第一話 俺の青春は、意外にもまだ始まったばかりなのかもしれない(プロローグ)
突然だが、ハーレムという言葉をご存知だろうか。
先に言っておくが、トルコ語の「ハレム」とは少し違う。「ハーレムもの」と言った方が正しいか。まあ、簡単に言えば一人の男性に対して、周りに多数の女性がいる状態を指す言葉である。
この「ハーレム」だが、基本的には創作の物語の中で展開されることが多いだろう。そりゃそうだ。こんな状況が現実に起きたら、ハーレムの中心は恐らくいじめに遭うだろう。いや、そもそもハーレムの中の人が他に友達も何もいないとは限らないか。
そうだよな。ハーレムの中の人はそれだけの何らかの見えない魅力なり魔性なりを持ってるはずだから、実際に居たとしてもいじめ等に合わない可能性が高いよな。
と、少し話がそれたけど……。まあ、つまり俺が言いたい事は……。
「ふあああぁぁ……」
すぐ横の窓から入る暖かい風を受けながら、俺は今日もいつも通りに椅子に座り、それはそれは大きな口を開け魂が抜けるのではないかというぐらいの大きな欠伸をかました。
窓際の後ろから二つ目の席というそれなりにベストポジションな席に座る俺も、今年で高校三年生。つまり、受験生だ。
恐らく人生上、と言ってもまだ十七年しか生きてないが、大事な年になるだろう。
ちなみに、後ろの席の人は風邪か何かで今学期が始まってから一度も学校に来ていない。つまり、現時点では俺が一番後ろの席ということになる。これは、素晴らしい。後ろからの視線が無いのはいいことだ。
「…………」
まあ、そんな事はともかく、先ほどの俺が言いたい事を言わせてもらおう。俺は今、ある問題を抱えている。で、その問題というのが俺の目の前の席に座る青木剛志、という名の男子学生についてだ。第一印象は『いい人そう』だった彼は、俺が一年の時に知り合った好青年である。
そう、好青年。好青年だけど、喋りが上手いというか、コミニュケーション力高いというか、とにかくぼっち寸前の俺なんかと友達になったのが不思議なくらいに好青年だった。
まあ、つまり青木も俺と同じく友達が少ないタイプの人だったのだ。確か、知り合ったのが一年の秋だったが、その頃、青木の周りに俺以外の知人は二人くらいしか居なかったと記憶している。
つまり、友達が少ない組とでもいうのだろう。俺は、そんな自分と似てるようだがスペックに差がある青木を友人として慕っていた。
しかし、その関係は三年の始業式が終わって、俺が教室に戻った際にあっさりと崩壊してしまう。
始業式を終え、教室へ戻ってきた俺の目に飛び込んできたのは、既に体育館から戻ってきていた少し周りの目を気にする青木と、少なくとも俺から見たらアイドル以上の可愛さを纏った三人の女子生徒が楽しげに話をしていたのだ!
確かに青木は……まあ、ブサイクでは無い。イケメンでもないが可愛い系とでも言うのだろうか。兎に角、顔だけなら彼女が居ても不思議では無い。加えて、俺も感服するコミニュケーション力を持ち合わせている。はっきり言って、あいつと話してる時に何でこいつは友達、というか彼女がいないのだろう、と何度も思ったくらいだ。
でも、だからといって急に三人!? 欲張り過ぎだよっ!!
しかも、その女子がみんな漏れなく可愛いって……。今でもその時の状況は鮮明に思い出せる。暫く動けなかった俺の視線の先で、神がかった可愛さを振りまく女子たちの姿を。
一人は、サラサラと触りたくなるような長い髪で、話し方から考えて所謂ツンデレタイプ。初めて見たよツンデレ系女子。いや、デレは見てないけどね。
一人は、ショートヘアが美しいスポーツ系。何か部に入ってそうな風貌だな。あれは、同性からもモテるタイプと推測する。
一人は、肩まで伸びた髪(所謂、セミロングってやつかな?)が最早芸術的な、クールで小っちゃくてロリな女子。あまり喋らないけど……いい声してるよ。いわゆる、アニメ声って奴だな。
と、いった感じ。これに加えて数日後、新たに巨乳なお姉さん系が追加されて計四人が青木君の友達だと分かった。恐らく、まだ増えるだろう。そんな気がする。
ちなみに今、昼休みだが青木は居ない。恐らく屋上であの子達と……楽しくご飯でも食べているんだろう! ちくしょう! 去年まで俺と飯食ってた癖によ!! ああ! 漫画やアニメで見るような情景が展開されてるんだろうなあ!! うちの学校、基本屋上開放してやがるからな!!!
