第十七話 接触その3 棘だらけの花だって美しい。優しく触れば傷つかない。
金曜日、やったー、今日頑張ったら休みだー。
昼休み、弁当を何時ものように一人で食べた後、俺は一人で思考しながら珍しく廊下を歩いていた。最近、何人かの女子とちょっとした関係を持った事もあってか、俺の心は開放的になっているようだ。
にしても、まさか吉見ちゃんまで接触してくるとはなあ。つか、マジで何で俺なんだろう? 仲がいいからって、だからって異性に、まして接点の無い俺なんかに恋の協力して欲しいなんてあり得るのか? 分からない。今まで、そういうのとは縁が無かったから。余計に分からない。
つか、たった一ヶ月で今まで女性との接点がゼロだった俺に五人も接点が出来たんだな。能見ちゃんは少し違うけど。
やっぱ、これって凄いことだよな。
これって、青木から少しづつハーレムパワーを貰ってるってことなのかなあ。
まあ、そんな事は置いといて。前田ちゃんと同じく、俺が吉見ちゃんと接点を持った事は皆には黙っておこう。
「大島?」
!?
急な女性の声に、俺は反射的にふわふわしていた目線を声の方へやる。
振り返った先には、見慣れたロングヘアーの女子……っと、三浦ちゃんか。珍しいな。つか、この時間は青木と一緒に屋上に居るんじゃなかったか?
「えっと、何か……」
やべえな。昨日の帰り道の情景が頭に浮かぶ。まあ、三浦ちゃんはもう協力してくれって、改めて言う事は無いだろうけどさ。
「今、暇?」
「うん、暇だけど……」
なんか、何時もと雰囲気が違うな。どうしたんだろう。いつものツンは何処に?
つか、そうやって真面目な顔で見られると恥ずかしい……。
「じゃあ、ちょっと話があるから。ついて来て」
何だろう? なんの話だろう。
もしかして、前田ちゃんや吉見ちゃんと接触したことがバレたとか? まさかな。割と注意は払ってたし……まさかな。
理由は分からんが、とにかくついて行こう。つか、何処に行くんだろう? 屋上は青木が居るし……体育館裏?
場所は、二階へと向かう階段の踊り場。
他に特に人もいない、この場所で俺と三浦ちゃんは背を壁に預けて立っていた。
「ねえ。大丈夫なの?」
「? 何が?」
「この前も言ったけどさ、石川が入ってから急に皆バラバラになったじゃん」
「…………」
その事か。
そりゃ、俺だって何とかしたいけどさ。でも、どうしろってんだよ。坂本は石川と行動してるし、栗原君は石川嫌ってるし、鳥谷は……知らんし。仲直りさせようにも、栗原君と石川の関係をどうにかしなきゃだし……。
あいつらと知り合ってから結構経つけど、こんな事初めてなんだよ。
「このままじゃ有耶無耶に」
「それは、大丈夫」
思わず即答してしまった。否定するように。
「大丈夫って……じゃあ、そのうち仲直りするっていうの?」
「ああ……何なら、俺だけになっても、上手くやるよ」
「…………」
三浦ちゃんは、何も言わなかった。
恐らく、信用ないんだろう。そりゃそうだ。少し前まで異性の友人ゼロだった俺が、誰かの恋愛を手助け出来るはずがない。
「……まあ、それはいいわ。暫くは、あんたに任せる」
暫くは、ね。
「それより、石川さんについての情報が手に入ったの」
「石川さんの!?」
「この前、訊いてくるって言ってた事も含めてね」
「まだ青木が見舞いに行ってるかどうか、か」
「うん」
「でも、何で俺に?」
「現時点で信用出来るのがあんたしかいないだけ。少なくとも、石川や石川と繋がってる坂本には話したくなかったから」
栗原君や鳥谷はハナから除外か。
鳥谷は、そもそもまだそれほど話したことがない。栗原君は、こういうのを話す相手として不向き。……消去法だな。
「じゃあ、先ず石川さんの現状について。石川さんは、今はまだ入院してる状態だけど、もうすぐ退院出来るらしいわ」
入院してるってのは、まあ予想通りだな。退院して、かつ学校に来てたら青木と会うに決まっている。つまり、あのハーレム要因に紛れ込んでいても不思議じゃない。
それより、もうすぐ退院なのか。つか、どういう病状で入院してるんだろう?
「で、剛志が見舞いに行ってるかだけど……行ってたわ」
「言ってたの?」
「行ってた。しかも、定期的にね」
定期的にねえ……。
これは、地味に三浦ちゃんにもダメージかな。この作戦にもダメージだけど。
しかし、病弱キャラか……どんな子なんだろう。やっぱ、清楚で可愛い系なのかな。加えて、鳥谷が好きな守ってあげたい系とか?
