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第十話 大事なのは飴と鞭の使い分けであり、それが出来るのがプロ

 火曜日、放課後。

 俺は、栗原君に昼休みの出来事について説明を求めにE組へと向かった。


 一応、うちのA組は終礼が終わるのが早いので、E組の終礼が終わるまでに教室に着くことができた。

 で、E組の終礼も終わり、俺は疎らに出てくる人たちと入れ替わり教室内へと入って行く。


「ありゃ、珍しいなお前から来るなんて」


 先ず、目についたのは坂本だった。

 えっと、栗原君は確か前の方の席だったから……。

 いや、先ず坂本に聞いてみるか。失礼だけど、栗原君が自分の意思であんな行動を取るとは思えないからな。


「なあ、坂本」

「なんだ? つか、どうだった? 昼休み、栗原君なかなかグッジョブだったろ?」


 やっぱお前か。つか、それならそれで先に言っといてくれよ……。


「グッジョブつか……、色々ハラハラだったよ」


 俺の言葉に疑問を浮かべる坂本に、俺は昼休みの状況をこちらに来た栗原君を交えて説明を始めた。











「ふーん、まあ結果オーライだろ?」

「オーライだけども……先に言ってくれないとさ、俺も心の準備ってものがね」

「まあ、それは悪かったよ」

「つか、どうして栗原君は三浦ちゃんの情報を知ってたんだ?」

「それはな、三浦ちゃんと同じクラスの鳥谷に調べさせたんだよ」

「鳥谷に?」

「そ。鳥谷が調べて栗原君がそれをネタに打開する。いい作戦だろ」


 そうだな、もうちょっと栗原君がオブラートに包んでくれればな。

 にしても、鳥谷は三浦ちゃんと同じクラスだったのか。そういえば、そんな事を言ってた気も……どうだったかな?


「で、第一段階はクリアしたそうだけど、ここからはミドリんに任せるぞ」

「えっ? 栗原君は?」

「栗原君を外した理由はお前が一番よく知ってるだろ」


 そう言われればそうか。

 友達になったとしても、栗原君は恐らく本質は女子嫌い。

 また、いつ高圧的な態度で関係を崩すか分かったもんじゃないからな。

 でも……。


「でも、正直、三浦ちゃんの中じゃ俺より栗原君の方が親密度は上だと思う」

「そうなのか? 栗原君」

「べ、別に、そんな事はねえよ」


 いつの間にやら来ていた栗原君に坂本は訊く。

 動揺してるなあ、声が裏返ってるぞ。


「いや、そうだろ? あの後、三浦ちゃんと暫く会話が続いてたけど、俺殆ど会話に入れなかったぜ?」


 そう、結局弁当の話以外まともに会話に参加できなかった。あの光景、一歩間違えれば恋人同士の会話に……と感じるのは俺が普通の男女の会話を見慣れてないからだろうな。


「そうなのか、じゃあ……ミドリんがハンドル役で栗原君がアクセル役ってのはどうだ?」

「それだと、止まらねえよ」

「それもそうか。なら、ミドリんがブレーキ役だな」


 俺の役多いな。まあ、でもそれが妥協点だよな。こればっかりは仕方ない。

 しかし、上手くブレーキかけれるだろうか。ハンドルを操作できるだろうか。


「じゃあ、そういう事で。俺は、三浦ちゃんがダメって分かってから動くからそのつもりで」


 それじゃあ〜、と坂本は手を降りながら教室を出て行った。

 うーむ、まあ、何とかなるよな。

 つか、あいつ吉見ちゃんとはもう話したのか?











 水曜日。水々しい? 分かるよ、一週間の内で一番いい日だと思う。

 というわけで、昼休み。

 俺と栗原君と三浦ちゃんは、昨日に引き続き一緒に弁当を食べていた。

 今日、初めて知った事だが微妙に周りの視線が俺らの方に向かってるんだな。

 まあ、いつも青木に引っ付いてる奴が俺らと飯食ってるって、そりゃ不思議な光景だよな。……いや、俺が誰かと飯食ってるのが珍しいのか。……はあ。

 まあ、今日は三浦ちゃんは青木と一緒に飯食いたかったみたいだけどね。青木に言われて、仕方なく俺らと飯食ってるけど。


「さて、唐突に聞くけどお前って青木のこと好きなの?」


 箸置いたから、お茶でも飲むのかと思ったらこれだよ。

 しかも、三浦ちゃんもポカーんだし。

 と、思ったけど赤くなってる?