…………少し、心の中でテンションが上がってしまった。俺、変な顔してなかっただろうか。
さて、ここから本題。実は、この青木ハーレムには嫉妬以外にも俺にいくつかの問題を与えてしまっている。では、それは何か? その答えはいくつかある。
一つは、うるさい事。
朝から帰りまで、昼休みを除いて休み時間には青木の周りにはほぼ毎時間誰かしら居る(主にツンとロリと巨が)。おかげで、去年までとっていた仮眠がまるでとれないのだ。つーか、青木という話し相手が消失したのも地味に痛い。
そして、二つ目が席を取られる事。
トイレから購買から、スキあらば取られる。まあ、これは青木が優しいから俺が近付いたらどくよう言ってくれるんだけどね。でも、そうなると女性陣からのプレッシャーが凄まじく、俺は直ぐにその場を離れることになってしまうんだけども……。
最後に、女子耐性の低い俺に降り注ぐ肌色。
まあ、これは俺も悪いのだが、俺は今まで女子と事務的な事以外で喋った事が数えられる程度しかない。加えて、うちの学校はスカートの長さには寛容的だ。まあ、これは学校ナイス! なのだが、目の前にいくつもの健康的な太ももだぞ! 逆三角形だよ! ムラムラが止まらないよ!!
そんなこんなで、この立ち位置はどうにかしたかった。と言っても、どうすれば良いのだろうか……。
「み〜どりん」
「うわっ!」
唐突に、後ろから誰かに肩を叩かれる。誰か、といってもこんな呼び方をする奴は一人しかいないのだが。
「坂本か」
坂本貴之。俺の数少ない友人その一である。本人曰く、見た目はチャラいが中身はそうでもないのが売りらしい。確かに、見た目と中身が合致してはいないが……。
まあ、そんな事はどうでもよし。それより、何の用だろう?
「うっす。いつにもまして元気無いな、どうした?」
うーむ、顔に出てたか……。
そうなんだよ。悩みが俺を襲うんだよ。そら、人によっちゃ天国よ。でもさ、俺には、脇役には、否エキストラは、いやカメラマンにはキツすぎる。
……相談してみようか。取り敢えず、口から吐き出してみようか。
「聞いてくれるか……俺の悩み」
「おお、暇だからな」
暇じゃなかったら悩みを聞いてくれないらしい。俺とお前の仲は、そんなものなのか。
「実はな……」
俺は、坂本に悩みを打ち明け始めた。
「――と、言った所なんだよ」
「ふーん」
素っ気ない。坂本は、この話にあまり興味がないようだ。
「でさ、どうすりゃいいかな?」
「知らなねえよ」
冷たい。坂本冷たい。冷温停止してやがる。
「いや、なんかあるだろ?」
「うーん……つか、そもそもお前は何がしたいわけ?」
何がしたい? 確かに、俺は愚痴ってばっかで何がしたいか、どうしたいかは無いけどさ。でも、何を――つか、まだそこまで難しく考えてなかったし……。
頭の中で考えていたら予鈴が聞こえてきた。何時の間に、そんなに時間が経っていたのだろう。
「まあ、俺に出来る事があったら協力はするよ」
面白そうだしな、と言って坂本は教室を出て行った。
冷温停止してなかったな。寧ろしているのは……。
にしても、決まったらか。
少しずつ浮かび上がる悪巧み。全く、こんな大事な時期に何やってるんだか。
俺はニヤけた顔を元に戻し、次の授業の準備を始めた。
翌日、放課後。
先日、友人の坂本に言われた事――つまり、青木が発生させている環境に勝手に巻き込まれているという悩みの解決方法を、俺は昨夜、布団の中で決めてきていた。
