」
「どうかしらね。あいつの事だから『分かってたよ』って軽く言いそうだけど」
「そうかな? あいつは、ミスはあっさり認めるタイプな気がするけど……」
それに、石川さんの登場は時間の問題だったわけで、多分そこまで問題視していない気がする。
「そういや、お前最近、坂本と話したか?」
「いや……つか、最近は青木とくらいしか話してない気がする」
「あんた……それヤバくない?」
「ああ、俺もそう思う」
「栗原君には言われたくねえよ。で、そういうお前は話してるのか?」
「いや……」
ここで、栗原君は珍しく顔を背けた。
多分、話してないんだろう。そして、話したいんだろう。なんだかんだ言っても数少ない友人だからな。大切な友人なんだ。俺にとっても、栗原君にとっても。
「話してねえよ。別に、あいつが石川とつるむなら話す事もねえ」
「…………」
こうなったのも、全部俺のせいなんだよな。俺がキッカケで、石川と知り合うことになって、おかげで関係が拗れて……。
「ごめん」
「えっ? いや、いきなりなんだよ」
「俺のせいで、こんな事に……」
「何言ってんだよ!? つか、謝るな!」
「そうよ。別にあんたは悪くない……と思う。ていうか、全部あいつ、男版石川が悪いんでしょ」
「そうだよ。悪いのはお前じゃない。男版石川だ。だから……謝るな!」
……………………。
本当に、優しいよな。
例え、それが本音じゃなくても、俺は凄く嬉しいよ。
「ありがとう。やっぱ、栗原君はいい奴だな」
「!? 褒めるな! 気持ち悪い!!」
三浦ちゃんがクスクスと笑いを堪えて、俺も自然と笑みと涙がこぼれた。
この涙は、笑ったから出たことにしとこう。
「……そういや」
ばつが悪そうに一つ咳払いをしてから、栗原君は口を開いた。
「お前、鳥谷とは会ってるか?」
「鳥谷?」
その質問に俺は思わず聞き返してしまった。
そういや、俺も訊こうと思ってたんだっけ。
「いや、会ってない……つか、さっきも言ったけどここ最近はずっと一人で居ることが多かったんだよ」
「それって、ヤバくない?」
「俺もそうおも――」
「はいはい、その反応はもう聞いたから」
話題がループしそうだ。それより、栗原君はどうなんだろう?
「で、栗原君はどうなんだ?」
「それが、俺も全然でさあ」
「じゃあ、お前も最近一人だったんじゃ」
「えっ? いや、別に、そうでも、ないよー」
あれ? ここは、「お前と違って、俺は一人でもいいんだよ」とか適当に返すのが栗原君なんだけどな。珍しく、濁したな。
つか、栗原君チラチラと何処見てんだ? って、これは何か裏がありそうだなあ。ふふふ。
「くーりーはーらー君。ここ最近の君の学生生活を聞きたいなあ」
「大島、気持ち悪い」
「へえ、大島って、そういうタイプだったんだ。なんか、幻滅したわ」
「!?」
あれ? 三浦ちゃんにまで口撃されたぞ??
つか、栗原君に言葉で挑んだ俺が馬鹿だったか……。
「ああ、もう、俺が悪かったよ」
「大島くん?」
!?!?!?
この声は……石川さんか!
で、俺の予想は大正解。俺の背後には石川さんが立っていた。……身長160前半くらいか。
「えっと、三浦さん、だよね」
「えっ……ええ、そうだけど」
そういえば、三浦ちゃんは青木と一緒に石川さんの見舞いに行った事があるんだったな。一回だけだから、そこまでしっかりと顔を憶えてないんだろう。つか、俺だったら一回だけじゃ完全に忘れてる。まあ、それ以前に髪型変わってるからな。分からなくても仕方ない。
「えっと、この前退院して、今日から学校に通えるようになりました」
にしても、本当に丁寧な子だな。今時、珍しい気がする。
つか、こういうタイプは三浦ちゃん苦手だろうな。案の定、おどおどしてるし。
「そ、そう。えっと、退院おめでとう」
「ありがとう」
和かな笑顔を返した石川さんの次の標的は、当然のように栗原君だった。
って、栗原君もおどおどしてるし、目線が安定してねえし、少し落ち着け!!
「えっと、大島くんと三浦さんのお友達?」
「えっ、あ、ああ、うん、友達、かな?」
俺は初めて栗原君の声が裏返ったのを見た。
そんなにおどおどするなよ、いつもの栗原君はどこ行ったよ、行方不明かよ。
「私、大島くんと同じA組の石川華です。よろしくお願いします」
ぺこりと下げられた頭に、栗原君も思わず「よろしくお願いします!!」と、それ以上に頭を下げる。
つか、地味に俺ら廊下に居る人たちの注目の的になってんのな。そりゃ、石川さんレベルの可愛い人が歩いていたら注目もするか。
……なんか、見られてるって分かると恥ずかし!
「じゃあ、私は職員室に行かなきゃなので」
失礼します。と、男女の注目を浴びながら石川さんは廊下を歩いて行った。
…………嵐が過ぎ去ったというと表現としておかしいが、でもそれに似た感覚を得たのは間違いない。
そのくらい、石川さんの登場はインパクトを残していったのだ。
はあ、あんな子の前の席に座るのか。どうしよう。嬉しいけど、げんなりする。これから、授業中に内職とか出来ないじゃん。……早く席替えしねえかなあ。今の席、気に入ってるから俺以外が席替えしねえかなあ。でも、隣にリア充来たら嫌だなあ……。
取り敢えず、教室に戻ろう。
「そろそろ、チャイムなるな」
「…………」
「おーい、栗原君ー、三浦ちゃーん」
……いつまでショートしてんだよ。この二人は。




