第十五話 接触その1 無限に広がる大宇宙において、その黒と灰に挟まれた白銀は輝いていた
水曜日、昼休み。
弁当の用意をしながら、俺はあることを考えていた。
昼飯、あいつら誰と食べてるんだろう?
坂本と栗原君の関係が悪化してる状態なら、この二人が一緒に飯を食うことはない。なら、鳥谷は? どっちと飯を食ってるんだろう。
石川は坂本と飯を食ってるだろうから、栗原君とになるのかな?
つか、そもそも鳥谷は石川嫌い組なんだよな? 本人の口から聞いてないから何とも言えないけど。
……今日は、栗原君と帰ろうか。
最近、一人で帰ってばっかだからな。たまには、栗原君と帰ろう。あわよくば、鳥谷も一緒に。
何で、こんな事になったんだろう。
つか、俺のせいだよな。
俺のせいで、こんな……。
「大島君?」
!?
急な気持ち低めのカッコイイ女性の声に、俺は反射的に俯けてた顔を上げる。
目の前に立ってたのは……っと、前田ちゃんだったか? 確か、栗原君が気にしてたスポーツ女子だったよな。陸上部元エースの。
しかし、こうして見ると……男っぽいな。いや、悪い意味じゃなくてね、カッコイイなって話。
「えっと、何か……」
やべえ。冷や汗がやべえよ。
つか、前田ちゃんが俺に話しかける理由は無いから、これって作戦について嗅ぎつけられたって事だよな。
どうしよ。なんて、言い訳しよう……。
「今日は、これから用事とかある?」
「いや、無いけど……」
やべえ、絞られる。
つか、さすがはスポーツ女子。ハキハキしてて、声が聞き取りやすい。
それに引き換え、俺の声の小さいこと。何か悪いことしてるみたいじゃん。いや、悪いことしてるけどさあ。
「じゃあ、ちょっと話があるから。えっと、取り敢えず移動しようか」
「……はい」
何だろう、彼女は普通に話してるだけなのに背後にゴゴゴって擬音が見えるようだ。つか、教師に職員室に連行されるみたいになってるし。
にしても、見れば見るほどイケメンだな。ボーイッシュとは、彼女の事を言うのだろう……。
つか、誰か助けて! ヘルプミィィィッッッー!!
てか、青木見てないで助けろよ! 地味にニヤニヤしやがって!!
場所は変わって屋上。
つか、俺ここ数週間、屋上に来まくってるな。
いや、そんな事はどうでもいい! この状況を乗り越えなければ、俺に未来は無いんだ!!
考えろ俺。初めて能見ちゃんと話した時の事を思い出せ!
頭真っ白……いや、ツッコむ気力はあった、あの状況ですら俺は言い訳を咄嗟に思いついたんだ。なら、今だってやれば出来るはず!
「えっと、大島君は剛志と仲が良いんだよな」
へいへい、こいよ。俺は、この場を切り抜ける素晴らしい言い訳を咄嗟に考えてやるぜ!
「その、えっと、あの……」
へいへいへいへいへいへいへい……。
「私に協力してくれないか!」
「…………えっ?」
えっ? いや、えっと…………はい?
「えっと、何に?」
「そりゃ、その、剛志と……」
「? ごめん、もう一回」
「……だから! 私は剛志が好きだから! 上手くいくように協力して欲しいんだ!!」
おお、びっくりした。いきなり、大声は勘弁して欲しいな。
つか、えっ? 青木が好き? 協力して欲しい?
…………つまり、俺に恋のキューピット的なものになって欲しいってこと?
「はあはあ……。ああ、スッキリした」
やべえなこの子。やべえ。つか、この展開がやべえ。
まさか、俺にこんな……。
いや、でも冷静に考えたら、そんなにおかしい話でもないのか? だって、俺は青木の直ぐ後ろの席で最近はそれなりに会話もしてて……。
いやー、脳みそがこの急展開についていけない。
「で! 頼まれてくれる!?」
「あの、つか、どうして俺に?」
「そりゃ、剛志と仲良いし」
「いや、それなら他にも居るんじゃ」
「そうでもないよ」
??
「あいつって、男友達は少なくてさ。いや、実はいるのかもしれないけど。でも、私は大島君としか喋ってるの見たことないし」
……うん、知ってる。
青木の俺以外の同性の友達といえば、少なくともこの高校には二人しか確認していない。しかも、最近は全然見かけないし。
「そんな、あいつの危うさってのが魅力的で」
あれ? いつの間にか話、変わってる?
「ほら、守ってやりたいって思うんだよ」
好きな理由になってるし。
「それに、あいつは私が本当に苦しんでる時に手を差し伸べてくれたんだ」
急に声のボリュームが落ちた。
そうか、これが本当の理由か。でも、苦しんでる時? 過去に何かあったのか?