今日は、それを俺の友人ズである坂本、鳥谷弦太朗、栗原勝太に伝えるべく、というか協力してもらうため、放課後、夕陽により紅く染まった人がいないA組の教室に皆を呼んだといった感じだった。
「じゃあ、ミッションの内容を伝えます」
「おう、なるべく簡潔にお願いします」
俺の席の後ろの席の椅子に座っている、イケメンボイスの坂本が返す。坂本はその見た目通り友人知人の数は多い。どうでもいいな。
さて、作戦について話すか。まあ、作戦自体は極めてシンプルなんだよね。
「分かってるよ。まあ、既に話したように青木は今、所謂ハーレム状態にある」
「ああ、気になったから昨日見に行ったらマジだったぜ」
坂本の言葉に、鳥谷や栗原君が驚く。
ほう、俺の言葉より坂本の方が信じられると。
「まあ、俺はそれを独占禁止法に違反していると感じるんだよ」
「うーん、よく分からない例えだ」
厳しいな坂本は。まあ、言った後で俺もねえなって思ったけどさ。
「普通の思考回路を持っているなら、そんなハーレム野郎から女子を全員引き剥がそうと思うはずだよな」
「ああ、それは同意だ」
その目が長い前髪のおかげで行方不明な鳥谷が始めて口を開ける。低く、聞き取りづらい声だ。
ちなみに、彼は友達が少ない方だ。これも、どうでもいいな。
しかし、ギャルゲー大好きなお前が言うか。ギャルゲーの主人公の周りなんて恋人候補だらけ、つまりハーレムじゃないか。まあ、リアルと空想をごっちゃにするのもどうかと思うけど。
「しかし、俺はそこまで鬼じゃないし、そもそも青木は悪くない、と思う。悪いのは、そういった環境を作り出した女子どもだ」
ふう、とここで俺は机に置いてあるペットボトルに手を伸ばす。久々に一気に長く喋ったから喉が渇いた。
今回のハーレムの要因は不明だ。青木が努力したのかもしれないし、単に人生に数回しかないというモテ期が到来したのかもしれない。しかし、どっちにしろ、そのような環境を作り出したのは女性陣の方にあると思う。
……多分、俺が頭ごなしに、一方的に青木を責められないのは、俺が青木と友達"だったから"だろう。
全く、優しい奴だぜ、俺は。
「だから、俺たちは彼に健全な恋愛をしてもらう為、余計なひっつき虫を青木から取ってあげる事にする」
そこまで言って、俺はペットボトルの中のお茶を少し飲んだ。
上から目線。俺は、いつからこんなに偉くなったのやら。
多分、ただの嫉妬だろう。なんか気に食わないから。もう、完全に思考がいじめっ子のそれとなってるな。
まあ、俺もさすがに女性陣全員を取ったりはしないよ。
「もちろん、全員じゃないけどな」
「ふーん、つまり言い方を変えれば奪うって事か?」
坂本の言葉に俺は頷いた。色々言ったが、言葉は悪いが言いたいことはそういうことだ。
暫く、坂本、鳥谷、栗原君の三人は腕を組み唸るが「しかしな」と目線を下げたまま鳥谷が口を開いた。
「つまり、『攻略する』という事だろ」
そう言って、鳥谷は目線を上げ前髪が目に当たってるが特に気にせず俺たちを見る。
「二次なら兎も角、三次はな」
腕を組み、鳥谷は言った。
確かに、鳥谷の言い分も分かる。いや、二次とか三次とかは知らんが。
つか、どういう意図で言ったんだ? 攻略が容易ではないという意味でか? 好みじゃないという意味でか?