「だ、誰があんな女ったらし!!」

「へえ、じゃあ、女ったらしな青木は寧ろ嫌いだと?」

「べ、別に嫌いじゃないわよ。ほら、あいつだって年頃の男の子だし、だったら手出すかもだし。だ、だから、監視してるのよ」

「監視ねえ。で、あわよくば恋人になれればいいなと」


 こらこら、栗原君あんま虐めるなって……あれ? 三浦ちゃんショートしてる?


「なあ、これって俺いらなくね?」

「そうでもねえよ。お前がいるから、俺はやり過ぎないんだから」

「やり過ぎたらどうなるんだよ……」


 いや、でも本当いらねえだろ、俺。

 つかさ、側から見たら、この二人って……。


「そんなお前に、俺が力を貸してあげようか?」

「……へ?」


 うーん、まだショートしてるな。

 つか、これじゃまるで怪しい催眠術じゃね? このままじゃ三浦ちゃん何か買わされるぞ。


「青木と引っ付く方法だよ。俺なら、簡単にお前の望みを叶えられる」


 所謂、飴と鞭療法だな。

 バチンバチンと叩いた後に、優しくかつ誘惑するように飴を与える。

 なんか、これだけ見ると色々と怪しいな。


「望みを?」

「そっ、望みを」

「私が剛志(つよし)と、一緒に」

「そう、ツヨシと一緒に」


 そういや、青木の下の名前は剛志だったか。

 地味に久々に聞いたから、一瞬、分からなかった。


「どうすれば、いいの?」

「簡単だ。俺の言うとおりに動けばいい。そうすれば、上手くいく。絶対に上手くいく」


 思いのほか、あっさりと三浦ちゃんも乗ってきたな。

 うーむ、声だけ聞いてると洗脳されてように聞こえるけど、目を見るとそうでもないんだよな。

 なんつーか、マジというか。


「少し考えさせてくれる?」


 そう言って、三浦ちゃんは弁当箱を片付け始めた。

 意外な反応だ。どうせ「はあ、何言ってんの!!」とかツンツンすると思ったんだが。意外と素直なキャラなのかもしれない。


 弁当を片付け終え、三浦ちゃんが教室を出て行ったのを確認してから俺は無表情でうさぎリンゴをかじる栗原君に話しかけた。


「上手くいくかな?」

「さあ。つか、もしかして俺って仕掛けるの早かったかな」


 知らねえよ、心配性だな。

 さっきまでの、攻撃的な姿勢はどこいったよ。


「大丈夫だとは思う。つか、栗原君ってさこんなに話せるんなら前の作戦も一人で出来たんじゃねえの?」

「うーん、俺ってさ。坂本とか鳥谷とか大島とかが居れば話せるけど、一人の時だと全然話せる気がしないんだよね」


 そういうタイプだったか。

 つか、ならブレーキ以前にエンジンとして俺が必要なんじゃん。役割増えちまったな。


「まあ、そんな俺のことはともかくさ。坂本って、もし協力者が決まったとして、どうやってライバルを蹴落としつつ協力者の恋愛を成就させるつもりなのかね」


 確かに、それもそうだ。

 作戦を聞いた時は、あまり深く考えなかったが恋愛経験無しの俺らで恋する女子をプロデュース出来るのか?


「まあ、そこら辺は坂本だし何とかしてくれるだろ」

「そんなもんか?」


 そんなもん。

 うん。坂本が考案した作戦だ。

 あいつは考えなしに発言するようなタイプじゃないからな。

 きっと、何か案があるのだろ。


 そう、きっと。











 放課後。

 いつものように、「一緒に帰ろ」と青木を訪ねてきた者の中に三浦ちゃんが居たが、何故か今日は青木をスルーし俺の所に来た。


「ゴメン。今日は、用事があるから一緒に帰れない」


 その様子に、青木含めて周りの女子たちはポカーんとしてたが、何を悟ったか青木は察した顔で「分かった」といつものように女子を引き連れて教室を出て行った。

 ふと、思ったのだが、何であのグループに前田ちゃんも入ってるのだろうか。いや、毎日って訳でもないけどさ。前田ちゃんは陸上部の筈だろ? まだ、引退の時期でもないし、どうしてだろ?