……そうだ、折角だし何で陸上部に入ってるのに放課後、青木と一緒に帰ってるのか訊いてみようか。
いや、何でこのタイミングでそんな事を思い出したかって、そりゃ過去に何かあったと言えば、陸上部が関係してるんじゃないかって連想してしまうわけて……。
「あのさ、急に関係ないこと訊くけど、何で陸上部入ってるのに放課後青木と一緒に帰れるんだ?」
「それは…………」
俯いてしまった。俯かせてしまった。でも、この反応は陸上部絡みで確定かな。
前田ちゃんは、何かを思い返す様にグラウンドの方に目をやってから話し始めた。
「私さ、二年の時に怪我しちゃって以来、本気で走れなくなっちゃったんだよね」
「…………」
「普通に歩けるし、軽くなら走れるけど、本気では走れない。今まで、短距離一筋だったからさ。あの時は凄いショックで学校にも行けなくなっちゃって」
自身の過去について話す彼女から、いつもの笑顔は消えていた。それが新鮮であり、また似つかわしくもあった。
「でも、せめて学校くらいはちゃんと行こうって、頑張って行ったんだ。そしたら、部活の皆とかクラスメイトとか心配してくれてさ。でも、何でかな、全部が全部そうじゃないんだよ」
陸上部元エース。坂本からの情報。
そりゃ、前田ちゃんが怪我をして嬉しい人間だっているだろう。
「ちょっとだけ、人間不信? っていうのになっちゃってね。普通に心配してくれる人とも距離を置いちゃってさ」
馬鹿だよね。と彼女は作り笑顔で付け加える。
そうだろうか? 多分、俺でもそうなってしまうと思う。まあ、ただでさえ少ない友人が更に減る危険性もあるから無理する可能性もあるけどさ。
「それで、ひとりぼっちになっちゃった私に声をかけてくれたのが、剛志だったんだ」
なるほど、これが好きになった理由か。そりゃ、そんな状態の自分に優しく声をかけられたらコロッといっちゃうよな。
「あ、えっと、ごめん。余計な事まで話しちゃったね」
「いや、前田ちゃんがどれだけ青木に対して本気か聞けて良かったよ」
「そう? あ、後ね、あいつはこんな、ガサツであまり女の子っぽくない私を普通の女子として見てくれたんだ」
ガサツね。見た目はともかく、中身は普通の恋する女子にしか見えないけどな。
「だから、私は誰よりも剛志の事が大好きなんだ! 世界で、いやこの世で一番!!」
急に声のボリュームが大きくなったな。
この子に恥ずかしいとかいう感情は無いのか?
「だから、協力してくれるよね!」
「えっと……」
つか、これって協力すべきなのか? そりゃ、協力すればスパイ的なものになれるだろうけど。でも、うーん、なんつうか、それは気分悪いんだよな。騙す事になっちゃうし。こんな凄え本気な子を騙す事に。まして、思い出したくなかっただろう過去の出来事を聞いちゃったからなあ。
つか、今更だけど、この子太ももがすげえな。さすが元陸上部。黒ソックスとの相性抜群じゃん。こんなの二度見どころか、何度見もしちゃうよ。
いやいや、それよりも決めなきゃ。……っても、色々考えても結局、俺は可愛い子からの(に限った話でもないけど)頼みは断れないタイプなんだけどさ。
例え嘘を付くことになってもな。
「分かった。いいよ」
「ほんと!!」
うぎゃっ!!
抱きつかれた! しかも直ぐ離れた! びっくりした! お前は外国人か!!
……ふう。これが、内海ちゃんじゃなくて良かったぜ。つか、制服のせいかな? 全然、感触がなか……キラキラ笑顔が眩しいなー。
寧ろ、ここまで喜んでもらえると俺も嬉しくなってくる。最近、暗いことばっかだったから余計に。
「で、何をすればいいの?」
「えーと、それは、まだ考えてなくて……」
取り敢えず、俺の協力を取り付けるために動いたって感じか。さすがは、アウトドア系。考えるよりも先に動きやがる。
「まあ、取り敢えず自己紹介からだね」
そういや、俺はまだ前田ちゃんとは接点無かったんだよな。危うく、彼女の名前を言ってしまうところだったぜ。
「私は前田藍」
「俺は大島翠」
「へえ、下の名前ミドリって言うんだ」
「えっと、出来れば俺のことは苗字で呼んで欲しいかな。あんまり下の名前、好きじゃないし」
「ええ、可愛いのに。まあ、呼び方なんて別になんでもいいけど。あっ、私の事はどっちで呼んでもらってもいいからね」
前田ちゃんはいい子だな。うん、今確信した。
「あと、アドレスだけ交換しとこうか」
そそくさと携帯を取り出した前田ちゃん。意外にも? 可愛らしいピンクの携帯だった。
俺は対照的な黒の携帯を取り出し、彼女に渡す。
そもそも、アドレスの交換は経験が全くないからやり方がわからんのだよ。
「ほい、完了。じゃあ、また何か頼みたい事とか訊きたい事があったら連絡するから」
じゃあねー。と、携帯を俺に渡した前田ちゃんは達成感を含んだ笑顔を振りまき、短いスカートをひらひらさせながら屋上から出て行った。……パンツじゃなくて短パンか。ガッカリさせよるな。
「…………」
気持ちのよい風が吹いている。
あれが、前田ちゃんか。栗原君が好きという人。髪型で好きになった人。
栗原君。前田ちゃんは性格も素晴らしいぞ。
……俺は多分、優しくされたら好きになるタイプなんだろうな。
差出人 前田さん
宛先 ********@****………
初メール(≧∇≦)
2013年5月1日 19:27
えっと、初メールです(^ ^)
これから、よろしくお願いしますm(_ _)m
「前田ちゃんって意外と律儀なんだな。つか、女子のメールってこんなものなのか? もっと、こう余計な事がいっぱい書いてあるのだと……」