後者なら俺はお前の将来が心配になるよ……って、そもそもまだ女性陣の顔を見てないのか二人は。
「言いたい事は、よーく分かる。でもな、よく考えてみろ」
そう言って、俺は再びペットボトルのお茶を少し飲んでから続ける。
「ここに居る四人とも、年齢イコール恋人いない人だぜ。それに――」
「確かに」と、坂本が立ち上がり俺の次の言葉を遮った。
「俺たちの人生、華も無く早十八年目に突入しようとしている!」
坂本は、力ある目で俺たち三人を見た。
「いいのか? これで? ……いい訳が無いだろ!」
拳を握りしめ、坂本は続ける。
「自信を持て、人間顔じゃねえ中身だ! つか、性格だ!」
うーん、この中ではイケメンのお前が言う……まあ、いいけども。
つか、地味に同性異性関係なく友人知人が多い坂本も彼女だけはいないんだよな。
「それにお前らだってなあ、リアル女の股開かせたいだろ!」
唐突で微妙な下ネタにも特に俺たちは反応しない。
坂本に彼女がいない理由。それは、唐突な何とも言えない下ネタが絡んでいる。
つまり、坂本が好きなった女子は何故か全員下ネタNGな人なのだ。
言い換えるなら、坂本は告白はそれなりにされる。ただ、坂本はかなり恋愛に対して純粋なタイプの人間であり、安易に告白を受けたりしないのだ。
なんか、腹立つな。今更だけど。
「いきなりだな」
「うん? いや、最終的にはそこだろ?」
「いやでもさ、この流れで言うか?」
折角、熱く良い事を言っていたのに。
「いや、だってさ欲望には忠実にって言うだろ」
「…………」
そうだけども!
ダメだ、これ以上言い争っても前に進まない。取り敢えず、この流れは打ち切ろう。
「取り敢えずだ、俺の作戦はどうだ? 意見が聞きたいんだが」
「それは悪くないな。女性耐性、彼女持ちによる自信の増加、経験、彼女が出来る事によるなんやかんやの相乗効果辺りが期待できるし」
なんやかんやって何だよ、なんやかんやって……まあ、いいけど。
「鳥谷と栗原君はどうだ? 取り敢えず、参加するとか別にしてさ」
「……俺は、いいと思うぞ」
少し間を開けてから、低い声で鳥谷が答えた。さっきと考えが変わってるが、まあ坂本の訴えが効いたと考えておこう。
さて、栗原君はどうだろう。正直嫌な予感しかしないが……。
先ほどから俯いて、まるで寝ているような感じの栗原君。さあ、言ってみろ! 意見を!!
「俺は、『強奪』か『立場逆転』か『嫌がらせ』を希望するかな」
此方を向き、子どもフェイスな栗原君が言った。
そうだよなあ、そう言うよなあ……。栗原君はドSなんだよ。
つか、強奪って、彼女らを物か何かだと思ってます?
「なあ、『立場逆転』じゃあ俺らの取り分は?」
坂本よ、だから物じゃない。
「……忘れてた、それは取り下げるわ」
栗原君、何も考えずに言ったのか……。
「次に、『強奪』だが……強奪が俺たちに出来るとでも」
そう言って坂本は栗原君を見た。
まあ、無理だろう。栗原君もさすがに自分の異性に対する行動力の無さをよく分かってるだろうし。
「分かった、それも取り下げるよ」
本当に勢いだけで言ったんだな。
「残ったのは『嫌がらせ』か……まあ、これは後々考えるか」
そう言って、坂本は立ち上がる。いや、嫌がらせも無しだろう……。
「後は、参加するかどうかだが。取り敢えず、俺は参加だ……お前等は?」
それに、少しの間を置いてから。鳥谷、そして栗原君の両名があまりノリ気では無いようだが頷いた。
この反応は十分予測出来た。女子絡みとはいえ、この三人は面白そうな、そして普通ではない事には直ぐ飛びつく。
「よしっ。じゃあ、明日から早速計画スタートといこうか」
坂本の言葉に「おう!」と二人が手を上げた。
……俺が発案者なんだけどな。まあ、いいか。何時もの事だし。それに、どうするか決めただけで、どうやるかは決めてないしな。
にしても、高校に入って二年と少し、何もない毎日を過ごしてきたが……ここにきて、ようやく高校生らしく? 実りのある日常が過ごせそうだな。
俺は、一つため息をついてから鞄を持ち、教室を出ようとする三人について行った。
「今日、帰りどっかよってく?」
「俺は、咲ちゃんが待ってるから、ちょっと」
「ギャルゲかよ。栗原君は?」
「面倒いからパス」
「んだよ、ノリわりいな。しゃあない、じゃあ今日は真っ直ぐ帰るか」
「…………(俺には聞かないのか。まあ、男二人でどっか行くのもあれだから断る気満々だったけどさ……)」