「側から見ると異常ね」


 ハッと我に帰り、俺は教室を出て行った青木らを見送る三浦ちゃんの方を向いた。

 確かに異常だな。俺も、そして周りのクラスメイトも、もう見慣れたものだが。いや、周りのクラスメイトは知らんが……。


「で、昼の件だけど」


 急に小声になり、彼女はこちらを向く。

 なんか、恥ずかしいな。

 能見ちゃん、内海ちゃんともうこれで三人目なのに、まだ女子と面と向かって話すのは馴れない。


「私に力を貸して」


 その目は、少なくとも俺は初めて見る目だった。

 決意のこもった目と例えればいいか。

 とにかく、ノリで言ってるわけでは無いということだけは分かった。そもそも、ノリで何か言うタイプでは無いだろうが……。


「で、私は何をしたらいいの?」

「えっと、取り敢えず……うーん、栗原君の所に行こう」


 分かった、と返した彼女を連れ、俺は一先ず栗原君のいるE組に向かった。

 地味に、俺にとっては初めて女子を先導して移動した瞬間だったりするが、緊張からかあまり実感が湧かなかった。






 E組にはいつもの四人……だけで無く、三浦ちゃんも居た。

 改めて見ると不思議な光景だった。坂本を除いて女の影なんて全く無かった集まりなのに……なんか、感慨深い。ここは、全米も泣くシーンだろう。いや、やっぱ日本中が泣くシーンだな。


「で、どうすればいいの?」

「まあまあ、急かすなよ」


 三浦ちゃんに急かされ答えたのは坂本だ。

 俺らの友達という情報があったとしても、やはり坂本は異性と話すのになんの障害も持ってはいない。俺らと話す時となんら変わらない調子だった。


「作戦内容としては、他の女子を蹴落としつつ青木君を独占する、という感じの作戦になる」

「蹴落としつつ……ね」

「所詮はライバルだ。それに蹴落としつつと言っても、そこまで酷い事はしねえよ」

「本当でしょうね」

「おいおい、まさか彼女らを友達か何か」


 むぐぐ。とそこで俺は栗原君の口を塞いだ。

 全く、ブレーキ役は疲れるぜ。


「……何だかんだ言っても、あいつらとは友達のつもりなのよ」

「そうか。じゃあ、友達と青木君を測りにかけたら、三浦ちゃんの中じゃどちらに傾くんだ?」


 その坂本の言葉に、三浦ちゃんは腕を組み目を閉じて考え込む。

 即答出来ない。つまり、三浦ちゃんの先ほどの言葉に嘘は無いという事だろう。

 そして、暫くして三浦ちゃんは目を開け口を開いた。


「剛志よ」


 決意の言葉でもあったその言葉を、少なくとも俺は力強く感じた。


「それならいい。俺らは全力でみーちゃんのサポートをするぜ」

「み、みーちゃん!?」

「坂本、三浦性にみーちゃんはねえと思うよ」


 うん、ほんとに初めて見たよ。みーちゃんて呼ばれる三浦さん。


「そうか? うーん、じゃあ暫くは三浦っちでいいか」

「み、みうらっち!?」

「…………?」

「今度は反論無いの!?」

「いや、これが坂本だし。俺なんてもっと酷いし」

「酷いとはなんだ。俺はナイスネーミングだと思うぜ」

「自画自賛すんな」


 いつもの光景。しかし、三浦ちゃんにとっては新鮮だったのか彼女はクスクスと笑いを堪えている。


「まあ、いいや。取り敢えず、改めて宜しく」


 代表して差し出された坂本の手に、彼女は笑い過ぎて若干涙目気味にその手に応えた。

 つか、俺が握手したかったなー。

「三浦ちゃんに負けず劣らず、栗原君もツンデレだよな」

「あ? 誰がツンデレだよ、てめえこら」

「ツンデレはツンデレでも、チンピラ化するツンデレだったわ」

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