「退院時期とか具体的にどのくらい?」
「もうすぐって言ってたけど……」
「じゃあ、来週中か。で、退院して直ぐに学校に来れるかどうか」
「剛志は来れるって言ってたわね」
仮に、青木の本命が石川ちゃんだとしよう。ならば、今後どういった行動を取っていけばいいだろうか? つか、もうそろそろ青木にハーレム陣について詳しく訊いた方が良さそうだな。このままじゃ、打つ手無しになるのも時間の問題な気がする。
その前に、何か手を打たなければ。何か……。
「石川さんに関してはこんなところね。あと、分かってると思うけどこの事については石川には内緒で」
「分かってる。でも、遅かれ早かれ石川はこの事について調べられると思うけどな」
「そういえば、調べるって言ってたっけ……」
「つか、栗原君とかには言ってもいい?」
「あいつなら良いわよ。別に話した所でプラスにもマイナスにもならないだろうし」
取り敢えず、苦笑しとこう。
さて、問題はここからだな。
ハーレムを作り上げた主人公。その主人公が、ハーレムの中の一人に的を絞った。
展開的に考えたら、なんやかんやで主人公の思惑通りに事が運ぶだろう。でも、これは創作ではなく現実。不確定要素が揺らめく現実。
能見ちゃん、吉見ちゃん、前田ちゃん、内海ちゃん。そして、三浦ちゃん。
さて、どう崩すべきだろうか。
「じゃあ、私は行くけど……ちゃんと仲直りしなさいよ。男子だし、そこまで長引かないとは思うけど」
「うん。分かってる」
「後さ……」
うん?
「期待してるから」
じゃあね、と三浦ちゃんは階段をさっさと上って行った。
いつもなら、パンツが見えるかどうか試すだろう。しかし、俺は暫く身体を動かすことができなかった。
何故?
初めてだぜ? 期待してる、なんて言われたの。
そら、嬉しくて嬉しくて堪らないよ。
震えるくらいにさ。
彼女にとっては何気ない一言でも、俺にとって、それは大きな一言なんだ。
……さて、震えが収まったところで教室に戻るとしますか。
教室に戻った俺を待っていたのは、誰も座ってない机。
よしよし。たまに、誰か知らない人が座ってるからな。といっても、今年に入って一番後ろの席になってからは、そういう経験も……何回かあったな。しかも、座る奴は決まってるし。
さて、椅子に座って今後の計画を練ろうか。
そういや、初めてなのか。今後の事について俺自身が考えるのは。
今まで、ずっと坂本が……いや、石川か? が考えてくれてたんだもんな。
うーん。そう考えると、意外と俺はやる気があまりなかったとも取れるのだろうか。自分で考えて行動を起こしてないし。そりゃ、坂本は効率がいいから、あいつの言うことを聞いときゃ間違いはないだろう。でも、あいつだって俺と同じ学生。時には、間違った選択をしてしまうだろう。
そういう意味じゃ、今回の喧嘩も悪くないか。
それに、仲がいいから喧嘩するんだし、悪いことばかりじゃないよな。
……さて、話を戻そう。
えっと、今後どういう行動を取るかだったか……。
暫くは、栗原君と鳥谷と……いや、鳥谷は石川派かどうか訊いてから……いや、あいつは中立派か。俺よりも喧嘩とか嫌いなタイプだろうし。
そうなると、栗原君と三浦ちゃんとで行動した方がいいな。
……そういや、石川ちゃんについて他の女性陣は把握してるのだろうか? いや、把握してそうだけど。でも、三浦ちゃんは見舞いに一緒に行ったって言ってたけど、他の面子がどうなのかは触れてなかったよな。
もし、知ってるなら知ってるで青木が何回も見舞いに行ってることはどうだろ? 三浦ちゃんが知らなかった事を他の面子が知ってる可能性は?
もし知ってるなら、何かそれについてアクションを起こす可能性は?
訊いてみようか。
いや、タイミングが悪いか。
吉見ちゃんや前田ちゃんに訊いて、その情報が俺経由だと青木にバレる可能性は? そこから、三浦ちゃんが不利な立場に立つ可能性は?
可能性、可能性、可能性……。でも、うーん……。
俺が先に直接、青木に話を出してみるか? あいつの事だ。そこまで、不審には思わないだろう。例えば、風の噂で聞いてって言っても、あいつは納得する、というか疑問を持たないだろう。
……訊いてみるか。反応も直接、見れるし。
実際にどう話を切り出すか考えていたこともあり、青木に石川ちゃんについて訊くのは五限目が終わってからになってしまった。
「なあ、ちょっといいか?」
俺の声に、青木は「ん?」と何時ものように身体を俺の方に向ける。
「石川ちゃんって名前の子、聞いた事ある?」
別段、青木は表情を変えることはなかった。だけど、それが俺には何処か逆に不気味に見えた。
「ああ、知ってる。入院してる子だろ?」
「そう、その子。でさ、風の噂で聞いたんだけど、青木ってその子と仲良い?」
さあ、どう答える。
「ああ、仲良いよ。去年の秋頃に知り合ってさ、で、最近よく見舞いにも行ってるんだよ」
最近、よく見舞いにも行ってる事も暴露した。
ごめん、三浦ちゃん。俺が訊いた方が早かった。
「でも、華も、いや石川も、もうすぐ退院だってさ」
しかも、名前呼びが判明した。他の女子もそうだったから別に不思議でもないけど。
「そうか……ちなみに、何で入院してるんだ?」
「病気だったかな。何の病気かは忘れたけど」
「病気か……大変だな」
「ああ。今回も秋から入院しててさ。前にも長期的に入院した事があったんだって」
「そうだったのか。そういや、石川さんのクラスは?」
「A組だよ」
「えっ?」
えっ?
A組? 聞き間違い? いや、でも、A組なら俺らと同じということに……。
いや、待てよ……まさか。
「俺の後ろの席?」
俺の言葉に、青木は「うん」と頷いた。
「あれ? おかしくね」
「何が?」
「いや、『いしかわ』なら『あおき』より後だろ? なら、俺と青木の間になるんじゃないか?」
「いや、退院時期が不明だったからさ。ほら、プリント配る時とか面倒だろ?」
「それで、後ろになったのか」




